第250話 包囲

 佐藤君は俺らが身元を洗ったのに気付いた筈だが、特にコメントもレスも無く、患者リストを公開した。見たのは俺とつつみちゃんだけだ。他の奴らは拒否した。色々面倒なのだろう。

 凄い経歴の持ち主ばかりいると思ったが、意味不明な政治犯とか、政争に負けたくさい都市圏の二世も結構いた。

 あの大きな島に、百六十五人。この数字が多いのか少ないのか、毎年患者の中に自殺者もいて、正直マトが多すぎて絞り切れない。


「経歴だけでは絞り切れないでしょう」


俺とつつみちゃんが顔を見合わせたタイミングで佐藤が口を開く。


「なので私から、この中でテロを扇動する中心人物は三人まで絞れます」


 俺らの前にバストショットが三人チョイスされる。


「一人は、舞原裕子。現在ポッドで睡眠設定中の筈ですが、二年前までは度々起こされてショーに使われた履歴があります」


 平然とコメントする弁護士の顔色は変わらない。

 あれ?ちょっと待て。山田の彼女じゃないよな?耳は四つだぞ!?


”大丈夫。あの子じゃないよ。脳は同じだろうけど。もっと昔に捕まった人だね”


 つつみちゃんから一言入る。


「この方は所謂、扇動のプロですね。人心掌握に長けています」


 特にコメントは無い。先を促す。


「次に、熊谷での弁護士団失踪事件の実行犯、上杉健一。もうかれこれ七回でしたか、脱走を図りました。武装蜂起も一度」


 凄ぇな。

 まぁ、俺でも逃げ出したくなるけど。

 上杉って、経歴見るとアレだな。鷲宮の傘下にいた上杉の一人だ。

 俺が北に行く前に既に捕まってたっぽいな。

 スミレさんの弁護士失踪に関わってたのか。

 下手すりゃ俺とかスミレさんもこいつに消されてたんだろうか。


「最後に、三千院兼康。四人目の発見なので、ナンバー四と識別されています。脳缶で単体では機能しませんが、アカシック・レコードに繋がると非常に厄介です。施設に接続機器は存在しない筈ですが、管理者が秘密裏に持ち込んでいた事が一度あります。今回はまだ不明です」


 つつみちゃんの表情が固くなる。


「この中の一人、あるいは全員が共謀してる可能性が高いですね」


 正直、全員やりそう。

 データは出してもらったものの。俺は警察の捜査官でも、探偵でもないので、現在判明してるモンタージュと経歴だけで、どう調べたらいいのか、どうアタリを付けたらいいのかも分からない。

 でも一言、言いたい。


「管理者のモラルってどーなってんだ?」


「私からはなんとも、人事権は州政府でして。施設長や理事長など、一部に被害者遺族が関わっているとだけ言っておきます」


 そういうヤツか。


「今回、都市圏や他の自治体の人間は実行に関わっていないか、又は中心人物ではないと見て良いでしょう。戦略級のファージ誘導や非接触部族の管理は一朝一夕で出来るものではありませんからね」


 確かに。

 そだ。


「島のネットセキュリティに俺らは介入できるのか?」


 佐藤は眉の辺りの触毛を微かに動かした。


「大宮の防衛と同様にという事でしょうか?」


 まぁ、ダメ元で。

 プッシュはしよう。

 テロに入り込まれてるし、ネットセキュリティも今は大わらわなんじゃないか?人手は欲しい筈だ。

 俺が佐藤だったら二つ返事で断るけどさ。


「ああ、そうだ。発信元の特定は、俺が介入すれば手段が増える筈だ」


 シンプルイズベスト。誰が暗躍してるかは兎も角、発信源が特定出来れば、そこを叩くだけだ。


「それを教えて頂ければこちらで手配しますが」


 銀行とか政府機関関連のセキュリティは、そうポンポン開示しないのは当然っちゃ当然。でも今のこの状況は例外じゃん?

 開発計画の責任者の生命に関わるんですよ!


「バレずに遂行出来るならな。んでも、コードごと手段を渡すのは俺らの飯の種に繋がるから、その場合はデータ取引の覚書が欲しいな」


 一応、立場上売り込みはしとこ。


”つつみちゃん、頼まれたら手伝ってくれる?”


”りょ”


 上手くやってくれるなら任せた方が良い。

 ネットセキュリティの管理統括は貝塚だったな。

 俺やつつみちゃんより巧く防衛してるだろうか?

 青森でハッキング受けてたし、貝塚も完璧ではない。

 大体、古今東西ネットセキュリティは、オフライン管理しない限り絶対なんて無い。常に突破される前提で、対応の速さで防衛するものだ。


「確認してみましょう。代表からです。繋ぎます」


 早っ!秒でレスが来た。


”我々のネット防衛に不備が有ったのかね?”


 若干不機嫌?おこなの?忙しかったのかな?

 つつみちゃんが目配せしたので俺が交渉担当だ。


”誘導者の割り出しが進んでないみたいだから、俺らが手伝える部分もあるんじゃ無いかと思って。セキュリティ環境の現状も何も聞いてないからな”


”確かに。どう守られているのか把握すべき立場ではあるな。宜しい。現状を開示しよう。好きにやり給え。正し、君は生体接続者だ。ログは今後の交渉材料となるので手段は選んでくれ。子細は佐藤に任せる”


”畏まりました”


 佐藤が返事し、それで切れた。

 相当忙しかったみたいだ。初めて通信した時より映像が荒れてた。

 ああ!折角繋がったんだから、何でこの島を佐藤に任せたのか、貝塚の口から聞きたかった!

 いや、聞いても答えないかな?

 聞かなくて正解だったかな。


「今後の作業に関して、ざっくり書面化してみました。確認と、宜しければサインをお願いします」


 佐藤君出来るな。


”つつみちゃんもよろすこ”


”ふ。ふぃーつーも見てね”


”はいはい”


 凄く真面目な書面だった。

 ケイ君とメアリの時みたいに、怪しい仕込みも無い生真面目な覚書だ。

 俺とつつみちゃんのサインと同時に、佐藤君から回線が開く。


 さて、ネットの宝探しは得意だ。




「あはは」


 接続したとたん。笑いが声に出てしまった。

 休憩してた記者や傭兵が怪訝な顔をしている。


 今この島はめっちゃ干渉受けてる。

 膨大な数の監視とハッキングと悪性トラフィックが行われている。大宮の比では無い。回線の九割が、潰しても潰しても、それとその対応に割かれている。島北部の発電関連施設周辺がオフラインになってるけど、これはたぶん、安全性を考慮してそもそも回線が作られていないんじゃないかな?

 手抜きで一括管理してると、どこかの甲信越みたいに工場から電力弄られて大停電みたいになるもんな。

 俺らの時代も、アフィとか迷惑ボットが常に回線の八割を使ってて、ネットインフラの代表が”無駄コストだから政府になんとかして欲しい”と苦言を呈した事が有ったが、二百六十年経ってもここまで酷いのは・・・これはもう、島の電力遮断した方が早くないか?

 一応言っておくか?


「電力遮断した方が早くないか?」


「ですね」


 佐藤も頷いている。


「外部からの通信はノイズになるので、避難が完了したらファージネットは遮断する予定でした」


 だよな。


「何時完了するんだ?」


「あと三時間弱ですね」


 長すぎ。


”発信元のエリア指定は済んだよ。ファージ誘導かけてるひとと同じ位置が存在するかどうかは知らないけど”


 つつみちゃんが指定した周辺海域の地図には、輝点が打たれていて、通信量も表示された。


”今出てる通信量は概算ね。干渉すると気付かれるし”


 公共インフラを介する限り、アクセスポイント経由する通信はノーリスクで監視できる。

 ナチュラリストはブラフでワザと増やす場合もあるし、参考程度だが、完全に通信を消すのは不可能だ。なのでこれでだけで結構絞れる。

 既に二万箇所まで絞れた。海中にもあるけど、これは魚人とかも含まれてんのかな?ホントに島を囲んでるな。島の棚に張り付く感じで綺麗に囲んでいる。完全封鎖して、海路は遮断されてるのか。

 追い立ててもすぐ逃げるし、機雷や魚雷を全域にブッこむ訳にもいかない。

 貝塚ならキレたらやりそうだけど。


「因みに、馬毛島は全土が天然記念物指定です」


 言う前に佐藤先生が応えてくれました。

 利用されてるだけの原住民を殺戮するのは俺も本意ではない。


「魚人君たちの接続は?」


「現在はコントロールを受けてる兆候はありません」


 繋がってはいるけど、アクセスは受けてないのか。

 海中に潜んでいるのは三百匹くらいか?ほぼ等間隔に種子島全土を囲っている。

 あの島でこれだけ暮らしてたのか。


「切断しちゃえば?」


「一部、切断したら、戻らずにそのままこっちの島に上がって来てしまって、まだ全部捕獲できていません。水場に潜まれると非常に見つけにくい様です」


 海上からカメラで録った映像見せてもらったけど、海底を泳ぐ奴らは保護色で、目視じゃほぼ無理だもんな。ソナーでも綺麗に出ないし、大切な天然記念物様なら、全員にビーコン打っとくべきだったろ。

 これじゃオフライン化されて側溝で泥被ってたらまず見つからないだろう。

 そんなだったら、オンラインで位置特定しといた方がいざという時安心という事か。


「それに、戻してもまたこの島の棚際に戻って来てしまいます」


 そういう命令を受けたのか?


「餌は?」


”餌”


 サワグチがウケてる。


「食事も睡眠も、そのまま海中で行っているのが確認されています」


 飢餓で巣に帰るとかは無いのか。寄合衆とは違うな。

 こいつらは自力で生活してたんだし、当然か。


「そもそも、何でそんな危険な状態で放置してたんだ?」


「コントロールは不可能だと判断されていました。実際、今回までに試行された形跡は何度もありましたが、全部失敗でした」


「安易だな」


「耳の痛いお言葉です」


 佐藤に当たっても仕方ない。


「済まない。聞き流してくれ」


 頷いた後、動画をいくつか表示した。


「通行しようとするとほぼほぼ沈められます。海上でも、高度が無いと無理です、輸送用の水上飛行艇が落とされました」


「どうやって?銛でも投げられたのか?」


 佐藤君は軽く息を吐く。

 笑ったのか?


「ファージ誘導で水中や空気中の密度コントロールします」


 うぉ。面倒くせ。


「誘導範囲も強度も危険度は低く。島から離れませんでしたし。本来、狩りにしか使わないのですがコントローラーが指示したのか、集団で誘導するようになりまして。味を占めて遊びに使われたら、絶滅させるしか無くなるので困りますね」


 他種族は不干渉が一番だよなあ。

 ”皆仲良く”の強要は何時の時代も余計なお世話だ。


「呑気なお茶会は終りだ。囲まれてるぞ」


 民家の陰でクソ記者と一緒にウ〇コ座りして、結局いつの間にかタバコを吸っていた傭兵のおっさんが、地面で吸殻を潰しながら立ち上がった。

 ウ〇コ記者も名残惜しそうにタバコを消している。


 確かに、囲まれている。


 傭兵たちの回線と共有しとくか。


”んじゃ。開示すんぞ”


 表示マップ上にあっという間に所在特定されてく敵性勢力に傭兵のおっさんが目を剥いている。音声ログからも口笛が幾つも響く。


”これが件のハリネズミか。スフィアの量産と対策が激化する筈だわ”


 都市圏にもここまで徹底したデータリンクは存在しなかったので、案外受けが良い。

 東北では今、スフィア特需の所為で光半導体用の基板が爆売れだ。


”今の処スフィアも無人機も無事だし。怖くはない”


”金の暴力は怖い怖い”


”人聞きの悪い事言うな”


 のじゃロリたちとか貝塚たちとか、対策は既にいくつか思い付いているだろう。自分らがコレを喰らわないから黙っているだけだ。


”何故バレたのでしょう?数ある足跡の中の一つの筈でしたが”


 弁護士君は法関係は無敵でも、対人戦は素人みたいだな。


”接続したからだろ?ナチュラリストだと、位置特定はされないが、なんとなく掴まれる”


”そうなのですか?”


 誘導強度足りない環境の俺でも出来るからな。


”バレたなら、反撃して良いよね?”


 つつみちゃんが背中のくまちゃんザックからシンセを出そうとした。


”まぁまぁ。つつみ代表。おいちゃんらに任せなよ。仕事取らないでくれ”


 三千院の名前に過剰反応して殺気立つつつみ氏をヒゲのおっさんが窘める。

 こっちの外回りの傭兵は十四人、囲んでる奴らは三十人以上、三十三人いる。

 俺の時より一人多いな。

 でも、今回の相手は兵装充実してそうだ。

 監視に気付いて消えた奴も一人いる。

 見られたのに気付いた奴らは走り寄ってきている。ハリネズミ使ったから俺がいる可能性大だって気付いたんだろう。

 動きが違うのは二勢力いるのか?

 もう一つの勢力は気付いてないのか、位置バレしても静観を決め込んでいる。


”多いぞ?いけるのか?”


”まぁ見てろって。砲撃とファージだけ注意しててくれ。俺も出る”


 そう言ってノイキャンを起動すると、庭先の茂みに消えていった。

 てか、ビーコン消すなよ!信用無ぇな!


”タバコのニオイでバレるなよ?”


 わかっちゃいるとは思うが、忠告はしとこう。

 返信は無かった。チャットはオンラインだから聞こえてはいるだろ。

 ナチュラリストは犬並みに鼻が良いからな。


 他の傭兵たちも、巡回していた奴らのは消えてしまった。

 ああ、やっぱり、傭兵のオヤジあんなこと言っておいて。スミレさんハリネズミ対策済みか。

 短い天下だったな。

 無策で来るヤツらに効果てき面なのは変わらん。


「わ。わわわたし、皮剥がれて食べられちゃうんですかあ?」


 クソ記者が全身震えて、漏らしそうだなこいつ。


”おい。記者のスフィア停止させろ。見付かってるぞ”


 あ。


「番記者君。上空のスフィア。遠ざけてくれるかな?出来れば旅館か空港に。ここには絶対下ろさないように」


「買ったばかりなのに!そもそもファージ誘導不可能高度ですよ?!遠ざければいいでしょ!?」


「五月蝿い。死にたいの?」


 やべ、サワグチがキレ始めた。


「なんか、あなたヤケに足引っ張るよね?テロと繋がってるのかな?」


 つつみ様もお怒りだ。


「置いてく?」


「ヒッ!?」


 テロの仲間だったらここまでアホじゃないだろ。


「ああ。もういいや。俺が新しいの奢るよ。上のは壊すぞ」


「あ、あの物理データ」


「壊すぞ」


「はひ」


 涙目で萎れる番記者は少し可哀そう。

 何でこいつこんな仕事してんだ?


 たぶんだが、こいつのスフィアに付いてるカメラのレンズがこっちに向いていたのだろう。上空七百メートルの位置で、確かに誘導可能濃度のファージ空域範囲外だが、避難民も島の至る所で大勢移動中だが、場所は特定されたと見ていい。

 島内の監視機器は現在進行形で破壊されまくってて、俺の所持している監視用機器も低空のが何個か壊されたが、スフィアはしっかり隠ぺいしているのでまだ被害ゼロだ。

 ファージ探査も、赤城山の向こうで鍛えた成果か、手動でかけなくとも勘でざっくり分かる。

 この島のファージは使いやすいよな。


「向かってきてる奴ら、ガス銃だ。部屋の中に入ってよう」


「私の方では把握できていませんが、ハリネズミに隠し仕様でも?」


 首を傾げる佐藤君が絵になり過ぎてあざとい。


「いや。ファージでなんとなく分かる。この島のファージは性能が良いのかな」


「濃度は基準値の筈ですが」


 一瞬黙った。猫君は、慌ててパネルを幾つか開くとつつみちゃんに振り向く。


「つつみ代表」


「うん。ここの隔離始めたけど、囲まれたね」


 囲まれてるけど。


「何が?」


 ついリアル音声で聞いてしまう。


”屋内に退避。電磁波もレーザーも一時遮断する。この家借りよ”


”こんな民家じゃ、爆撃されたら厄介だぞ?”


”いいから早く!”


 おっと。


”遮断すると、ハリネズミが機能しないぞ?”


”もう撤退始めてるでしょ”


 確かに。傭兵たちが動いてくれたみたいで、向かってきてた奴らは半分ほど動かなくなり、残りは撤退している。

 連動してなかった奴らは相変らず潜んでいる。無気味だ。


”とりあえず傭兵さんたちに任せて。家ごと隔離するよ”


 つつみちゃんはシンセと黒スフィアを起動し、一瞬不協和音を響かせた後、貝塚が九十九里のコテージでやっていた磁力遮断を始めた。

 器用だなあ。

 これ自分らもファージ使いにくくなるから苦手なんだよな。

 てか、この間見たばっかでしょ。いつの間に使えるようになったんだ!?

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