第229話 晩餐
想像出来ない事は実現できない。
誰かが作った物の焼き直しは真新しく見えても結局過去の産物だ。
俺がこの世界で起きてから、都市圏でやってきた事は、誰かが生み出した技術や知識を現代に反映させる作業の一端だった。
宇宙進出を目指して頑張ってる地下市民や、光の先を見通そうとするルルルとは方向性が全く違う。
勿論、温故知新は大切だ。サルベージを否定する気は無い。
失われた技術は有用な物がてんこ盛りだ。
ただ。
今現在。
作られていく未来の為、なんて大層な理由にしっかり関われている事が、個人として嬉しかった。
それ故に少し浮かれていて、だから自分の役割に対して、少し軽く考えていたのだろう。
軌道エレベーター建造に関われる。
元は神社の儲け吸収の為だが。いがみ合ってた勢力たちに、会社を作って橋渡しするだけでなく、俺はもっと実直で密接な成果を求められていた。
「何黄昏れてるの」
「つつみちゃん、その使い方は正しくない。いや。正しいかもしれないが、・・・正しいのか?」
「現役ミュージシャン相手に言葉アソビかね?身の程を弁えタマエ」
似てるけどさ。
「聞いてたら怒られるぞ」
「モノマネしたら喜ぶよ。きっと」
「どうかなー」
想像つかないな。
懐は大きいし、そうかもしれんけど。
いや、この言葉は貝塚に失礼か。
最後の晩餐にする気は無いが、その日の夕食は三社合同となった。
隣の普通社員卓は和気あいあいとして楽しそうだ。
ブリーフィングに関する話は無しという事だったが、細かい手順の作業性について白熱した議論が始まってしまった。
俺らの役員卓は静かなものだ。
お通夜モードでスープを啜るのかと、隣の興味深い話題に耳を澄ましていると、例外なく貝塚先生が興味深い爆弾をブッこんでくる。
「時に、ヤマダ君、イニシエーションの理由については聞き及びかね?」
「ごほっ!失礼っ」
盛大に咽たメアリが苦しそうに喘ぎ、気管内のファージ誘導を慌てて行っている。この部屋でのファージ誘導はマナー違反だが、有情で見過ごそう。
「大丈夫かね」
無表情で声を掛けた貝塚は、その後俺に目線を送ってくる。
「いや。宗教的儀式じゃないのか?」
脳みその入れ替えなんてカルトだなとは思ってるけど、ネットワーク形成以外に大した理由なんて有るとは思っていない。
「列記とした科学的根拠に基づいた実験が元になっている。当初、インターネット上に構築する筈だった超高速プロトコルを円滑に行う為のシステム開発が源流だ」
メアリの顔色をじっと窺いながら話している。
メアリの方は、一字一句注意深く吟味している。
サンドイッチの俺とつつみちゃんは、いつ禁止ワードを巡ってファージ合戦が始まるのかドキドキしている。
「ファージネットワークの出現によって、開発は加速度的に進展した。そっちの方がヒトの脳と相性が良かったからね」
確かに、何でも他人と繋がっちゃえば便利ではあるけど、個が薄まってデメリットしか無いように思える。
それこそ、快楽主義者たちの一部で存在した群体型共生体みたいに、意味不明な生き方をする事になりかねない。
「提唱したグループは既に地球上には存在しないが、彼らは、タイプ三の生命体に必要不可欠な要素だと確信していた」
なんだっけ?人類はまだタイプゼロとかそういうやつか?
人類の進化で、惑星規模の文明、宇宙規模の文明、銀河規模の文明って三段階の分類したやつか。
俺らは惑星規模どころか、まだ大気圏から宇宙に出るのに四苦八苦だ。
「我々に必要なのは。文明の発展とそれに必要な時間ではなく。思考の進化だと提唱し、その論証として開始された実験がイニシエーションだ」
それ。疑問だったんだよな。
「貝塚。それだと、個が無くなるぞ?ヒトとしてどうなんだ?」
「正にそこだ」
貝塚は皮肉気にメアリを見る。メアリは顎を上げ、挑戦的に背筋を正し、目を伏せたままウォーターグラスの水にゆっくり口をつける。
コメントは特に無いらしい。
「私が常々思うに、パーソナリティの欠如は、ヒトから幸も不幸も著しく減少させる。それは、ヒト足りえるのかと、未来の姿として楽しいのかと」
そういや、貝塚が以前チラッと言ってたな。
言ったのは金持だっけ?
イニシエーションやり過ぎると個の認識が薄いから気を付けろとか。
「方向性の正しさは、時間が証明するでしょう」
「だろうね」
メアリに言葉で肯定しつつも、その中身は持論についてらしい。
「銀河規模の発展の為には、ヒトの一世代など刹那の歴史だ。世代ごとに方向性を違えていては、船の進行方向も定まらないだろう。迷わずに発展し、生息域を増やすには、群体として完成度を高めるのは必定」
俺の知ってる未来の宇宙人類はチャンバラとガンファイトばっかやってるな。
考えてみりゃ、侵略だの戦争だの、宇宙進出してるのにその程度の幼稚な思考は確かに変だ。
文明的なロスが多すぎる。
「大陸では、外国イコール植民地的な発想しか無いので仕方ないが、災害の多い島国で暮らしてきた我々は、発展性の為にはまず調和ありきで進歩してきた民族だ。その群体としての完成度は、生物学的な変異を必要としない程度のクオリティまで持って行けると思っている。私見だがね」
外見カンガルーな貝塚が想像する生物学的変異って、どの程度の事なのだろう?それこそ、ケイ素生物とか一部の快楽主義者みたいなあーいうレベルまでヒトが逝くって事なのか?
群体として生命活動するなら、個なんて関係無くなるよな。
俺もそれは、なんか生きててつまらないな。
「個の尊重の末にあるのは、宇宙規模の資源戦争ですよ」
地下市民たちは良くやっていると思う。
彼らは個を尊重しつつ、一丸となって動いていた。
今の地上の人たちが彼らの思考と協調できるかどうかは疑問だ。
「かもしれないね。だがわたしは、それでも良いと思っている」
メアリは静かな怒りを湛え、貝塚に微笑んだ。
「貝塚様の行く未来は、三文芝居のSF映画と同じになるでしょう」
「かもしれないね。でも」
何故俺を見る。
「そうでないかもしれないと、最近思うのだよ」
一呼吸置いた貝塚は閉じている口をワインで湿らせた。
「我々は、古代人をデータでしか知らなかった。そして、時々出現するデータでない存在は、混乱をまき散らす厄介の種程度の認識だった」
メアリも、つつみちゃんも、俺を見ている。
「二十一世紀はモラルの欠如した破壊と混迷の時代だと歴史学者は言うが、わたしはそうは思わない。良識が有り、秩序が有り、それを守ろうとする思想は有史以来古くより育まれ、途絶えずに脈々と受け継がれてきていた。わたしは、それを強く確信する出来事に最近良く遭遇してね」
サン=ジェルマン事件の事か?貝塚は当事者の一人なのかな。
俺から見たら、現在の方が破壊と混迷なんだけど。
戦乱で死んでるのは昔の方が圧倒的に多いのかな?
数字だけ見れば、そうなるのか。
「最適解を導く事だけが未来創造では無い。それに、障害は同族だけでは無い」
意味あり気にフォークの先を見つめる。
「群体の対応力で解決できる障害だけが都合よく存在するかな?」
それは、そう。
ゲームデザイナーなんてものがこの世を作ったのなら、炭素なんて使わず、地球人は一番安価な鉄で作られていただろうし。
敵愾心を刺激する都合のいい的が気持ちよく存在してくれるのは所詮物語の中だけだ。
「まるで、個の解決能力の方が優れているみたいな言い方ですね」
「時には、の話しさ。万能なモノなど存在しない」
「個と群体の流動的な管理体制については弊社でも検討はしています」
方眉を上げた貝塚は、期待外れ感丸出しで溜息をついた。
「なんだね。もっと尖った反論は出てこないのかね」
「わたくしの反論など、この一匙の価値も無い」
掬ったスープを綺麗に啜ると、小さく微笑む。
「このスープの味付けはつつみ様が?」
「うん。本当はもう一味、バターが欲しかったんだけどね。昨日パンに付けるのに全部使っちゃったんだ」
「いきなりこの大人数です。美味しいですよ。何故か懐かしい味です」
スープをディスったのを失礼に感じたのか、つつみちゃんが作ったの思い出して自然な感じでフォローにきたな。美味いのは事実だ。こってり系のポトフ、ボリューミーで大満足。
つつみちゃん料理出来たんだな。
「でしょう?喰われて殺された母の得意料理だったの、吸い込む味と出てくる味、火が通る時間、気にするのはそこだけ。過熱の順番以外は割とテキトーなんだ。崇拝者によく作らされたんだって」
俺、向こうの卓移りたいな。
「なるほど。つまりわたくしの同胞の味付けという事ですね。懐かしいのも納得です」
仲良く微笑み合っている二人の間に、火花が散って見えるのは俺の気のせいだろうか?
つつみちゃん、ルルルの事で含むモノもあるのだろうが、ナチュラリストってだけで舞原家に喧嘩を売っていくのは止めてくれ。守り切れる自信皆無だぞ。
メアリはやっぱ崇拝者なのか。
「君たち。わたしが折角面白おかしい流れに持って行って場を和まそうと思ったのに、台無しではないかね」
本気で不服にしている貝塚が場違いにコケティッシュで、何故か三人で顔を見合せて笑ってしまった。
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