第241話 ソフィアの過去

 丁寧語のケイ素塊とメアリが音声で話を詰めている間に、俺は契約書のチェックを済ます。

 合間に、メアリの指示で発電機をローアイドルにして周辺地域の冷却に電気を回している。

 難しい事はせず、ファージ誘導を使った只の気化熱冷却だ。

 温度さえなんとかなれば、外で待ってる奴らも空気のフィルタリングは自力で何とかするだろ。

 お?話はひと段落か?


「発電量の十パーセントを彼女に回してください」


 女性なのか。

 性別あるのかよ。


「自然公園への移送は無しです。彼女たちはこのまま御社に収納します」


「聞いてたよ」


 パッと見で分からないように文言が記載されてた。

 仲立ちする第三者機関を丙社とするとあり、九十九カンパニーの表記がないのは絶対ワザとだ。

 こいつらの預かりは九十九カンパニーになっている。

 まぁ、妥当っちゃ妥当なのかなあ。

 新種のケイ素生物らしいし。利権とかの取り合いで、今どっちかの勢力に所有権移すのは反発がデカそうだ。

 だからって面倒事全部緩衝材の俺らに擦り付けるのもどうかと思うが、元々ソレが目的で設立された会社だ。もしかしたら、つつみちゃん立場的に頷かざるを得なかったのかな?


「毒を喰らわばか」


 とほほだよ。


「盟友を毒扱いするとは許せませんね」


 ちげーよ。


「お前俺にだけ態度キツくない?」


「礼には礼をです。知ってるんですよ」


「まあ。それは、そう」


 こいつらどうやって飼えばいいんだ?

 ケイ素は電気喰わせときゃ良いのか。ショゴスは何だ?口無さそうなんだよな。帰ったら調べるか。この五月蝿いのが知ってるかな。


「ひと段落したなら、一旦閉鎖して帰ろうぜ。俺綺麗な水でシャワー浴びたい」


「それは同意します。彼女たちの輸送手段が確定したら撤収しましょう」


 そこは俺からアクションしよう。


「こいつらの警備と輸送費用は全額九十九カンパニー負担だ。貝塚が手配してくれるだろ」


「有難うございます」


 今のメアリからは言い出しにくいもんな。


「この区画に汎用台車が収納されてませんか?経路確定して警備が完了したら載せて外に出ましょう」


 確かに、こいつらを手で運びたくはならない。


「了解。おっと?」


 水をかき分け歩き出そうとしたメアリが白目をむいて一瞬グラついた。支えたが、水の中でもぐったりと重い。

 やっぱ相当無理してたな。


「もういい。動くな。ポッドで休んでろ」


「駄目です」


「ならせめてアトムスーツ着てろ。温度調整出来てないだろ」


「着たことが判明したら、商事に不利になります」


 ほんと、自分に関しては困ったちゃんだな。


「何ですか?あなたたち、つき合ってるんですか?」


 予備知識が偏り過ぎだ。


「お前はどこでそういうの習ったんだ」


 ホント何なんだこいつ。




 一時間もせずに風は止み、ヘリでの空輸の段取りも付き、俺らも問題無く帰投出来た。


 トラブルは山積みだが、ミッションはとりあえず成功と言って良いだろう。

 ビオトープの地下市民も赦してくれたらしく、下からの供給網も戻り一安心だ。

 三千院たちは、天候が回復次第メアリたちが故郷に護送するそうだ。シンガポール共同体にテロの容疑者として引き渡そうとしたら拒否されたという。墜落した飛行船の撤去費用は全額シンガポール負担。現地での司法取引も不要とコメントが来た。どれだけ恐れられてるんだ。恐れられてるのは貝塚か?両方か。


 寄生虫塗れの嵐も沈静化し、凪いだ沖に少し霞んで見える新しく出現した巨大な飛行船の残骸は、黒煙と水蒸気を纏わせて、丸で生まれたての島みたいだ。

 豊富な電力が使い放題なのは発電施設の権利が宙ぶらりんな今だけ、余った電気を目いっぱい使って浄化された完全クリーンな海風を肺に吸い込む。


 今は夕方だが、俺は波打ち際に出て、明け方ちゃんと出来なかった日課をこなす事にした。

 この空気を使わなければもったいない。


 移送準備を終えたのか、メアリがコテージから歩いてきた。

 ずっと休みもせずに、超人だな。

 俺は一休みしたのに疲れがまだどっぷり残って全身激痛だ。


「山田副代表。ではわたくしはこれでお暇します」


「バタバタしなくとも一泊休んでいけば良いのに」


「そうしたいのはヤマヤマですが。ここに三千院を置いておくと何をするか分かりませんから」


 まあ。それは確かに。

 ああ、そうだ。


「一つ。確認したかった事があるんだ」


「何でしょう?」


「メアリは舞原の何なんだ?」


 何を今更みたいな顔をされた。


「お気付きかと思いました。あえて言葉にする事でもないでしょう」


 そうか。そうだな。


 口をへの字に曲げて残念さを意思表示した俺を見て、メアリは無防備に悪戯っぽく笑う。


「失礼致します」


 綺麗なお辞儀で踵を返し、装甲車の列へ戻っていった。


 浜辺から車列が見えなくなる頃につつみちゃんがベースを肩から下げてトコトコ歩いてきた。片手はパーカーのポッケに入れたまま、超高速で何かの暗譜を押さえている。


「スミレさんが来られるって」


 流石に、現地で指示出ししないと不味い状況って事か。

 ああ。

 どんな顔して会えばいいんだ。


「何時?」


「明日朝一」


「時間は、ああ、これか。やっとく事は?」


 関連した社内タスクが既に始動していた。


「んー。よこやまクンの分担は経過ログの整理くらいかな?コンテンツ分けしといてデータこっちに事前にもらえると助かる」


「了解。なるはやでやっとく」


「ナルハヤ?」


「なるべく早く、善処する」


「うん。ナルハヤね」


 無表情でクスクス肩を震わせている。


「さっき、帰り際何話してたの?」


 見ていらしたんですね。


「大したことじゃない。メアリの役職が何なのか聞いたんだ」


「役職?ああね」


 つつみちゃんはそれ以上突っ込んでこなかった。


 俺は気もそぞろだった日課に注力する。

 つつみちゃんは近くに座り込み、胸元のアンプに繋がないままベースをツクツク鳴らし始めた。


「何であいつ助けたの?」


 小さく、掠れた声は、聞き逃しそうな程聞き取りにくかった。

 誰の事だ?


「あのクズ」


「屑?」


「テロ野郎だよ」


 つつみちゃんが敵意むき出しにするって珍しいな。


「助けたつもりは無いが」


「ボード貸したでしょ。よこやまクンがテロを援助してる疑惑が付いた」


 そういう見方も出来るのか。

 ずっと東北にいたしな。信用は無いか。

 ああ、それであの時貝塚は溜息ついたのか。

 浅はかなスリーパーで済まない。

 今回、やらかしてばかりだな。

 でも、あれマジで泳がせたらあの時全員死んでたんじゃないか?

 貝塚は殺す気だったのか?自社の売った飛行船あんな事になって怒り心頭なのは理解できるが。


「よこやまクンがそういう人じゃないのは知ってるけど。理解してくれる人ばかりじゃないよ」


「当事者として迷惑かけられた事が・・・、少なかったから。浅慮だったな」


 そもそも、つつみちゃんも、炭田でライブ披露してなかったっけ?

 そんな険悪な仲には見えなかったが。


「フィフィがね」


 何故ソフィア?


「まだよこやまクンが出てくる前だったけど。あいつに攫われた事があるの」


 全身に寒気が伝う。

 よく、生きてたな。

 よく精神が壊れなかった。

 三千院と鷲宮の異常さはこの間潰した寄合衆の比じゃない。


「救助隊が踏み込んだ時には、血塗れで壁に張り付けにされてて。脚の神経全部引き抜かれて、丁寧に、針を刺されてた」


 俺の心が、真っ黒に濁るのを感じた。


「あいつは、人革の応接セットに座って、シャンパン飲んでたってさ」


「どうしたんだ?」


「そいつ?プラスミド一つ残さずこの世から消えてもらったよ」


 アレとは別の奴か。


「イニシエーション受けて分離しても、本人同士の脳は共有されてるんだよ。オフラインしましたって言っても、どこかで繋がってる」


 つつみちゃんの目は深淵より昏く、沈んでいる。

 そう言い切るって事は、ルルル辺りから色々聞いてるんだろうな。


「関係無い。独断。口では言えるよ。指示したって証拠も無い。でも、三千院は記憶を共有し、まだ生きてる」


 どんな気持ちで、あいつの前でベースを弾いてたんだろう。


「自己認識が育つ前にイニシエーションが開始されるのは意味があるの」


「どういう?」


「加齢すると経験の蓄積によって、分轄された自我を破壊し合う可能性が高くなるから」


「確定で?」


「うん」


 分からなくはない。

 理解できない自分が理解できない事や容認できない事をやっていたら。

 自分が身一つなら折り合いを付けるだろうが、身が二つだったら。三つだったら?

 俺はもし自分の脳が分轄されて、その中の一つがソフィアにそんな事をしたら・・・。今の世の中で自分がそんなクソ野郎だったら、何が何でもその自分を殺してしまう気がする。

 ナチュラリストが同じ家系で殺し合ってるのはそういう経緯もあるのか?


「あの一件で都市圏からの俺へのヘイトが上がったのか?」


 つつみちゃんは首を振った。


「公にはされてないからね。でも、もしデータ公開されたら、見た人の心には残るだろうね。三千院という名前を憎む人は星の数いるよ」


 昔、ソフィアはナチュラリストにとって自分らは豚と同じだとか言ってた。

 優しさの塊みたいなソフィアも、殺せばいいのにとか蚊を叩き殺す感覚で言っててちょっと引いた思い出がある。


「何で三千院はソフィアなんて攫って痛めつけたんだ?」


「さあ?理解したくもないよ。映像でイヴの脚に相応しいとか言ってたけど、フィフィが渡さないって言ったから。自分が神かなんかとでも思ってたんじゃない?」


 背中を冷や汗が伝う。

 つつみちゃんは俺らの会社のきっかけになった神社に奉られてる人工知能の事知ってるのか?

 てか、という事は、攫われたのって俺が起きるちょい前くらいの事じゃん!


 舞原は御神体は封じて絶対一般公開しないとか話してたかな?

 兎を描写する外観も無かったはずだけど。俺がぽろりしそうで怖いな。

 気を付けよう。

 リスクマネージメントは舞原の方が重々承知しててしっかりやるだろう。

 念の為、今度のじゃロリかメアリに確認しておこう。

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