第244話 お土産

 あの白いグライダーは可変翼で迎角も調整出来るそうだ。

 無敵かよ。


 獲物を狙う隼みたいに翼を閉じて、向かい風でも、対地速度四百キロとか出すらしい。少し遊覧させてもらった。強度もそうだが、静穏性も凄い。

 限界高度は積載するボンベの量に比例するとの事だが、ここと種子島の往復便を考えているそうで、無補給で十時間もあれば往復できる性能との事。通勤に使う事が確定していて、つい小躍りしてしまう。こんなの無限に乗りたい。

 俺の起きていた頃にも、小型ジェット機やプロペラ機はあるにはあったが、民間向けの小型輸送機とかになると種類はグッと少なく、旅客機で静穏性や居住性が高いモノとなると皆無だった。

 静穏と重量はどうやっても反比例してしまう。

 ”だったら音がしなければい良い”というのは。それは、そう。

 グライダーは姿勢制御が難しく、速度によって機体が傾くのがネックだが、主翼の迎角が変えられるこの機体は、離陸から着陸まで、縦に置いたコインが転がらずに飛行出来るレベルの安定感だ。


「あの分厚い検知式可変翼はリョウ君の機関車飛行から着想を得たのよ」


 と嬉しそうにコメントされ、危うくカフェモカを吹きそうになった。


「何でスミレさんがソレ知ってんの」


「昨日言ったでしょ?あら?言わなかったかしら?片品川の後、政子を問い詰めたら、アトムスーツの実地データを舞原商事から融通する条件で政子と楓子ちゃんの会合セッティングを任されたのよ」


 んん~!?


「元々、貝塚と舞原って仲悪かったのか?」


「そうね。何度か接点は作ってたし。あの時のあの時間まで商売の付き合いは少しあったけど、商売敵、天敵同士だったわ」


 なんだと~?

 んじゃあ。あの時俺が”もしもし”してなかったらどうなってたんだ?

 あー、のじゃロリは笑いが止まらなかっただろうな。

 確かに、二人ともピリピリ変な緊張感保ってたしな。

 体よく二人のダシに使われた感じか。

 妙にニッコニコしながら引き揚げてったのは、機動装甲ゲット出来たからじゃなくて、俺にかこつけて貝塚に借りを作れたからだったのか。


「下手に力学弄ってると、発想も凝り固まってくるのね。あのヘンテコな翼で三百トン以上が浮かんだの見て、政子も笑ってたわ」


 割と本気だったんだが。

 あの時は、まん丸だろうが紙っぺらだろうが、浮けば良かろうだったからな。


「それから開発したのか?」


「まさか。流石にそこまで早くないわ」


 暖炉前でダベってたソフィア二号とつつみちゃんが楽しそうな笑い声を上げて、スミレさんは一度そっちに顔を向けた。


「どうしても速度が出せなかったのだけど。あの丸い蜂の巣みたいな翼で粘性係数を無理矢理増加させたでしょ?」


 そこまで考えた訳では無かった。風吹かせながら慌てて勘で調整しただけだ。使った形も、崖から金持たちと飛び降りる直前に見たポリマーの空中展開見て思い付いただけだし。でも、言うとカッコ悪いから黙っておく。

 スミレさんの前では少しくらいカッコつけたい。


「表層にコートしたファージでカルマン渦自体から揚力を生み出せる様になったお陰で、ローコストでプロペラ内臓に出来たのよ。元々、プロペラは翼の上に外付けで畳むだけだったの。乱気流の原因だし、収納するとそれ用に重くなるし。悩み処だったのよ」


 なるほど。

 なんとなくこれなら浮きそうだなって思って作ってたけど、そういう仕組みであの列車浮いてたんだな。


「検知式可変翼って?」


 大丈夫。涎は出てない。


「エネルギーは機体の余剰負圧から作られて、骨組みを動かす補助をしてるわ。外部動力はほとんど使わないで可変してる」


 しゅごい。

 カフェモカで美味い。


「変わってないわね」


 詰まった。


「ゴホ」


 井上がドアに顔を見せた。


「準備が出来たみたい。そろそろ始めるから、リョウ君はソフィアの相手しててくれないかしら?」


 委員会か?俺にはその役回りがキタか。

 ケイ素生物たちとのやり取りはメッチャ気になるが、確かにサワグチのケアも重要だよな。

 危険を押してまでこんな辺境に来たんだ。あそこまで啖呵切っておいて逃げてしまった俺への恨みは相当強い。

 殺されない程度に刺されてやるのが筋だろう。


「そっちのログは見られるのか?」


「精査した後一般公開する予定よ。気になるならライブ中継するけど」


「そこまではいい」


 ニコリと一瞬笑って、スミレさんはつつみちゃんを伴って出ていった。

 気を利かせたのか、警備のおっさん共もリビングの外に出ている。


 サワグチはしゃがんだままこちらに背を向け、暖炉の前で弾ける薪を見ている。

 窓のスモークと通気箇所のファージ遮断を再三確認したら笑われた。


「逆に何事かと怪しまれるでしょ」


「既に大問題だろ」


「ご挨拶ね」


 待っててもソファに来なそうなので、俺が暖炉前に行く。


「向こうで、見たよ。俺の代わりに防衛頑張ってくれてたんだな」


 俺の言葉の意味に直ぐ気付いて、がっくり頭を下げた。


「駄目じゃんこほっ。こほ」


 逆効果だった。

 

 ん?


「どうしたんだ?」


 風邪か?ストレスか?咳をしている。


「んー」


 なんだよ。


「動けなかった時さ」


「あ、いや。やっぱいい」


 聞かなきゃよかった。地雷案件だった。


「あんたが聞いたんでしょ」


 やっと俺の顔を見た。


「まだ身体があった頃、ポッドの中で付けさせられてたマスクが大陸製の安物で、素材にカーボンナノチューブ使用しててさ」


 ああ。


「お察し」


「うん。あれアスベストより身体に悪いでしょ?どうせ脳だけにするから関係無いと思ってたんだろうけど、もう今は五体満足なのに、海風で咳き込むんだよね。においがポッドの液に似てるからかな」


 風に乗って飛んでくる寄生虫の卵とかアレルギー物質はファージでフィルタリングして完全遮断している。

 原因は精神的なモノだろう。


「マスク色々あるぞ?有害物質出さないやつ」


「ヤダよ恥ずかしい」


「なら俺とお揃で付けるか。スタイリッシュなのあるぞ?」


「何が悲しくてあんたとペアルックしなきゃいけないの」


「カッコ良んだけどな」


 マスクにもトラウマ有りそうだから強くは勧めないでおこう。


「そういや。何で来られたんだ?よく許可出たな」


「元々貢献度稼いでたし、参加したいってダダこねたからね」


 それだけで許可が下りるとも思えないが。

 スミレさん、根回しだけで相当苦労しただろう。


「そんなに蕎麦が食べたかったのか」


「何であんたはそう。え?何!?有ったの!?」


 舞原から蕎麦を融通してもらった俺はドヤ顔して良い。


「ふふん」


「良くやった。褒めて遣わす」


「有難きなり。ここで振舞ってやりたいのはヤマヤマだけど、そばつゆが許可出なかったんだよ。かつぶしも醤油もダメで、なんか検疫通らないだろうって舞原が言ってた。こっち来てからも買いに行けてないんだ」


 実際、都市圏の土地には持ち込めなかった。

 そっち系の発酵食品全般が禁止らしい。


「ああね。カビ関係は五月蝿いから仕方ない。北から輸入したら、何が起こるか分からないって考えてる人は多いからね。てか、舞原って吸血姫の事?気安過ぎん?」


 何だそれ。あいつ生血嫌いなのに。


「十キロくらいあるかな?半分持ってけよ」


「え?全部頂戴よ」


「駄目に決まってるだろ。俺だって好物なんだ」


「仕方ないなあ。今度蕎麦に合う美味しいつゆ持ってくるから六キロ頂戴」


 食い意地張ってるな。そんなに食べたかったのかよ。


「許可出たらな」


「要望書出した。もう許可は暫定で出たよ。コンテナの場所教えて。検疫するって」


 自分の事になると早いな。


「へいへい」


「返事は一回でいいよ。そうだ。横山。どこであたしの修正パッチ見たの?」


「う~ん」


 言うと不味い事が多すぎる。


「もったいぶるトコじゃないでしょ。大問題だよ」


 ヤり方は以前丁寧に教えてあるけど、刺される事も、折られる事も、潰される事も無く。

 そのまま、つつみちゃんたちが戻ってくるまでバカ話をしていた。


 結局、何をしに来たのかは聞き逃した。

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