第249話 身辺調査される猫

 開発当初からずっと、二度の文明崩壊後も日本が世界に先んじている技術に核融合技術がある。

 この種子島に軌道エレベーター建設の白羽の矢が立ったのは、地理的な理由もそうだが、ロケット発着場として機能させる為に安定した自由電力が既に確保出来ているというのがデカい。

 そこに天まで届く音波共鳴炉が来れば、これはもう鬼に金棒だな!


 俺たちが向かう予定だった島の北東、沖ヶ浜田港には現在、島の電力の要とも言える種子島原発三号機と四号機が稼動中で、初号機始動後六十年、第七世代目となるグロー放電炉は、出力調整が他の炉に比べて格段にし易く、メンテナンスコストも安いので離島での単体運用に適していた。

 炭田とかは基盤管理責任者の浜尻が一括して発電も流通も行っていたが、電力は基本、作って流すだけでは利用できない。

 俺が壊した時みたいに、使う分だけ正確に流さないと直ぐに不具合や事故が起きてしまう。

 火力や水力など、出力調整し易い発電地域では発電所がコントロールしている事もあるが、総括できる小売り業者が調整も担っている地域も多い。

 橋本重工の工場で電力コントロール出来たのも、あそこが地域の電力融通もしている施設だったからだ。

 この島では、リチウム製造と輸出は比較的波の安定した西海岸で行われ、そこで作られた豊富なリチウムを原料に、政情不安や災害時でも滞る事の無い強力な電力インフラとして機能する。

 テロリストたちがいくら海洋汚染しようと、海洋破壊しようと、獲れるリチウムに変化は無いもんな!いかなる時でも燃料の心配が無いのは発電所にとって”心強い事この上”だ。

 起動エレベーターに使うエレベーティングテープの維持には、安定電力が絶対に欠かせない。建設の進行に併せて電力関連の増設だの調整だのをしていかなくて良いのは素敵過ぎるんだよなあ。


「そんな訳で、シンプルに発電所関連施設の破壊が目的なんじゃないかと思うんだけど」


 空港とか港なんて目的としては弱いし、旅館と工事現場の住居は警備ガッチガチだし。

 ローリスクで狙いやすい場所自体が少ない。


「どんな訳かは分かりかねますが、私も候補の一つには入っています」


 俺の妄想なんて然理解してない佐藤君の態度はつれない。


 警戒と見回りだけ残して、傭兵君たちにもミーティングに参加してもらっている。

 島を包囲している勢力の大半は、ルーツこそ違えど寄合衆と同じレベルだ。

 ファージネット切断は地理的に難しいが、電力遮断か、コントローラーのエルフさえ押さえられれば解決する。

 便乗テロは、これはどうしようもないな。

 意味が無いと分かれば尻尾巻いて本土に帰るんじゃないかな?

 隣の島で平然と行われてた、被害者のガス抜きと称した凄惨なショーに関しては、いくらナチュラリストとはいえ不憫過ぎる。


「ですが、東西どちらの施設を破壊しても、彼らのシンボリズムは満たしにくいのではないでしょうか?全損しても、現在の我々の資金力なら半年もあれば復旧して且つ改良も出来ます」


 そうなんだよなあ。

 最新の四号機も出来たのは十年前だ。爆弾落とされても、スミレさんだったら”壊す手間が省けたわ”とか言いそう。


「俺がテロだったら何がしたいかって言われりゃよ?お前狙い一択だぞ?」


 俺の隣で壁を背に寄りかかっている傭兵のおっさんは口に咥えたタバコに火が付けられなくてモゾモゾ髭を動かしている。

 ライター出した瞬間、つつみちゃんに禁止喰らって悲しそうに火無しでスースー吸って愉しんでいる姿は哀愁を誘う。臭いで結構遠くから気付かれるし、仕方ない。

 同じく、それを見て同時にポッケから何か出そうとしたクソ記者は多分スモーカーだ。上目遣いでつつみちゃんを見た後、こっそり手を戻していた。


 俺が狙われるのは当然っちゃ当然だ。その為に先頭に立ったようなもんだ。

 安直過ぎて笑えてくる。


「そうなのですが、にしては手段がスマートでは無いし、ドラマティックな効果も望めないのです」


 佐藤の返しに傭兵は口をへの字にして、タバコを咥えたまま器用に唾を吐いた。

 唾と思ったら検知器だ、そのまま草むらに蹴り込んだ。これは厭らしい。ナチュラリスト相手だと普通に引っかかるだろう。


「報道なんて後からいくらでも捏造出来る。殺し方なんて脚本家が決めれば良い」


「聞き捨てなりませんね!」


「拝金主義のクソは黙ってろ。捏造編集しない映像があったら俺がタバコ代で買ってやるよ」


「ぐぬぬ」


 馬鹿だなあ。

 喧嘩で二ノ宮お抱えの傭兵に勝てる訳無いのに。


「狙いがヨコヤマ様だと言うのなら、我々は制圧が終わるまであと半日くらい潜んでいるだけで済むという事になります。沿岸部は危険ですからね」


「あたしも、幹線道路移動中に襲撃かなとか思ったけど、徒歩で移動とか肩透かしなんだもん。張り込んでた連中も頭掻いてるでしょ」


「なんだね?ソフィア君、有酸素運動はご不満かね?最近運動不足だと嘆いていただろう?」


「あんた最近、政子さんの真似多いよね?実は好きなんでしょ」


 そんな、ひとを小学生男子みたいに。

 サワグチも、言ってしまってから居心地悪そうにしている。

 ああ、つつみちゃんにじっとり見られているな。ざまあ。


「わたしは、この騒動はスケープゴートなのかなとか思う」


 視線はサワグチから動かさずに、佐藤君に向いたつつみちゃんは少し怖い。


「というと?」


「普通に考えて、道路でわたしたち襲うにしても、今跡つけられてて襲われるにしても、入島審査とか防衛網を抜けて、わたしたちを圧倒できる兵力って用意出来るの?」


 今度は咥えタバコ傭兵に向いたが、やはり目はサワグチに向いたままだ。

 かなり怖い。


「兵力的には不可能だな。狙撃か爆殺しか思いつかねえ」


「出来るの?」


 サワグチがぐるりと目を回して両手を上げたら、やっとつつみ先生の視線が動くようになった。


「させねえ為に俺らが今動いてる」


 こいつは咥えタバコで指示出ししてるだけだけどな。

 電磁波回線の動いてるデータ的に、金額分は頑張ってるみたいだから特に俺から文句は無い。


「核でも破裂させりゃ話は違うが、持ち込む手段が無えな」


「別目的となりますと、金品の窃盗や要人の誘拐とかですか?」


 確かに、あらゆる分野の第一人者とか技術者の出入りが多いが、そもそも、人が何人か死んだり消えたりした程度でポシャる計画なんて事業的に欠陥計画だ。


「金銭面で考えてみようよ。屋久島で暴動起こして、核汚染された魚さんたち総動員して、それで採算が取れるテロって何?」


 無いだろ。

 それで俺を殺せても。既に舞原商事と貝塚物流は実務レベルでがっちり繋がってる。”あ、ふーん?残念ですねー”程度だ。タゲが分散してしまうのが若干面倒な感じか?

 攫った奴らが俺を脳缶にしてデータちゅーちゅーすれば少しは元が取れるか?

 今のあのスミレさんはそれを見過ごしはしない。

 州政府は隔離施設が無くなったら患者に容赦なんてしないだろうし。


「無いな」


 俺でもそう言える。

 つつみちゃんがこちらに目を向けた。


「意味も無くこんな大規模に騒ぐ事も無いよね」


 金銭目的じゃ無いんだな。俺目的でもない。

 となると動機は限られてくる。

 ありそうなのは・・・。


「佐藤さん。屋久島の患者リスト貰えるのかな?」


「確かに、防衛業務の一環として管理に関わっております。経歴も含めお出し出来なくはないですが、本社の許可が要りますね」


「通してくれるかな?」


「州政府の回線を使っても宜しければ」


「それ以外で」


 佐藤君は空を見上げた。


「遺憾ですが、現時点では難しいでしょう。少しお時間を頂けますか?」


 雲の上か。丁度曇りなんだよな。

 それコミで今テロってるのか?

 ファージネット使ったら、通信内容は絶対ナチュラリストと州政府にバレるよな。


「データは持ってるのか?」


 おっと、佐藤君から無言の圧力。

 別に俺が力技で盗もうって訳じゃないんだよ?

 信頼と親愛を込めて、真心を持ってにこやかに見つめると、佐藤は触毛を微かにザワつかせてから軽く息を吐く。


「施設の防衛も含め、本社でオフライン管理です」


 うーん。残念。記憶としては持ってそうだけど、非公式だろう。

 そだ。


”つつみちゃん、うちの回線使える?”


 サワグチがチャットログ共有してきた。


”ほぼほぼ出たかなー?経歴詐称は、されてたらもうちょい時間欲しいかも”


”流石サワグチ先生”


 もう調べ終わったのか。


”別にいけるけど、同じ回線使うと、貝塚本社で前後のログも監視されるから佐藤さんの事裏取りしたのバレちゃうかもだよ?”


”弁護士相手に下調べは、寧ろ信用度増すと思いたい”


”信じるよ”


 イザとなったら俺が泥被って頭下げれば良い。

 佐藤の心証は悪くなるだろうが、ビジネスに私情は持ち込まないだろ。


「佐藤さん。うちの回線で良ければ貸すけど」


 つつみ代表からアクションしてもらう。


「宜しいのですか?」


 お?

 借りるというのは有りなんだな?

 こっちは隠ぺいするほど大層な回線じゃないし。


”ついでに、今調べてある部分もよこやまクンに渡すね”


”さんきゅ”


 さて、どういう反応で来るかな。

 佐藤君の身辺にもザッと目を通しとくか。

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