第228話 貝塚無双
「さて、我々は市街戦の準備と洒落込もう」
立ち上がった貝塚は、後ろ手に腕を組みメアリに一歩近づいた。
「その前に、重大な懸念点を解消しておこうか」
すまし顔のメアリさんだが、後ろの部下がチョット挙動ったので効果半減だ。
「機動装甲はハシモト重工のモノだろう?カタログスペック以外の性能はどの程度なのかね?」
「何故わたくしにお聞きに?」
「御当主が目の前で意気揚々と引き揚げていっただろう?解析はもうとっくに終っているものだと思ったが?」
「当社ではカタログを把握しておりませんので、相違の御答えに関しては疑問点に沿いかねるかと存じます」
メアリちゃん頑張るなあ。
”よこやまクン、何でホクホクしてんの?”
”つつみちゃん、何故分かるのか問いたい”
これはたぶん、バイザーの致命的な欠陥だ。
直ちに直さないと、今後の俺の進退に問題が生じる。
「いずれ我々も知るだろうが、さっきの今で調べられる事には限度がある。今後の我々の友好の為にも、潤滑剤として一つや二つの材料は欲しくないかね?」
「”暗黙の了解”ですか。都市圏群の文化に理解を示すという意味では、本社に持ち帰って検討致します」
硬いなあ。
貝塚は溜息をついている。
舞原だったら二つ返事でおっけーしたあと、ニヤニヤしながら恩に着せてくるだろう。
メアリ的には立場上仕方ないのかな。
期待通りだからこそ、選ばれたのかもな。
ん?
貝塚が見てる。
つまりそういう事か?
仕方ないな。ご期待に答えちゃる。
バイザーを上げる。
俺が何をするか気付いて、メアリが頬を微かにピクつかせた。
深呼吸一つ。
「想定外の攻撃で、怪我しちゃうかも」
上目遣いで申し訳なさそうに言ってみる。
うぉっ!?眩しっ!!
大量のシャッター音、フラッシュが一斉に焚かれた。
凄まじい速度で俺の周囲に展開したスフィアが、あらゆる角度から俺を視姦している。
目を開けると、腕を組んで俺を睨み覗き込むつつみちゃんと可美村がいた。
「君らはいつもブレないな、テイスティングは他所でやり給え」
貝塚が手で払うと、二人は窓辺に寄り、額を突き合わせて互いのデータを検証し出した。つつみちゃんは兎も角、可美村、お前ボスの目の前でソレで良いのか?
はあ。まだ目がチカチカする。
「で。どうなのかね?」
「はあ。”山田副代表”が仰るのでしたら、九十九カンパニーへの提供という形で宜しいでしょうか」
これには貝塚もにっこり。
「持つべきものは友だね。山田副代表」
「ソウデスネ」
仲を取り持つのが俺らの仕事ではあるけどさ。
何だろう。何か違う。
前線到達は明日の朝三時過ぎ、台風化して暴風域になる。
最新のデータだと、前線を巻きこむ形で台風の目は浜に近づきながら内陸へ移動、北上していく予報だ。
やっぱ対消滅は無いか。
その場で台風を維持する電力は流石に無いらしく、その点ホッとしている。
もしかしたら出来るかもだが、これ以上問題を増やさないで欲しい感はある。
貝塚は、リビングを完全に遮断した後、入手した飛行船設計図と、改築具合、強度設計からの損壊予測を加味し、落下予測地点と潜入経路を策定し始めている。相変らず、ツッコミどころが多い。
コントロール権奪われているのに何で落下予測地点が分かるのか。
俺も参加して眺めているけど、シンガポールの飛行船は、軍艦というより、リゾート施設の色合いが濃い。
金持ちの別荘的な使い方されてたのかな?
地上とのやり取りも活発だったらしく、マラッカ海峡を中心とするかなりの低高度で運用されていた。これなら機動装甲で急襲も楽だったに違いない。
輸送船相手に国威掲揚とかしてたのかな、デモンストレーションとしてはさぞ効果的だっただろう。乗ってた上級市民たちもその心情が窺える。
まだ運用後経過年数まだ四年か。勿体ねぇな。
リビングのテーブル上に表示された飛行船船内図を細かく見ていく。
これを軽々しく見せてくれてるのは、貝塚の所持する飛行船とは仕様が全く違うからなんだろうな。商用の民間向け販売品なのだろう。
船体骨格も違うのかな?見た感じ同じだけど。
フレームから積載機器とか設置場所予測さないか?
いらぬ心配か。そのくらい考えてるだろう。
上半分は居住と商業区で、下半分は維持管理と流通に使ってたんだな。これだけでひとつの街だ。
中央には豪邸がポンポン建ってる。ど真ん中に建ってるのは正に金持ちの大邸宅だ。
厳重な警備と豪奢な設備が俯瞰できる。デカいプールにデカい窓。何で駐車場が有るんだ?謎過ぎる。
警備に使っていたのは犬と鎮圧用ロボット、後は軽装の警備員十人程度で、押し込み強盗団くらいしか防げねーぞ。
と思ったら厭味ったらしく表記されてた。ここは機動装甲一人で制圧されたそうだ。お話にならない。
金は有っても飾りで置いておく警備しか雇わなかったのか。
貝塚の警備断るくらいだからなあ。そこまで頭が回らないのか、それほど大事な物だと思ってなかったのか。
シンガポールの奴らにとってはこの飛行船も子供の玩具程度の価値なのか?
「貝塚代表。共同体議長から、保険加入の申請と乗組員や住民の保護、損害請求に関してアポが入っています」
「所詮ブリテンのスポークスマンだろう?そのまま伝えろ”寝言は寝てから言え。こちらの賠償に応じない場合は報復措置を取る”以上だ」
「マラッカ海峡の通行権についても言及が有りますが」
イギリスはまだマラッカ海峡押さえてんの?
ヨーロッパの奴ら、他民族支配大好きだもんなあ。
「マンチェスターはまだ飛行船の亡霊から逃れられないのか。そういえば、チュムポーン運河の優先権については一昨年締結していただろう?アクションは有ったかな?」
「そちらも、アポが入ってます」
「なら話が早い。山田代表、メアリ君、ここに繋いでも良いかね?何、直ぐに済む話さ」
ここに!?
「良いよ」
「わたくし以外映さないのであれば」
メアリの取り巻きがリビングのテーブルからササッと壁際に待避し、ステルス系を起動した。
貝塚は走査機器で自ら確認した後、接続許可を出した。
船内図を一旦消し、テーブルの上に吊るされたフィルムは、限定的なレーザー通信を介しているのにノイズが少なくかなり綺麗な処理だ。
”貝塚様、急な連絡、時間を作って頂き感謝致します、御機嫌麗しゅう御座いますか。おおこれは、勇ましいですね”
白い軍服に金細工で身を固めた妙齢の女性が俺らを見て嬉しそうに微笑んだ。顔周りがぐちゃぐちゃだ、かなり多重通信やってるな、東南アジアでは隠さないのがマナーなのか?読まれないようにかな?
背景がシックなのが意外だ。向こうの人たちって部屋の中ごちゃごちゃ金ぴかにするのがお偉いさんの代名詞ってイメージだったけど、時代は変わったのか?
なんか口と音声が合ってないな、話す時顎が出ている。口語は英語かな?
「連絡、痛み入る。近いうちに顔を出せそうなのでね、その通知さ」
”それは朗報です。日を合わせて茶葉を取り寄せておきましょう。で。どう動くのですか?”
画面向こうの女性は朗らかな表情で手を組む。
「勿論、理由を探していた処だったからね。これから比重は御社に偏るだろう。宜しく頼むよ」
女性は花が咲きそうな勢いで笑顔になり手を合わせる。
”だからマサコは大好きですわ。今日は記念に祭日に制定しましょう”
「そんなに気軽に祭日を増やしては、勤勉な市民から不評を頂くぞ」
”我が市民は勤勉過ぎるのですよ。それに、これからは仕事が多すぎて嘆く事が多くなりそうですわ”
「お手柔らかに頼むよ。にしても、今回の急襲はかなり手際が良かったらしいじゃないか。統治組は兎も角、税関は優秀だった気がするのだがね」
”何分、お隣の事ですからね。詳しくは分かりませんわ。袖の下が多かったのかもしれませんね”
「昨日遅くに、ナラティワート空港に土木作業用の大規模搬入が有ったそうだが、我々が受注した区域には話が来ていないね。どこの会社の仕事かな?」
”庁舎の庭の話ですわ。飛び回る害虫が目ざわりでしたの。既に返却しましたわ”
一瞬何かをチェックした女性は、少し悔しさを顔に出した。
「また連絡する」
”お元気で”
何か続けようとして口をつぐみ、意味ありげにチラリと俺らを見回し、女性は接続を切った。
「時間を取らせて済まないね。続きを始めようか」
何の弁明も無いが、察しろという事か。
東南アジアの情勢には疎いが、というか、世界情勢全般に疎いが、さっきの女性はシンガポールのバックにいるイギリス相手に、通行権とか商圏で争ってるマレーシアかタイの有力者だろう。
運河って言ってたけど、シンガポール経由しないでそっち通るとかって話なんだろうな。
んで、手早く儲けたくてテロの手引きをしたか見逃したのもあの女性で、貝塚はそれに関して何も言わないけど把握はしていると意思表示した感じだ。
俺らは顔を見せて良かったのか?駄目だろ?
でも、駄目だったらつつみちゃんも許可出さないよな。
後でつつみちゃんに確認しておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます