第254話 自己都合による誓いその二

 色々と話を付けてくると言って、三千院は家を出て霧の中に消えていった。


 部屋の中に安堵の空気が流れる。

 あいつがいるだけで、何が起こるか分からなくて緊張がハンパない。

 次の瞬間全員発狂しながら溶かされてても何の不思議も無いからな。


”対策パッチは起動したままにしておいてくれ。オンラインで編集を続ける”


 便乗テロに関しては、これである程度収束していくだろう。

 州政府は患者の身柄引き渡しなんて絶対しないだろうから、州軍がこの島に突入する前に三千院は片を付けるつもりだ。


 今俺らがやるべきは。


「ファージ濃霧何とかすればひと段落かな?」


「屋久島の勢力が一部上陸したそうです。破壊工作は資金も物資も無いのでたかが知れてるでしょう。人質確保の為と思われます。先ほど三千院は片付いたと言いましたが、動きに変化は無く、屋久島の統制も取れています。こちらに上陸した者たちも、分散し過ぎて足取りは全て把握し切れていなと連絡がありました。ここに向かって来ないと考えるのは楽観的でしょう」


「さっき囲んでたのは違うのか?」


「記者に聞いてみては?」


 あ、そっちだったの?面倒くせぇ。


「資金湯水のように使った二ノ宮の傭兵様がスタンバってるのに?こっち来るかな?」


 この濃度のファージ中では細やかな誘導は不可能だ。

 碌に鍛えてない患者連中が慣れない島の濃霧の中、コイルガンだけで傭兵の防衛網を抜けて俺らを確保するのは難易度が高すぎる。確かに、このメンバーを捕まえられればワンチャンあるが、今この島はそこら中重要人物で溢れている。死にに来る気も無いだろ。


「俺らの兵装も大半が役立たずだ。霧が無くなるまで航空機も船も近づけないし」


 傭兵がグチってブーたれている。

 出来なくはないが、索敵が疎かな状態で近づいてこれないよなあ。

 濃度異常は、勝手なファージ誘導の所為で起こる電波障害が一番厄介だ。

 対策は焼却が一番だが、その行為自体がトリガーとしてトラップが仕掛けられていたら目も当てられない。

 今回のファージ濃霧は人為的なモノだろうし、トラップがあると考えるべきだ。


「よこやまクン、知ってると思うけど、捕食者は濃霧の中でもファージ誘導出来るんだよ?」


 だろうな。

 でも、完全じゃない。

 のじゃロリの魔法合戦見て限界は掴んでいる。

 それに、ファージ異常の濃霧に囲まれた中での戦闘はもう嫌ほど経験している。


「濃霧中のファージ合戦なら、俺はそうそう負けない」


 まともにカチ合ったら負けるけど。


「溶けずに対処できるって事?」


 指を見る。


「そうだな」


 傭兵が口笛を吹いた。


「三千院の隠れ方も分からなかったのに?」


 サワグチは物申した。

 いやね?三千院が出張って来てるのに、対処を知ってる俺がお客様気分で何もせずにふんぞり返っている訳にはいかないでしょ?


「ちゃんと調べて良いなら。いくらでも手はある」


 既にスフィアの展開を開始した。

 炭田の時の展開範囲に比べたら、この島なんて猫の額程も無い。

 電子戦用の準備は既に整えてある。


「おやおや。頼もしくなっちゃって」


「ハリネズミに応用出来んのか?」


 喰い気味に聞かれた。防衛任される傭兵としては気になるよな。


「出来る。運用経験もある。只、向こうでは既に研究されてる。屋久島の奴らがトレンドについてきてるかは知らない」


「十分だ」


 対応されたら、その都度、対処するしかない。


 食事や水分補給、睡眠も含め、三千院が戻るまでの間は索敵とマッピング班以外休憩となった。

 この場所は既に一部勢力にバレているけど、今動く方が危険だろう。

 ここを動かない限り、三千院の手下も目を光らせていてくれる筈だ。




 食後のストレッチをしていたら、隅で蹲ってた自称記者がハンドサインで喋りたいアピールしてきた。

 誰の利権がどう絡んでいるか良く分からないし、そのまま本社に引き渡しかなと思っていたんで放置なんだけど。何だろう。トイレは済ませた筈だが。

 つつみちゃんやサワグチじゃなくて俺に?


”つつみちゃん”


 佐藤と情報の擦り合わせをやっていたつつみちゃんが首を縦に振る。

 傭兵に一言言ってから、公認の外付け媒体で映像と音声の記録を開始、記者を覆ってるノイキャンをカットした。


「何だ?」


「横山さんは何の為に執行役員長になったの?」


 おお。その落ち着いた口調はデキるスパイっぽいぞ。

 世間話でもしたかったのか?


「質問の意味が分からないな。軌道エレベーターを作る以外の理由で、軌道エレベーターの建設計画の執行役員に就く事なんてあるのか?」


「質問に質問で返すの好きね」


 そこは変わらず嫌いなんだな。


 好きというワードに超反応して、女子二人が近づいてきた。

 俺の後ろで話を聞く姿勢になっている。記者は気にせず話を続けた。


「今、都市圏の資金調達率は世界トップの座を更新し続けている。全世界があなたの動向に注目してる」


 一時的とはいえ、身分詐称止めたからな。


「お金も、権力も、横山さんには十分でしょ?王族の玩具建設のつもりなのかと思ったけど、さっきの口ぶりだとキミは命を賭けてるみたい」


 あぁん!?


「ちょっと待て。ノイキャンかけてたよな?機材は全部外したぞ?」


 聞こえてたのか?どこまで聞いた?

 つつみちゃんみたいな読心術か!?


「全部聞いてましたよ」


 おい傭兵?!

 さっきかなり念入りにやってたよな!?

 見逃しとかマジ有り得ないんだけど。


 傭兵を振り返ると、怖い顔で電磁波測定器を持って近づいてきた。

 立たされて改めて検査を受けているが、記者は表情の変化も無く俺をずっと見ている。


「三千院の言った事聞いてたんなら、お前の身の安全は保障出来なくなるぞ?」


 今のこいつはそこまで馬鹿には見えないんだけどな。


「そんなの。元から無い。質問に答えないの?」


 首を振った傭兵は、俺の隣に来るとファージ検知バリバリに起動して、ハンドガンを抜き前で手を組んだ。

 何なんだこいつ?ナチュラリストだったのか?

 つつみちゃんとサワグチも、テロの仲間だと疑い出したのか、ファージ分布を再度洗い始めた。


 おっさんからチャットログ。


”殺すなら向こうでやる。汚れるからな”


”物騒だな”


 命を賭けるほどの質問なら、応えるのが義理だ。

 さっき迄のおバカキャラと違うから調子狂う。


「軌道エレベーターは人類の希望なんだ。俺の寝る前は、夢物語だった」


 言葉を切った俺に、記者は真剣な顔で頷く。


「流通が完備されない宇宙開発はありえない。金持ちだけが参加できる砂場の遊びでは何時まで経っても人類は宇宙進出は出来ない」


 資源をケチりながら宇宙で研究開発する時代は既に終わっている。

 早く大気圏の枷から逃れないと間に合わなくなる。

 早ければ早いほど良いだろう。


「次の氷河期を地上で乗り越えるのは不可能だ。その前に俺達は宇宙規模で生活圏を安定させなければ絶滅する」


 正確には直ぐには絶滅はしないだろう。

 地下市民なら、百万人規模のコミュニティを維持してある程度の年月存続できる。

 でも、地下で出来る事には限りがあるし、選ばれた人だけで小規模にシェルター生活していきますなんてお花畑な頭の持ち主は地下には一人もいなかった。

 地下コロニーのみでの生存のシミュレーションでは、コミュニティがコンパクトになり過ぎて種の自浄作用が働かず、全体の秩序が維持出来なくなって分裂から崩壊。二百年以上継続したパターンはゼロだったそうだ。地下のビオトープ化だけでは十世代経たずにシステムの構造欠陥で自壊するって試算だ。

 クソみたいなディストピア映画と同じ道を辿る事になる。

 俺はエンタメとしては大好きだけど、そんなのの当事者に加担するのは避けたい。

 次の氷河期が十万年続くのは確定事項だ。

 氷河期の間、全ての人類とその生活環境を存続させる為の資源は、圧倒的に足りていない。

 そもそも、始めの百年で植物は激減して酸素が殆ど無くなり、気候変動に耐えきれず、酸素に依存する種自体が百万分の一まで減るって試算されている。

 生活を維持する為のエネルギーコストはマイナスに振り切り、人類の存続にはほど遠く、緩やかな絶滅しか未来は無いだろう。

 文明が全て崩壊してしまったら、人類は氷河期が明けた後になってからまた猿からステップを踏んで文明の作り直ししていかなければならない。

 地球にとって数百年なんて誤差だ。破滅の足音は、もういつ聞こえてもおかしくない。

 舞原は推論持ってたな。確か暗黒惑星の重力とかなんとか。合ってるかどうかは氷河期が来てみないと分からないけど。


「俺がお飾りに収まってそれで計画が早く進むのなら、喜んで演じるよ」


 他の会社とか団体からトップが来ると、利権だ調整だでタイムロスが凄い。

 俺がゴーサイン出せばごちゃごちゃ言う奴は誰も居ない。少なくとも表向きは。でもそこが重要だ。

 殺される確率は毎日ストップ高だろうけど、俺の寿命はそのまま建設の促進だ。


「それが本心なの?」


 本心?

 そうだな。


「本心だ」


 只のクソゲーマーだったサラリーマン風情が、軌道エレベーターに関われるって考えただけで空だって飛べる。

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