第四部

第219話 命の値段

 ファージ誘導で空気の細密なフィルタリングをこなしつつ、朝日が顔を出してくる海を見ながら、砂浜の波打ち際で素振りをしている。

 著しく汚染された空気の中だが、練習の為あえてアトムスーツは着ていない。


 持っているのはマイハンドシャベルだ。

 割とお気に入りだ。

 もう、自分の墓穴を一分以内に掘る生活からは開放されたのだが、持っていると落ち着くので可能な限り腰に下げている。

 潮風で錆びないのが良い。

 因みに、お気に入りのカービンは半日で錆が浮いてくる。場所柄、仕方ない。悲しいがお蔵入りだ。

 外回り以外では武器を持っていると威圧してしまうので、持ち歩くときは基本、全部覆っている。


 別に合わせて起きなくていいのに、サンダルのつつみちゃんが眠そうに歩いてきた。

 糸の切れた操り人形より力なく崩れ、波音のリズムに併せてベースをポロリポロリと弾き始めた。


 何か呟いたみたいだが、波の音で聞こえなかった。

 海に向けていたマイクをつつみちゃんに向ける。


「意味あるの?それ」


 言い直してくれた。

 丁寧に相手にする必要があるらしい。

 一見、興味無さそうに見えるけど、こういう時はスルーしてはいけない。

 とてつもなく面倒になる。


 日も出てきたし、一旦休憩にするか。


 つつみちゃんの隣に腰を下ろす。

 砂は半乾きで、夜露を吸い込んで少し、いやかなり冷たかった。

 こんな所にショートパンツで座って、腰が冷えないのか?

 俺だったら秒で痔になる。


「素振りが人を傷つけるのに効果的な練習かと言われたら、全く無いな」


「うん。よこやまクンだね」


「うん?」


 何の話だ?

 とりあえず、続けよう。


「ただ刃物を振っても、何回振っても何の意味も無い。筋トレならもっと効果的な方法があるし、人を傷つけるなら実戦を想定した組手をした方が百倍マシだ」


 ガキの頃は、素振りばかりさせる剣道が大嫌いだった。

 対戦ゲーで剣道有段者に負けまくり始めると、もっと嫌いになった。


「なら、何で毎日やってるん?」


「これは、最適化の調整だ。最小限のコストで、正確に運動する。少しサボると、しっかり感覚が鈍る。何気ない一刺しでも、頸動脈だけ刺せれば頭に血がいかなくて即座に昏倒するが、喉を切れば騒いで暴れて思わぬ反撃や増援の原因になる。相手を傷付けるにしても、筋反射、思考の誘導、想定される環境によって効果的な手は変わっていく。殺し合いは、たったワンミスであっけなく終わる。いざという時に迷いたくないからあらゆる可能性を想定して動きを覚えておく。ベースも同じじゃないの?」


「ああ。うん。まあ。確かにそうだね。殺し合いなんてしないけど」


 なんか、半分、いやほとんど聞き流してそうだな。

 聞く気無いのに何で聞いたんだ?

 これじゃ、俺が只のサイコ野郎じゃないか。


 一人でなんとなく同じ動きを延々と繰り返すのはトレーニングとしては最悪だ。

 素振りばかりしてるバカは、この時代には全く居ない。一人も会ったことが無い。

 炭田の戦闘プログラムの履修でもやったが、インパクトとかフェイントのタイミングはまずプロの動きをトレースさせる。

 都市圏の傭兵も同じだ。

 欲を言えば色々な相手と色々なシチュエーションで組手しながらが良い。

 俺が起きていた当時の日本はとても平和で、人殺しとは無縁で。殺し合いは演出として美化されていたが、今の時代、殺し合いは綺麗事ではない。綺麗に始まる事も、綺麗に暴力を振るわれる事も皆無だ。

 雑な殺意と即座に向き合う事を強要された時、とりあえず動かなければ蹂躙されてしまう。

 

 それに、間違った覚え方は遠回りする。

 自分で見つけて覚えろなんてのは生きる時間が余ってる奴の言い分だ。

 出来なければ目の前の敵に殺されるとなった時、相手は練習が終わるまで待ってくれない。


「もう。誰かを殺す必要なんて無いんだよ?」


 激しく同意したい。

 でも、俺を狙う奴らは俺の理由なんて関係無い。

 俺が金蔓にしか見えないクソ共に”あなたたちの事殺したくないんです”なんて言ったところで、喜ばすだけだろう。


「そうは言っても、三日に一回は襲撃あるしな」


「皆守ってくれてるじゃん」


 もし目の前でつつみちゃんが襲われたり捕まったりしたら、その時自分が動けなかったら、後悔する。

 その時、傷付くつつみちゃんを見て震えて泣いてるだけしか出来ない自分は絶対許せない。

 スリーパーとしてのオンラインの接続制限はされてるが、ファージ誘導とかオフラインで使う分にはある程度許可されている。

 でも、ファージも万能ではないし。

 ナチュラリストたちのファージ誘導から比べると、俺の小手先の誘導なんて児戯に見えてしまう。

 自慢できるのはDOSアタックくらいだ。




 現在、俺は九十九里の旭市近郊にいる。

 ここは元々、炭田に居た時やっつけで作ったペーパーカンパニーの本社所在地だったが、本当に会社が建ってしまった。

 代表は山田花子。

 中身は身分詐称通知出したつつみちゃんなんだが。


 新しく出来た神社との連携や、炭田の窓口として仕事をしている。

 サルベージは全くやっていない。

 横山竜馬は都市圏には居ない事になっている。

 役場に伝手がある議員から、ここに新しく儲かる会社が出来たという情報が盗賊団に漏れたらしく、誘拐しに来たり、ヘッドハントという名目で誘拐をしに来たり、つつみちゃんを人質に釣り出して誘拐しようとしてきたり、弁護士団がどこかの聞いた事の無い企業の権利を主張して誘拐しに来たり、あの手この手でうちの会社から金を引き出そうとする。人気者過ぎて困っている。

 都市圏でも、このポッと出の会社がナチュラリストと取引してるという事で、与し易いと思われてるみたいだ。オカシイと思わないのか?皆バカなんか?金に目が眩んでるのか。

 貝塚もバックについてるのを公言してる訳ではないので、まだ知らない奴らが群がってきている。

 時間が解決してくれるだろうが、もどかしい。

 金持ちと有名人は親戚と友人が勝手に増えるって本当なんだな。


 この間も、お宅の案件は商標登録されてるからこの会社はうちの物だとか本気で主張してくる都市圏の中堅企業の顧問弁護団がいてビビった。

 その時は、仕方ないので貝塚のヘリ部隊に会社の周りを飛び回ってもらったら、もごもご言い訳しながらそそくさと帰っていった。


 とりあえず、許可無く敷地内に入ったら容赦なく行政処分。

 受け入れない場合は鉛玉を受け入れてもらう事で都市圏とも話しがついている。

 砂浜から道路際までのかなり広い部分を買占め、鉄条網を張り、貝塚の軍事キャンプのすぐ隣にあるのに、目が見えないのか欲に目が眩んでいるのか。

 バカが後を絶たない。


 貝塚は大隊クラスで付けておこうと言ってくれたが、流石に俺の財布が持たないし、只で良いとの言葉に甘える訳にはいかない。二個小隊を緊急時に借りるという形で名目上訓練キャンプしてもらっている。


 三日前は、千人規模の盗賊団に夜戦仕掛けられててんやわんやだった。

 自宅兼本社のビルは防衛とか無くて、ホント只の二階建てのビルだったので、穴だらけになってしまい建て直し。

 今は軍事キャンプの隅っこにコンテナを何重にも積み重ねて円陣を組み、真ん中にコテージとガレージをいくつか建て、簡易拠点としている。

 つつみちゃんと俺以外は、隣のキャンプから派遣で来たスタッフ二人しかいないんだから、襲撃も空気読んでレベリングして欲しい。

 因みに、そのスタッフは御馴染み、可美村係長と係長補佐の井上だ。

 二人とも、自分の身は守れる程度には嗜んでいるらしかったが、夜戦で忌諱剤撒かれた中、千人に囲まれた時は流石に顔色が悪かった。

 予め示し合わせておいたので、ハリネズミ起動したら、お隣さんが三十分で掃除してくれた。

 少年兵とか少女兵が結構いたらしく、後味が悪かったと井上が洩らしていた。

 そういう話を聞くと、大元を潰したくなるが、俺は警察じゃない。

 憤りは税金を払う事で気を晴らそう。


「敷地内というか、もうこちらが意図しないコンタクトしようとした時点で警告出したいよね」


 予備罪ですか先生。

 疑わしきは罰するとか。秘密警察でも雇わないとかな。


「つつみ様、それだと」


「ハナコね。人前ではヤマダ代表と呼んで」


「代表。コーヒーでも如何ですか?」


「お紅茶頂ける?ドライフルーツティーこの間スミレさんから貰ったのあったでしょ?」


「あれは。賞味期限が短いとか、井上が全て飲んでしまった気がします」


「係長?一緒に飲みましたよね?」


「ヨコヤマくん。あれ飲みたいって言ってたよね?可美村さんが全部飲んじゃったんだって」


 つつみちゃんはハラスメントの準備段階に入っている。

 俺そもそも、紅茶貰った事すら初耳なんだが。

 てか、名前。君ら言ってる傍から詐称になってないぞ。


「リョウマさんすみません。三杯分しか無くて。でも、二杯飲んだのは井上です」


「私は聞きましたよ。残り一つどうするか。一個だと不味いから処分しておいてって業務命令されたんですよ」


 いや、俺に言われても。

 君たち見苦しいぞ?


「ちょっと。可美村係長。なんで副代表の事名前で呼んでるの?」


「はゃっ?いや。あれ?」


 ツッコミが遅いな。


「お?」


 鏑矢の音がして、窓の外、遠くのコンテナが金属音と共に横転した。

 もうもうと巻き上がる土煙の中、続けて爆撃され、吹き上げられた土砂がコテージの窓や壁面を叩く。


「ッキャーッ!!」


 余裕そうに金切り声を上げ社長デスクの下にバタバタと潜り込むつつみちゃんに駆け寄り、コンテナに格納していた防壁を展開。ハリネズミ起動から索敵、人数確認、車六台、四十人か。多いのでキャンプに通知。ここまでもう慣れたものだ。


 ハンドガンを構え、映像を展開しながら窓の端に控える係長は、つつみちゃんを不思議な表情でチラチラ見ている。

 羨ましがってる訳じゃないよな?

 お前も隠れたいのか?


「まだ遠いですね。迫撃砲でも用意したのかな?」


 ドア横で無人機のチェックをしている井上は頼りになる。


「音がしたからな。結構打ち上げてきたな」


 屋根は頑丈にしてあるけど、限度がある。あれが真上に落ちてきたら、貫通しなくとも俺らは衝撃で破裂する。

 殺す気なのか?

 会社乗っ取りじゃないのかよ。

 この間の報復か?


「あー。砲撃は海からです。地上部隊と連携したかったみたいですが、撃つの早過ぎですね。どうします?」


「旗は?」


「掲げてないです。一隻だけかな」


 ならいい。沈んでもらおう。


「海難事故か。災難だな」


 海上は治外法権だ。

 どこの旗もないって事は、何しても文句は言われないって事だ。


「証明証入りで録画よろしく」


「了解」


 無人機から爆弾落して船を沈めたら、車の奴らは回れ右をして去って行った。


「オラついてきた割りには歯ごたえの無い奴らだな」


 あの距離からやけっぱちに連射されたら不味い事になってた。


「マッハ十一で高高度から突っ込んでくる点を一隻で撃ち落とせたら、うちの艦隊に即採用ですよ」


 井上が呆れ顔で口角を上げた。


「あれ?これ呼び込んで片付けた方が後々の為に良かったのか?」


「流石に、例え相手が数人でも、油断してコボルドが混ざってたら私ら喰われます」


 それは、困る。


「御残しはお隣さんが訓練に使うでしょ。今何台か出てったみたい」


 そういうのもあるのか。

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