第222話 既視と急襲

「ここに決めたのは舞原じゃないのか?」


「いえ。貝塚物流様からの打診があったと聞いております」


 何か、妙な話になってきた。

 祭事の細かい部分に関して打ち合わせに来たメアリが、会社の場所をここに決めたのが舞原じゃないと言っている。

 確かに、この間来た時の感じは、自分で決めた風では無かったな。

 ”選んでおいてクソ扱いはどうかと思う”なんて考えていたが、こうなってくると話しは違う。

 そんな事で嘘ついても、舞原には何の得も無い。

 寧ろ、下らな過ぎて株を下げるくらいだ。舞原はこういう嘘は付かない。


「わたくし共はつつみ代表の決定だと窺っております」


 全員に資料を見せながら配送日の調整を統括していた井上が口を挟んだ。


「わたしは、流れてきた契約書にここの住所があったから許可したんだよ。危ない場所だけど、貝塚物流が選んだなら、まぁ適所なのかなって」


「なら、決定はつつみで選定は貝塚って事か」


 やっぱ、決めたの貝塚じゃねえか。


「つつみ代表からの勧めでここが選ばれたと聞きましたが」


「こんな汚いトコにする訳ないよ。元の書類上、会社の位置はもっと銚子港寄りだったし」


 その元の位置は俺が決めたやつだ。

 会社の場所を決める上で、地理に明るいのが、青森旅行の時通り掛けに見た一帯だけだったからな。


「変ですね。そういうニュアンスでは無かった気がしますが」


  井上も首を捻っている。


「貝塚代表に詰問する訳にもいきませんし、表面的に見れば、山田副代表の見立てでしょうかね?」


 にしても、もっとまともな場所は無かったのか。

 襲撃は格段に少ないのだろうけど。


 その日その話はそれで終った。




 だが、次の日。


 まだ日の出前、暗い中朝一で貝塚が乗り込んできた。

 アポ無しだったのは、その気持ちの表れだと思う。


 大量のヘリが浜辺上空を爆音で飛び回り、降下してきた貝塚の兵隊たちが俺に許可を取ってから砂浜にポートの作成を始めた。

 いくつ降ろすつもりよ!?

 

 SUVでキャンプからかっ飛ばしてきた可美村と井上は、ついさっきまで寝ていたのだろう。寝ぐせこそ無いものの、腫れぼったい顔で死んだ目をしている。


 アポ無いし。

 遜る必要は無いと判断し、俺は日課の運動を続けている。

 俺の横まで歩いてきた寝巻のパジャマにショートパンツのつつみちゃんは、スポドリ片手にいつにもまして眠そうな目で空を見上げている。

 柔らかそうなフワモコパジャマのショートパンツから見える太ももがえっちだ。

 人前に出ていい服装なのか?それ。

 まだ寝ぼけているのか?


”よこやまクン。上に貝塚が来てるってよ?”


 ヘリの音で聞こえないのでチャットログできた。


”知ってる。さっきヘリポート作るって兵から聞いた”


”良いの?そんなんで”


 この朝の素振りの事を言っているのか?


”つつみちゃん。これはとても重要な事なんだ。俺らに準備しててほしいなら、貝塚は絶対連絡を入れる”


”まぁ。そうね”


 三機目に着陸したヘリがエンジンを切った後、そこから貝塚が顔を出し、プロペラの起こす微風に軍服のコートを煽られながら可美村と井上の先導でこちらに近づいて来る。

 気持ち、憤りを感じる歩き方だな。

 生憎今日は曇りだ、朝日を拝めないから不機嫌さもひとしおだろう。

 雲の上で見てから来たのかな?


 流石に貝塚様の目の前で体操だの素振りだのする訳にはいかないので、止めて振り向いた。


「続け給え。日課なのだろう?」


 胸元から音声出力される口調は何の感情も窺えない。

 続けて良いのか?良くないだろうが、続けざるを得ない。

 後ろ手に組んで俺を見下ろす貝塚は、つつみちゃんと俺に許可を取ってから音響キャンセラーを起動した。

 一瞬の静寂後、手首から別の人工音声の一つを起動する。


「指向性で話すよ。空間の振動から会話内容が察知されるし、ログは監視されているからね」


 随分警戒してるな。


「メアリはまだコテージにいるぞ?」


「把握しているよ。だから今、ここに来た。今日の昼には帰るのだろう?」


 一応そう聞いている。兵士二十三人と一緒に来て、別のコテージで一泊してもらった。

 レディの部屋とか他の野郎共の客室内までは監視していないけど、既に起きて、全員がこちらに注視、警戒している筈だ。


「処で。それは。意味あるのかね?」


 つつみちゃんと一緒に吹いてしまった。

 俺らを見た貝塚は珍しい表情をしている。


「わたしも聞いたの」


 優しいつつみちゃんは解説してあげてる。


「これは最適化の調整だ」


 俺も説明しておこう。


「なるほど」


 理解はしたが納得はしていない顔だ。


「今朝方、気になる話を耳に挟んでね。なにやら可笑しな事になっているらしいじゃないか」


 俺の周りはいつもオカシイ事だらけだ。


「どの事だ?」


「言わせる気かね」


 お怒りかな?


 とりあえず運動は止めよう。

 流石に失礼過ぎる。


「心当たりがあるとしたら、昨日話していた場所選定の件が一番候補かな?」


「分かっているなら良い」


 それで何故貝塚が怒鳴り込んでくるのかが謎だ。


「急いで怒鳴り込む程なのか?菓子折り持って俺らが謝罪しないと納まらない世間話だったのか?」


 貝塚は意思表示が回りくどすぎるんだよな。

 理解するのに時間がかかってしまう。


「私が言いたいのはそこではない。これが仕組まれたもので」


「よこやまクン!」


 つつみちゃんが叫ぶ。


 世界が真っ白に爆発し、圧力で身体が軋み、目が眩む。

 急いでコテージ内の格納庫に入ってるスフィアを展開しようとしたらコテージから弾かれた。

 あいつら!

 こういう事するのかよ!?


 ヘリが一機浅瀬に墜落していってる。

 付近のヘリからバラバラと降下が始まり、遠いヘリは一目散に離れていった。

 キャンプから墜落したヘリへ救援が向かったが、途中で引き返している。

 何だ?


「前回の事もあるし警戒したのだが、それでも聞かれているね。手段が不明だ。この臭いはオゾンだね。プラズマ?球電だな。コントロールは海中からか。あそこに何か在るね」


 ファージを含むガスを勢いよく吹き出し、スーツをはためかせている貝塚は、着陸したヘリたちの電力を使って凄まじい規模で容赦なく走査を開始している。駆け寄ってシールドを並べ始める兵士たちの隙間から海を睨んだその目つきはかなり物騒だ。

 俺らの周りの砂が何度か浅く吹き飛んでいる。

 雷が落ちたが、貝塚が守ったみたいだ。

 まだ鼓膜が変だな。


 貝塚の見ている方向に目を凝らすと、海上に何か浮かんでいる。

 水平線の向こうだからここから五キロ弱といったトコだろう。


「随分アグレッシブな気象兵器だが、あれが出所かは半々という処か」


 呑気だな。


”貝塚。本体なのか?”


 空気遮断した超指向性ファージを貝塚に向け問いかけると、不機嫌さが消え嬉しそうに薄く口を開いた。


”コピー体では対処できるか不安だったのでね。来て正解だったよ”


 同じ線から返してきた。


「どこが」


 マジ勘弁してほしい。

 本体に何かあったらどーすんだよ。


”私の心配より、つつみ君のご機嫌を窺った方が良いのではないかね?”


 それはいつもやってる。


”あぁ”


 つつみちゃんが沖に墜落したヘリを見て悲しそうな悲鳴を上げる。

 ぽっと中空に出現した光の玉が上空からヘリへと吸い込まれ、爆発して黒煙を上げたのがここから見えた。

 ボート出してるっぽい。

 全員助かったのか?


「なあに。良い訓練になるだろう」


 貝塚は自分トコの兵隊にはスパルタだな。

 全員脱出できたのか?キャンプ方面には行けないらしいからこっちに来るだろう。

 流石に濡れ鼠は可哀そうなのでこっちで除染体勢整えときたい。

 ちんたらボートで向かってきたらコテージから的だよな。

 それは流石に不憫過ぎる。

 アッチ先になんとかするか。


「ほう?」


 貝塚が首を反らすと、兵士たちがシールドに隙間を空け、コテージから白いハンケチを掲げたメアリが歩いて来るのが見えた。

 大正メイドの正装をしている。

 業務上のオブザーバーではなく、舞原の代理として俺らと話したいって意思表示だな。


 近くまで来たメアリは、全員が注視する中、貝塚に一礼すると、俺に顔を向ける。


「咄嗟に判断してしまいましたが、誤解があるようです」


 スフィア展開の邪魔した事を言っているのか。

 判断材料が少なすぎて現状、俺には誤解しかなさそうだ。


 貝塚は何かに気付いて、あえてアポ無しで駆けつけてきたらしいが、どういう事なんだろう?

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