第248話 既視感
顔出してバッタバッタとなぎ倒すヒーローは、映画なら大活躍だけど、現代には居ない。
マスクしてないと気付かれれば、大体催涙ガスかファージの窒息を頂くからだ。
俺が起きていた当時も、制圧作戦となれば催涙ガスかフラッシュグレネードは必須だったが、現代においてはもっと細分化されていて顕著だ。
電子攻撃然り、情報戦然り、ファージ誘導然り。ネットもワイヤーも、人質でも。相手の弱点を突けると分かればホントに何でも使われる。
只、映画とは違い、持ち弾にもエネルギーにも限りがある。
相手の得意な事をさせず、自分の得意な事で、気付かれないうちに終わらせる。
当たれば決定力があるのが銃火器なのは変わらない。
まぁ、んで。そんな世の中で作られる映画は何が流行っているかというと、太古の西洋や東洋の時代劇だったり、ゲロ甘の恋愛ものだったり、日常コメディだったり。そんな皮を被った啓蒙用の洗脳映画も勿論ある。
現代や未来のアクションモノは息をしていない。
うんざりするほど日常に転がっているからだ。
あえてそれを金を払って見たいという人は皆無だ。
「つまり、お前のやっている事は全く意味が無い。考え直せ」
案の定というべきか。
現在の種子島は攻撃を受けている。
直ぐ北西にある馬毛島を中心に、寄合衆の亜種みたいな奴らが周辺海域に大量に潜んでいて、既に島の西側全域が非常警戒区域に指定された。
便乗テロが多すぎて、もう何が何だか分からないくらいだが、そこに輪をかけてややこしくする存在が今俺の隣にいる。
「今は必要とされないでしょう。でもいつか、必ず必要とされる日が来ます!サン=ジェルマンの時も、もっと活動記録があればあんな結末は防げたはずです!」
お前の横にその結末が現在進行形なんだよなあ。
俺がチラッと見たのに気付いたサワグチは、目をぐるりと回し得意気に口の端を曲げた。
おいやめろ。気付かれる。
二ノ宮有する強面の傭兵たちに囲まれて、物怖じせずに熱弁を振るうこの赤い髪の女性は、株主の代弁者が雇った番記者と自白した。
スミレさんにコテンパンにされた腹いせだろうか。俺への密着取材という嫌がらせをしてきた。いや、もしかしたら善意なのかもしれない。俺がひねくれてるだけなのか?勤務中のみというのがせめてもの救いか。
密着取材は初めの一週間のみだと言うが、島中が戦争状態で銃弾飛び交う中カメラを回すのは如何なものか。本土に帰れと言っても、全く聞く耳を持たない。
「そもそも、こんな状態でどうやって帰れというんですか!?島全体が封鎖されてるんですよ!?」
「全体じゃない。北東の防空圏は生きてる。ヘリで帰れ。ぶっちゃけ邪魔だ」
「片道百万でしょう?途中で引き揚げたら経費なんて落ちません。実費で帰るなんて論外です!」
現在、北東の港に作られた洋上ヘリポートからは物資搬入の帰りの便で引っ切り無しに人が逃げ出しているが、まだ撃墜された報告は上がっていない。防衛コミで本土迄のヘリ百万で済むなら格安だと思う。
「なら、旅費出すから一旦帰って日を改めろよ。二ノ宮の株主連中には俺から言っとく」
「そ、その手には乗りませんよ!次また仕事がもらえる保障なんて無いんですから!」
両手を胸に抱いて、何か誤解してないか?
いや違うんだツツミ先生。そんな目で見ないでくれ。そういう意味で言ったんじゃないんだ。
「前金で十分稼いだろ」
「うぐ」
お。黙ったな。もうちょいか。
「命あっての、だろ?」
昔は、ワザと人質になってマッチポンプで小銭稼ぐ戦場記者とかいたが、今の時代はそんなの無理だ。記者の身代金なんて誰も出さない。
「使っちゃったもん」
「はあ?」
”よこやまクン怖い”
”俺トラブルメーカー嫌いなんだ”
”同族嫌悪?”
”ソフィア二号君。黙り給え”
”貝塚代表に言いつけよっと”
”ごめんなさい”
”どうしよっかなー”
くそう!くそう!
「一週間分の滞在費残して全部使っちゃいましたぁ!スフィアとイコライザーいい加減新しいの欲しかったんだもん!仕方ないでしょ!」
「おいちょっと黙らせろ。流石に目立ち過ぎだ」
周囲を警戒する傭兵たちからお小言が。関わり合いになりたくないのか、アホンダラに直接言わずに俺にきた。
ノイキャンはやってあるけど、限界があるもんな。
”今この子の口座確認したんだけど、ホントにすっからかんね。食事はホテルのだけで済ます気だったのかな?”
宵越しの銭持たないヤツってマジでいるんだな。
「誰か頼れる奴居ないのか?」
「居たらこんな仕事してません!」
偉そうに言う事か?
”この子可愛いから気になっちゃったんでしょ。よこやまクン美人局に直ぐ引っかかりそうだよね。株主のオモウツボだよ”
”カネ出すと味を占めたダニが寄ってくるよ。あたしは一銭も出さないからね”
手厳しいお方たちだ事。
俺もさ、ムサいおっさんだったら”勝手に死ねよ”って感じだけど。
せめて無事に帰って欲しいな程度に気にかけてもバチは当たらないだろう。
「スフィア持ってウロチョロしてたら俺らが良い的になるんだ。お前の所為で俺らの生命が脅かされるんだけど」
その線で株主連中突っつけないかな。
「連絡してみるか」
「ま、待って!見捨てないで!」
「人聞きの悪い事言うな」
俺は元々、人の不幸で稼ぐ奴らは大嫌いなんだ。
「次のポイントが確保出来たと。移動すんぞ」
休んでいた傭兵のおっちゃんたちが音も無くぬるりと展開し始め、安地確保を増やしながらルート選定を始めた。
アースポート予定地で地質調査をしていた俺らは、攻撃を受けた後徒歩で北を目指している。
主要道路はどうせ張られてて危険なので、隠れたり制圧したりしながらゆっくり移動だ。
大浦川に沿う感じで森や民家を横切りながら進んでいる。
向こうを発った当初は避難民と一緒に行動していたのだが、俺目当ての奴らが結構多いらしく、貝塚の顧問弁護士から、一般人への被害が拡大しそうだから分断した方が良いとの判断で別行動となった。
顧問弁護士は良く知ったイケメンニャンコの佐藤君だ。貝塚の代わりに種子島で統括を任されていて、今日は運悪く俺と一緒に行動している。
避難が済んだ民家に押し入ってトイレ休憩中、虚空を見上げていた佐藤君が頷いた。
「未接触部族をコントロールしてる首謀者たちが判明しましたね。矢張り屋久島で隔離されていたナチュラリストだそうです。パイプピストルとファージを溜めこんでいて、テロに合わせて決起したらしいですが、魚人たちを誰がいつコントロール下に収めたかはまだ不明です」
パイプピストル。
世紀末かよ。
「火薬なんて無いだろ」
刑務所ってそういうの凄く厳しいんじゃないのか?
「ああ。コイルガンだそうですよ」
なるほど。
それなら鉄条網叩いて丸めるだけでも弾できちゃうしな。
威力は微妙だが、あるものだけで作りやすい飛び道具だ。
「こちらの島内の電力はコントロール下にありますし、コイルガンは怖くないでしょう。屋久島にファージが存在しないのが救いです。警備隊の兵装が全て奪われたのが懸念点ですね」
なんか、ナチュラリストにも人権をとか言って、屋久島の中では割と自由にさせていたと聞いていたが、実態は酷かったらしい。ナチュラリスト当人たちもドン引きの人体実験という名のショーが長年行われていて、一斉蜂起と共に映像が公開された。
ゲラゲラ笑って苦しめながら人喰ってる輩はクソだが、だからといって拷問して苦しめて良い事にはならない。速やかにその生命を終わらせるのが情けだろう。
ナチュラリストの被害者向けの腹いせビジネスとしても稼いでいたそうで、黙認し放置していた州政府にも飛び火している。
三女は知ってたクサイんだよなあ。即座に非難決議した都市圏とか、支持表明したのじゃロリも含めて対応がスマート過ぎる。元々、屋久島の施設にテコ入れも兼ねていたのか、織り込み済みのアクシデントなのか。
裏で手引きしたとか?でも、今日だけでも人結構死んでるしな。俺も旗頭としてガッツリ狙われてるし。違うか。
「本当にそいつらが魚人たちを統制してるのか?」
海中にもファージはあるが、誘導も通信も結構難しい。電力確保しにくいし、ノイズがめっさ多いんよ。
「ですね。島自体は有名な話です。馬毛島は三度目の核汚染以降、海岸線から二キロまでが立ち入り禁止区域で、未接触部族が現存する事は確認されていました。私の子供の頃から北センチネル扱いでしたね。長年自然繁殖していて、遺伝子的に北の工場で量産される個体とは違うのですが、アレをコントロール下に置けるというのは、少々厄介です」
日本全国、問題ばかりだな。
東北に近い所に政治犯の隔離施設を置くと逃げ出し易いから反対側に置くのは理解できるが、こんな問題だらけの場所に置くのは如何なものか。
ああでも、登録市民が多く住む本土に施設を置く方が危ないな。
何かあった時に施設ごと焼却とかいう手段取れないし。
炭田の奴らが加工場焼却した時は、皆山火事とかめっちゃ気を使ってた。
炭田まで飛び火したら冗談じゃ済まないもんな。
羽虫だらけの藪の中を、散歩でもするようにスーツで付いて来る佐藤君は、悪意は無いのだろうが、物事を客観的に捉えすぎている気がする。
北で生産される個体というのは、寄合衆や食肉用人の事だろう。
つい最近までガチで殴り合ってた俺からすると、隣の島で同じ奴らが跳梁跋扈してると聞けば他人事とは思えない。
数が揃って、生体接続するエルフにコントロールされた奴らは恐ろしく強い。大規模魔法と合わせ技でもされたら少々どころではなく非常に厄介だ。
貝塚は散々奴らとやり合ってる筈だし、佐藤もその辺りの事情には詳しそうだが、それでも尚、この現状において”少々”と言うのは、気休めなのか、無知なのか判断に困る。貝塚の人間は今この場に佐藤君しか居ない。
脅威度の認識が違っていると困るんだよな。
聞いていいのか?聞いておくか。
暗号では無くリアル音声で聞くか。
「佐藤は、ファージネットワークで運用される奴らの脅威度は正確に把握しているのか?」
その言葉に足を止めた佐藤は、初めて俺の顔をまじまじと見た。
金色の大きな瞳に黒く丸い瞳孔がギラリと揺れた。
「ヨコヤマ様は促成栽培種と戦闘経験がお有りなのですか?」
その質問は変だな。えっと、公式情報では、問題が起きた時の生命担保の為にスミレさんが隠れ蓑に用意した炭田と取引のある二ノ宮のベンチャー企業の社員で、山田として活動していたが、技術を買われて舞原の姫救出作戦で後方担当としてバスの中からスフィアで支援した事になってるんだっけ。
なんだか、ツッコミどころ多すぎて困るな。こんなの誰も信じてねぇだろ。
佐藤はどの程度知ってるんだろう。
「俺が何処にいて何をしていたか、把握しているのか?」
知らないからそれを聞いているのか?
でもそれってオカシくないか?
貝塚が担当に付けて事実を把握していないというのは有り得ない。
何の事情も知らずに現場監督任せるというのは考えにくい。
可美村と井上は聞いてはこなかったけど、俺が赤城山の向こうで何をしていたかは何となく把握はしている雰囲気だった。
「代表は全て御存じの上で私を派遣したという事でしょうか?」
なんだなんだ?
なんかきな臭い話になってきたな。
この佐藤君。ちょっと洗う必要が出てきてしまったぞ。
”つつみちゃん、今繋げる?佐藤君の事詳しい?洗って欲しいんだけど”
”フィーツーがやってる。監視とハッキング多すぎるから低空でレーザー一旦打ってから経由地増やして送信してるって、ちょっと待ってね”
ふぃーつ?
ああ、フィフィ二号ね。サワグチなんて言葉が漏れたら不味いもんな。
細かい事情を知らされてないとしたら、しらばっくれてるのがこいつの腹芸でなければ、この島に来た当初から続くテロ行為の延長上での話って事だ。
「ナチュラリスト絡みでまだ何か起こると踏んでいるんだな?今、起きてるコレの事か?でも理由としては弱いよな?」
島全体が攻撃を受けている、寄合衆みたいのが大量に海を囲んでるし、便乗テロも起きてるが、俺らがピンチまで追い込まれているという訳では無い。あと半日もすれば本土から応援も大量に来るし、時間が解決する。
「これは、逃げ出すのは不味い気がしませんか?」
佐藤の、呟きに皆が足を止める。
今の佐藤の言葉は貝塚の言葉と同じ重みがある。
確かに、俺も腑に落ちない。
炭田で動いてる時と同じ感覚なんだよなあ。
「これが下準備で、何か本命があると考えているのか?」
今ここには、この島には貝塚も、スミレさんも、舞原も居ない。
本土とのケーブルネットは当然無いし、今この辺りは曇り空で上空とのレーザー通信は綺麗に通らない。レコードも州政府を介さないと都市圏に繋がらないのでガバ通信論外な俺らは島だけで寸断されてるに等しい。
「私たちがすべき事が今あると思いませんか?」
辛うじてレーザー通信は出来るけど。
「そもそも、この程度で壊滅する防衛網自体が問題有りだ。あえてやられてると考えるのが筋だろ?」
「見分終了後の防衛予算に、配送の都合と称して数日分不備が有ったのはこの為だと?」
「通信で通達は無いのか?」
「二ノ宮代表と連絡は?」
佐藤が鼻を向けると、つつみちゃんが首を振る。
「何で質問だけで会話してるんですかぁ!?あたしママに叱られましたよぉ!?」
クソ記者が頭を抱えて悶えている。
こいつは良家のお嬢様か?の割には貧乏で品が無いよな。
見捨てられたクチか。
「よこやまクン、電源貸して。佐藤さん。隠ぺいしながら防衛起動するよ。手伝って」
つつみちゃんも気付いたな。
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