第238話 テーブル
山がドロリと歩道に倒れてきて割れた。
防壁の内側で足元まで広がりのたうち回る山の中身は甲殻系は少なく、雑多な部位のショゴスで、まだ生きていた。ヒルやユムシが混ざり込んで見た目最悪だ。
ユムシは高い水温から逃れるために潜り込んだのか?共生してた様には見えない。
その中から透明な管がいくつか立ち上がる。
「対話に応じてくれた事を感謝します」
あの管たちはスピーカーか。
この雨風の中、減衰しないでクリアに聞こえる。
スフィアと同じで指向性発信できるんだ。
綺麗な合成音声だ。女性っぽい声質だが、性別は無いんだろうな。
”誰が対応するんだ?”
そもそも、まともな対応が出来るのか?
”わたくしがしましょう”
メアリが一歩進み出る。
俺をどけるフリして、こちらを見ずにサイレントで接触通信が来た。
”ハッキングは未だ進行中です。時間稼ぎの可能性はまだ捨てきれません。いざとなったら強制解錠してもらいますよ”
”やり方は分からないけど、指針としては了解した”
と返事したら、秒で貰ってしまった。
”絶対にオフで管理して、見たら消去して下さい。今回はこちらから誘導かけるので作らないように”
パニクって変な挙動が出ないように苦労した。
イニシエーションルームの解錠手順マニュアルだ。
多分、リスク軽減の為、解錠ソフトは自分で組む感じだろう。
早速、皆に挙動が見えないようホルダーから物理鯖を隔離してそこにぶっこむ。
俺に渡すのよく舞原が許可したな!都市圏寄りの奴にこんなもの渡して、危険だと思わなかったのか?まぁ、俺からの信用度は格段に上がってしまった訳だが。
また扉の前で突っ立ってるだけかと思ったわ。
中身をざっと読む感じ、使い捨てのインスタント解除キーの作り方だった。
一分しかもたず、使うと自動消去される。
なるほど。これなら、俺が意識を失ってたり、ポッドに放り込まれて解析されても問題無いな。
作成も起動もオフラインでやって、物理的にサーバーを壊してしまえばほぼ解析は無理だ。
方法はあるが、それをさせる気は今の俺には無い。
つまり、安全に管理出来る。
現状に対する不安感も少し収まった。
「我々と交渉したいなら発電型構造体への干渉を止めろ」
「それは出来ません」
おお。レス早いな。ホントに中身三千院じゃないのか?
「冷却が間に合わず、盟友は消滅の危機です。それは出来ません」
盟友って何だよ。
「我々には冷却手段がある。干渉を止める事が交渉の条件だ」
やっぱメアリ強気だなあ。
「許可します。解析作業の停止」
おお。
「こちらでも確認した」
無人機とスフィアから入ってくる情報からは、何がどうなっているのか良く分からない。
メアリは何を見ているんだろう。
スーツに何かあるんだろうが、いずれは都市圏と共有するのか?
口に出さないだけで、貝塚は認識しているのか?
とりあえず、俺の仕事は一つ減った訳か。
「キグンは別勢力と認識します。破壊行動を用いない解決が可能と判断しました」
ああ。三千院たちと同じ勢力と思われたのか。
今までの動き、外っ面だけ見たらそう見えるよな。
「要求を聞こう。こちらの判断はそれからする」
”戦闘準備。忌諱剤散布準備”
メアリが押し殺した声で周囲に赤外線で音声通信してきた。
文字入力じゃないな。凄ぇ、二枚舌だ。腹話術っぽく同時発声してる。録音じゃないよな?
そういや、トロッコで青柳も腹話術やってた。
北の奴らはデフォで出来るのか?
「警戒度が上がったと認識します。不愉快な思いをさせてしまったでしょうか」
バレテーラ。
こいつ本当にケイ素生物なのか?
”メアリ君。ソレは新種の可能性が高い。注意し給え”
”最悪、破壊してもらいます”
”準備はしておくよ。健闘を祈る”
貝塚も暗号化された音声通信でモノ申してきた。
何が起こってるんだ?
どこでどう判断されてるんだろう。
俺はまだケイ素生物の知識が少ないので話しが見えてこない。
俺はどう動いたらいいんだ?
一歩下ったメアリが後ろ手に俺に触れ、接触通信で駆除系ソフトを送ってくる。
”起動しておいて下さい。コレは既存の人工知能とは違います。駆け引きをしている”
駆け引き?
今の会話が?
交渉は駆け引きじゃないのか?
トリガーすらわからん。アホな自分に少し苛立ってくる。
理解できずに下手に動いたら即死ぬんだぞ。
ちゃんと働け、このぽんこつ。
ログを見返そう。
えっと。
俺らがテロと別勢力と認識したので、交渉を持ち掛けてきた。
盟友とかの被害が拡大するからという理由で構造体へのハッキングを一度断った。盟友ってのは十中八九ショゴスの事だよな。
既にモリモリ死んでるんだけど。まだ間に合うって判断なのか?
人工知能は駆け引きをしないのが普通?
音声通信で連絡取り合ってるって事は、これだと解析されにくいんだよな?
うーん。
言葉尻だけ見てるから分からないのか?
この今話してるケイ素生物は黒い構造体にくっ付いてる奴なんだよな?
んで、無限の電力が欲しくて発電機をハッキングしてた。
このままだと俺らを止められずに自分を破壊される恐れがある。
共生関係のショゴスが死に絶えそうなので早急に対処する必要もあり、障害と認識していた俺らに交渉を持ち掛けてきた。
時間稼ぎなのかもと思ったら、何故かハッキングを停止した。
リスクを取ったのか。
リスクを取った!?ありえない。
その方が早いと認識しただけか?
いや、違う。
実際、俺らはこいつを破壊する気満々だ。こいつにとってはリスクしかない。
それでも交渉の席についたのか。
そして、こっちが攻撃準備したのに気付いて、口頭で確認してきた。
えっと、”不愉快な思いをさせてしまったでしょうか?”
何だこれは?人工知能が選択する言動ではない。
敵対行動に対しての御機嫌窺いだぞ?浜尻レベルのクローン人間じゃないと出てこない言葉だ。
不気味な要素がボロボロ出てくる。
何なんだ?こいつ?
やっぱ後ろに三千院がいるのでは?
「そちらの要求は?」
十分に周囲の走査精度をはね上げてから、突き出たゼリーの蛍光管たちに向けメアリが問いかけた。
防壁の外は熱水蒸気の大嵐なのに。この中はいつの間にか、風の音も雨の音も止んでいる。
ああ、周辺を飛ぶショゴスの細胞がファージ誘導されて遮音してる。
死んでても動かせるのか。
ファージは死んでないな。熱に強いタイプなのか?どうやって生きてるんだ?
「消滅しない事。盟友の保全。有効電力の確保」
結構盛ってくるな。
「内容は?」
「主幹の格納、又は奉納。盟友の家畜化の許可。音波共鳴炉の発電電力の十パーセントの永続使用許可」
音波共鳴炉!!
そういう奴なんですね!?
ケイ素生物さんモノ知りだなあ。
「検討しよう。時間が欲しい」
「早急にお願いします。盟友の機能不全まであと四分」
”という事らしいですが、どうしますか?”
良く落ち着いていられるなメアリ君。
”格納は出来るが奉納は我々の領分では無い。商事で可能かね?”
”滞りなく。盟友というのは恐らく、ショゴスの司令塔でしょう。飼育は可能ですか?”
”自然公園をいくつか確保してある。そこが気に入るなら可能だね。発電の十パーセントはわたしからは確約出来かねるな。維持コストがまだ分からない。年中大嵐にしたら環境被害は計り知れないよ”
”書面化します。文言の確認を”
ザッと、レポート用紙十枚分程が表記された。
”問題無いだろう。交渉を続け給え”
秒レス。
こいつらの頭の中はオカシイ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます