第215話 突入直前

 散発的な襲撃があったが、高速で移動する列車には追い付けなかった。砲塔や蒸気放射器も厳戒態勢だった事もあり、碌な反撃すらしないまますんなり仙台駅まで到着してしまった。

 ファージ濃霧の所為で航空戦力が限られている東北において、鉄道さえ破壊されなければこの戦闘車両はほぼ無敵だな。何度か僻地で重機関銃の掃射があったのに、全部弾いててウケる。

 何故反撃しないのかと聞いたら、誤射で一般人が死ぬよう用意されてるから風評被害対策だそうだ。

 華族は大変だ。


 寝る前の仙台駅には一度だけ降りた事がある。

 東側にしか行かなかったので、西側を見るのはこれが生まれて初めてだ。

 区画整理されスッキリした駅前は、大きなロータリーを中心にバスターミナルや路面電車の駅を含む公園として整備されていた。

 いや。路面電車じゃないな。アレ蒸気っぽいぞ!?


”このまま輸送車で国際センターに向かいます。森の中なので、射線は通りませんが、広瀬川を超えたら狙撃があるものと思ってください”


 機動装甲を着てバイザーを下ろしたメアリは、駅入り口に詰めかけたお偉いさん相手に予告通り頑張ってくれてる三千院に、ちらりと冷たい尻目を一瞬向けた。

 俺の前に立って歩くメアリのケツが喋っている。いつもの袴のケツも良いが、このメアリの機動装甲のケツは反則だ。目が離せなくなってしまう。

 二列縦隊で駅前を歩く舞原のごっつい兵士たちは異様な雰囲気で、駅前を遠巻きにする報道陣や野次馬の市民からの視線が痛い。

 俺を見ているのではないと思いたい。

 兵装の外観は統一されてるし、余程詳しくない限りこのスフィア操作特注仕様なのは見抜けないだろう。

 因みに、俺用の武器らしい武器は無い。

 肩に掛けているこの銃も、弾が入っていない。

 マガジンも持ってるが全部空。噴出機構はロックされてて使い方も不明。

 悲しい。


 ゆるく周りを囲む人垣も、ぱっと見、誰が捕食者で誰が崇拝者なのか全く分からない。

 別荘地もアーケード街もそうだったが、ここにも欠損や筋肥大している人が全く居ない。

 やっぱりあの九龍城のあいつらが異端だったのか?

 ここが政治の中心だから気を配っているだけなのか?

 よく見ると、耳の長い奴が少しいるな。

 

「あら。仕事が早かったですね」


 メアリが声を出したので見ると、三千院の方を見ている。

 話しがついたらしく、両腕で大きく丸を書いている。


”このまま現地まで向かいましょう。作戦の確認はバスの中で移動中に。到着次第開始です”


 早いな。


 邪魔する隙を与えないこのスピーディーさは好ましい。


 ポツリ、と。


 視界の端、メアリのプリケツに赤い光点が着く。


 反射的に手を出した。


 手の甲部分の装甲に赤点が映った瞬間。

 運動を検知して手甲が膨らむのが見えた。

 発光と衝撃でびっくりして一瞬目をつぶってしまった。

 デカい音に目を開くと、肘と手首のヒンジ部分が急な負荷に火花を散らしている。手首から先の感覚が無く、変な形に曲がっている。

 狙撃された。俺の手、無くなってないよな?!

 高性能な装甲にカンシャだ。

 手甲が弾いた弾は、路面にめり込んで煙を上げている。

 メアリの美尻は・・・無傷!!良かった。

 駅の上の方から狙撃されたっぽい。既に、狙撃ポイントにはファージ誘導が開始され、銃弾が雨あられと浴びせられている。

 後ろに並んでいた兵士たちが俺を囲んで円陣を作りファージ誘導を展開していくのが感じ取れる。

 サイレンがそこら中で鳴り始め、野次馬や報道陣たちはどよめきと共に伏せている。


”俺じゃなくてメアリ守れ。気付かれる”


 重要人物だと思われたら困る。


”怪我人を守りながら運ぶんですよ”


 メアリが俺をヒョイとおぶって、ててて手!痛い!痛い!円陣を維持しながらバスに向かう。

 既に、バスの周囲に装甲車が集結し始めている。

 このまま装甲車で囲いながら現地まで行くのだろう。


 二発目の狙撃は無かった。

 メアリが何度か応答していたが、口頭じゃない暗号通信なので内容は何だか分からない。

 バスの中には座席が無く、折り畳みの巨大な緊急ベッドのみ、既に医療スタッフが待機していた。

 直ぐにスーツごとベッドに固定され、肘から下の装甲が外される。

 うっ血しているのだろう、指先が真っ白だ。

 痛くはないが、違和感が凄い。

 診察した技師が唸る。


「脱臼してズレ戻ってますね。補修材より麻酔して引っ張った方が早い」


 マテ。


「麻酔は困る。動けなくなる」


 局所麻酔でも、片手が麻痺してるだけで戦力ガタ落ちする。


「衝撃が殺しきれてないとは。殺す気で撃ってきましたね」


 違うと思う。


「明らかにメアリのケツ見てた。目が離せなかったんだと思う」


 一斉に黙った医療スタッフたちは肩を震わせている。


 メアリの顔はバイザーで見えないが。


「ふん」


「ぎ!?」


 ぎゃーっ!


 思いっ切り引っ張られた。


「損傷箇所に緊急補修材注入を。局所麻酔はいらないそうです」


 お怒りのようだ。


「私のお尻ばかり見ていてくれた方がいたお陰ですね。助かりました」


 下らないジョークを言いそうになって、何とか踏みとどまれた。

 この状態でメアリの踵落とし喰らったら機動装甲越しでも真っ二つになる。

 上半身だけでの救出作戦参加は避けたい。


 既に移動が開始された車内で、最終ブリーフィングが開始された。




 言い直そう。

 これは救出作戦ではなく。

 殲滅戦だ。


 抵抗する奴らを機動装甲十五人で皆殺しにする。


 建物に近い茂みに五人三チームに分かれて伏せ、陽動の攻撃が開始されるのを待つ。

 今回、俺のメインの仕事。起動後のスフィアによる、ファージ誘導を全く使わない走査は、瞬く間に敵対勢力を炙り出していく。

 共有してる舞原の兵士たちがそのハリネズミの精度に唸る。

 誰がどこで何をやっているか分かる。

 その情報は、相手の武力的、地理的アドバンテージを全て無視する。

 ナチュラリストの政治の中心地で、スフィアネットによる索敵がガチで走るとは誰も思わないだろう。


「先ほど説明したモデル概況のと同じだ。赤は敵対、緑は武器無し、黄色は不明」


 今の所スフィアは見付かっておらず、気付かれた雰囲気はない。

 向こうもファージ誘導が使えないから、出来る索敵は限られている。


「視線の方向や射線は表示されるが、相手の走査機器は判別出来たものだけ。手榴弾の軌道計算は投擲後だ。スフィアによる音響効果や視覚効果は現場の行動隊長の判断に任せる。スフィアは有限だから、なるべく壊されないように」


 ノンファージ環境下、奴らもそれなりの走査機器は持ち込んでる筈。

 出来れば、ワームやスパイダーも使って多角化したかったが、ここでそれを見せるのも問題だ。

 青森の四つ耳助けた時とか、真本加工場での作戦がどの程度の精度で分析されているのか気になるが、今ポイポイカードを切るのも勿体ないし、都市圏的に面白くないだろう。


「これだけで十分すぎる。妨害用ロボットは各自持ち込んでいる。スフィアには索敵に注力してもらう。走査データは一部共有するぞ」


 伏せてる兵士の一人がワクワクした声でレスしてくる。


「願ったりだ」


 俺はこのまま、皆と一緒に入り現場の状況に併せながら支援行動を行う。

 バスで残って後方支援は論外だ。

 今の所一番信用できるのは舞原の私兵。メアリの隣のみ。

 こいつらの近くにいるのが一番安全だ。

 ここならファージも無いし、不思議な魔法で死ぬことになる可能性は限りなく低い。俺の知ってる手段で殺しや捕まえに来るなら、対処はし易い。

 テロ野郎共を殲滅して。のじゃロリを助けたとして、無事生きて仙台を出られるかは、俺には想像つかない。

 三千院は何か寝ぼけた事を言っていたが、俺がこいつらだったら、人権なんか渡さずにここで息の根を止める。

 プロパガンダ用はコピー体で十分だからな。


 数分先の事を考えると気が重いが、今俺の気分はそんなに悪くない。


 生きて軌道エレベーター稼動をこの目で見てみたかった。




 正面と裏口からの、政府部隊による陽動作戦が始まった。


”これより、外部との音声通信遮断。クリア確認は表示ステップ毎。裏口の突入部隊は交戦した場合、これは撃滅して良いと許可は出ている。生体モニター持ちでも迷わないように”


 メアリが全員に再三の念を押す。


 封鎖区画に取り残されている議員たちは舞原以外にもいる。

 メイドは、これを助けか殺しかは分からないが、便乗してくる勢力もあるかもと睨んでいる。

 今の所、それを選別する時間も惜しいので、政府部隊にはその旨を伝えてあるらしい。

 よく了承したな。

 三千院と舞原、いや、メアリの発言力がそれだけあるという事か。


 争った形跡や転がる死体、建物の破損から察するに、占拠している勢力の兵装はそんなに重装ではない。

 こっそり持ち込んだ物と、セキュリティの装備できる兵装の範囲内で持ち込まれた兵器のみだろう。

 人数はかなり多い。

 現時点で把握出来てるだけで百二十人。

 百二十人!?

 服装から見て、半分は常駐スタッフだ。どれだけ人材管理ガバいんだ?

 法案の抵抗勢力がそれだけ幅を利かせてるって事なのか?

 屋内だし、ギリー着てる奴が居ないのが救いだな。


 まあいい。

 最優先は舞原の無事確保。

 データ通り動くだけだ。

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