第252話 超過密タスク
屋内も若干濃度が上がり始めている。
急ごう。
「衣服表面基準でやるけど、コーティングして欲しい物は指定してくれ。一緒に包む」
番記者が手元に出した無人機や、傭兵がアイコン指定した兵装も範囲に入れていく。
アカシャアーツへの許可から書き出しまで慣れたもんだ。
全員がファージ的に認識されなくなっていく。
「思ったんだけど、これ音波自体にソナー機能あるのかな?」
「それはダイジョブだよ。さっき確認した。集音されてる素振りは無いよ。てか、このぐちゃぐちゃ具合は集音したら機器壊れるんじゃないかな?」
そりゃそうか。
もうファージ的な炙り出しは不可能だし。なら、ノイキャン起動しても問題無いな。
「手持ちのスフィアでノイキャン起動するぞ」
振動は若干くるが、大音響の太鼓は和らぎ、冷や汗が引いていく。
”あれ?”
つつみちゃんがログで囁く。
音が止んだ。
やっぱざっくりと位置特定されてたな。
死んだと思われたのか?消えたからサーチし直してるのか?
”まあいいや。電磁波凄いからとりあえずノイキャンだけ切るわ。デカい音立てないようにな”
”窓。一瞬ポイント見えたよ”
何だ!?スナイプか?!
”全員、離れて伏せておいてくれ”
つつみちゃんが指した窓を見ると、一瞬カーテンにポイントが見えた。
”八の字書いた。傭兵さんだよ”
スフィア当ててみるか。
隙間にスフィアを出すと、文字チャットのレーザー通信が単発で入る。
”一人ノンファージがいた。見た感じ手ぶらだったが、包囲抜かれて消えた。済まん。返信はいらん”
”敵襲!”
といっても、出来る事は限られている。
”一人外にいる。崇拝者の可能性大。全員、下手に動くなよ?”
傭兵のおっさんたちも、捕食者相手だと下手にアクション出来ないだろう。
見つかれば確殺されるからな。
今ここでガチれるのは俺だけだ。
つつみちゃん、サワグチ二号、佐藤、記者。
畜生。傭兵一人でも残ってもらってれば色々動けたんだが。
手榴弾投げ込まれた時用にスフィアを待機させ、皆には対爆シートを被ってテーブルを盾に壁際に寄ってもらう。
”フィーツー。爆撃対策のコーティングの準備だけ頼む”
”了解”
気休め程度だ。一応ドアは全部開けたけど、もし投げ込まれたら発見されるの承知で窓も開放しないと、この狭い室内じゃ直接喰らわなくても圧力で全員死ぬ。いつでも開放できるよう、ファージ誘導の待機をさせておく。
無人機にもスフィアにも反応無いんだよなあ。全走査引っかからない。これはのじゃロリクラスの奴じゃないのか?ファージ合戦で勝てる気がしないぞ。
大口径の武器だったら反応は絶対拾っている。壁ごと穴だらけにしてくる可能性は低い。やるとしたら手榴弾を窓からダース単位で投げ込むとかだろう。
投げ慣れた奴じゃない事を祈る。
全員が息を殺す中、呼び鈴が鳴った。
予想外の音に、顔を見合わせる。
皆間抜けな顔をしている。
家に備え付けのカメラを見ると、覗き込み手を振る不審な男がみえた。
「おーい!見てる~?」
カウボーイハット被ってクソデカい声だ。俺の知ってる馬鹿に似てる。つつみちゃんも片眉を上げた。声で気付いたみたいだな。
知ってる馬鹿なのか、ガワだけで中身が別の奴なのか。
隣の島の奴は脳缶だから違うよな?
アシストスーツは着てないな。なら近接の方が対処しやすい。
”出てくる”
駆け寄ってこようとしたつつみちゃんを片手を上げて止める。
”俺の知ってる奴に似てる。多分大丈夫だ”
”その大丈夫は大丈夫じゃ無いやつでしょ”
そのままツカツカ歩いてきてしまう。
シンセを小脇に抱え、黒スフィアを浮かべた。
”一緒に行くよ”
困ったちゃんめ。
やっぱり何度やっても走査に引っかからない。ドアの向こうは感知出来ない。反応してるのはこの家のカメラとマイクだけだ。
つつみちゃんも首を振る。
見付かるの覚悟で何度も家の周囲を走査し、結局何も見付からず、ドアを開けたら居ないのかと思ったが。
そっと空けた隙間から覗き込むニヤニヤした髭面は矢張り見覚えのあるアイツだった。
実体か?鱗粉の映像じゃないよな?ファージ誘導の形跡無いもんな。
こいつほんと意味不明だ。
「よっ!返事無いから焦ったよ!早速で悪いけど、うちの部下に向けてる射線外してくれないかな!?下手に動けなくて防衛もままならないんだよね!」
動かなかった奴らはこいつの手下か。
「武器から手を放してファージ誘導切って両手を上げさせろ」
「やったよ!」
”今手を上げたやつは三千院の手下だ。直ぐには殺さないでくれ”
「いやあ!話しが早くて助かるよ!」
「声がデカい」
「別に音波で探られてないよ。でも雰囲気は大事だよね」
背を丸め、片手を口に当てほんの少しだけ声のトーンを下げた。
一々イラッとくる奴だ。
「中に入れてくれるかな?ここだとスナイプされちゃうかも。コイルガンでも当たると痛いんだよね」
そこまで知ってるのか。
屋久島にいたっていう脳缶の方なのか?
表情には動きを出さなかった筈だが、俺の筋肉の動きを感知したのか。三千院は苦笑いした。
「そう云えば、自己紹介はしていなかったね。私は三千院兼康」
知ってる。
「全ての自分を殺して回ってる捕食者さ」
それは知らない。
「初耳だ」
「言ってなかったからね」
「入れ。ドアを閉めて話そう」
”つつみちゃん、皆には会わせられない”
”うん。送信した。隠れてもらってるよ”
”全員にこれを”
後ろ手に接触通信で渡す。
のじゃロリから貰った思考汚染対応のセキュリティパッチだ。
スミレさんに見せてお墨付き、改良もしてもらって試験運用済みだ。
”これ。例の?”
”スミレさんに調整してもらってある”
”了解”
直接会わなければ問題無いと思うが、こいつは何をやるか想像が付かないからな。
「山田君。現状は把握してるかい?」
着ていた厚手のロングコートは泥だらけなので脱いだが、カウボーイハットは取らなかった。ブワリと草と土の香りが広がる。
威圧感は無い、でもこいつの存在感で妙に玄関が狭く感じる。
「テロがわんさか。屋久島で武装蜂起。島は魚人に囲まれてて、ファージ濃霧で島ごと溶かされそうだ」
「はっはっは!!四倍役満だよね!」
「麻雀はやらない」
「おや。意外だね!当時のサラリーマンは全員嗜んでた筈だけど」
「情報元の信頼性を疑った方がいいかもな」
「留意しよう!」
バカ笑いしてるけど、目が笑ってないんだよなあ。
「座って話したいね。ここ三日ほどずっと動きっぱなしでヘトヘトなんだ」
「椅子を持ってこよう」
リビングには他の三人がいる。会わせる訳にはいかない。
「私があの子たちに何かすると思っているのかい?君に嫌われそうな事は何もしないよ。それに、隠さなくても既に身元は割れているよ」
「それは大問題だな」
こいつを殺さなくてはならなくなる。
「おっとっと。待ってくれ」
三千院は両手を前に出し、慌てて一歩下がった。
「ソフィア君のコピー体に、貝塚君の弁護士の佐藤みつる君、自称フリーランスライターの鈴木鈴子君。ああ、この子はよろしくないけど、知ってて一緒に行動してるのかな?」
走った。
つい、動いてしまう。
最悪を想定して開けたドアの向こうは、予想通りではなかった。
既にシートから出ていて、二人から離れ、両手を上げている自称記者は、不貞腐れて笑っていた。
「流石に、この状況で何もする気は無い。アタシも命は惜しい」
良く見ると、佐藤君が小型のテーザー銃っぽいのを記者に向けていた。
グッジョブにゃんこ!
「不穏な動きをしたので離れててもらいました」
親指を立てておこう。
後ろから覗いた三千院がドヤっている。
「間一髪だったかい?」
処理すべきタスクが多すぎる。
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