第232話 九十九里沖侵攻作戦開始

 嵐の中、重装備で整列する俺らの前、貝塚の電磁防壁で防げない大きなゴミや木っ端が、コテージ前をゴロゴロ転がっていく。

 通り抜けてゆくゴミは数が多すぎて一々滅菌する電力が確保できないので、既に放置だ。

 その代わり、全員ファージガードを起動して、ボンベ吸気にしてある。

 ボンベが空になる頃には、良かれ悪かれ、結果は出ているだろう。


 南の空から迫る真っ黒な影が既に肉眼で確認できる、見通せない厚い雲のあの上では、ショゴスに集られた巨大な飛行船がこちらに向け迫っている筈だ。

 貝塚から送られてくる外部探査機からの可視光映像では、完全に雲に隠れてその全貌は見通せない。

 X線映像で見ると、無気味に蠢く飛行船外殻はそれ自体が一つの生き物みたいで、あまりの大きさに寒気がしてくる。


 貝塚製の超巨大滑空型硬式飛行船スグリア。

 シンガポール共同体が所有し、テロリスト共に奪われたソレは、いらない土産てんこ盛りにして、赤道からはるばる日本の九十九里まで遊覧してきた。

 目的は、あの黒い構造体の奪取か破壊。

 させる訳にはいかない。

 アレは地下市民から俺らへのプレゼントだ、お前らには渡さない。

 しっかりと受け取らせてもらい、軌道エレベーター建設に弾みをつけさせてもらう。


 突入メンバーは、二十四人か二十五人かでかなり揉めた。

 メアリたちに裏切られる事を懸念する貝塚側は半数ずつを強く要望、十二の倍数に拘るメアリたちは、二十四人且つ自分らは十二人参加。都市圏側は十一人プラス俺で十二人を提案してきた。

 お前ら、仲良くなったんじゃないのかよう。

 これじゃお宝を前にして一波乱起きそうな雰囲気だぞ。


 互いに疑心暗鬼の中、俺が貝塚たちを説得する形でなんとかメアリたちの意見を通した。

 可美村と井上は顔に出さなかったが、貝塚のメンバーたちからは若干疑念の籠った目を向けられた。

 スミレさんに言い含められた貝塚はその辺り分かって動いているが、末端にはまだ行き届いていないのだろう。口で云って聞かせるより行動で実績を積ませたいのかなと勝手に推測する。


 連携できないからという理由で、六人四チームも北と南で綺麗に分かれた。

 頼むから仲間割れは止めてくれよ?

 貝塚、土壇場で自分の物にしたりしないよな?

 信じるぞ?


 隣で飛行船の現状と整備の状況に目を凝らしている貝塚は何も語らない。




 墜落してくる飛行船は、沖の黒い物体をど真ん中に着水予定らしい。

 やっぱコントロール利くんじゃん?どういう事だ?

 飛行船自体、壊れてても浮くし、発生する波も気にする程ではないという事だが、津波の恐怖映像を知っている身としてはどうなるか感覚的に不安だ。


 満潮時の海岸線から沖に五千五百メートル。現地の水深は十五メートル程となる。球電の攻撃でかなり破損が見込まれるが、全損にはほど遠く、貼り付いてるショゴスも、テロの奴らもそれなりに生き残るだろうとの事。

 乗ってた現地人がどうなったかに関しては。あまり考えたくないな。


 着水時の大波が引くのを待ってからでは大気中の充電が間に合う可能性が高く、後手に回ってしまうので、球電の発生状況を見ながら着水に合わせて現場に突入する。

 着水した途端乗り込めるのが理想だ。

 潜入にはヘリは危なすぎる、俺が遊ぶ用に持っていたハイドロホイルサーフィンが採用された。

 汚くなったら使い捨て予定で、コンテナの一つに詰め込んでおいたモノだが、一度も有効利用しなかった。つつみちゃんと一緒にサーフィンでもやろうかと購入したのだが、ここに来た当初、本人から全力拒否された。

 もう購入してしまった後で、あまりに悲しかったので一人で試しに遊んでみたのだが、マジ最悪だった。

 海面下にウネウネと横たわる腸畑に足がすくみ、あまりの気持ち悪さに吐きそうになった。


 乗り心地は快適なんよ。


 乗ってる板は海上から五十センチ以上浮いてて、波に乗る訳では無いから、海上の荒波の凹凸はほぼ気にならない。

 アシストとも連動するので、余程変な動きをしない限り、未経験でも落水の心配は無い。

 形状は、ひっくり返って潰れた脚の細いイルカ、といったところだろうか。

 低速ではツバメ状のフィンが後ろでバシャバシャバタ足して、スピードが上がってくると、脚を曲げ板の下に潜り込んでくる。

 フィンで水を掴み、波運動で推進するその最高速度は三十キロと控えめだが、波もほとんど発生せず、海上を全力疾走するより全然速い。

 小型船舶と違って小回りも複雑な動きも出来るので、迎撃されたら皆仲良く爆発四散なんて目に遭わなくて済む。

 最大積載量も百五十キロまでとかなり優秀、筋骨隆々のおっさんがアシストスーツ着て、銃と弾持ってお釣りがくる。

 一応、兵装や予備弾薬に関しては、別口でロボット使って輸送する予定だが、どうなるかはやってみないと分からないな。

 第一目標は、球電やテロに迎撃されずに内部に侵入する事だ。

 それが出来ないと、何も始まらない。

 テロリスト共の迎撃対策に関しては、貝塚に一計があるらしく、一任してくれと言われた。貝塚がそう言うのなら任せて大丈夫だろう。


 刻々と近づき降りてくる暗い空。

 星の数ほど発生した球電が雲の中に突貫していき、嵐の合間に差す稲妻と爆発音が衝撃波となって俺らに降り注ぐ。かなり大規模にチカチカ光っている。ショゴスに引火でもしてるのかな。

 その場で発生させれば撃ち込む手間は無いのに。矢張り、球電現象の発生可能範囲には制限があるらしい、可視化され、共有化されてる保持電力のメーターはゴリゴリ削れていって、見てる皆は一安心だ。


”予定通り決行する。ボード着水”


 貝塚が指示を出し、俺らは波打ち際に膝まで入り、ボードを浮かべた。

 流石に、寄生虫やユムシはもう気にしていられない。完全防水してあるし。帰ってくるまで綺麗になれない。

 風にかなりボードが煽られたけど。これ移動中大丈夫かな?


”視認出来る距離まで墜落して来れば、丁度中心になる。タイフーンに目が出来るだろう。短時間だが、無風状態で晴れる筈だ”


 俺の後ろで計測してる貝塚の方を向いて問いかけようとしたらその前にレスが来た。


”後十秒で底が見えるよ!”


 コテージ内でナビゲートチームを統括してるつつみちゃんから音声入力される。つつみちゃんテンション上がってんな。

 雲を纏い、徐々にケツを出してくる飛行船は、笑ってしまうくらい大爆発を繰り返し、腐肉に集るハエの如く攻撃する球電たちを喰らいまくりながら金属音の悲鳴を上げている。


「うぉおお。ショゴス凄ぇな」


 外殻全体にびっしりと肉がくっ付いている。


「中の奴ら生きてるのか?」


 アレは。無理だろ。


「なあボウズ。俺らあそこ行くの?」


 俺に応えた隣の貝塚私兵も呆れた顔で眺めている。


”何だ?ヤマダ君、キタザワ。不服かね?わたしが代わろうか?”


 貝塚は行きたそうだったが、部下全員から猛反発されて居残り組になった。


「逝ってまいります!」


 キタザワ君。社畜の鑑だなあ。敬礼も綺麗だ。


 うちの社は可美村も井上も居残り組で、女性陣ではメアリとその部下のもう一人だけ、残りは都市圏組も含め全部おっさんだ。


「よーしお前ら分かってんな?女子二人守りながら生きて帰るんだぞ?」


「山田副代表、この期に及んでその差別発言はどうかと」


「安心しろメアリ。お前の背中は、俺が守る」


 社畜の反対隣のメアリに親指を立て、ウインクしたが、バイザーで分からんよな。これ。


「はあ。まあ前は任せて無理せず付いてきてください」


 メアリ君。キミは何でいつもつれないのかね。

 あの爆発しまくってる肉地獄を見て足が震えてる俺ちゃんたちを、鼓舞しようとは思わないのか?美人の努めだぞ?


 急に、風が弱まり、空が晴れてゆく。

 ぽっかりと空いた青空、一気に全容が見えてくる。

 浮かぶショゴス塗れの飛行船はデカすぎて五キロ先の筈なのに距離感がオカシイ。


”高度二千二百!電圧不足により球電現象の停止を確認。着水時の波は三十センチ以下の予測!行けるよ!”


 貝塚が電磁防壁を解くと、つつみちゃんが音響操作を開始、なけなしの電力を使って進路上のファージを瞬く間にコントロール下に置いていく。


”いけそうだから予定通りスフィアでビーコン作る。狙撃対策は”


”任せ給え”


「おーし!手前らいくぞ!ゴーゴーゴーゴー!!」


 あーっ!


「畜生言われた!俺が言いたかったのに!」


 水を蹴ってボードに飛び乗ったキタザワ君を慌てて追いかける。

 浅瀬に並んでいた奴らも沖にこぎ出す。


「こういうのはな。早いモノ勝ちなんだ」


”何でこんな緊張感無いかな”


”良いじゃないか。若人の特権さ”


 おっさんばっかなんだよなあ。


***

このシーンのイラストを近況ノートにもあげています。


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