第234話 飛行船侵入

 完全に破壊された正面のバンカーは生存しているショゴスも少なく、入り易そうに大きく口を開けているが、明らかに罠が張ってあるのでそこからは入らない予定だった。

 のだが。


”掃除してあるからそこから入ってくれ!”


 気絶から復帰したおっさんが大手を振って誘導してくる。


”ファージ影響下には無いね。警戒した上でコンタクトしてくれ”


 貝塚からの指示に、メアリが反応した。


”撃ち殺した方が。トラブルが未然に防げるのでは?”


”聞こえているよ!メアリ君相変わらずだね!”


 エルフオヤジの指示に従って半分沈んだバンカーに入り、障害物を避けながらゆっくり進む。

 正面はなだらかな滑走斜路だったらしく、壊れたままうち捨てられた脱出艇が隅に積まれていた。機動装甲で壊してから積んだのか?いや、中にショゴスが詰まりまくってるな。脱出前に入り込まれたのか。こんな死に方はしたくない。

 波打ち際には、無残に破壊された銃座がピクピク蠢く半死体のショゴスに覆われていて、ボンベで持ち込んだマスタードガスのバルブを全開にすると、まだ生きてて動きの速いモノからのたうち回って逃げてゆく。内、何割かは海に消えていってる。

 ファージ濃度が安定しない為、浮遊するショゴス細胞は鞭毛を維持出来ないのだろう、空気中は割と綺麗で殆ど存在しない。

 落ちてくるときに球電環境が焼き尽くしてしまったのだろうか?

 つつみちゃんの操作するスフィア群と貝塚所有の無人機たちが、俺らに先行して走査を開始すると、既存の図面が近い部分から最新データに塗り替わっていく。


”降りるから撃たないでくれよ?”


 上でドカドカと重い足音が聞こえ、目の前の天井が落とされて、機動装甲が四つ落ちてきた。

 全部ボロボロだな。

 一人、穴あきみたいで、マスタードガスを嫌がっているが、全員手を上げて特に妙な動きはしなかった。

 上に新しく空いた穴からも無人機やスフィアが慌ただしく出入りし、機動装甲たちの兵装の割り出しやトラップの検出を始めている。


「貝塚女史。中心部半径五十メートル以内は侵入走査を待ってくれ。非常に危険だ」


 バイザーのスモークを切って俺にウィンクした三千院は、向けられてる兵器が機動装甲対策なのに気付いて苦笑いすると、リアル音声も含め通信してきた。


”爆弾でも仕掛けたのか?”


 誰も口を開かないので俺が代表して聞く。

 そうだよな。音声変えないでこんな奴と話したくないよな。声紋から身バレして次の日に家族友人全部殺されても可笑しくない。高まる殺意にヘラヘラ笑ったエルフは機動装甲で器用に肩を竦めた。


「なら良かったんだけどね。その前に占拠された。操舵室も掌握されてしまってね」


 別勢力?ショゴスがそんな事出来ないよな。

 内紛でもあったか?


”情報と引き換えに見逃せと?”


「出来れば一緒に遠足と洒落込」


 振動音が木霊し、メアリの所持する重機関銃が三千院たちの足元を弾けさせた。何発か掠ったが、部下たちは微動だにせず、三千院だけタップダンスを踊った。


「おっとっと!?帰りの船が無くなったからねぇ。せめて、環境が安定するまで追い出されたくないのは理解してもらえるかな」


”控えめに言って、仲良く遠足は論外だ”


 こういう時、映画なら有りなんだろうけどな。


「君たち全員を今日中に殺すなら方法は幾らでも有った。僕がここに来てこうしてあげてる理由を考えるべきじゃないかな?」


”アッハッハッハッ!”


 貝塚がバカ受けしている。

 あんな声で笑う事あるんだ。多重音声でめっちゃ怖い。


”四人とも機動装甲を脱いで、泳いでここまで来るんだ”


 怒りを押し殺しているのか、声が鋭さを増してゆく。


「それで見逃してくれるのかい?」


 しかも、ドスが効いた声で有無を言わせない。


”もう口を開くな兼康殿。貴様に他の選択肢があるのか?”


 ここにいる全員も選択肢は決まったようだ。

 交渉を諦めた三千院は機動装甲を脱いだ。

 怪我が酷く自分で脱げなかった一人が手間取ったが、手伝う事すら許さず、無駄な時間が過ぎてゆく。

 太ももがグチャグチャで辛うじて脚がくっついてる感じだった。

 よくあれで生きてて動けるな。


”三千院”


組織補修材を一缶放り、後ろの高台に立て掛けてある俺のハイドロフィンをピョコピョコ動かす。


”今動いたの使え”


 スピーカーの向こうから貝塚の溜息が微かに聞こえた。


 あと数分で台風の目は消え、また嵐になる。球電もいつ再開するか分からない。いくら貝塚の腹の虫が収まらないからといって、この怪我でユムシと寄生虫だらけな荒れ模様の海を泳ぐのは見るに堪えない。水温も低いし、あれじゃファージ誘導を使っても即死だ。


”恩に着るよ、山田君。残りの機動装甲のビーコンと把握してる不発弾の位置は知らせておこう。グッドラック”


 俺ら全員が見張る中、怪我した部下を乗せたボードに掴まり、三千院たちはバンカーから泳ぎ出し、荒くなってきた波間に消えていった。


 表示されたビーコンに向かって、無人機たちが動き出した。内六機のモノはさっき三千院が言った中心部の危険だと言った範囲に入っている。半数で突入してしくじったのか?

 貝塚たちもつつみちゃんも、電波や音波を出さないで、一応範囲外からの多角的な目視観察に留めている。


”テラ・フォーミングされ始めてる”


 そう呟くつつみちゃんから送られてくる映像には、艶々と光る壊れた建築物と、その隙間を蠢く紐の塊?ピンクのぬめった毛糸玉っぽいのがたくさん見えた。

 何だあれ?キモッ。

 元々、吹き抜けで商業区の大通りだったそこは、船底に穴が開いてしまって海水に沈んで所々渦を巻いている。ゴミや死体で水面が埋まっているのだが、それを押し分けて大量の泡、というか空気が通路一面の水からゴボゴボ湧いていた。


”希硫酸ガスだな。飛行船の燃料から二酸化硫黄を作っている。海面に降りてから精製をはじめたのだろう。まだ間に合うな”


 つまり。

 どういう事だ?


”競争相手はケイ素生命体だ。現場各自、生命維持とスーツの再確認。稼働時間の再申告。貝塚のメンバーには兵装サンマルサンを送る。換装次第収容作業”乙”へ移行。ショゴスもコントロールされてる可能性が高い。ボンベは直ちに停止、空気中のファージ誘導が確認できるまで硫酸ガスは可能な限り排除しないものとする。さて”


 貝塚はカメラ越しにメアリを見る。


”我々は対ケイ素生命体の格納作業に専念する。皆様方には未確認構造体に注力してもらうかたちで宜しいか?”


”わたくし共に任せると?”


 一方的に提示された好条件にメアリが意外そうな返事をした。


”何か懸念点でもあるのかね?”


 足を組み替えた貝塚は勿体をつけて紅茶を啜っている。

 ワザとらしく見ている手元のパネルには、必死に泳いでいる三千院たちが映っているのだろう。


”奪取されるとはお考えにならないのですか?”


 ここまでされてあえて気圧されずに切り込んでいくメアリは、なんか俺に対する態度とは違うよな。何なんだろう。貝塚が天敵だから?


”九十九カンパニーの目の前で御社がそんな事する筈がなかろう。ケイ素生命体なら我々はよく取り扱っている。適材適所さ”


 それだと俺の立場的に都市圏チームからはぐれて居心地が悪い。確認したいが、バイザーでメアリのメットの中は見えない。


”プリントアウトされた人工知能なら、弊社でも業務範囲内です”


”だろうね。だが我々はあの構造体に詳しくない。手探りしている時間は無いと思うがね”


 貝塚?若干悔しそうだな。

 ああ。アレがイニシエーションルームと似た構造だとしたら、確かにメアリの方が詳しい。

 身より実を取るという処か。


”そういう事でしたら。リアルタイムでデータ共有させて頂きましょう”


”良かろう”


 メアリの粋な計らいに貝塚の機嫌が良くなった。

 コテージ側のピリピリした空気が少し和らいだ気がする。

 でも、メアリの一存でそんな事決めて良いのか?

 後で見たやつ全員死亡とか笑えないぞ?


”では、わたくしどもは奥へ向かいましょう。少し回り道して、ケイ素生物が生成され始めている区画の反対側から構造体に接触します。ボンベは持ち込んで、ショゴスが多い時だけ開ける方向でいきましょう”


 既に、ケイ素集合体が活動を開始している。

 オブジェクトは個体化してないので、ボス倒して終りみたいな事は出来ない。貝塚どうやって収めるんだろ?こっちも気になる!


”山田副代表?”


 おっと。


”急ごう”


 錠前屋の責務は果たさないとな。

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