第256話 ルート変更

 全員からもの言いたげな視線。


「さっきの今でさぁ、あなたの言う事聞く人いると思う?」


 つつみちゃんが拳をプルプルさせている。


「あの辺りの地理には明るいの。水田地帯を抜けるんでしょ?地元民だけが知ってる裏道がある」


 空気読む回路が頭に存在しないのか?

 元ナチュラリストなのに?事前調査してたのか?

 出まかせならもっとまともな理由考えるよな。


「このルートを通って欲しくないんだな?」


 何を企んでるんだ?あからさま過ぎだろ。


 ヘイトが強くなったが記者は動じない。へっぽこだと思ったら、面の皮は相当だな。

 下を向きもごもご何か呟いた。聞き逃した。


「はっきり言え」


「知人の畑がある!戦闘が起こったら。・・・田畑だと復旧の補助金は付きにくい。市街地だったら直ぐ出るけど。畑だったら、潰されて整理される」


 確かに、戦闘に巻き込まれた畑を復旧させるのは金だけでなく手間もかかる。

 今のこの島の状況だと、所有者に札束をポンと渡されて確実に宅地開発に舵切られるな。


「何でお前がそんなの気にするんだ」


 記者は顎に力を入れ、足元を睨んでいる。

 本当なら、俺も一考したい。他の奴らは変わらないが、サワグチは聞く姿勢になっている。


「任務とは関係ないから、これは独り言。波乗り仲間の畑がある。代々の畑が戦闘に巻き込まれて、ぐちゃぐちゃになったら・・・、多分路頭に迷う。あいつには畑しかない」


 三千院が笑い出した。


「はっはっはっはっは!赴任立候補はそれが理由だったのか!全部腑に落ちたよ!」


 近くにいた部下に暗号通信で指示を出している。

 出された部下は直ぐ霧に消えていった。


「キミの裏道を通れば安全に現地に向かえるのかい?」


 記者は顔を上げた。


「ファージ汚染があるけど、このメンバーなら問題無い。地元民もショートカットに使ってる」


「ルートを見せてごらん!」


 オフラインで、濃くなってきた霧に地図が投影されると、三千院は笑みを深めた。


「これはこれは」


 地図には、島の中央部を頂点に地下全体を縫う感じで蜘蛛の巣状にルートが表示されている。


「一山北に越えないとだけど。丁度、東西に跨ぐ地下用水路がある。元は只の水路だったけど、三十年前にパイプが通って、今は中を人が歩ける。地上とは五メートル以上離れてる。この霧の中テロリストがファージ探査で見つけるのは不可能」


 傭兵をチラッと見たら、小さく肩を竦めた。

 つつみちゃんは、面白くないけどアリみたいだな。


「急なルート変更でもないから、追って来てる人たちも煙に巻ける!面白いじゃないか!どうだいみんな!」


 お前も大概、手の平クルーだな。

 さっきまでぶっ殺しそうだったのに。


”入る時に気を付ければ。アリだ”


”わたしも良いと思うよ”


”面白いじゃん?”


「採用しよう」


 二ノ宮を代表して俺が言葉にする。


「異存は有りません」


 佐藤が軽い溜息と共に肯定する。


「時間が無い!北上しながら擦り合わせよう!」


 三千院は遠足気分で歩き出してしまった。

 危機感があるのかないのか。




「お前サーファーだったのか?」


 傭兵二人に見張られ、後ろから三番目をトボトボついて来る記者に並ぶ。


「ここは、サーファーの聖地」


 ナチュラリストだったんだよな?


「こっちに来る前からやってたのか?」


 記者は俺に一瞬目を向けた。


「そうね。豊間が潰されて、西目くらいしかポイント無かった。西本州のサーファーは恵まれてる」


 オフラインなので地理がパッと出てこない。


「もしかして、波に乗りたいから亡命してきたのか?」


 鉄面皮が真っ赤になって下を向く。


「悪ぃん?」


「いいじゃないか!いいじゃないか!」


 ぎゃっ!?


 いつの間にか隣にいた三千院が記者の肩を抱いた。

 こいついつも気配無いからおっかねえ。

 記者も一瞬で顔色が真っ青になってる。


「波乗りはみんなソウルメイトさ!困ったら全員で協力するのが粋ってもんさ!」


 脂汗を流し始めた記者に気付いた三千院は、苦笑いしながら両手を上げて俺の隣に来る。


「この間から波乗りにハマっててね。ここに来るのもアレに乗って来たんだよ」


 ん?


「ほら。キミが貸してくれたボードさ!」


 髭面のカウボーイがウインクしても誰も得をしない。

 

 アレって、ハイドロホイルサーフィンの事か。

 三千院がアレに乗って本土から部下と一緒にえっちらおっちら漕いできた絵面想像すると笑ってしまう。


「楽しかったか?」


「勿論さ!」


 満面の笑みだ。


「本格的に始めたんだけど、まだボードの上で立てないんだ!今度教えてくれないかい!?」


「あたしで良ければ」


「約束だよ!」


 記者の肩をバンバン叩くと、スキップでもしそうな御機嫌具合でまた前に行ってしまった。


 霧で目視出来なくなったところで、記者が肩の力を抜いた。


「サーフィン好きなんだ?」


「好き?」


 自分で言って、その意味を考え込んでいる。


「強いて言えば、好きなのは海なのかな?海は、何も語らない」


 良く分からないな。


「表情変化激しくて五月蝿いと思うけど」


「ん?ああ。キミには見え方違うのかな?普通はさ、海がどうなのかなんて、観測者が勝手にそう感じてるだけでしょ」


 まぁ、そうだな。

 勝手に俺らが解釈してるだけと言われれば、そうだとしか言えない。


「軌道エレベーターが人類に必要なのは重々、分かってる」


「うん?」


「でも、この島は何百年も大切に維持されてきた。出来れば、全部壊さずに、少しくらい残してほしい」


 エレベーター完成時の海岸線は今と全く違う形に塗り替えられる。

 波乗りどころか、人が大量に入ってくれば畑も残らないかもしれない。

 亡命してきたナチュラリストが私見コミで放つその言葉に、俺は即答できなかった。


「ううん。聞かなかったことにして」


 只、波乗りが出来なくなるだけではないのだろう。

 こいつはこの島が好きで、守りたいものも有って、志願してここに来た。

 俺の汚点を見つけて、計画に口を挟む口実を手に入れたかったんだろう。

 それは州政府の思惑も、ナチュラリストとしての矜持もあるのだろう。


 でも、一番の理由は。


 好きなものを壊されたくないのは、誰でも同じだ。

 俺の知る中には例外も居るが、そういうのは別として。


「水源には詳しいのか?」


「ん?この島の?」


「ああ」


「さあ?知り合いの農家なら詳しいかな?水の話は仲間内で、浜で温まってる時によくしてるよ」


「後で紹介してくれないか?」


 ゲスを見る目で露骨に嫌な顔をされた。


「別に人質とかそういうんじゃない。俺は今、二ノ宮からこの島の水源確保を任されている」


 記者は目を見開く。

 頷いておく。


「まだ調査すら始めていない。数字だけでは見えてこないものも多い。現地の人間と細かい擦り合わせが出来るなら、その機会は逃したくない」


「是非!お願い!」


 顔を崩し泣きそうな声で俺の手を握る記者は、兵士の顔ではなかった。

 

 不穏な空気を感じる。 

 霧の中、腕組みをして立ち止まってる陰が前に見えた。

 ええ。ええ。そうですとも。


「出先で。直ぐに仲良くなっちゃうね?」


 前の方で佐藤やサワグチと話してたつつみちゃんに気付かれた。

 見開いたその瞳は、近づいていくとまん丸に見開いているのが分かった。

 笑みを張り付けた口元は、若干震えている気もしなくもない。


「違うんだ。仕事の話だ」


「何がどう違うのかな?」


「束縛は嫌われるだけだよ」


 止めろ!燃料投下するな!


「ふうん?」


 ボルテージを跳ね上げたつつみちゃんの上から目線にも全く動じていない。

 三千院の狂気に比べたら可愛いもんか。こいつ州兵のエリートだもんな。


 後で主に被害を受けるのは俺なんだ。火力は出来るだけ抑えたい。


「まぁまぁ、つつみちゃん。良いスポット聞いたんだ。ユムシなんか全然居ないサーフィンスポットだ。今度一緒に行こう?」


 半眼のつつみちゃんは片眉を上げて記者を睨んだ。


「ええ。プライベートビーチみたいなもんよ」


 気が利くじゃないか。


「二人っきり?」


「護衛は付けるかもだけど、そうだな」


「フナムシ居ない?」


 絶対いるだろ。


「居ない居ない」


「何時が空いてたっけな」


 スケジュール帳開いて天気予報と見比べ始めた。

 なんだよ、やっぱサーフィンしたかったんじゃん。

 スルッと隣で覗き込んだ記者からアドバイスも貰っている。

 ん?何だ?

 つつみちゃんが目を離した隙に記者から苦い顔で赤外線通信。


”フナムシいますよ”


”しーっ!”

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