第240話 時間が無くとも契約書は必ず読むべし

 このオブジェクトは多分、件のケイ素生命体様だ。

 発電機君は、俺の言った”全部”を拡大解釈して気を利かせて、ハッキングする為にめり込んでたこいつもターゲットしてくれたのだろう。

 なんて気の利く。


”契約は履行されました。その方向で話してみましょう”


”頼んだ。俺はこういうの苦手だ。人工知能には将棋でも二分で投了する自信がある”


”何ですかそれ”


 メアリがクスリと笑った後、痛そうに顔をしかめた。


”手早く済ませましょう”


 だな。今にも死にそうだ。


「契約は履行中です。とりあえず停止させました」


”未達。契約。未達。盟友。危機”


 音声の電磁波通信だ。肉が無いから音が出せないのか。

 この黒ずんだ虹色の金属塊は、自分で動くことは出来なそうだな。

 今の環境なら、直接的な脅威は無さそうな気がする。

 これがパカッと割れて長い舌とか出てきたら詰むが、そういう構造では無さそうだ。


「盟友というのはショゴスですね。既に水温は下り始めています。これ以上の被害拡大は無いでしょう」


”基幹。退避。不可”


「文字データも受け付けませんね。何でしょう?」


「さあ?」


 お。そだ。


「スフィア一つ貸してみるか?音声出力だけで」


”危険すぎます。わたしのマイクを渡しましょう”


 うん?


「違います」


「あ。うん」


「意思疎通にこれを使って下さい」


 メアリがサイドアームを使って自分のスーツのマイクを外し、ケイ素生物に取り付けると、いきなり流暢に喋り出す。


「盟友が機能停止してしまいます!急いで回収して下さい!ああ!もうどうしましょう!この人たち鈍いんだから!これだから塩基組成構造体は!」


 まあ落ち着け。

 お前さっきとキャラ違くね?


「場所は?多分近くないとこの中に回収は出来ないぞ?」


「あ」


 あ、俺が話さない方が良かった?

 ああ、メアリ様からジト目頂きました。


「ずっと横に貼り付いていたでしょう?」


「形状教えろ」


「失礼なクソガキですね。何ですかコレは」


 俺の想像してた新型人工知能と違う。

 俺が鍵だってまだ露見してないのか?


「早くしないと死んでしまうのでは?」


「ひぃっ!?ああん。ヒザラガイとアカエイを足して丸くした形状で表面がもう凝固してしまっています!大きさは半径三フィート。ああ!剥がれてしまう!」


 めありが物騒に目を細めた。


”出来ますか?”


”把握した。指示出した。ここに収納で危険は無いかな?”


”有りますが、仕方ないでしょう。ショゴスの脳幹の可能性が高いです。メンバーはまだ外に居ますか?”


 走査系が多すぎてどこをどう使ったら良いか分からないんだよな。


”んー。あった。いるぞ”


”最重要警戒待機、ティアゼロレベルショゴス脳幹用戦闘準備指示を”


”俺から出して受けるのか?”


”ヘッドにわたしのIDを挟みましょう。切り捨てて使ってください”


”りょ”


「りょ?」


 とりあえず赤外線で送った。

 至近距離だし漏洩危険度は低いだろう。


”了解って意味だ、今送った。指で輪っか作ってる。理解したみたいだな。ん。くるぞ?”


 天井の一部がムリムリと開きドボンと落ちてくる。


「わっぷ!?」


 汚っ。メット装着しとけば良かった。メアリがメット壊れてるのに俺だけすんのは気が咎めるが、俺が浸食されたら洒落にならないからな。やっぱしとくか?

 いや、むき出しの方が対処しやすいよな?

 ソフト処理の合戦だったらこっちの方が、いやでもショゴスが直接攻撃してきたら、ん?何か良い匂いだな。煮えてるぞこのエイ。美味そうな焼きイカの匂いをさせている。


「ああ!よしよし!もう大丈夫ですよ!」


 表面が煮えて完全に白色変質してしまったヒレらしきモノで水面をバタバタと力なく藻掻くソレは、確かにヒザラガイとエイのあいの子をデブらせた形状だった。

 こんなショゴス初めて見たな。何だこれ?脳幹て言ってたっけ?

 ソレは溺れてるのか泳いでいるのか分からない動きでケイ素生物に貼り付き、動きを止めた。


「組織補修材有るんだが、使うか?」


 俺がスキットルを取り出すと、メアリが背中で溜息をつき目を伏せている。


「何ですって!?下さい!!ああ。やっぱり汚いから結構です」


「失礼な奴だ」


「失礼って言う方が失礼なんですぅ!」


「えいっ」


「ああっ!?」


 振りかけた。

 凄い煙を出して一瞬バタついたが、効果に気付いてからはモゾモゾしている。


「これは外交問題ですよ。交わした文書に則って正式に抗議させて頂きます」


「お。そうだな。そのショゴスちゃんが何て言うかな?」


「っ」


 こいつは大丈夫だろう。


「放っといて行こうぜ」


 声を掛けたが、メアリは気を失っていた。ヤバッ。




 ナビに案内された医務室は、変態的な拘束具とか気持ち悪い肉の器具とかは無く、ポッドタイプの冷却機が何台か並んでいるだけだった。組成は金属や樹脂ではなく、タンパク質メインだが、コレは元々そういう構造体だ、問題無いだろう。

 メアリをポッドに横たえた後、外壁の一部に投入経路を確保し、記録されてるのを再確認してから外のメンバーと回線を作り情報共有する。お、気付いた気付いた。メアリの部下たち優秀だなあ。

 念の為、この構造体の中では無線は使わない。

 ケイ素生物に聞かれそうだからな。


”中に入ってから直通作ってないんだが、貝塚と山田代表の反応は?”


”観測はしていると。収拾まで好きにやるよう指示が出ている。それより、生身でショゴスと接触しただろう?そこで感染症の検査をやっておけ。肝炎になるぞ”


”了解。メアリの服が破損してるんだが、予備を持ってきてもらう事は?”


”未使用品が内部に保管されてる筈だ。サイズは知らん。目録を見ろ”


 そんなの着て出て良いのかよ。

 良いか。

 これが世に出た時点でもう何でも有りだ。


”了解。下との接続に関しては?こちらで取れるアクションは”


”公主から聞いてないのか?”


”何だ?”


”俺が言って良いのか?まあ良いか”


”あ。ちょい待て”


”陸奥国府は供給を何度も断たれている。供給資源に関しては三か月分のストックは常に確保出来ているし、復旧手順も把握している。・・・都市圏にも、モノによるが融通する余裕もあるだろう。復旧手順の開示やその交渉に関しては俺は関知しないがな。貝塚グループは把握してる筈だ”


 下手すると首が飛ぶだろうに。


”感謝する。記録は抹消する”


”ふん。とっととそっち片付けろよ。俺らの空気の方が先に切れそうだ”


”ああ”


 とは言ったものの。

 メアリが起きないと下手な事出来ない。

 ケイ素生物とショゴスの脳幹が下手な事しないように隔離しておくくらいだな。

 今の処、内部に収納してからは干渉や侵入は確認されていない。

 さっきまで干渉していた筈だし、自己完結でエミュ鯖作ってハッキングシミュレーションしてるかもだが、それはどうしようもないな。

 ケイ素とエイは倉庫エリアの液体の中で寄り添って接触通信で何かやっているが、外観では動いていない。

 あいつらと話したい事沢山あるんだけどなあ。

 失言が怖い。

 あれ。何か騒いでないか?


「ちょっとー!聞こえてますぅ!?無視すると市民権限で起訴しますよぉ!?」


 これだよ。

 そうだ。俺はトラブルメーカーなんだ。

 修復スピードはめっちゃ早いが、メアリは意識回復まで早くとも後十分はかかる。

 五月蝿く叫んでいるのを無視しても良いのだが、ショゴスの修復剤が足りなそうだったので行くことにした。仕方ない、時間稼ぎするか。

 しっかし、通路全般が移動しにくいな、何か良い方法あるのか?

 コマンドにそれらしいの無いんだよなあ。当たり前すぎて表記が無いのか?

 メアリ居ない時にケイ素生物の前で深部までアクセスしたくないし。


「あ!ねぇちょっと。来るの遅いのよ、盟友がこれあっ!?」


 残りの補修材をじゃぱじゃばと脳幹にぶっかける。

 一気にかけても流れちゃうからな。

 飲ませられれば良かったが、口らしきモノは見当たらなかった。

 死滅したタンパク質もスクラップアンドビルドされ、大分補修されてきてる。

 こいつは人喰うのか?喰うよな。


 とりあえず、これだけは言っておこう。


「お前は人間とコミュニケーションする時は書面だけの方が良い。そう喧嘩っ早くて攻撃的だと、直ぐ消滅する事になる。せめてさっき外にいた時の丁寧語にしろ」


 レスポンスは無かった。


 この言動に対して法的措置を取ってきたら俺もそれ相応の対応をさせてもらう。その思いを込めて八面体の金属塊を睨んだ。

 俺はコレに長生きして欲しいし、脳缶法の適用みたいな目には合って欲しくない。


「正確に表現できる人格は、これしか、知りません」


 その性格、どこのクソ先生に習ったんだよ。


「人間社会では、行動は言葉によって再評価される。誤解を招かれたくないなら、口語表現はちゃんと学んでからにしろ」


「わかりました」


 素直だな。

 本気で言ってるなら将来性はある。

 でもこいつ、駆け引きするんだっけ?

 今までに色々学んでこなかったのか?

 確か兎は一瞬で学んだよな?

 アカシック・レコードにファージ接続してないのか?

 電力が足りなくて出来なかった?っぽいな。

 接続規模は少なくたって、ある程度の情報収集は出来る筈だけど。

 ああ。東南アジアのショゴス含んだ雲にずっと潜んでたんだっけ?

 見つかったら消されるから今まで大規模に繋げなかったっぽいな。

 となると、今言った言葉が気になる。


”あなたに言われては形無しなのでは?”


「起きたか」


”早かったな”


「それだけ騒げば起きます」


 濡れ鼠のメアリが肉の陰からふらつきながらも顔を出した。割れたメットを被り、暗視装置と無線だけ起動している。


”アトムスーツがいくつかあるっぽい、サイズ確認してくれ”


”外と連絡取ったんですね。誰にどこまで開示しましたか?”


 おっと、言いにくいな。


”記録は抹消すると約束したんだが、データはまだ消していない”


”見せてください”


”首になったり不利益が生じたら寝覚が悪い”


”しませんから。見せて”


”約束だぞ”


”ええ”


 経過ログを見せると、メアリは小さく息をついた。


”大事にはなってませんね。重要な局面に、申し訳ありません”


”大事じゃないなら。良いんじゃないか?”


 一安心だ。


”そのデータは消して問題無いでしょう。以降、こちら主導でログ保存します。記録はレイドで共有してください”


 まぁ、その方が信頼性は増すだろうな。


”了解”


「さて」


 メアリにギロリと睨まれ、ヒザラエイが少し縮んだ。


「あなたたちは非常に微妙な立場にあります。契約上、この山田副代表が所属する九十九カンパニーの臨時準社員としての立場に甘んじてもらう事になりますが」


 なんじゃぁ!?


「宜しいですね?」


 まてまて待て!


「はい、畏まりました」


「かっ!」


 貝塚ぁ!?

 チェックしたよなあ?!

 問題無いって言ったよなあ!!

 つつみちゃん見てたろ!?


「あ」


 そういや、つつみちゃんそっち方面弱かったな。

 くっそ!せめて俺が全部読んでいれば。

 ぽんこつを後悔した直後にこれだよ!

 いや、秒単位で契約書作る周りの奴らがオカシイんだ。

 ここに俺がいる事が間違ってるんだ。

 駄目だ。駄目。今からでもチェックしよう。


「大丈夫ですか?過呼吸ですか?目が虚ろです」


 畜生。


「俺は大丈夫だ」


 ザブンと倉庫に入ってきたメアリが心配そうに覗き込んでくる。

 真っ暗に赤外線ライトだけで良く見えないらしく、俺の額に震える手を当て熱を測っている。

 まだ治りかけで末梢神経がちゃんと働いてないんだ。ったく。自分が大丈夫かよ。


「書面をチェックしてるだけだ」


「はあ。・・・ああ。ふふふ」


 俺の不幸は楽しいかい?

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