第253話 自己都合による誓いその一

 記者の目的は俺のDNA採取だった。州政府の依頼だそうだ。

 今回の為だけに島の記者団ひっくるめて準備してたというから恐れ入る。

 三千院が”代わりに自己紹介しようか”と言ったらデバイスから記録を開示してペラペラしゃべり始めた。

 放っておくといつまでも自己弁護してそうなので、つつみちゃんに身体検査してもらった後ノイキャンかけて部屋の隅で座ってもらっている。

 傭兵のおっさんに一人戻ってきてもらい、監視をお願いした。勿論、別部屋で一人で見張りとか映画みたいなアホなムーブはしない。監視の目は、多いに越したことは無い。

 この記者も、島を包んでいるこの霧に比べれば些事だ。


「三千院。この霧を晴らすにはどうすれば良い?」


 ぐでっとリビングの椅子に腰掛けたカウボーイはにっこり笑う。

 大の字に伸ばされた脚に履いてる使い込まれた革靴がこいつの歴史を語っている。


「そういう素直な処は君の魅力だ」


 おっさんに好かれてもな。


「でも、テロの親玉がすんなり答えてくれると思うかい?」


「違うのなら何の為に来たんだ?」


「それは勿論!君を助ける為さ!この間命を救われたしね!」


 次の言葉を待つ。

 全員が見つめる中、一息ついたカウボーイは足を伸ばして水を飲んだ。


「私は自分の脳を分けた義体を潰して回っている」


 さっきそんな事言ってたな。


「恥ずかしながら、他の脳は理解不能な言動が多くてね。被害が大きいんで自分で始末をつけてるのさ。自己破壊なら合法だからね」


 特にコメントは無い。

 先を促す。


「屋久島で拘留されてた脳は、破壊したかったがずっと近づけなかった。州政府が厳重に管理していたからね。今回、上杉君の武装蜂起で監視が消えたと聞いて飛んできたのさ。実際には海上を人力で来たんだけどね」


 屋久島の扇動者は上杉ってやつで確定なのか?こいつを信じればだけど。

 少し得意気だが、この辺りの海流はそんな生易しい流れではない、遠泳する距離じゃない。水も冷たいし、無理だろ。

 やりかねないけど。


「なら屋久島に乗り込んで勝手に片を付ければ良い。何でこっち来るんだ」


「既に片は付けてきたさ。恩人が狙われてたら、用事ついでに少し手助けするのも吝かではない」


「情け深いね」


 つつみちゃんが凄い目で睨んでいる。


「貴女の怒りは理解できる。全ての義体が破壊し終わったら甘んじて受けよう」


 すんなりと出てきたその言葉につつみちゃんは息を呑む。


 返答が無いのを返答と思ったのか、三千院は俺に向き、話を続けた。


「今回、陸奥国府が焦っているのは気付いていたかい?」


 知らん。

 皆を見回す。つつみちゃんは首を振る。傭兵のオヤジはスルーでタバコ咥えている。今、舞原のメンバーは居ないんだよなあ。

 佐藤君何か知っとる?

 目線を向ける。


「そういうお話は窺っておりません」


 まぁ、蚊帳の外で情報遮断された上で、あえて異動してきたっぽいもんな。


「焦っている原因は、ただ一つ。君たちが確保しているケイ素集合体の疑似人格の元になっている個体が生存の可能性がある。これが都市圏の手に渡ると非常に不味い」


 予想していた話とは別ベクトルだ。


「その話が本当だとして、何で俺達に言うんだ?」


 俺らをすぐ殺すからいいやとかそういうんじゃなさそうだし。


「私は生存していないと思っているからね。それに、もし生きてて都市圏の手に渡っても。君が。黙っていないだろう」


 ぶわっと、全身に冷や汗が伝う。


「飛行船に乗ってた間にほんの少ししかコンタクトしなかったが、まるで彼女が中に入っているみたいだった。言葉尻は分からず屋の聞かん坊で、でも行動は思慮深さと慈愛に満ちている」


 これは、イニシエーションルーム関連の話か。

 三千院は俺が地下市民だと思ってるのかな?

 のじゃロリはもう知ってるけど、他の奴らは正確に知らない気がする。


「誰なんだ?」


 勿体つけて空のコップをテーブルに置き、水差しからお代わりを注いで一息に飲み切ってから深く息を吐いた。

 酒とタバコ臭そうな奴かと思ったけど、息からは何の臭いもしなかった。


「鷲宮の二代目。私の親友だった子さ。ハブ空港のテロ実行で失敗して帰還できなくなり、死んだものと思われてた。あそこ自体、もう呼び込んだショゴスの巣で手が付けられなかったからなあ」


 時系列がおかしいぞ。


「何時の話だ?」


「何時だったかな?詳しい日時は歴史書の方が正しいだろう。あの日は星が綺麗だった」


 こいつが体験したのか、奪い取った脳の記憶なのか。

 知ろうとしたら確実に殺されるんだろうな。

 そもそも、この話を都市圏の人間が知って良いのか?駄目だろ。


「鷲宮の保有するイニシエーションルームたちには、都市圏に取られると不味い情報が沢山あるからね」


 あれ?

 屋久島にいた奴らからはイニシエーションルームの情報抜かれてないのか?

 いや、知ろうとした奴らは既に殺されてるのかな。


「ルームキーに関しては君も御存じじゃないのかい?」


「ん?」


 あ。ああ、そうだな。

 使用と変更が基本”当主のみ”なんだな。

 山田のおっさんとか俺は例外だ。

 でも、ここでそういう事言わないで欲しいんですが。

 サワグチも本体ならもしかしたらイケるかもだけど、関わらせるのは絶対に避けないと。


「さあな」


 是と言える訳が無い。

 差し当たって問題は。


「都市圏は赤道にあるショゴスに塗れた昔のハブ空港なんかに興味は無い。いずれなんとかするかもしれないが、そこに鷲宮二代目が生きて居たとしても、アクションは取らないだろう」


「だろうね。そんな事が知れたらむこうの共同体も利権確保に向けて動いてしまう。シンガポールやマレーシアと今争そうのは得策ではないからね」


 こいつこういう考え方する奴だったのか?

 直情的な恋愛サイコ野郎かと思ってたんだけど。


「御社にある彼女らの解析が進めば、いずれそういう話しも出てくるだろう。そこは時間の問題だと思わないかい?」


 かもしれないな。しれないだけだ。


「都市圏と陸奥国府の間で、不可侵条約は結べないのか?」


 記者以外の全員がギョッとしている。

 何か感じたのか、一瞬遅れで記者もビクッとして脚を縮めた。

 舞原と二ノ宮でやっても良いが、それだと商法の範囲内で法的拘束力が弱い。


「アッハッハ!最もな話だね!ハッハッハ!」


 どこに笑うトコがあるんだ?


「テロリストと条約結ぼうなんて。前代未聞だよ」


 つつみちゃんが呆れている。


「二ノ宮と貝塚は舞原と結んだじゃんか」


 いつの時代も、テロ組織だろうが素人組織だろうが、政権運営されてるならそこが交渉の主軸だ。


「あれは、会社法に則ってるからね。舞原商事とは実績も有ったし」


「なら、今回も実績を作るだけだ」


「アッハッハッハ!」


 カウボーイが膝を叩いて馬鹿ウケしている。


 ナチュラリストは人喰いのクソだ。

 でも炭田に行って、舞原を知って、色々な奴に出会って、起きた当初よりこの世界の理解度は深まっている。カテゴライズして否と声高に言うのは簡単だ、そんなのサルに任せておけば良い。ちゃんと理解して、ちゃんと判断出来るなら、俺一人でもするべきだ。

 文字情報残すだけで都市圏とか陸奥国府が下手な動きするのを少しでも牽制できるなら、やらない手は無い。


「何より、軌道エレベーター建設に水を差すのが許せない」


「うん!うん!そうだろうそうだろう!」


 誰であろうと、何であろうと。

 俺らの宇宙進出を妨げて良い訳が無い!


「何で燃えてんの?」


 サワグチのツッコミも今の俺にはノーダメだ。

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