第236話 商材発表

「神よ」


 メアリの手下の誰かが漏らした一言は、皆の気持ちを代弁していた。

 ナチュラリストも神に祈るんだなとか冷静に考える自分がいて意外だった。


 空一面、低い雨雲が分厚く敷き詰められ、その全てが発光している。

 ドロドロと空全体が鳴動し、空気が振動している。

 雨雲と海面の間には、球電の予備現象とされる細かい落雷が滝となって降り注いでいる。

 飛行船への直接的な被害は衝撃で当たった箇所に振動が走る程度だが、ボール・ライトニング一斉射は俺らの装甲じゃ何の役にも立たない。頑張ってどうにかなるレベルじゃない。

 どーすんだこれ。

 てか、何であんな電気余ってんの?!浪費させたんじゃないのかよ!


 オペレーションチームは画面を見て固まってしまっている。


 つつみちゃんが真っ白な顔で、俺を見ている。

 サイレントで何かやろうとしてるが、ここからだと良く分からない。


 貝塚は呑気に紅茶をキめている。


”リミットは先だと思ったが、少し急ぐ必要があるようだね”


 緊張感無さすぎな貝塚のコメントに思わず吹いてしまった。


”ヤマダ副代表、この緊急時に、不謹慎ではないかね?”


 あんたが貝塚じゃなければ、その言葉そっくりお返ししたい。


”何か手があるんだろ?”


 貝塚は自分の手の平を見て、上に上げた。


”走り給え”




「ぬおぉおおおおっ!!」


 全力疾走は金持たちと一緒に機動装甲に追われた時以来だ。

 障害物と死肉で埋まった通路を、黒い物体目指して一直線に駆ける。

 発生し始めた球電の内、直上のモノが雲から俺ら目掛けて降り注いでくる。

 エイムがアホなのが幸い。先回りしたり、偏差で狙ってくるモノは無い。

 つつみちゃんが予測到達地点も割り出してくれている、立ち止まらなければ喰らう事は無いだろう。


”球電が動くには専用の気体構成が必要だ。条件を満たさない場所には到達できない”


 貝塚がつつみちゃんにレクチャーしている。

 実際、貝塚の無人機はほとんど壊されていない。つつみちゃんがコントロールしていたスフィアはさっきの一瞬で半分以上オシャカだ。


”風に沿ってないよ?”


”風向きは関係無い。条件が満たされれば燃焼しながら風を遡る”


”近づく空気が条件を満たさないようにすれば良いんだね”


”水素も減らして。計測は間に合わない。ショゴスからも発散する想定で組むんだ”


 浜辺では呑気に教習しているが、こっちは必死だ。

 稲妻の雨が降り注ぐ中を跳んで駆ける。

 メアリ含め、先頭の三人がナビゲーションを即席で作りながら先導し、俺らは強度計算に合格した箇所だけを足場に走る。

 デカいショゴスが通せんぼしていた所は、塀や窓枠を足場に三角跳びで越えていく。

 若干稲妻が弱まった?


”かなり遠めから想定しないとだね”


”そうだね。これをコントロールしている側も、球電の発生範囲の八倍以上の空間から制御を始めている”


 コスパ悪そうな防衛兵器だな。


”電力源は分かったのか?”


 雲じゃ足りないんだろ?


 貝塚が鼻で上を指した。


”上空のコントロール範囲は現在二百三十キロ。電離層に到達している。電位差発電でやりたい放題だよ。羨ましいね”


 雷を電力融通出来るくらいだから、そのくらいヤるか。畜生。

 二百三十キロって何だよ。雲じゃ届かないよな。

 水蒸気じゃ頑張ってもその十分の一もいかない。

 そんな高高度まで電気使い放題に出来るなら、貝塚が目の色を変えるのも分かる。


 つつみちゃんから暗号通信が来た。


”さっきヨウ化銀をクラスターで撃ち込んだの。本土にあるの全部って言ってた。七千発くらいあったけど、届く前に全部焼失した。物理干渉は無理。逃げてたら不合格でわたしたち真っ黒焦げだったね”


 走りながら、バイザーのスモークを落とし空を見上げる。

 水滴に歪む空からは光が雨となり降ってくる。


 そうだよな。

 地下三キロに標準気圧空間張り巡らして、南極に温室作るような奴らだ。

 これくらいやって可笑しくない。


「クックックッ」


 あ、やべ。笑ったら息が苦しい。

 バイザーの内側があっという間に曇ったので、またスモークかけてモニター表示のみにする。

 あの球電一つ一つ、かざっただけで装甲車がブッ飛んでたからな。視認すると心臓に悪い。俺らの後ろももう道として機能しないくらいボコボコに破壊されていってる。


”海水が蒸発しているエリアに入れば、球電に焼かれる心配は無くなるだろう。場所によっては気温が三百度を超える。風向きも安定しない。ナビには注視し給え”


 三百度じゃファージが死ぬなあ。

 アトムスーツにも限界がある。吹かれたら一瞬で茹で上がるぞ?


”対策はあります。山田副代表。ブラックジャックを貸して頂けますか?”


 うん?


”勿論”


 二人してジャンプしたタイミングで手を差し出してきたので、腰からサラッと外して投げ渡す。

 サイドアームの範囲内だったが、リアルアームで危な気なくキャッチ。


”ナイスキャッチ”


”はあ”


 気の抜けた声でアームを握り中を確認する。


”水蒸気地帯に入ったら撒きます”


 ファージ使わないのか?

 どうやるんだろ?


”どうぞ”


 ブラックジャックの中の砂鉄程度で、暴風吹き荒れる三百度のサウナから生き残れるなら安すぎる。


 霧の中を少し走り、崩れた橋手前で一旦全員停止。下の海は煮えたぎっている。現在の気温は六十度弱、タンパク質はそろそろヤバくなる温度だ。


”緩衝用触媒はあるのですが、砂鉄の方が放熱が早い様なので。山田さん、バイザーのスモークは?”


”起動してある”


 メアリは頷いて周囲に撒き始めた。

 貝塚みたいに磁力防壁作るのか?

 磁界作って電気は防げても、熱は防げないだろ。


 と思ったら、俺以外の全員が背中の機材の一部を開放して起動した。

 不可視のレーザー光が発射されている、熱線かな?確かにこれは目に悪い。

 用途は何だ?


”バイザーはそのまま。絶対切らないで下さい”


”了解”


”シシフォス冷却システムか。矢張り陸奥では実用化されていたのだね”


 我慢できなくなって口を挟んできた貝塚は、目を細めて舌なめずりでもしそうだ。

 獅子?


”上を目指すならいずれ共有する技術です。検証の機会が欲しかったのでは?”


”おやおや。わたしが無理を言ってカードを切らせたみたいじゃないか”


 貝塚がカード残さない筈がないんだけどな。


”別用途で持ち込んでいましたが、丁度良い機会です”


 カメラを一瞬睨んだメアリは、鼻を鳴らしてから、ファージ誘導で浮遊させた砂鉄でざっくりと俺らの周りを囲んだ。生体接続ではなく外部起動だ。メアリが使ったのは初めて見た気がする。やっぱナチュラリストじゃなくて崇拝者なんだな。いや、そう見せてるだけかも。そこは今はいいか。

 全員が連動し、手分けして周囲にレーザー光を放射すると、風向きが追い風に固定され、凄い勢いで吹き始めた。

 風を吹かせて冷却してんのか?

 そんなんで高温の蒸気防げるとは思えないんだけど。


”情報は来たかね?”


 貝塚から暗号通信だ。


”いや?何だ?”


 あ。


”今来た。見せられない”


”結構。後ほど交渉といこう”


 メアリが俺に兵装のデータを送ってきた。

 思わずニヤけてしまう。

 これの替わりにさっきの貝塚の砲台のデータが欲しくて、交渉材料のたたき台として俺を使いたいんじゃないかな。


 皆に続いて壊れた橋を飛び越え、高温の蒸気が立ち上る歩道橋を駆けながらデータに目を通す。


 貝塚の電磁シールドとは全く別物だな。

 資料を読んでみると、この砂鉄シールドのレーザー光は本来の用途は、宇宙空間での放熱に使われる。触媒も砂鉄では無く、実際は燃えにくいガスが使われるみたいだ。

 宇宙空間で一番の問題は、太陽風でも、重力制御でも、真空でも、スペースデブリでもない。

 熱管理だ。

 太陽からの熱だけではない。姿勢制御に使うエネルギーも、金属摩擦による熱も。真空中で発生した熱を放出するのは頭を悩ませる問題だ。

 俺の起きてた時代はロボットモノSFとか宇宙空間での金属摩擦熱どころか、放熱なんてカッコよさの演出でちょっと表現するだけでほぼスルーだったから馴染みが無いが、ちょっとした摩擦もその熱が逃げないと考えれば、恐ろしい。

 運動量の縮小に比例して冷めてはいくが、自然に下がるのを待っていられない時は、不活性ガスを噴射して冷却するのがスタンダードだ。

 でもそれでは、対角線上に放射しないと姿勢制御が狂うし、慣性の問題もあるので手間がかかる。


 このメアリが使った仕組みは、入ってきたエネルギーをレーザー光にして拡散放射する。

 それによって放熱している。

 結局媒体は使うが、これなら一々姿勢制御を考えなくても宇宙空間で急速放熱出来る。

 スペック見ただけでは性能はパッと見当がつかないが、三百度をアトムスーツの活動限界以下まで下げるんだから、下手な空冷より全然性能が良い。

 光で放熱と聞くとピンと来ないけど、・・・あれ?もしかして、炭田の浜尻も量子コンピューターっぽかったのに冷却が謎だったのはこの仕組み使ってたのか?

 関係がめっちゃ気になる。

 元は炭田の技術だったのか?

 あのジジイの?


「おっと!?」


 コケそうになった。


”ヤマダくん?大丈夫?”


 実際には見えないが、バイザーの向こう、横を走るメアリがあの真っ黒な目で俺を見ているのが分かる。

 ああ、考え事は良くないな。


「大丈夫だ。先を急ごう」


 ささやかな満足感が俺を満たした。

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