第217話 兎神

 機動装甲によるミニガン反射はちょっとしたブームになっていた。

 ミニガンは盛り過ぎか。マイクロガンだ。運用方法も威力も全く別物だ。

 通路上で生きていたオフラインカメラが偶々俺を追っていて、兵士を庇って弾きまくりながら反撃して突っ込んでくシーンを親の顔より見た気がする。報道番組は気持ち悪いくらいこれ一色だ。

 したり顔の変な肩書した長耳が解説している。


「吸振合金の防弾性は、昨今、頭打ちとなっていましたが、マナ誘導により纏わせたセラミック粉末のナノキャンセラーとの併用により、表面の摩耗を代用し持続、その可能性はさらに広がったとみて良いでしょう。舞原商事の保有するこの未発表のカタフラクト型機動装甲は、今後の兵器運用におけるバランス崩壊を招き・・・」


 クッキーをポリポリ齧りながら見ていたパネルの映像が消えた。


「帰りたくないんかの?」


 舞原の別荘地、音も無く開いた障子から、既に俺専用の部屋になりつつある山際の一室に舞原とメアリが顔を見せた。


「僕は止めました」


 一緒に紅茶を啜ってフラップジャックを齧っていたトマスが、情報漏洩を見逃した事を見苦しく言い訳している。


「黙らっしゃい」


 鶴の一声に肩を竦める。

 口の周りに食べかす付けていては説得力皆無だ。


「しかし、何度見ても映画じゃのう。わっしも生で視たかったわ」


 くそう。自分だけニュースをご覧になってやがる。


「壮観で御座いました」


 姿勢よく前で手を組んだメアリがこくりと頷いている。

 仕込みじゃないのかと疑いたくなるカメラワークだが、そもそもあそこで倒れた奴は三日経った今もまだ重体で動けないし、俺が前に出たのもイレギュラーだ。

 問題が起きた時の証拠として残しておいたオフラインの監視カメラが、運悪く映してしまったと考えておいた方が精神的に良い。

 因みに、俺の左手は殺しきれなかった衝撃で粉砕骨折してた。

 深刻なファージ汚染もあったので、事態が沈静化するまでの間、表向き、舞原の別荘地で養生という事になっている。

 金持も昨日ここにやって来て面会し、了承を得ている。


「関連株が鰻登りで、幾らか売り払ったら資金に余裕が出来ての。おのこにはボーナスをと思ったんじゃが、帰る気が無さそうなら、餌はいらんか」


「おかねください」


「不憫じゃの」


 確かに、安易にこっちの情報を収集するのは都市圏の人間として褒められた行為では無いが、それはそれ、これはこれ。

 どうせ俺のキルリストランキングはストップ高、今更現地でニュースの一つや二つや三つやそれ以上見たところで、寿命が変わる事は無い。

 それより、こっち来てからずっと、現金が安定しないんよ。

 普通に暮らす分には問題無い額が炭田から支給されてるが、自分の装備品のメンテだの保安だの気にし始めるとキリが無い。材料不足と物価高騰で圧倒的に足りない。

 ゲームと違って、プレイしてる間だけ自分の身が守れればいいという訳にはいかない。

 ”寝て起きたら脳缶でした”は無しにして頂きたい。


 一度の失敗で俺は詰む。


 保身は最大限やってもまだ足りない。

 先立つものは、金だ。

 あと、自由にできる電力がせめて二万キロワット欲しい。

 身分詐称通知とかこっちではどうなっているんだろう?

 役場は全部ナチュラリストが押さえてるから、意味ないのか?

 法に厳しいとは聞いても、三権分立が機能してるイメージ無いんだよなあ。

 そういや、会社も山田で通ったしな。


「お小遣いやるで。炭田に帰る前に、鎮座祭に同席してくれんかの」


 ちんざ?


「祀り名が決まったからの。神社本庁の許可も下りて、これで晴れて断層帯の主神じゃ。曰くつきの外観じゃ、しっかり封じて漏れぬようにせんと、全く面倒じゃのう」


 早っ。


「神って。神社とかそんな簡単にポンポン作れるもんなのか?」


 なんか軽すぎじゃね?


「日の国は昔から、災害が起きる度、権力者が代わる度、其の都度神社が創建されてきたんじゃ。歴史を既得権益で守って、さも有難く語り継ぐだけが神社の役割では無い」


 言われてみればそうだが、俺が寝る前はそんな理由で神社は出来なかった。

 ファージも無かったし。

 何か起きても、精々、慰霊碑とか記念碑止まりだな。

 そもそも寺と神社の違いも、なんとなくしか把握出来てない。


「管理されない神社はファージ災害の温床にもなる。必要な社を残し、廃れた社は潰す。神の管理もわっしらの生活を守る重要な仕事じゃ」


 ファージネット上のウィルス防衛とかデバック処理的なモノなのだとは思うが、まさか神主とか巫女がお焚き上げしたり祝詞あげたりする訳じゃないだろう。


「どういう仕事なんだ?」


 嬉しそうににいと嗤う。


「ほうほう。また一つわっしらをに対する認識を深めたいと?」


「聞かなかったことにしてくれ」


 炭田に帰れるのが本当なら、こっちの知識が少ないに越したことは無い。

 舞原の秘密基地案内されといて、今更な気もするけどな。


「罪も罰も、所詮ヒトの作ったルール。焦点が人であれば、人を罰するだけで話しは終いじゃ」


 いいって言ってるのに、話始めた。


 確かに。罪を一個人に集約して、ラスボス殺して終りなら苦労はない。


「この世界は、ゲームじゃない」


 一応、抵抗はしておく。


「自然には罪も罰も無い。アカシック・レコーズは既に万物の原始。ヒトの法の上には存在しないんじゃ」


 そんな事は嫌ほど身に染みている。




 法はモラルと相反するものだ。

 ゲームにも、社会にも、ナチュラリストの支配地域にだって法はある。

 法とモラルが混ざってしまった国家は、現在この地球に存在していない。

 可哀そうだからとか、赦せないからとか言い始めたら、法は成立しない。

 法に則らず感情で捻じ曲げようとした国は、自らの法の所為で国家が滅びてしまった。


 これからも。

 どうせ何世代かすればまた感情に任せた法が生まれ、また国が滅びるんだ。

 平和を維持するには膨大なコストと忍耐が必要だ。

 そして、それを甘受して何世代かしたら、その重要性を忘れてしまう。

 人の歴史はその繰り返しだ。

 二百六十年経っても、そこは何も変わっていない。


 集団で生きるためにルールを作った俺らヒトは、同時に感情を内包して生きている。

 感情はモラルに左右される。

 モラルは。

 法が作る。

 法が無い環境では、得てしてモラルも杜撰だ。

 相反するものなのに、両方ともヒトであるために必要なものだ。


 都市圏も、陸奥国府も、法の元に運営されている。

 法の支配下でのみ、ヒトである事が赦されている。


 一度そこから外れたら、厳格な自然の摂理だけが待っている。

 以前は軽く考えていたが、今の俺が身一つで放り出されたら、切り傷一つで死ぬだろう。


 ファージネットワークのコントロールに人は何世紀も費やしてきた。

 人類が支配できた領域は、未だこの地上の数パーセントに満たない。


 ゲームだったら、何故ジャンプの高さが全員決まっているのか、何故壁を通り抜けられないのか、何故倒せる筈のボスがドヤ顔で逃げていくのか。制作者はこう言って済ますだろう。


 わたしのつくった世界ではそういうルールなんです。


 それは、そう。

 嫌なら遊ばなくていいよ。

 それで終りだ。


 その点、現実は誰にでも、何にでも平等だ。

 物理法則以外のルールは存在しない。

 誰でも何でも好き放題出来る。

 善も、悪も、何も無い。

 以前スミレさんと、映画の中の話をしたが、人の認識なんてその程度、ちょっとした理由でコロコロ変わってしまう。


 俺が今隅っこで突っ立って参列しているこの古式豊かな神降ろしの儀式も、法に則って行われていると聞くと、食人を正当化して法に盛り込んでいるナチュラリストの歪みというか、人間らしさというか、不完全さを感じる。


 生成されてしまった人工知能を神権現と改め、悪影響が出ないようコントロールしていく。

 話として聞けば至極妥当な処置だ。打ち出の小槌に一枚噛めるともなると身も引きしまる。


 本殿前に作られた舞台の上で、兎の面を付けて小太刀で空を斬り、舞を舞う舞原は、中々堂に入っている。

 二の脚の踏み位置すらミリ誤差で、機械みたいに正確な動きだが、アシストスーツもファージ誘導も無しで動いてるのは素直に凄い。こいつこんなに踊り上手かったんだな。

 踊り?舞いと踊りは違うのか?

 本来日本刀でやるらしいが、舞原は身長も力も無いから綺麗に振れないので小太刀で舞っているそうだ。


 巫女装束の小さなエルフが所作を一つ完遂させる度、連動したファージ誘導で膨大な量のプログラムがゴリッと組まれる。

 微調整とデバックが囃しで行われ、神の社がその本殿の中に隔離されたファージローカルネット上に形成されていく過程は、素人目にみても芸術品を造る職人技だ。


 過去の遺物を手放しで有難がる連中には反吐が出るが、古来よりの伝統の、ナチュラリストなりの落とし込み方は都市圏も見習うべきじゃないのかなと思う。

 したら、ファージやショゴスによる災害も、もっと別のアプローチが生まれてくるだろう。


 肉眼でも歪みが見えるくらい知能が起動し始めると、舞原は小太刀を帯に仕舞い、袖口から鱗粉を出してふぅっと本殿の中に吹いた。


 七つの煙に分かれた鱗粉は、舞原たちをBGMにし、兎の実体を形作りながら殿内のオブジェクトを物色している。

 重力を無視して、感覚器もヒトと同じ機能を果たしていないので変な感じだ。

 興味深そうに触れ、飛び、踊り回って。

 最終的に最奥の一段高い畳の奥、錦の巻かれた脇息に肘をつき、太ももを惜しげも無く晒してゆったりと納まり、ふわりと一つに纏まる。


 舞原がお礼の舞いの後に深く深く首を垂れ、簾が降り、本殿が閉まり、白木の閂がかけられると、晴れた空に空雷が一つ鳴り響き。


 片品川断層帯に兎の神格が誕生した。

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