第246話 完全防衛

「なんじゃ?」


 出発前に合流したのじゃロリが、先に乗り込みながら俺の背中をバァンと叩いた。

 因みに、壺被りはおらず、自分の足で歩いている。


「別に。大したことじゃない」


 そう。秘蔵の道具たちが、厳選した積み荷が更に半分に減らされた事なんて大した問題じゃないさ。しかも汎用性無しでジャンルはバラバラ。これではイザという時全てに対応できない。はぁ。


 とりあえず赤外線通信。


”それより、かざると色々五月蝿いぞ”


 カメラ結構回ってるからな。


”あぁん?画角調整してもろうてから頬でも抓って欲しかったんか”


”やめてくれ”


 分乗するのかと思ったが、スミレさんは主要メンバー全員一緒で乗る予定を結局崩さなかった。一社につきセキュリティ二名まで同伴だ。

 九十九カンパニーはつつみ代表でお付きは俺だけだ、俺がセキュリティ扱いか?武装はさせてもらってないんだよな。可美村も井上も貝塚物流からの出向だから仕方ないとはいえ、ちと差別が過ぎるのでは?一言言ったら笑われただけだった。

 にしても、本気かよ。お偉いさん勢ぞろいとか、絶対冗談だと思ってた。墜としてくれって言ってるようなもんじゃん。


 搭乗口に足を掛けた俺に、入り口横で待機するスミレさんは不敵に微笑む。

 その意味を考えようとしたら、綺麗な指先で機内へ促された。


 何か起こるのは確定だな。


 細かい指示が無いって事は、ナチュラリスト関連で何か起こるって事かな。 五体満足で種子島の地を踏めるよう善処するだけだ。




 上昇中こそ軽い振動はきたが、雲の上に出てからは快適の一言。昔乗った新幹線より揺れは少ない。

 後、音がしない。エンジン音もプロペラ音もしないのはグライダーならではだよな。半キロ程空けて周辺で警戒してるヘリたちの音の方が大きいくらいだ。

 耳をすませば、軽い風切り音が微かに聞こえる程度で、小声で会話が出来てしまう。

 なんと機内も一気圧ジャストで管理され、窓の外を見ないとここが上空二キロって事を忘れそうになる。

 対地速度は現在、時速二百二十キロ。舞原のあの列車の巡航速度と同じかちょい出てるのかな?

九十九里から五時間かからずに種子島上空まで行ける事になる。

 風向きは南南西からで風速は毎秒十六メートル。天候としたら落ち着いてる部類なのかな?

 風に煽られたりせずに完全水平飛行で、窓から見えるピンと伸びた真っ白な翼は生き物みたいにウネウネと細かく動いている。

 雲の上のこの何とも言えないワクワク感を感じているのは俺だけだろう。

 だって皆、世間話のフリしながら腹の探り合いに御執心だ。

 皆では無いか。

 つつみちゃんは直ぐに飽きてしまって俺の隣にやってきた。


「何他人事みたいに。当事者でしょ」


「頷いてサインするのが俺の仕事だ」


 それ以外は知らん。


「拗ねてる」


「それは誤解だ」


「戦争に行くんじゃないんだもん。おもちゃは控えよう?」


「分かってるよ」


 こんなこともあろうかと。の選択肢が減ってしまったのは残念だが、九十九カンパニーとして電力はそれなりに確保できるみたいだし、ファージさえあれば大体なんとかなるだろうとは思っている。

 隣の島のファージ環境が機密事項なのがネックだよなあ。

 隔離とか密閉とかノンファージとか。セキュリティ上の都合って事でなんかモヤッとした情報しか出てこない。

 表に出せないのは分かるけど、俺が孤立した時に屋久島を悪用されたら後手に回りそうだ。

 屋久島の環境を種子島に横流しされたらどうするんだろう。

 まぁ、この女子四人が手を組んだら大抵のトラブルは秒で解決しそうではある。

 ただし、息を合わせて協力すればの話だ。

 全員が足を引っ張り合ったら地獄が始まる。

 そうだよな。

 バカ真面目にテロなんかしなくたって、この中の誰かの動きをコントロールすればそれだけで十分に計画の足を引っ張れる。

 誰も脅迫とかされてないよな?いや。されてるよな。

 俺に対するモノだけでも”人喰いの手先がどの面下げて戻ってきたんだ”と、テロ予告も脅迫も笑えるほどの数が来ている。

 見せていないだけで、皆かなりのトラブルを抱えたままこのグライダーに乗っている筈だ。

 顔色一つ変えずにこやかに談笑しながら情報戦している様は、流石としか言いようがない。


 今の俺に出来る事は何だ?


 どっしり構えて、雲の森を楽しむ事だろう!


「しいて言えば、楽観的ふんわり感ってやつだな」


「訳が分からないよ。”かん”が二つ入って語彙も悪いし」


「歌詞にしないから良いんだよ」


「歌ってあげるよ。取り消したくなるから」


 捨てがたいが、別の歌にして欲しいなあ。

 俺も一度でいいから”わたしの為に歌って”とか言ってみたい。


「韻を踏んで逆に良いんじゃないか?」


「わたし韻踏むの嫌いなの。脳死状態の義務みたいな臭いがしてくるんだもん」


 ああ。つつみちゃんはそういう人だよな。


「あれ。やだ。なんかフィフィっぽかった?何でうんうんしてるの」


 絶対言いそう。


「あたし韻踏むの嫌いなのよね」


「もうっ!」


 肩を叩かれた。


 姦しい御三方が一斉にこっちを見た。

 表情は三者三様だ。


「断じて。断じてイチャイチャデート気分な訳ではない事を先に言っておく」


 牽制はさせて頂こう。


「先の事を考えれば、余裕を持っておくのは良い事さ」


 貝塚女史からは当たり障りのない皮肉を頂いた。


「逆かと思っとったが、まさかのう」


 舞原。何か勘違いしてないか?


「空の旅は気に入ってくれたみたいね。今のうちに楽しんでおいて」


 スミレさんからはしっかり死刑宣告。スカートからのぞく組んだ美脚

は、つい視線が吸い込まれる。

 おっとアブナイ。


「向こうで何が起こるんだ?」


「向こうで?」


 舞原が首を捻る。


「もう起きとるがな。ほれ」


 窓の向こうを指差す。

 貰ってる警備状況のデータでは異常なしだけど・・・、ん?


 視力強化すると、雲の隙間に黒い煙が一瞬見えた。

 警戒区域外だな。

 今回俺はお客さんで、広範囲の走査データは見せてもらえてないので何だかは分からない。


「マスコミのヘリが一機、電子戦に巻きこまれて操作不能で落ちてったの」


 吹いた風でも詠む程度の気軽さで舞原が仰る。


「政府の正式文書で危険通知は再三出してあるわ。この間は守ってあげたら業務妨害で訴えられて裁判で無駄な予算使ってしまったし、流石に面倒見切れないわね」


 宇宙目指すなら金は幾ら有っても足りないからなあ。

 バカの面倒までは見きれない。


「昔から、他人の不幸で飯を食う輩は碌な死に方せん」


 大体の引導渡してるのは舞原たちな気もするけどな。

 ん?


「舞原。アレ。落ちてなくない?浮き上がってってるように見える」


 煙を見間違えたのか?

 もう背の高い雲に隠れてしまったし、遠すぎて肉眼では強化しても無理だ。


「搭乗員のモニタリングは登録してあったわね。ネットワーク上では全員即死してるわ。確かに、墜落していない。全損してもレコーダーはビーコン付いてるはずなのよ」


「どうせ、業者の未登録ヘリだろう?警備抜けて近づきたくてあえて切った可能性があるな。ああ。他のヘリも離れていくようだね」


「己らにも被害が及ぶと分かってやっと耳が聞こえるようになったんじゃろ。最近のショゴスはヘリも喰うんかいの」


 な訳ないだろ。ショゴスに捕まったクサイけど、それだったら赤い雲見逃すはず無いんだけどな。

 雲の中に隠れてたのか?

 ヘリのビーコン切ってこっそり近づこうとしたのは良いとして、敵機判定で撃墜されたのか?普通に考えてもテロだと思われるよな。そこまでアホなのか?


”三人が揃った時間の一番早い画像は一昨日一千万ドルで取引されたよ”


 つつみちゃんから含蓄。そりゃ目の色変えるか。

 ドルって事は、海外のメディアが買い上げたのか?

 海外人気も凄いんだなあ。


 同乗してたスミレさんの部下が飲み物を入れてくれた。

 貝塚は兎も角、舞原も平気で頼んでて驚きだ。いつの間にそんなに仲良くなったんだ?


「これだけ厳重警戒してたら、怖いのは弾道弾くらい?」


 一応、聞いておこう。

 あ。このカプチーノ砂糖入っとる。


「大砲は困るけど、弾道弾は全く怖くないわ」


 おお、言い切るんだ。


「周辺海域七百キロ四方の電離層はわっしが把握しとる」


「ぶほっ」


 くっそ、苦しい。気管にカプチーノが詰まった。そういや、こいつ、宇宙にファージ伸ばしてるんだっけ。


「衛星は、四百キロ内はわたしとスミレでカバー出来てるんじゃないかな?」


「うちだけで十分じゃないかしら?」


「低軌道がまだ甘いだろう?」


「それは弾道弾用じゃないわ。今は長距離ミサイルの話よ」


「つまり、低軌道での不備は認めるんだね?」


「御社の担当が無くなってしまうのは不憫でしたので」


「楽なのに越したことはないさ」


 つまり、普通の巡行弾は貝塚が全部視てるって事か。

 御三方で全空域カバー済みって事なんですね。


 今の時代も、弾道弾は防ぐのが非常に困難だ。

 理由はシンプル。早過ぎて物理迎撃が出来ないからだ。

 最新の弾頭はマッハ二十で飛んでくるバスケットボール大のサイズ。大気圏内ではもし当たったとしても生半可な攻撃はほぼ空力抵抗のみで弾かれて通じない。

 ミサイル防衛で一番シンプルなのは、ナビゲーションさせない事だ。

 ほぼ全てのミサイルは、自由落下に入る直前までは絶対にナビゲーションされている。ミサイルのナビゲーション方法はハッキングやクラッキング対策も含め、一発につき何十種類も搭載されているが、その全て、又は一部を無効化してしまえば、只の花火になる。

 目的地を予め設定したとしても、ゲームと違って超高速度飛行中の位置や目的地の位置は多角的に把握しなければならない。

 特に、大気圏突入時は外部からの情報アシスト無しに内蔵機器だけで周辺を正確に把握するのは不可能だ。

 だから、”飛び交う電波全部対処します”なんて言われたら、弾道弾は撃つだけ無駄だ。衛星のハッキングした方がまだ嫌がらせになる。


 普通は全電波対処なんて出来ないからな!


 この環境の維持だけで一体幾らかかっているのか。

 でも、そうか。軌道エレベーター作るとしたら、もう今の段階からこのレベルの防衛網を現地で維持するんだろう。

 完成予想図を見せてもらったが、でっかいスキーのジャンプ台の頂上から緩くカーブしながら地軸に対して垂直に伸びてゆく海藻の束みたいな見た目だった。ぱっと見、マスドライバーっぽく見える。

 天高く伸びる何百本ものエレベーティングテープは消耗品で、地上の施設は破壊されても別に痛くないらしい。

 一番狙われるのは地上の施設だろうから、狙いたくなるように見た目を派手に作ると言っていた。

 中継基地となる窒素精製プラントや上空のハブ空港建設、その維持の方がコストがかかるし、ショゴスに憑りつかれたらそれこそ、この間の飛行船みたいになる。

 中継基地たちは飛行船みたいなもんだし、動かせはするけど、一度ターゲットされてしまったら、大小様々膨大な量のショゴスが蟻みたく延々と集まってくる。

 貝塚が保持する全火力を総動員しても、赤道上空のショゴスの千分の一も消滅させられないと言ってたし、死骸の環境破壊も凄い事になる。

 地下の人たちが頭を悩ませていたのもそこだ。

 地上に電源プレゼントしたら百年の悩みも解決してしまったというのは、複雑な心境だろう。


 まだコントロール出来るって決まった訳じゃないけど。

 でもあの後、ケイ素生物が保持していた履歴から、脳幹が飛行船に憑りついていたショゴスたちを誘導していた事は証明されたし、それがあったから三千院たちも飛行船の制圧に失敗してあんな事になっていた。

 俺も以前、ショゴスの群れとやり合った事があるけど、あの時ベルコンが無ければあっという間に圧殺されてただろう。

 あの機動装甲たちは対人では脅威だったが、膨大な物量のショゴスを前に手持ちの弾と電力では歯が立たなかったんだな。

 いくら対策があっても、機動装甲とガチりたくなかったのは事実だ。電子戦出来ない環境であの瓦礫の中で地の利を持って連携されたら、無傷で制圧はまず無理だっただろう。

 その場合は、潜水艦炙り出しの後、貝塚がなんとかしたかな?

 三千院元気かな?今回のこのテロにも一枚噛んでるのかな?

 貝塚の手前、流石に空気読むか?

 う~ん、あいつ空気読まなそうだよなあ。

 ソフィアの事も聞いちゃったし、それ相応の対処はさせてもらう。


 それより、問題は毒親ケイ君だよな。共生関係にあるっぽかったけど、あの脳幹側のメリットって何なんだ?

 ここでは聞きにくい、後でスミレさんに確かめよう。



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