第218話 待ち人来たり

 春先、事態が落ち着いて、ようやく帰れる事になった。

 まだ送迎の装甲車の中で、炭田に着いてないが、本当に生きて帰れたという実感が無い。

 これで良いのか?

 途切れ途切れに入手した情報だと、俺がスリーパーだという情報は公には隠されたまま”都市圏からの出向社員が、公主の救出に技術協力、完遂する”という綺麗な話で、感謝状からコンボして勲章が貰える事になった。

 勲章には年金もセットだという。

 なので、年金受領の為こちらでのアカウントが急遽作られ、俺は世界一取得が厳しいとされる東北ナチュラリスト、陸奥国府の国籍を得る事となった。

 これは、地下市民登録で統合され、俺は二重国籍を有する地下市民登録者として日本列島どこの役場でもビオトープへの要求が受理される。

 昔の感覚からすると、二重国籍なんて法的には認められていても、モラル的には認められていなかったので、いざ自分がその立場になってみると微妙な気分だ。両陣営の過激派から殺意の波動が突き刺さってくる幻覚が感じられる。

 同じ国内だし、これが昔では普通だったんだ。日本列島が真っ二つに分断されたこの政治環境下でどこの役場でも利用出来るのは強い。

 最も、法的に利用可というだけで、実際は蝙蝠扱いされてどちらからも突っぱねられるかもしれないし、役場の入口くぐる前に後ろから刺される事の方が多いだろうな。

 保身には一層、気を配らないとだ。


 スフィアによるハリネズミの運用は、事細かに研究され、導入すべきとか、対策を急ぐとか、都市圏の技術は根絶しろとか訳の分からない事になっている。

 原理主義者がアホなのはこっちでも変わらないな。

 俺も色々調べてみたけど。対策はされるだろうが、現状、有効なのは変わらないし、レーザー通信によるスフィアの運用自体、都市圏でも数ある手段の一つ程度の認識だ。

 良く考えてみたら、都市圏に大して影響は無いだろう。


 道路も含め、一面真っ白に染まったみなかみの山道を結構なスピードで装甲車の車列が駆け抜ける。

 何処が道か良く分からないし、上り坂で若干スリップを感じるし、下り坂でも前方との車間距離が狭いのでドキドキする。

 因みに現在、前後の車間距離十センチ。攻めすぎだろ!

 こいつらは一体、何と戦っているんだ?


 先行する偵察車一台を含め、装輪汎用車三台、電子兵装車一台、装輪戦車も二台ケツにくっついての大所帯、上空に無人機も大量に飛んでかなり警戒しながらの護送だ。

 襲撃予告でもあったのか?


 タンブラーに注がれた熱々の紅茶をキメながら俺が外の景色に目をこらしていると、珍しくメアリから口を開いた。


「こうしていますと、去年の雪前がついこの間の事のように感じますね」


「シシシ。懐古に浸るほどの親交がメアリとおのこにあったんかいの」


 上の乳犬歯が抜けて、更に息が漏れやすくなった歯で、空気を漏らしながら舞原は口角を上げた。


 からかわれたメアリは、一瞬固まってから軽く息を吐く。


「公主ほどでは御座いません」


「言うようになったの」


「僕は山田様と友達になりましたよ!」


「おうおう!そうだいの。随分仲良うなったのぅ」


 トマスは頭を撫でられてドヤ顔している。

 こいつは親類の捕食者の寄子で五歳だそうだ。

 五歳にしてはかなりしっかりしてるよな。

 イニシエーションは年齢的にもう受けてるのか。

 きっと超優秀なんだろう。


 メアリは何歳なのかな。

 いや、止めておこう。この思考は危険だ。

 瞳の光が無い虚ろな視線が俺を刺し貫いている。


 ”美人は年齢を気にする必要は無い”という意味も含め、ウィンクでもしておこう。


「山田様、どうなさいました?目にゴミでも?」


 辛辣だ。




 何故こんなに警戒していたのかは、炭田のボタ山を越えて分かった。

 貝塚のヘリ部隊がトンネル前を埋め尽くしている。

 半分はアイドル状態で待機している。

 道路に沿って貝塚の陸上部隊が整列していた。

 周辺の山には雲霞の如く無人機が飛び交い、蟻の子一匹逃さないという意志を感じる。


 貝塚だけじゃないのか?

 お出迎えの示威行動にしても過剰だよな?


 砲塔を全部後ろに向け、舞原は上部ハッチから敬礼しながら広場に入って行った。

 雪と泥でグチャグチャの広場にはパレットが並べられ、その上に赤絨毯が敷かれている。

 トンネル入口まで続くその赤絨毯の端に装甲車を乗りつけると、メアリが横のドアを開き、舞原はふわりとハッチから飛び降りてから俺に向き直った。


「行くかいの」


 姫様、自力で歩くのか?珍しいな。 

 何が始まるんだ?

 炭田に帰るんじゃないのか?

 まぁ、帰ってきたんだけど。


 絨毯の両端に整列している兵たちの軍服は見た事の無いものだ。

 それに、舞原がファージ誘導を行ったのに、誰も騒いでいない。

 何故だ?


 めっちゃ威圧感を感じる突撃銃の儀仗を抜けると、入口の暗がりで水陸両用の履帯付き装甲車が待っていた。促されるまま中に乗り込むと、なんと貝塚が乗っている。

 貝塚がゲスト?

 誰が待ってる?

 何の為に?


 頭の中を更なるハテナが埋め尽くす。


 舞原とトマス、メアリも一緒に乗り込んで下層を目指す。

 行き先はたぶん、あの給水塔のセレブ向け観光地だろう。


 誰も何も言わないので、俺も迂闊に口を開けない。

 この状況で、何が”言って良い事”なのかわからん。


 装甲車のまま地下湖を抜け、砂浜から別荘地に入って行く。

 あの以前タコ君とか舞原とお茶したバーが近づいてくると、ツクツクと音が聞こえてきた。


 生演奏だ。

 直ぐ分かる。

 ソロだけど、この癖のあるピッキングをするのは一人しか知らない。


 装甲車が入口に着くと、演奏が止まった。

 中から一瞬拍手が鳴り響き、直ぐに納まった。


 心臓が、バクンバクンいっている。

 踏み出す足に力が入らない。

 何故、とか、どうして、より、どんな顔して会えばいいのか分からない。


 舞原たちは入口前で、何も言わずに待っている。

 俺の心に整理がつくのを待っているのか。


 向かいに座っている貝塚は、俺が出るまで待っているみたいだ。

 腕を組み、じっと俺の顔を見て微動だにしない。


 潤む目を瞬きせずに乾かし、一歩。車を降りる。

 地面の感覚はある。脚に力が入らないだけだ。


 力の入らない足をふわふわと前に出し、メアリとトマスが観音開きの扉を開け、中に入ると、正面にはやはり、想像した通りの人物がいた。


 つつみちゃん。


 少しこけたのかな。でも胸のサイズは相変らずだ。アトムスーツを着ているが、メットは被っていない。

 傍らのテーブルにはベースが載っていて、同じ卓に三千院が座っていた。

 凄い組み合わせだな。


 俺が地下に落ちた時ほど酷くはないが、頬に力を入れ、若干険のある目つきだ。

 口を開き、何か言おうとして失敗し、両拳に力を入れながら近づいてきた。


 殴られるのかと思って、手を怪我させないようにしっかり目をみはっておく。

 その後ろで三千院がサインを出していたので目を向けると、両腕で肩を抱えて口を尖らせていた。

 このセクハラクソオヤジはスルーだ。

 俺とつつみちゃんにそういうの無えから。


 止まらず歩いてきて。ギュッと俺の脇に腕を入れ抱きしめてきたつつみちゃんは久々でも同じ匂いで。

 何度も息を吸い、言葉を出すのに失敗して腕の締まりを強くしていくつつみちゃんの真っ赤になった項を見て。


 済まないという気持ちと。

 生きてても良かったんだという気持ちで。


 張り裂けそうに胸が苦しく。


「ぐう、う・・・」


 口から出た呻き声に驚いたつつみちゃんは肩を掴んで半歩跳び離れた。


「どっ!?大丈夫!?」


 苦しい。


「胸が苦しい」


 一瞬だけ眉を八の字にしたつつみちゃんは。


「わたしも」


 鼻の頭を真っ赤にして、クールさの欠片も無く顔を崩して笑った。

***

次回から新章です。

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