第247話 手一杯の

 マスコミのヘリが撃墜された後も、電子攻撃を浮上型機雷で置きボムされてたり、巡航ミサイルの雨が降ったり、素敵な空の旅だった。

 西の空に輝く光の群れを見た時は寿命が縮んだが、ヘリの射程に入る前に全ミサイルをハッキングして落としてしまったのは、改めて三女の怖さを思い知った。

 俺とつつみちゃんがドキドキしながら窓に張り付いてるのに、三女は政権再編以降における舞原の役職について次官がどうとか話しているのを聞いてると、価値観がオカシくなってくる。

 この大規模テロのオンパレードが些事なのか?

 俺一人だったら、全力対処しても塵になるしかない処だ。


 島南部、南種子町の高台に新たに作られているアースポート隣接予定の空港は、まだ全体の四分の一程度しか整地されておらず、滑走路としては機能していないらしい。

 押し固めたガラの上に雑に書かれたヘリポートに向けて、島の外周一回周った後、螺旋を描きながらグライダーが降下していく。引率してきたヘリの半数はそのまま島周辺の警備訓練に移る予定だ。

 上から見た島は所々薄桃色に染まり、桜が見頃になっている。この間の低気圧の時に散らなかったんだな。丁度蕾だったのか?進路に入ってた気がするけど。

 時間があったら花見しながら散歩でもしたいな。

 みなかみには結構桜の木があったけど、熊谷も、大宮も、花見が出来るほどの桜は無かった。

 熊谷の堤も全部埋め立てられちゃってたしなあ。日本全国至る所に桜があった昔が懐かしい。

 そういや、島の地上部分の建設予定地は結構森を潰すみたいだけど、地盤とか大丈夫なのか?堆積土少なそうだし、関係無いか。

 その辺りも含めて、見分って事なのだろう。

 どうせ俺の仕事は、皆の後ろにくっついてって、したり顔でふんふん説明をを聞いてるだけで済む。


 既存のホテルでは警備に不備が出るから、空港直通のホテルが完成するまで待って欲しいと州政府から延び延びにされていた見分は、ナチュラリストの勢力圏からの技術協力、電源確保、という立て続けの幸運、そして行方不明となったスリーパーの奇跡的な生存確認と華々しい社会復帰により世論を扇動したスミレさんが押し通した。


 起爆剤となったのは、ナチュラリスト絶対殺すマンのスリーパーが陸奥国府の内情を知って、人類全体の未来を考えるという、お米の国の映画制作者でも吐気をもよおすシナリオだが、コレが結構ウケたみたいで、スリーパーに対する理解者も反対者もかなり増えた。

 俺のサルベージ業務は当面の間免除される事になっていて、スリーパー関連法案、俗にいう脳缶法の特別法が俺のいない間に策定されていた。

 これは、俺みたいな問題児に適用される法で、一定条件を満たすと強制的なサルベージ業務が免除される仕組みだ。

 膨大な数の企業から大反対に遭ったのは簡単に想像できる。

 別に拒否する気は無いので、落ち着いたら再開する気ではいる。それまで生きてられたらだけど。


 利権的な意味では、スリーパー関連事業なんて軌道エレベーターとは比べるべくもない。

 今現在、衛星軌道までロケット使ってモノを送るには日本円でキロ百二十万、静止軌道まで送るには七百万かかる。

 そもそも、物流が完備されないのに宇宙開発をしようって前提が間違ってる。限られた物資でチマチマ開発してたら、タイムロスが多すぎる。宇宙開拓第一手に軌道エレベーターは必要最低条件だ。

 北アメリカ大陸にあるマスドライバーは衛星軌道までだが送れて、もうちょい安いが、アレは加速Gがデカすぎて送れる物品の種類が限られる、肝心の半導体輸送には不向きだ。


 全世界から投資が集まり、融資額があっという間に目標の百倍を超えたのを見れば、その注目度は頷ける。

 表向き、工事計画や運用計画は自然環境にも配慮する予定で、それも含めた研究機関も発足し、熱心な科学者や研究者たちは瓦礫の撤去も済んでないのに、九十九里に墜ちた飛行船の中心に乗り込んでおっ始めていた。

 この島も、どこもかしこも関連事業でお祭り騒ぎになっている。

 熊谷や籠原みたいに一気に人とモノが増えていくのかな。

 環境保護なんて出来る筈が無い。


 建設予定地のヘリポートで下りてから一旦車で北の岬まで北上し、港を囲むひなびた村落に一軒だけある旅館は、建築ロボットに囲まれて増築の真っ最中、アリに集られたみたいになっていた。

 目の前の港は、大小様々な船が引っ切り無しに出入りしている。

 海底の掘削と整地も同時進行で行われていて、その所為でここから見ると船たちの進行方向とか意味不明だ。


「エレベーターまでの直通港は三カ所建設予定よ。人の移動は空港メインの予定だけど、物流が小さな港三つじゃパンクは時間の問題だから、大陸棚に鉄道を掘る案も上がってるわ」


 うぇ。


「スミレさんそれは」


 俺が言いたい事を分かっていて、先を続けた。


「火山活動の多い地域ですものね。志布志に一時停泊が現実的だという予定ではいるわもしかしたら、浮体橋案が出てくるかもね」


 それもそれで凄まじい。

 まぁ、ここで成功すれば、第二第三の種子島が出来るかもしれないしな。

 出来ないか。

 政情的に無理っぽいかな。


 それに、あと何年かしたら、ここに奇跡的にビオトープとの流通経路が発見されてしまうかもしれないしな。

 その為にも、地下は杭打ちくらいに留めて手つかずの方が良い。


「リョウ君の初仕事は、もう決まってるのよ」


 うん?


 旅館のロビーは引っ切り無しに人が行き来してガヤガヤ五月蝿いので、宴会場を突貫で防音室に改装して、そこをブース分けして個別会議に使っている。

 こういう時、折り畳み机が定番なんだが、今このブースにあるのは年代物の高級ソファーセットだ。これじゃないんだよなあ。座り心地が良すぎて寝ちゃいそうだ。

 東向きの大窓から見える港は沖まで所狭しと大渋滞で、ヘリも無人機も大量に飛び交い、時々黒煙が上がっている船もある。

 窓は防弾だって聞いてるけど、蜘蛛の巣結構張ってる。ガラスの替えも間に合ってないっぽいな。狙撃ポイントの警備足りないのかな。俺が入って来てからはまだ増えてないのが救いだ。


「サインするだけじゃないのか?」


「それだけじゃ面白くないでしょう?」


 面倒事は勘弁して欲しいが、NOと言う選択肢は無いんだろう。


「如何致しましょう?」


 口を隠していたカップを置き、慇懃に頭を下げる。

 上げた頭の目の前に手が差し出されていた。接触通信か。赤外線で良いのに、スミレさんと触れ合うと緊張するな。

 軽く支え持つ手に送られてきた内示は、島の水道計画に関するものだった。


「インフラか」


 何で俺がこれを?

 インフラ事業は二ノ宮の十八番じゃないのか?


「離島の水資源確保なんて、今まで飽きるほどやってるんじゃないのか?」


「本当は窒素精製プラントの効率改善を担当してもらおうと思ってたんだけど、音波共鳴炉が出現したお陰で、電力を気にせず深冷式を導入出来る事になったでしょう?今回の計画では、住民の生活水とか、工業用水とかじゃなくて、もっと大規模に必要なのよ。でも、ここは地政学上色々問題があるから、多角的な資源確保の一環として、新たな案が欲しいのよ」


 暇つぶしの玩具を与えるとかいう訳でも無いんだな。

 つまり、俺に求められてるのは素人案か。露出的な意味もあるのかな?

 お飾りが任される仕事として、お茶を濁すには丁度良い気もする。


「わかった」


 ハンドバッグからエナメル革のポーチを取り出し、一瞬止まって上目遣いを頂く。


「いいかしら?」


「どうぞ」


 頷いたスミレさんは一段落という感じで、取り出した細身のシガーに火を付けた。


 個別面談での通達業務という事で、このブースにはスミレさんと俺しか居ないから、緊張感がハンパない。こういうセッティングするって事は絶対に重い話題のパターンだ。俺はどうなってしまうんだ?

 少しでも延命したい。テキトーに世間話でも投げるか。


「建材費が値上がり始めてるけど、資金は大丈夫なのか?」


 初期の資金確保は成功したけど、エレベーター作って終りではない。ハブ空港も、宇宙コロニーも、その維持管理も、先は長い。資材も人材も、膨大な消費がこれから起こる。加速器やムーンベルトなんて計画が出てきたら、それこそ、無限に資材が欲しくなる。


「昔から取引のある所と、関連の契約は三十年と五十年計画で済んでるわ。下には頼らないでいける計算よ。参入してくる会社たちの分の資材確保にも融通する予定だし、便乗値上げで儲けようとする輩の抑止は自然鎮火するんじゃないかしら」


 言うまでもないか。


「新素材とか新研究は分からないけどね。そこまで市場を縛りたくないし、その辺りの成長分野は逆に一攫千金狙いの方が面白いでしょ?建設には問題無いけど、市場の方が心配ね。炭田には補填を頑張ってもらわないと」


 ビジネスに遊びを忘れないのはスミレさんの美点だ。

 炭田がどこの軒を借りるのかは気になっていたんだよな。


「炭田は二ノ宮が購入するのか?」


 俺の言葉に何とも言えない顔をしている。


「リョウ君がそう言うとは思わなかったわ。うちでコントロールして欲しいの?」


 ああ、その返しで分かる。

 スミレさんは浜尻が何なのか勘づいているんだな。

 でも、欲しがらないのは意外だ。

 スミレさんも、貝塚も、舞原も、互いに牽制し合って我先にって感じだと思ってたけど。


「スミレさんが買わないなら、やっぱ舞原のモノになるのか?」


 いずれ誰かが王手をかける。

 全員が遠慮し合ってる所に鷲宮とか、都市圏のハゲタカが詰めてきたら皆不幸になる。


「それなんだけど、三社合同で財団設立をするつもりなの。リョウ君も一口乗る?」


 財団?


「何に使うんだ?」


 財団と聞くと、西洋の金持ちの税金対策のイメージしか湧かない。


「炭田はそのまま運営してもらって、買占めが起こりそうになったら財団の資金で炭田の株を買い増してから炭田自体に移譲するの」


 うん?

 やってる事はわかるけど、それにどんな意味があるんだ?


「そうすると乗っ取りを防げるのか?」


「乗っ取りたくても、割合を増やす為には資金が余分に必要になってくる。小銭稼ぎ目的の人たちに吊り上げされても、炭田は好きなタイミングで売り払う事が出来るから高騰しても痛くないわ。人気が無くなって株価が下るならそれはそれで良いし」


 分からなくはない。


「でも、税金とか凄くないのか?元取れないだろ」


 只で炭田に渡しても税金はがっぽり持ってかれるんじゃないのか?


「炭田には、ヤマダっていう身分詐称通知で仕事してるスリーパーがいるのよね」


 うわ!ずっこい!


「スリーパー関連企業は税金が安いのよ。炭田の場合、税金対策で悪用する為にリョウ君を雇った訳じゃ無いから、都市圏で支社作って商業登記すれば条件に適合するわ。市場の安定化の為なら、州政府は目を瞑るでしょう」


 確か、抹茶の店長ちゃんがそんな事ぼやいてたなあ。


「でも、そんなんで儲け出るのか?」


「秒単位でのコントロールだから、利ざやは雀の涙ね。プールされた資金は流動資産として運用予定で、そっちで稼ぐ事になるわ」


 なるほど、使わない時は自由に動かすって訳か。

 注目されなくなったらそれはそれで、財団は動かせる資金が多くなる。


「乗った」


 金出すだけで炭田の社会的な安全が担保できるなら、安いもんだ。


「早いわね」


 クスクス笑っている。


「一口五億からだけど」


「現在誰がどれくらいの予定なんだ?」


「三社一千億円ずつ。わたし個人で二百億入れたわ。全部合わせて五千ちょいだからもう少し余裕が欲しいのよね」


 世の中には貝塚みたいなポンと買う奴がいるからなあ。

 あ、そうか。女帝三人が揃ってる財団なのか。これはうかつに喧嘩売れないわ。

 大きい所は二の足を踏むだろう。個人投資家が悪戯するくらいか。


「俺の、都市圏の資産ってどうなったんだ?」


「凍結は解除されたわ」


 なら。


「それ全部入れるわ」


 一瞬停止したスミレさんは目を細め、半分まで減っていた葉巻を根元まで吸わずに、手から浮かせて空中で燃やした。シガーはそのまま灰となり、紫煙と共に空調に全部吸い込まれてゆく。

 代わりに、目の前に都市圏内で分散されてた俺の資産が大体表示された。


「失踪した時より大分嵩が増してるのだけど」


 サワグチ律儀だな。

 大宮の電子セキュリティ維持用のアカウントずっと俺に関連付けてたのか。

 何でこの間言わなかったんだ。水臭い奴だ。

 蕎麦全部あげれば良かった。

 いや、今度美味い飯奢ろう。


「別に、都市圏で今欲しいモノは特に無いし、日銭は稼げてる」


 仕事道具は会社資金でほぼほぼ揃うし。

 遊び道具は、大型の無人機とかスフィアのストックは個人でまた欲しいけど、暫く我慢すればいい。


「都市圏の資産整理って訳じゃないのね?炭田で好きな子でも出来たの?」


「そうだな」


 息を呑む音が聞こえて、やってしまったと思ったが時すでに遅し。

 あそこを守りたい理由に気付かれたか?


「やっぱあるのね。あ。誤解しないで頂戴」


 ぐぇ。


「だからどうだとか、その為に持ちかけた話って訳じゃないのよ」


 冗談へのレスポンスが早過ぎたな。

 俺はこういう腹芸は苦手だ。


「いや。分かってる。だからこその炭田への不干渉なんだろ」


 軽く吐息を漏らしたスミレさんは、もう一本シガーを取り出して、俺の目線を見て仕舞ってしまった。

 別に非難するつもりで見た訳では無いが、何も言わずにスミレさんの手を見ていた。


「炭田の閻魔は、元々・・・重要参考人として何度も、何度も名前が上がってたの」


「エンマ?」


「閻魔様、閻魔大王よ。永遠に続く地獄の地の底の支配者でしょ」


 ああ。


「向こうでも中々表に出ないし、都市圏で接触した人は皆無よ。ナチュラリストだからってのもあったけど」


 あのカウボーイジジイ自体謎の存在だったのか。

 人肉検索の一環なのかな?

 なら俺からも、何もリアクションは出来ないな。

 寿命が近いのも絶対口外できない。


「スミレさん御免。俺からは何のコメントも出来ない」


「大丈夫よ。今はまだその時じゃないのは知ってる。わたしたちは目の前の事で手一杯だものね」


 無感情な瞳は俺を見いていたが、もっと凄く遠くに視線を送っていた。

 どこまで見て動いているのだろう。

 スミレさんでも早送り出来ない時間をもどかしく感じたりするのだろうか。

 非コヒーレントポイントも、スミレさんなら上手く使いこなしそうだな。

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