第223話 コイル

 何が起ころうとある程度耐えきれるよう整えてはいた。

 大規模襲撃も来るだろうなとは思っていた。

 金の力に任せて色々準備した。


 でもこれは、何だ?何なんだ?

 襲撃なのか?

 だとしても、何がしたいんだ?


 メアリたちは裏切られたと思って咄嗟にスフィアの起動を邪魔しただけだった。

 互いに話が通じる勢力で良かった。

 気短な炭田の奴らだったら一波乱起こってた。


 現在、会社周辺は陸の孤島となっている。

 絶縁体で囲おうが、ゴムで囲おうが、一定以上の大きさの物が通り抜けようとすると発生した球電の餌食になる。

 因みに、ゴムは電気を通しにくいだけで、普通に通るし、破壊される。

 球電の直撃を喰らって、隣のキャンプから補給に来た装甲車の分厚いタイヤが爆発して、ホイルが海面を一キロ近くすっ飛んで行ったのには笑ってしまった。

 皆に白い目で見られた。

 人が載ってなかったのが幸いだ。


「何でコテージの近くには発生しないんだろ?」


 近づいて来る球電もあるが、フッと消えたり、上にスルッと抜けて行ったり、こちらに当たる物は今の所無い。

 媒体は?エネルギー供給源は?

 俺の方でも調べたいが、検査や走査機器は貝塚のヘリの方が性能段違だ。

 俺が大金積んで用意した市販品の更に二世代くらい先いってるので、プロに任せている。

 メアリに同行してきたメンバーたちの手前もあるし、下手に干渉して敵対行為と見られたり、邪魔になったら面倒だったからな。



「幸い。ここは大量のコンテナに囲まれていたのでね、磁界化がすんなりいった」


 窓際で優雅に紅茶を啜る貝塚は、ソーサーに音を立てずにカップを置くと、可美村から受け取ったタッチパネルにチラッと目を通した。


 気付いて即行守ったのか。凄ぇな。

 球電現象って磁場で防げるものなのか。囲んだコンテナ群をそのままコイルにでもしたのか?

 この磁力による隔離は貝塚が使ったのを見たのは初めてだ。のじゃロリから教わったのかな?

 てか俺、球電って見たの初めて。

 起きる前は発生自体極稀な気象現象だと思われてて、オカルト扱いされてたもんな。


「こちらも出来る事が少なくなってしまうのが難点だ」


「こういう兵器はよく使われるのか?」


 皆がギョッとして俺を見る。

 いやだって、聞いときたいだろ?


 クスリと笑った貝塚は興味深そうに俺を見た。


「球電をこれだけ大規模に発生させコントロールするには、超大電力の確保が必要だ。それこそ。上空に積乱雲を三つ四つ発生させる必要がある」


 それは。人類の科学力では無理な気がする。


「使われた事は私の知る限り無いね」


 近くで聞いていたメアリも微かに頷く。


 ナチュラリストの襲撃ではないって事か。


「空はずっと曇っているが、それらしい雷雲は無い。電源はあの沖の黒い物体かその近くの筈だ。だが、安易に破壊する訳にもいかない。効果範囲もまだ分からない」


 確かに。

 あの黒いのが、そんな大電力を発生させる核分裂炉とかだったら、破壊した途端俺らは遺伝子的に死ぬだろう。


「第一。そんな膨大な電力が有ったら、私ならもっと有効活用する」


 メアリをこっそり見たが気付かれた。

 小さく肩を竦めている。

 本当にナチュラリストの仕業じゃないんだな。

 なら、誰が?


 貝塚のファージ散布からの電磁防衛が遅れてたら、俺らは丸焦げになって爆発していただろう。


「そうそう。危険だが、うちのキャンプ位置は移動させたよ。わたしの見立てではアレの効果半径は十キロ近くある。部下を電気椅子に座らせとく訳にはいかないのでね」


「了解」


 ここみたいに守れなくはないが、コストがかかり過ぎる。妥当だろう。

 盗賊だのなんだのはアレの所為で近づくだけで炭になる。

 上空や地中にも十キロなのかな?


「さて。今物資の確認をしたところ、武器弾薬、水、食糧や生活物資は我々五十人が生活するのに一カ月以上もつが」


 そうなんだよな。


「このまま防衛に電力を使い続けると燃料は三日持たない」


 使い切る前になんとかしないと、結局俺らは黒焦げになる。


「山田君。どうするね?」


 解決策?俺も知りたい。

 てか、何で貝塚は愉しそうなんだ。




 コテージのリビングには急遽大量のパイプ椅子が並べられ、つつみちゃんが慰労と親交を兼ねて、ミニライヴをする事になった。

 身分詐称通知が意味ないじゃん。良いのかよ。

 ここにきた奴らは皆知ってるのか?

 貝塚の方は全員知ってるか。

 舞原の方は・・・、ああ。そういや知ってるんか。

 問題無いんだな。


 のじゃロリがハンケチ噛んで悔しがりそうだ。


「貝塚。ミサイルで吹き飛ばしてその間に逃げるんじゃ駄目なのか?」


 あえてごちゃごちゃに座らされて、居心地が悪そうな兵士たちを一番後ろの席からウキウキと眺めているカンガルー様に聞いてみた。


「今調べている処だ。エネルギー量的に爆破は無理だろう。到達させ破壊するには一万発以上連続で定点に撃ち込む必要がある。衝撃は届くだろうが、それだけでアレが破壊出来るか分からないし。その前に私らは爆発の熱量で蒸発しているだろうね」


 だめだこりゃ。


「隕石でも落とさないと潰れない感じなのか」


「そうだね。そして球電で破壊されずに海面まで到達できる隕石など落としたら、逃げる間もなく我々はお陀仏だ」


「昔良く見たな」


 つつみちゃんとセッションし始めた琴担当のメアリと篠笛担当の熊手女に目を光らせていた貝塚は、首を捻って俺に向いた。


「見た事?有るのかね?」


「世界が今より平和だった頃は、大自然の驚異に成す術も無く消えてゆく人類の生き様がよく映画になった」


「ああ」


 興味を失った貝塚は、一応相槌はくれた。


「筋書きに解決策は無いのかね」


 恐怖に筋書きは要らないんだよなあ。


「結びは必要とされてなかったからな。起承転結のしっかりしたホラーは寧ろエンタメ扱いで邪道だった」


「ははは。確かに。恐怖を感じるのに他の事柄は蛇足だね」


 こうやって横に貝塚の匂いを感じながら話していると、何故か二ノ宮本社でスミレさんと快楽主義者たちのキモい画像を見ながら淡々と話していた事を思い出した。

 あいつらは、どんな快楽を見出してあの姿に納まっていったんだろう。

 俺がもし、手術室とかで拘束されて”遺伝子弄りますね”とか”この器官変態させますね”なんて言われても、容認できない。

 自ら望んでなるという事が理解できない。

 まぁ、自分を改造したり傷つけたりする奴は昔から一定数居たからな。

 文化の違いで済む話なのかな。


「人間じゃないみたいだ」


 俺が古臭いだけか。

 起きる前は。新人の子に、一世代違うだけでおっさん臭いと言われたしな。

 二百六十年昔から来た俺の方が異質なんだろう。


「なるほど」


 意志の混じった返事に不審さを感じて、貝塚の目を見た。

 俺の間抜け面を見て確信を深めているみたいだ。


「何故そう思うのかね?」


 俺が言ったのは快楽主義者たちの事だが、貝塚は球電の事だと思って聞いてきた。

 違うと言おうとして。そういえばつい先日、ここに来る原因にもなった事を思い出す。

 片品川断層帯の超常現象。

 アカシック・レコード上に数ある人工知能の一つが人の意思を介さずプリントアウトされた瞬間に立ち会った。介したのか?そこはよく分からないが。

 そもそも、この世には神がいる。

 俺らの関知しない奇蹟は五万とある。

 偶々ピンポイントでこんなバタバタしてる時に人為的っぽく狙われたのでその可能性は考えなかった。盗賊や他の企業、ナチュラリストでも無いとなると、消去法でそれでいい気もしてきた。


「沖でやってる大電量発電は、都市圏の技術では無理なんだよな?」


 貝塚は秒で肯定する。


「そして、彼らにも無理だろう。規模が全く違う」


 ナチュラリストにも無理か。

 地下はどうだろうか?

 地下市民なら出来なくはない。かな?

 でも、俺がいくらやり過ぎたとしても、こんな超常現象を使ってアホみたいな殺し方はしてこないだろう。

 そもそも、そういうアプローチがあったら舞原たちが直ぐに察する。

 多分だが、俺の予想ではナチュラリストたちは地下へのパイプを持っている。

 態々会社設立して三社合同で莫大な金掛けた仕事の途中、水を差されたくはない筈。

 気に入らなきゃビオトープからの供給止めるだけの話しだし、法は厳守だ。

 そうだよな。あいつらは真面目ちゃんの集まりだ。俺が気に入らなきゃ法に則って殺しに来るだろう。

 メアリもいるし。舞原が見捨てるにしても、人柱には高すぎる。

 ああ。でも、ルルルの許嫁溶かして湖に流し込んでたしな。

 メアリも何代目とか言ってたっけ?舞原が殺したのか?

 今はルルルを、あいつが持つ技術を守ろうとする感じなんだっけか?

 亡命の経緯、舞原の口からでも聞いておけば良かった。

 つつみちゃんが詳しく知ってるよな?

 ライヴ終ったら聞いてみよう。

 判断材料としてメアリにも聞いておくか。


 現時点で権現した神が最有力。次点で地下市民ってとこかな。

 一番無いのは貝塚の知らない超技術の第三勢力ってとこか。


「見通しが立ったのかね?」


 そんなドヤ顔してるつもりは無いんだが。


「これがゲームなら、強いモンスターが出てきてソレぶっ殺すだけでハッピーエンドなんだけどな」


 まだ何も分かっていない。

 分からないことがしっかり分かったってだけだ。


「分かりやすいのは私も好むよ」


 貝塚の頭の回転の速さは、先を考えて口に出さないと調子が狂ってくる。

 今は電子的にほぼ隔離されてるけど、ここには頭を何個持ち込んでるんだろう?そもそも、本体のスペックが謎だ。

 レーザー通信は生きてるのか?

 俺は連絡できる友達が外部に誰も居ないので良く分からない。

 友達が少ないとこういう時凄く不便だ。


 炭田の金持かおっちゃんなら、連絡すれば出てくれるかなあ。

 外部にスフィアが飛んでないしな。レーザーが届かないわ。

 壊されるだろうからこっちから外に出せないし。無理だ。

 可視光は今の所素通しだから、浜尻ならモールス信号でもワンチャン気付いてくれるかもだが、貝塚とかメアリの前では死んでも出来ない。

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