第235話 船内観光

 回り道と言っても、道など無い。

 飛行船上層に乱立する建築物の大半は都市圏や日光とは異なった趣で、いかにも南国の建造物といった感じだ。この辺りも元は相当金のかかったモールだったのだろう、華やかでスタイリッシュな店舗が多かったが内も外も見るも無残な有様で、死滅して早くも腐り始めた大量のショゴスがそこかしこで煙を上げている。溶かされて喰われかけの死体も多い。

 下に降りる道は全て渦を巻く汚水で塞がれていて、煙を含んだ泡がはじけたり、水の吹き出すゴボゴボと気味の悪い音が辺りに反響して、控えめに言って地獄絵図だ。

 俺らは、丈夫な骨組みが多く、且つショゴスの脅威が少ない部分を選定しながら進む事となり、スフィアと無人機のナビ有りでも時間がガリガリ削れていく。

 ささっと屋根の上を駆け抜けていきたい気になるけど、いつ球電の餌食になるか分からない、遮蔽物の多い一階層下をメインで進んでいく。


 これ、徐々に沈んでるよな?

 それとも、骨組みが壊れて潰れてってるのか?


 黒い構造体が水没してたらどうするんだ?

 別に関係無いのか?

 水中でショゴスに囲まれたら、例え死骸でもかなり面倒だ。

 ここは水深が浅いから大丈夫かな。

 高さも、骨格の高さだけでも百メートルあるし、グズグズに崩れたとしても、この辺りの水深は精々三十メートルも無い。三角波と球電で壊されまくっても今日明日で沈没は無い。

 今、俺らが気を付けるべきなのは、海水やショゴスによって破損した飛行船に閉じ込められて、水流にもみくちゃにされながら潰される事だけだ。


 商業区を抜けて居住区に入ったところで日が陰り始め、隙間から射す日光の代わりに雨と風が吹き込んできた。

 雨風は兎も角、吹き込んでくる風に乗って飛んでくるショゴスやその死体がウザい。

 薄暗い通路の中でゴミを纏わりつかせて吹き荒れる肉の塊は、時々発火してのたうち回るので心臓に悪い。

 視認性が悪すぎるので、バイザーは降ろして、フレーム表示に切り替えた、明暗が無くなるだけで安心感が段違だ。


”停止してくれ。収集したケイ素生命体が単体で機能していない”


 向かい風に乗って流れてくるショゴスを避けたり破壊したりしながら、搬送用通路を進んでいる時に貝塚から連絡が入った。


 ここで停まれとな?無理をおっしゃる。

 通路のど真ん中で、猛吹雪バリに吹きつけるショゴス塗れの風に嬲られながらビバークとか、無理です。


 今いる場所は、上層にある吹き抜けの大きな通路の中二階、庭付きの豪邸が二本の空中回廊に沿って並び、時々連結橋で繋がっている区画で、下は一面冠水、暗く濁ったゴミと死体だらけの海水だ。

 細かいショゴスは全部誘導で弾いてもらい、つつみちゃんの音響操作で動かせない大きいショゴスの塊が風に流され向かってきた時だけ、瓦礫や転がってた棒きれを使って叩き落としたり進路変更させて避けていく。

 直ぐ駄目になってしまうので持ち込んだバトンは使っていない。風も、通路が交差する度に縦横無尽に吹き荒れるので、振り回すモノに当たると危ないから全員が一定間隔を空けて移動する。

 全くぶつからないという訳にもいかず、徐々に汚い肉で汚れてきた。

 ピックアップトラックくらいの塊が風に吹かれて天井を転がってきたときは、爆発しないよう祈りながら全員しゃがむ以外選択肢が無かった。誘爆して通路が破壊されたら詰む。

 狭い道進んで肉で埋まって通れなくなるのも嫌だしなあ。

 地上に適応してなくて、まだ動きが鈍いのが救いか。


”cAMP経路形成ですか?”


 キャンプ経路?


”ほう?メアリ君は詳しそうだね?”


”でしたら、栽培が開始される前に破壊してしまえば、群体の維持が出来なくなって消滅するでしょう”


”矢張りそれしかないか”


 何か言い淀んでいる。

 メアリが浅く息を吐いた。


”精密爆撃は球電の電力回復に間に合わないでしょう。上空が安全ならドラフト機でも飛ばせば直ぐ済むのですが、直立砲塔艇からの斉射を提案します”


 ファッ!?


 俺らって、今丁度、砲塔艇とオブジェクトの間だよな?

 支援されやすいように北側から回り込んでいる。もう少し進んでから近づく予定だった。

 てか、ドラフト機って何だ?


”良いのかね?”


”ちょっと!”


 答えが決まっているらしい貝塚と、つつみちゃんがまた一悶着起こしそうだな。

 少し宥めとくか。


”貝塚、俺らに当てないように事態を収拾できるのか?”


”ちょっと!よ、ヤマダ副代表!?”


”勿論さ。嵐の中でも十キロ先のコインに当たる精度だ”


”なら早めに頼む。いい加減ショゴス殴るのも飽きてきた”


 当たりはしないだろうが、斉射なんかされたら衝撃波でもみくちゃにされそうだな。

 向こうでつつみちゃんが唸っている。


”栽培箇所の割り出しは済んでいるのですか?”


”先ほど集計が済んだ。良いかね?”


 メアリが集まってる全員を見回す。

 誰も何もアクションしない。

 こいつらはボケないと死んじゃう星の下には生まれてないみたいだな。

 都市圏の傭兵たちとは大違いだ。


”俺が前に出ておこう”


 誤射されても困るので、防護盾を展開しながら前にでようとすると、メアリ含め三人がかりで掴まれて、一番真ん中に固定されてしまった。

 全員が盾を展開し、俺を中心にドームを作る。


”ここが一番被害が少ないのですね?”


”そうだ”


 貝塚の即答、後ろから抱きすくめるメアリのバイザーが俺の後ろ頭にコツンと当たった。


”どうぞ”


”イチからヨン。二秒間隔十秒斉射”


 既にエイム済みですか。




 一秒と経たずに、辺りが真っ白な光に染まる。

 バイザーを下ろしているので視界は外部機器頼りなのだが、ほぼフリーズしてる。

 音がデカすぎて遮蔽してても骨に響いてくる。でも、あの青森でバカ傭兵が発破かけた時程じゃないかな。

 全ての盾が一瞬で真っ白に割れ、空間ごと圧搾されてミシリと全身が縮む感覚に陥る。アトムスーツの耐圧がフル稼働して、瞬間圧力が二十気圧を超えた。急激な圧力変化が続き、アトムスーツの限界が試されてる気がする。

 実際、間に合わなくて内圧がおかしい。眩暈がする。十秒が長い!

 アシストスーツのバカ力でドームを作っているので、吹き飛ばされる事はなかった、衝撃に合わせてメアリがギュッと押さえてくるので痛くて何か言いたかったが、肺が圧されて声が出せない。

 てか、急な外圧に対応できず、息が吸えない。


 ご丁寧に、貝塚は俺に発砲データをこっそり見せてくれていたが、連鎖薬室と電磁砲身のコンボで初速がマッハ十二近く出ている。

 弾道の下の海が切り裂けて吹き上がり、高波に穴が開き、飛行船の構造体を紙っぺらみたいにぶち破り巻き飛ばして穿孔している。船があの形状じゃなかったら二発目撃つ前に沈没するぞ。

 骨格に損害出ないように撃ってるんだよな?

 ああ、無人機やスフィアも巻きこまれて、データにもカメラにも穴あきがボロボロ発生している。もう無茶苦茶だよ。


 レールガン四門六斉射。

 随分太っとい砲身だなと思ったら、内部で砲身毎バルカン砲みたく入れ替えていたっぽい。一発毎に砲身使い捨てか。今回だけかな?毎回使い捨ててたら金がいくらあっても足りない。

 加熱された真っ黒な砲塔は嵐の中でも轟轟と水蒸気を上げて、波で揺れてないのが島みたいで凄く無気味だ。


 マイクが正常に機能し始め、ガラガラと崩れる周囲の音が小さくなっていく。

 物影で機能休止していたスフィアや、水中に待避していた無人機もあったようで、停止していた更新が再開。復帰し始めた走査と索敵により損害と現状が入力されていく。隔離作業してた向こうのチームも無事だな。

 誘爆してるショゴスで火の海になってる場所もかなりある、帰りが面倒だな、迎え来てくれるのか?絶対に安全停止させねば。


 一分経過しても土煙で視認性ゼロ。雨と嵐でクリアになるだろうが、泥の雨で全身汚れそう。寄生虫たっぷりの波飛沫被ってる時点で今更か。


”付近の船体骨格と通り道には、被害は出ていない筈だ。障害物は自力で解決してもらうしかないね”


 土煙が晴れると、曇り空が見えてきた。

 上部甲板が・・・。辺りを見回す。全て吹き飛んでいる。


 やり過ぎ。


 そこかしこで小爆発が起きているが、この雨だ、直ぐ止むだろう。


 火の海を真っ二つに割って、曇り空も見え明るくなった通路の、二百メートルくらい先。もうもうと白い煙を上げる箇所が見えた。真っ新にキレイになって良く見える。煙じゃなくて水蒸気だな。

 アレが今回の俺らの目標か。


”只今、ファージ環境の機能不全を確認した。硫酸ガスはまだ出るだろうが、新規のケイ素生命体プリントアウトはまず起きないだろう。それより、問題が一つ”


 もう、何が起きても驚かない。


 画面の向こうで、貝塚が上を見上げている。

 メアリも隣で上を見てる。

 俺も見てみた。


 空が絶望で覆われていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る