第237話 対面

 目前まで来て、あと邸宅一跨ぎというところでメアリからストップがかかる。

 防壁外の気温は百八十度、俺らの前方に吹き出す風は冷却の為か、二百度を超えている。立ち込める水蒸気は肉眼では見通せない。

 人もショゴスも死に絶えているだろう。

 どうした?シールドが維持出来ないのか?


”操作可能範囲に近づきたいのですが、不明なオブジェクトが貼り付いてます”


 何々!?

 やっぱケイ素生物生きてたの?

 既にハッキング開始されてた?

 走査してる無人機やスフィアで外観のフレーム表示は把握しているが、どこがどうオカシイのか俺には分からない。

 そういや、青森のイニシエーションルームの外観も良く分からなかったな。

 埋め込まれてて変な形だったのでX線画像でざっくり見ただけだった。

 貝塚たちは正確に計測してたのかな?


”こちらでも確認した。貼り付いていたので見逃したね。一応、射撃による破壊は可能だが?”


 この距離でアレの効果範囲内にはいたくないな。

 一旦退避する感じか?


”いえ、浸食が始まっていたら、破壊するだけではソフトデータ破損を免れません。ケイ素集合体にアクセスして基幹データ掌握してから駆除する必要があります”


 なんか七面倒臭い話になってきたな。

 時間間に合うか?

 伊勢崎の銀行の時みたいに穴開けてコード繋ぐのかな。

 今回、貝塚の時みたいな義体は無いぞ?

 メアリは手順知ってるのか?


 ちと確認しておくか。

 個別チャット入れよう。


”メアリ、横槍済まない。今の状況って、三千院のテロによる発電施設強奪というか破壊工作に乗っかって、ケイ素生命体がショゴスを利用して奪いに来たって認識で合ってるのか?”


 貝塚と話し合いながらも直ぐ返信が来た。

 外部と繋がってない筈なのに・・・、メアリさんやっぱ高スペック。


”ですね。人工知能がショゴスと共生関係にある事例には何度か立ち会った経験があります。無限大の餌が有れば、興味を示すプログラムたちもその数は多いでしょう”


 ケイ素生物は大電力に寄ってくるのか。

 これは桁が違うもんなあ。極上の餌に見える訳か。

 造雲を使った音波や電磁波による高高度電位差発電。

 発電量は想像がつかない。


”もしかして、赤道付近のショゴス雲地帯はケイ素生命体塗れなのか?”


”地上に降りると、隔離されるか破壊されるかですからね。学習はしているのでほとんど降りてきませんが、今回は違ったのでしょう。かなり大規模な意図的降下です”


 地下市民は把握してたのか?

 してるよな。

 コントロールできるショゴスの栽培って、人工知能に操られないショゴスの栽培って事だったのか?

 まぁ、そんな事出来るかどうかは兎も角、その方がしっくり来る。

 風に流されて日本に来るショゴスは食欲のみって感じだもんな。

 案外、維持出来なくなって口減らしに切り捨ててる尻尾部分だったりして。


”空はケイ素生物の天下なのか”


 メアリが口で別の事を貝塚と話ながら目端だけで笑った。


”上空の資源は非常に限られてますからね。プリントアウトされる素体は限定的です。シネマティックファージの活動限界ギリギリで、ファージネットワークも地上ほど活発ではないので、わたしたちが地上で暮らす分には脅威度は低いでしょう”


 赤道付近の空に、人類に敵対するかもしれない奴らが活動してるってのはあまりいい気分じゃないな。

 人類同士敵対し合ってるし、大した違いは無いか。


”内緒話かね?愉しそうだね”


 やべ。貝塚に気付かれた。

 つつみちゃんが睨んでいる。気がする。


”脅威度についての意見交換です。ログの開示が求められるなら応じられます。よね?”


 あ。えっと。うん。何もやましい事はないぞ。


”そうだな。俺の知識レベルで口を挟むのはおこがましかったので少しレクチャーしてもらってた”


”ヨコヤマくん。いつの間にそんな懇意に?”


 藪蛇。

 つつみちゃんから秒でレスが来た。

 メアリとのアレコレに関しては全部言ってないからな。


”ひっ!?ばばっばばばばば?!”


 つつみちゃんが狂ったのかと思った。

 飛び上った後椅子から転げ落ちてる。


”下から何か来る。警戒”


 貝塚も声が少し急いている。

 何だ?


 泡立つ真っ黒な熱水の中、赤と白の何か大きな物が浮上してくる。

 水蒸気で良く分からないな。

 無人機やスフィアの情報だと、サイズは・・・、というか、海底から隆起する山だなこれは、飛行船の骨組みと混ざり、積み上がる砂山の如く隆起してくる。


”死んでますね?何でしょう?”


 死んでる?


”あ。ほんとだ”


 ゴボゴボと沸騰する海水から浮き上がってきた、というか盛り上がってきたのは、真っ赤に茹でられて白い毛の生えた甲殻を持つショゴスたちの塊だ。

 あの死体とかに群がってた奴はこれか。


”カニビルも死んでいます。内部では生き残っているのでしょうか?ファージ誘導が限定的な環境でアレに集られたら厄介ですね”


 蟹ビルだったのかよう。毛みたいにもっさもっさだったの全部ヒルだったのか。デカすぎないか?全身に鳥肌が。

 プリンプリンにゆで上がったヒルを大量に纏わりつかせたカニショゴスの山はマジきもい。

 あのショゴスたちは、俺が昔好きだった漫画と違って、眼みたいな弱点とか存在しないんだろうな。

 銃をいくら撃ってもヒルは殺せないし。高温で茹で殺すしかないな。


 俺は寝る前、蟹が苦手だった。

 子供の頃保養地で食べたサワガニの天ぷらがが生で、寄生虫に感染してから気持ち悪くて蟹全般が駄目になった。

 その時は早期発見で治療もすんなりいったので悪化しなかったが、ぜんそくかと思って小児科行ったら致死の病で両親がビビってたな。

 子供心に蟹について調べて、海の蟹も、甲羅の黒いブツブツがヒルの卵と知り、生きてる蟹の山がヒルだらけの毛糸の山みたいな映像を見て、一週間くらい食べ物が喉を通らなかった。


 あの茹でられたショゴスにくっついてるのは、そんな可愛いものじゃない。

 毛糸どころか、細いロープくらいあるぞ!?

 アレが大量ににゅるにゅるアシストスーツに潜り込んで来たら、俺はトラウマ発動で発狂してしまうかもしれん。

 いや、大丈夫。アレは茹でられて死んでる。

 ヒルに集られるのは慣れてる。

 熊谷防衛の時の地獄に比べたら全然マシだ。

 あの時のヒルは丸っこいのとかずんぐりしたのばっかで、こんなひょろ長い凶悪なヒルじゃなかったからな。

 少し息が苦しい。ストレスをかなり感じてるみたいだ。

 体内ファージを弄ってこっそり調整しておく。


”破壊するか?逃げるか?”


 もう歩道橋の高さまで盛り上がっている。海面から上だけで高さ十メートル、直径は二十メートル以上ある。圧し掛かられたら道路が壊れるなこれは。

 きっと、メットを取れば茹でたての蟹の匂いがするのだろう。

 俺は確定でゲロ吐くだろうが。

 その前に顔と気道火傷するか。

 冷却されたこの内部でも、八十度はある。

 サウナが九十度だから死にはしないか?

 いや、湿度百パだから肺が煮えて即死だな。


”待て。電磁波で何か発信している。今解析している”


 貝塚からマテがかかる。

 勘弁してくれ。


”電磁波以外でもリアルでも同じ音出してるよ。二種類同時発信。停戦?と、話し合い?モールス信号だね”


”メアリ君。これは融和タイプのケイ素生命体だと推察するが。君はどうかね?”


”同じ意見です。敵に回すと厄介です”


 ケイ素生物と対話?

 成り立つのか?

 何それ愉し過ぎる。


”なら、話してみようぜ”


 メアリがギョッとして俺を見たのが分かった。

 貝塚がスピーカーの向こうで息を噴き出している。


”そうだね。至極当然だ”


”前代未聞ですよ”


 ため息つかれた。


 でも、裏に三千院とかいる可能性は考えないのか?

 んな事、俺が言わなくとも想定してるか。

 俺はまたダンスでも踊れば良いのか?


 何か起きた時の為に、全員分の身代わりは即座に展開できる用意をしておこう。

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