第251話 世界で一番大きい太鼓

 トイレ休憩に借りた民家にその場の全員が入る。

 高気密住宅なので、そのまま外で防壁を作るより密閉の手間は段違だ。


「外の傭兵はどうするんだ?」


 対処の為散ってもらってる傭兵たちは未だビーコンすら見えず、スフィアや無人機の走査にも引っかからなかった。良い機材積んでる。相当鍛えられてる。

 俺らの警護の為にスミレさんかなり金と時間を使ったな。


「なんとかするでしょ。佐藤さん。出た?」


「検査結果出ました」


 佐藤が気象データを皆の前に展開する。

 曇り空から、ゆっくりと降りてくる大規模ファージ誘導。


「ファージ濃霧です。完全に島を覆いますね」


 一目見ただけでげんなりする。


「ぐぇ」


 これは。


「全体の平均濃度は六千クラスなので、限界濃度の二割増しですか。最高濃度箇所は推定で十倍と見積もられますから六万、完全にレッドアラートです。充満してしまったら誘導は控えなければなりません」


 治った筈の指が疼く。


「テロしてる連中も、魚人使えなくなるだろ。何でこんな事するんだ?」


 てか、これじゃ魚人たち死ぬんじゃないか?


「それはもちろん」


 つつみちゃんはその先を言わず、モノ言う視線を全員から頂く。

 確かに電力有ってレコードに繋げりゃそこそこイケるけどさあ。

 過大評価され過ぎなんだよなあ。


「プラス。エレベータ建設もストップするもんね。ファージ誘導に不安があると、エレベーティングテープ維持出来ないでしょここまで大きいと沈静化に最低一月かかる。かなり遅れるよ」


 確かに。


 エレベーティングテープはそのままでは重力や風の影響で維持が出来ないし、大気の無い所では宇宙線の影響で劣化が進みやすい。

最終的には静止軌道まで伸ばしてコロニー建設に漕ぎ着けるのが目標だが、その為のテープの維持には、貝塚グループや舞原商事の有する特許技術や新鮮なファージを供給する二ノ宮が欠かせない。


 仕組みとしては、エレベーティングテープ上に維持した磁界の中でファージ誘導を行い、上空への気体の流れを作り、真空状態の区間でも風を発生させる。当然、気圧操作も出来るので風の強い所では風力を調性してテープへのダメージを減らす事も可能だ。送った空気を完全に遮断するのは不可能だが、放散は前提。テープが飛ぶ程度の気圧が維持出来れば良いのでエネルギーコストはかなり低い。

 幅一ミリにも満たないこのテープは、拡大視するとそれ自体が揚力を発生させる。ギザギザしていておぼろ昆布の凧っぽい形状で、風を受けて浮き上がり飛ぶ仕組みだ。勿論、ミリ幅単位で飛ぶ方向も制御できる。

 テープは軽く非常に安価で、素材自体は脆く壊れやすい。互いに引っ張り合ってダメージが蓄積しない構造になっている。電気的にコントロール可能な素材なので、強風や衝突による破壊も、変形させて対応が可能となるし、何千本も伸ばすので、例えボロボロ切れても、付近に滞空するテープによって切れた傍からアンカーで固定され隣のテープに電磁誘導で載ってきた修理機器で補修される。

 実質、常時何百本破損しようがエレベーティング機能は維持される。

 一本のテープでは基本的に小さいモノしか送れない。大きいモノを送るときは何百本か束ねてコントロール出来る重量を増やしていく。

 今回の計画、テープ自体が運動エネルギーを持つ事で、衛星軌道の重力調整に融通が利くのが最大の利点だ。

 衛星軌道は大体上空二百キロから始まるが、ここで浮く為には、地球の重力に対抗する為に落ちるスピードより早く地球の回転方向に併せて飛ばなければいけない。高度二百キロなど、地上との重力差は誤差の範囲だ。

 早く飛び過ぎると地球の重力圏から脱してしまうし、遅いと地球に落ちていく。結果、衛星軌道では減速すると緯度経度の定点が出来ない。

 この衛星軌道上のエレベーター維持は只エレベーターの自重対策をするより桁違いに厄介な問題だ。

 単に強靭な素材を繋げて伸ばすだけでは、低軌道の静止維持なんてしたら地球上のどんな物質であっても分子間力が維持出来ず遠心力に耐えられなくてあっという間に分解飛散してしまう。なので、エネルギーを使い補助する必要が出てくる。

 このテープなら、運動方向を地球の自転と高度に合わせて加速し、調整していくコストは発生するが、一度完成すれば、静止軌道までしっかり伸ばしていける。


 テープ表面の気体維持が光ピンセットを持つファージ頼りだから、アンカーとなる地盤が濃度異常で操作出来ないのは普通に詰む。餌としての組成はテープに練り込むが、環境の定点維持には限界がある、ファージを含んだ空気は常に下から送らなければならない。ファージ単種での自己増殖が無理だからだ。

 軌道エレベーターにこの嫌がらせは効果抜群だ。

 アースポートに供給施設と防衛設備が完成しないとお話にならない。


「ファージ濃霧って人工的に発生とコントロール出来たのか?」


 そもそも、ナチュラリストにそれが出来ていたら、とっくに都市圏は全滅してる気がするんだが。


「メカニズムは解明されていません。長期的な濃霧維持は考えにくいですが、時間稼ぎには有効ですよね」


 猫君は見た目冷静そうだが、自前の通信が満足に出来なくなって若干不安そうに尻尾を揺らしている。


「この濃霧は吹き飛ばすより待ってるだけで良いって事か?」


 いつ溶かされるか分からない環境で待ってるのは嫌だなあ。


 吹き飛ばす方法なら、今の俺達は持っている。


 音波共鳴炉だ。


 ここに持ってきて起動すれば、台風すら操る膨大な電力であっという間にクリーンな空気に入れ替えてくれるだろう。

 でも、テロしてる奴らもそれは想定内だ。

 向こうなら都市圏に近く、まだ守りやすいが、こっちの治安維持はまだ整備途中だ、安易に今ここに持ってきたら状況は悪化するだけだろう。

 アレは絶対テロリストに渡せないし、システム解析と研究が全然終わってないのに壊されたら困る。


 ふと。

 どこからか、振動音が聞こえる。


 全員が息を止め、耳を澄ます。

 外のスフィアや無人機で集音をかけているのだが、上空を覆う霧全体から聞こえている。

 何をする気なんだ?


「和太鼓?」


 つつみちゃんが天井を睨みながら音に集中している。

 一定間隔で起こるその振動と揺れは、どんどん大きくなり近づいて来る。

 神鳴りじゃないのか?


「狙われてないか?ヤバくね?」


 骨まで響いてきた。脳や腸が震えている気がする。

 体に悪そうな振動だ。


「霧全体から発信されてる。あれ自体がスピーカーの役割なのかな?島全域に同じ周波数で降って来てる。ここだけノイキャンかけても良いんだけど、完全に位置特定されるし、目的が不明なんだよね」


「何とかしてくださいよぉ~」


 番記者は音の度にビクビクして部屋の隅でちぢこまってる。

 スカートの隙間からパンツが見えてるが、黙っておこう。


 まだ耐えられるが、鼓膜にも結構クる。

 対応策を協議してるつつみちゃんと佐藤を横目に、カーテンの隙間から外を窺うサワグチの所に行く。スフィアから見る映像では既に島は霧にすっぽり包まれ、外の低空にある無人機の可視光カメラではもう視認不可だ。

 俺も外を見てみた。窓の外は一メートル先も見えない。


「「霧が、出てきたな」」


 顔を見合わせた。

 サワグチはドヤ顔をしている。

 

「浅はかな奴」


「仕方ないだろ!?言いたかったんだ!」


「落ち着きなよ。皆見てる」


 くっそ!


「駄目だね。音波でファージ誘導の固定が出来ない。細かく変えても全周波数でキャンセルかかる。このままガードし続けると居場所が炙り出されるよ」


 虚空を見ながら両手の指を忙しなく動かすつつみちゃんはへの字口で悔しそうだ。

 俺は見た。振動に合わせて胸が僅かだがプルプル弾んでいる。


「つつみちゃん対策してきたって事?」


 長く愉しむためにも、絶対に気付かれてはいけない。


「あー。うん。そういう事になるね」


「俺がやろうか?」


「濃霧なのに使ったら危ないでしょ。今のわたしじゃサポート出来ないよ?」


「大丈夫」


 たぶんいける。


「あたしが回るわ。家の中に浸食される前に始めて」


 おお、サワグチ先生サポートなら心強い。


 つつみちゃんとハイタッチしたサワグチが回線と電力の構築を始めた。

 んじゃ、いっちょやるか。

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