第233話 一確
海上を沖に向け疾走する二四艇のサーフィンボード。
V字陣形を二つ敷いて、つつみちゃんが起こす追い風を糧に速度は時速四十キロを超えている。
これは速い。
遠浅と言えど、沖に三キロも離れると水深は十メートルを超えてくる。
青く霞む水底にはもうユムシは見えない。この辺りには生息出来ないんだな。
アラートが入り、予定通り散開し、ランダム航路で攻撃に備える。
前方、海に浮かぶ飛行船との間に白波が三つ見えた。
”全部出してきましたね。重工の揚陸艇”
井上が兵装の炙り出しをリアルタイムで通達してくる。
「ん!?」
”機関砲積んでんの?”
どういう仕様だよ。
”突貫でハッチ改造したみたいです。出入口どうなってるんですかね?”
呑気だな。
”こちらからも確認、砲塔らしきものが三つ出てるな”
俺ら鴨撃ちされるんだけど。
機動装甲用の射出兵器を転用は出来るが、飛行船に乗り込んでくるか浜でカチ合う事を想定していたから、あいつらと海上でガチる事は想定していない。
エイムが手動だったら、電磁波は効きにくい、無力化には物理攻撃するしかない。
避けるだけなら潜っても良いが、そこに機雷撒かれたら終る。
球電が再開する前に近づきたいのに!
”飛行船手前にも機動装甲確認。対物ライフル構えてるよ”
そっちは想定している。
その為のつつみちゃんだ。
コテージの左右、沖に向け積まれてれていたコンテナの四つを開く。
内包されているのは一トンスピーカーと言われる現代最強の指向性スピーカー四本。
ウーファーアンカーみたいな広域干渉は出来ないが、精度と強度では十分戦える性能だ。
精度の高い音響操作は、ファージネットワークのオフライン環境下においても強制力が強く、ソフト面での干渉を寄せ付けない。
正に、小手先でプログラムを弄るのが得意なナチュラリストたちへの対策の極みだ。黒い物体の電力に任せた力技なファージ操作とその球電の所為で、物理接続の難しいこの状況では最適解だと思う。
加えて、貝塚所有の電子戦用ヘリから視覚阻害と電磁波によるジャミングが開始される。
飛ぶと危ないから浜辺からの支援だが、水平線の手前なので直接投射で十分支援になっている。機動装甲には辛かろう。ヒヒヒ。
”機動装甲確認、三機、四機、一機は既に倒れててショゴスに囲まれてますね”
映像が送られてくる。
岸側の高台で背の高い建物の上に寝転んでライフルを構えている機動装甲と、それを囲みショゴスを壊す三機、少し離れて転がる一機はショゴスに集られて動いていない。
これは、機動装甲でこのザマだと、あの飛行船に乗ってた人は全部喰われてるな。
”装甲から火花出してるのでエイムアシストは無さそうですが、撃ってきます。射線表示させます御武運を”
誰狙いだ?
射線が表示され、チカッとエネミーポイントが光り、鈍い水煙が上がる。
半キロ先にぽっこり出ていた砲塔の一つが少し傾いだ。
アレにヒットしたんだ。
残り二つの内一つが慌てて旋回して後ろを向いている。
仲間割れ?どういう事だ?
”一つ撃ってくるよ”
つつみちゃんの声が震えている。
俺もちびりそうだ。
撃ってくる機関砲にサーフィンしながら突っ込んでいくのは地球上で俺らが初めてじゃないのか?
こちらを向く銃身が俺らにも見えてきて、周りのメンバーの緊張がマイクやボードの軌跡から伝わってくる。
足は止められない。突っ込んでいくしかない。
”貝塚!”
とめてよ!
”ハリネズミは連動している。手動の二十五ミリ機関砲など、中りはしないよ。波乗りを愉しみ給え”
”カイズカァ!”
向こうでつつみちゃんがキれた。
室内映像で、貝塚に殴りかかろうとして控えてた部下に転がされている。
押さえつけられ藻掻いた、可美村と井上が直ぐ割って入り、支えられて立ち上がった。
”ヤマダ代表。君の仕事を放り出すのは頂けないね。機動装甲が野放しだ”
涙目のつつみちゃんは貝塚を睨みつけながら二人を振り払い、スフィアとスピーカーの操作を再開した。
つつみちゃん。
確かに、数秒ごとに撃っては来るものの、射線は予測値を含め丸見えだし、水煙は遥か後方に時々上がる程度だ。
”白旗振ってる”
苦汁を滲ませた涙声でつつみちゃんがぽつりと漏らす。
スフィアからの映像で飛行船の縁を見ると、潜水艇からの射線から逃れながらしゃがんだ一人がポールに白いシーツだかカーテンだかを巻き付けて振っている。
少し赤黒く汚れていて真っ白って訳じゃないな。
まぁ、概ね白旗だろう。
”おーい!メアリくーん!聞こえる~?”
いきなり通信に割り込んできた気の抜ける大声は、俺の苦手なおっさんの声だった。
”レーザー照射止めてくれないかな?機動装甲が動かなくてさ。これじゃ火力支援出来ないよ”
相変らず緊張感の無さに肩を落とす。
俺らの気を抜いて潜水艦からの掃射を当てる魂胆か?
な訳ないよな。さっき砲塔潰してたし。
さっきのつつみちゃんが目を離した一瞬の隙間をついて、ファージネット接続を構築してきたのか。
こっちのメンバーにメアリがいるのがバレてるのはどういう経路だろう?
目視で気付いたのかな?
あのおっさんならあり得そうだ。
”三千院家当主、兼康殿とお見受けする。要望や如何に”
貝塚が即座に反応した。
不用意な行動や発言はトラブルになるからな。何が理由で殺されるか分からない。
全員にストップ掛けたのだろう。
異様なスピードで厚さを増すファージ系プロテクトがその対応具合を物語っている。
”おお!これはこれは!極東の女傑も御出でになられたか!何とも随分な祝祭となりましたな”
ライフルを抱えていた機動装甲は立ち上がり、場もわきまえずに、翻る白旗をバックに丁寧なボーアンドスクレープをして、バイザーに潜水艇からの機銃を喰らって大の字に倒れた。
相変わらずバカだな。
”今のうちに撃ち込みましょうか”
メアリの殺意がストップ高だ。
”待て待てメアリ君。わたしは今ここで兼康と事を構える気は無いよ”
”わたくしが全権委任されていますので責任を取ります”
”君が責任を取っても、我々に矛先が向かない事にはならないよ。それに、彼の動きはまるで”
周りに言い聞かせるかの如く、リビングを見回す。
”ヤマダ副代表を助けたかのように見えた”
やべぇ、聞いててもじもじしてしまう。
貝塚、お前も大概、大根だぞ。
まぁ、仕方ないか。政治の場にはパフォーマンスも必要なのだろう。
俺はどうこう言う立場じゃない。
貝塚のご高説を聞き流しながらも、俺らは飛行船に向かってぶっ飛ばし、一番危なかったすれ違いを無事終えた。
一方的に撃たれまくったが、ジャミングや視覚阻害、ハリネズミの運用も功を奏し、被害はゼロ。
急転回した三艘は浮上して俺らを追う航路を取り始める。
だが、追いかけっこは始まらなかった。
上半分を露わにし若干ウィリー気味で急速直進を始めた途端、北から迫ってきた衝撃波に舐められ、粉微塵に砕け散っている。
破壊される爆音が背中を叩き、ボードがミシミシと嫌な音と立てる。
近い!
巻き起こった風圧に後ろの方のメンバーが煽られ何秒か宙に浮かび水面を滑ったが、無事着水、落水は一人も無かった。
”状況確認。破損状況”
全員、グリーンランプ。グッジョブだ。
時間差で、貝塚が砲撃の映像を送ってきた。
付近の航空無人機からの映像だろうか?
水平線ギリから真っ黒な大ウミヘビが六匹、大嵐の真っ黒な海面に首をもたげているのが見えた。
貝塚から俺だけにプライベート通信でスペックが送られてくる。
「くふっ」
思わず笑みがこぼれる。味な真似を。
直立砲塔艇。
貝塚物流が有する海洋調査用のプラットフォームで、本来は、遠洋での防衛を兼ねた調査と走査を行う施設だ。
船の全長は百メートル近くあり、めっちゃ細長い形をしている。
ぐねぐねと可変する胴体は注水により沈降可能で、立てたり横にしたり、海流に沿って自在に稼動する。頭の向きが九十度まで変わり、嵐の中でも全く気にせずに頭部の海抜を固定してからのミリ単位精密射撃が可能となる。
実際、砲塔の浮いている海域は台風の真っ只中だが、一撃で沈めてしまった。
レールガン発射時の映像もしっかり録画されており、衝撃波が嵐を突き破る絵面は感動の一言だ。
細かいスペックは後で読み込もう。今は目の前の事に集中、生きて帰るぞ。
”本来、機動装甲用に準備していたモノだがね。配備が明るみに出ると潜られてしまう可能性があった。一撃で確実に仕留めたかったのでね”
通信傍受を前提にした振る舞いをつつみちゃんに向けて弁明する。
”もお。いいよ”
つつみちゃんはいつものむっつりに戻った、機嫌は直ったみたいだな。
”海中の掃除が必要な場合にはザトウムシを使う。サイレント通信はこれで一旦終了だ。返事はいらないよ”
あの衝撃では、乗っていた奴らは即死だと思う。
貝塚は危機管理の鬼だな。
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