第230話 出来る事と出来ない事

 夜中の一時に目が覚めた。

 勿論、目覚ましでだ。

 つつみちゃんが隣のベッドでスコーっとお休みなのを確認し、寝返りを打つ。


 二時間後、嵐と共に飛行船が落ちてくる。

 電気の檻の中で圧死するのか。

 オーバーテクノロジーを奪取して軌道エレベーター建設に弾みをつけるのか。

 つつみちゃんや貝塚と一緒にナチュラリストランドで拷問生活なんて目には絶対遭いたくない。

 その為にしっかり準備しておこう。


 機動装甲十二機。

 大がかりな外部兵装や弾薬の持ち込みは確認されていない。

 あの後、貝塚にダイレクトメールでマレーシアの代表から輸入品目録が送られてきたらしく、潜入の為の特化兵装に対人兵器が少し搭載された程度だった。

 これなら、市街戦なら山岳地帯で追い回されるのと違うし、俺の手持ちだけで十分なんとかなってしまう。


 飛行船が落ちてくるとき、防衛の為に消費される電力により、俺らがしょっぱい電力で活動できるレベルにまでに球電現象が沈静化すると試算されている。

 外部からの支援もし易くなる。

 ノーガードで落ちるままにすれば良いのにとも思うが、貝塚のあの飛行船は、ファージ誘導を使って気流をコントロールしている。

 気象兵器側としては、落ちてくる前に破壊しないと蓋をされてファージ誘導出来ず、面白くない事になる。

 俺らとしては、飛行船を破壊してもしなくてもどっちでも制圧しやすくなるので美味しい。


 連動して動くであろう、付近海域で潜伏してるナチュラリストの揚陸部隊の方が問題だ。

 貝塚の見立てでは、既に半径十キロ以内に潜伏している筈だと言う。

 球電の影響範囲外から探してはいるが、無人機も潜水艇も入れると破壊されるし、ファージ探査は電力の暴力で完全にシャットアウトされてしまっている。

 地下市民にこんなのズルいよ!とクレームする訳にもいかないしな。


 俺らはあの黒い物体にたどり着くのに確実に後手に回る。

 待ち構えている所に突っ込んでいかなければならない。

 そして、奴らの手に落ちる前に、制圧、無力化。

 そこまでやって初めて及第点だ。

 テロたちの手に落ちたら、地下市民は破壊してしまうかもしれない。しないかもしれない。


”メアリ。ちょっと良いか?”


 そこまで考えてから。舞原の回線を開いて、ログだけ打ってみた。


”なんでしょう?”


 すぐ音声でレスが来た。


”イニシエーションルームの技術で、あの沖の物体は再現できないのか?”


”この状況で、わたくしにそれを聞きますか”


 いや、だってさ。


”再現できるなら、そのまま利用は考えなくても、無力化とテロ殲滅に全振り出来るだろ?見当はついてるんじゃないのか?”


 暫くレスは無かった。

 寂しいがスルーも視野に入れよう。見回りの兵士に確認を取り、無人機を使って外の倉庫から必要資材の運搬を始める。

 出した後はシートを被せておこう。

 貝塚が起きたらお伺いを立てて、必要なモノは使ってもらう、使わないなら俺が運用する。

 昨日から出しっぱにしておくと手の内を晒す事になるし、ユムシ塗れになるからな。

 もうコテージ周辺はファージ誘導も使ってムチンの粒一つ残さず片付いている、綺麗なものだ。


”推測は出来ます。でも、時間と費用はかかりますし、イニシエーションルームの流用は不可能です”


 おお!返事もらえた!


”貝塚グループでも同じ想定でしょう。破壊される前に奪取するのが不可欠です”


 うん?


”テロたちが破壊すると考えてるのか?”


”完全破壊は難しいでしょうね。飛行船の防空兵器に爆薬発電機が実装されています。弾薬は擲弾タイプで二十キロ分と少量ですが、至近距離で撃ち込まれたら少なからず損害が発生します”


 ああ。これか。


”EMPなんて機動装甲には自爆だろ。人体にも効きにくいし”


”青森での損害は院で共有されてますよ”


 おっと。


”元々、見付からない上、金庫エリアで囲われていましたし、ルームがあんな方法で破壊される事は想定していませんでした”


 口には出さないが、至近距離からのEMPによる攻撃はそれなりに有効なんだな。

 保管されてるデータに向けてピンポイントで照射とかするのかな。


”東北では電磁パルス兵器は出回ってないのか?”


”使う機会が有りませんからね。アレ以降、開発と量産体制を含め、予算が付き始めたばかりです”


”俺にそこまで教えて良いのか?”


 メアリは声を出して笑った。


”公主は、あなたに長生きして欲しいと思っているのですよ”


 スリーパーの身としては、解釈に困るな。


”勿論。わたくしも”


 耳元で囁かれるその声色にもじもじしてしまう。


”最善を尽くそう”


 未だに、陸奥国府のキルリスト上位と勲章貰った名誉市民のダブスタしてるからな。




 こと殺し合いにおいて、相手の土俵でヤり合わないというのは絶対だ。

 絶対。

 漫画みたいに正々堂々ガチのぶつかり合いとかしたら、頭湧いてると思われる。


 今の俺らが抗菌コートされた機動装甲に対抗するには、正面から銃撃戦なんて論外だ。飛行船にノコノコ攻め込んだら、商店街の壁ごと穴だらけになる。

 パッと思い付く有効な手段は、ポリマーによる無力化、誘導爆弾による内部破壊、あと、走査機器の無力化。

 当然、奴らも想定しているだろう。

 自分らに有利な状況をシコシコ作って待ち構えている筈だ。


 分かってはいても、機動装甲による機関砲斉射は脅威だ。

 こっちには貝塚やつつみちゃんもいるし、人数的にも上回っているけど、潜水艇と連携されて防衛されたらジリ貧になる。

 仕込みは出来るだけやっておく。


 ユムシたちを海に戻すのに紛れて、ザトウムシ爆弾を大量に投棄してもらった。

 海中なら球電攻撃も反応しないのは確かめてある。

 離岸流にのせて経路上の海中にバラ撒いておく。

 起動範囲はかなり絞っている。飛行船が落ちるまで潜ませておく。

 全部で三万二千個。コンテナ二つ分だ。

 元々陸上で大軍相手に使うつもりだったモノだ。動かし始めてから見つかっても、全部処理するのは物理的に無理だ。ヒヒヒ。


”リョウマ君。起きてるかね?”


 起きてるけど。外で操作してる無人機に気付いてるのに律儀に確認が来た。


”ああ。おはよう”


”おはよう。少し予定に変更が生じてね。早めに伝えておこうと思ってね”


 これ以上どう変更するんだ?


”敵勢力に増援でも来たのか?”


”そうとも言えなくないな”


 即レスかよ。


”俺が撒いてるので処理出来ない増援なのか?”


”アレか。少人数相手に、相変わらず君は容赦がないね。わたしがされたら頭を抱えるよ”


 とは言いつつも、どうせ鼻歌歌いながら対処するだろ。


”もうリビングに揃っている。君も来給え”


 起き上がったらつつみちゃんが口を開いてドキッとした。


「わたしもう少し寝てるね」


「うん」


 起きてたのかよう。

 いつからだ?

 まさかメアリとのログ見られてないよな!?


 アトムスーツは着たまま寝てたので、ジャケットだけ羽織ってリビングに向かう。


 立って皆が囲むテーブルに表示されたモノが目に入り、一瞬で気付いてギョッとした。

 近づきながら確認する。

 間違いない。


「ショゴスが集ってるのか」


 何人かが挨拶してきたので返しておく。


「既にコントロール不能だね。風に乗ってそのまま合流はするだろうが、どう動くかは予測出来ないよ」


 飛行船の最新映像には、雲の隙間からチラッと顔を出す飛行船が真っ赤に染まっているのが見て取れる。

 小爆発を繰り返し、自ら燃える光に照らされた飛行船にはショゴスが大量に貼り付いていた。

 赤道付近上空はショゴスの巣とは聞いていたけど、こっちに向かう時は貼り付いてなかったよな?


「衛星からサーチはかけているが、雲は見通せても、中にどれだけ入り込んでいるかは不明だ。あの量では、乗っている者の生存は難しいだろう」


 あの飛行船にショゴスの侵入を防げる頑丈な密閉区画は無いからなあ。


「どこで貼り付いたんだ?」


「カリマンタン島辺りに停滞する雲に混ざっていたようです。係留物と見なして付近のが全て集まってしまったみたいですね」


 そういや、軌道エレベーターの中継地点も全てショゴス塗れなんだっけか。

 また日本にショゴス呼び込みやがって。ホント碌な事しねえなあいつら。


 あ、つつみちゃん起きてきた。

 寝てるって言ったのに。

 首をコキコキと鳴らしながらエスプレッソマシンの前に立ち、コーヒーをブラックで入れている。


「キミの歌でなんとかならないかね」


 寝起きで少しむくれてるつつみちゃんは、マグカップ片手に近づいてくると寝ぐせを指で捻りながらじぃっと映像を睨んだ。


「うーん。・・・無理」


 ですよねー。

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