第214話 刹那の跳躍

 俺が着るスーツって、カタフラクトではなく、機動装甲なのか。

 あれが着られるのかと思ってちょっと楽しみだった。

 これはこれでありだ!

 機動装甲はカタフラクトとは違い、防弾にエネルギーを必要とする装甲だ。何度か見た事はあったけど、着るのは初めてだな。

 ファンタジーと違い、何でもガード出来る万能現象なんて現実には存在しないので、鉾と盾は経年で無限に切磋琢磨していく。

 二百六十年経った今も、防弾は被エネルギーとの戦いだ。


 この舞原家が所持する機動装甲は、おおまかに、超音波振動による内殻と、飛翔体の方向と速度を計測して傾斜角を作る外殻、そしてその間に有りホプキンソン効果を吸収するクラッシャブル導電性ゲルを使った三枚構造になっている。

 スペックを聞く限り、耐熱は若干弱いが、運動エネルギーは市街戦なら完封だろう。

 何故カタフラクトにしないのか聞いたら、素早くコンパクトな動きが必要な時には向かないらしい。

 要人警護とかなら良いが、今回みたいな作戦時、金属摩擦による熱量は隠密任務にコスパが悪いそうだ。

 ロボアニメで育ってきた俺からすると、幻滅な理由だな。

 ベアリングの塊な車のシャフトすら、ちょっと走っただけで火傷するくらい摩擦熱が籠るし、仕方のない話か。


 機動装甲の調整をしてもらいながら、車両に降り注ぐ銃弾の雨の音に耳を澄ます。

 既に列車は緩く後進を始めている。

 線路がこれ以上破壊されなければ良いな。

 銃弾は降り注いでいるが、爆撃されてないという事は、カウボーイが人質としてそこそこ役に立っているのではないだろうか?

 でも、下がりきった後に目の前の線路を爆破されたら目も当てられないよな。

 その為に砲塔が警戒してるんだろうけど。

 弾は足りるのか?結構バラ撒いてる。

 幸い、白石蔵王駅はまだ警備が維持できているし、そこから南は直線だ。見張りやすい。


「メアリ。俺がスリーパーって事はもう分かってるんなら、好きにマッピングとか走査やらせてくれないかな?苦戦してるみたいだけど」


 メイドは静かに首を振った。


「突入時まで温存して下さい。現地での電力は全部、政府主導で振り分けられていますので、この列車からしか確保出来ません。翼の設置もこちらで行いますので、一番頑丈な指令室にいて下さい」


 そういう問題もあるのか。

 確かに、議事館がファージ隔離されてても、その周辺には普通にファージがある。電力が自由に使えたらやりたい放題だもんな。


 内装とか設備をジロジロ見ていたら、乗務員に困った顔をされた。

 まだ何も言われてないので、限界までねばるぞ。


 外装は無骨でクラシカルなのに、内装はあまりゴテゴテしてなくてスッキリしている。

 入って直ぐ横にある一等客室っぽい中は上半分がガラス張りで車両内が見通せる。のじゃロリの指令室的な場所なのだろうか。ここは遮音もしっかりしていて、振動しかこない。

 窓の向こう、部屋の真ん中正面に鎮座しているセラミックタイルで覆われたデカい炉は、石炭ガス化炉だろう、アレからつくられる石炭ガスでタービンを回して、更にどこかで蒸気タービンも回している筈だ。

 遮熱はされてるはずなのに、輻射熱が凄いな。露出してる顔にヒリヒリと熱を感じる。

 ここなら半袖で過ごせそうだ。

 さらにその前方を覗くと、赤銅色のパイプが何十本も刺さった潜水カプセルっぽい金属塊が鎮座していた。あれがガスタービンだな。かっけぇ!


「動かないで下さい。首が捥げますよ」


「ぐえ」


 後ろからキュッと首を固定するベルトを締められた。

 確かに、着てる途中挟まったら捥げそうだ。

 地下製アシストスーツとか、臭い牧場の時のダンゴムシスーツとか、ごっついのは何度か着たことがあるが、あれらとは比較にならないくらい安全設計がなされている。

 これは兵装が無いタイプだけど、これ着て暴れてるだけで脅威だな。


「これ、ナパームかけられたり、ワーム入れられたらどうするんだ?」


 室内の全員が動きを止めた。


「都市圏ではそれがスタンダードなのですか?」


 勘違いされても困るが、間抜けな死に方も嫌だ。


「俺でも直ぐ思いつく。これが出てくると分かってれば絶対対策は何通りか用意しとく」


 他の部位を装着していた兵士たちも手を止めた。


「サルベージャーだよな?」


「建前だろ。公主のお気にだぞ」


 内緒話のつもりだろうが、聞こえてるぞ。あと、のじゃロリのお気に入りは俺じゃなくて金持だ。


「メアリ。今回、アシストのみにして噴出機構を付けるか?」


 装着を手伝っていた兵士の一人がメアリにお伺いをたてている。


「確かに、迎撃は指向性炸薬弾のみの想定ですからね。精密ロボットをバケツで撒かれたら逃げるしか無いでしょう。ポリマーは持っていく予定ですが」


 装甲に隙間が多いのはその為か。


「スペックは出回ってるのか?」


「これが出たら逃げろ、と言われてる程度には」


 迷わず指示を出すメアリ。


「念の為この機体だけ噴出機構付けましょう。機構の防弾処理はレベル幾つ迄してありますか?」


「レベル丙です」


「いきましょう」


 俺だけ特別改装、プラス七十キロだそうだ。

 鈍亀にならないよな?


 メアリが部屋を出た合間に、整備してる兵士の中で感じの良さそうな奴に聞いてみた。


「メアリって、舞原のメイドじゃないのか?」


 俺が何を言っているのか分からなかったらしく、一瞬停止する。


「こちらで仕事するなら覚えておいた方がいいですね。メアリは役職名です。彼女は公主の七代目メアリ。使用人の名前を一々覚えてられないという昔の西洋の名残です。役職というか、持ち回り毎に名前が決まっています」


 そういう。


「現メアリは公主の横に控えていて一番長いです。都市圏で言えば、副代表とかが妥当でしょうか」


 納得。

 周りの他のスタッフも肯定してる。

 となると、あのトマス君とか、舞原の周りの源氏名っぽい奴らは全員そんな感じなのかな。


「なるほど、ありがとう」


 初見、装甲車の中で変な態度は納得いった。あの時点で全て分かっていた可能性もあるな。

 天敵の前で自分のボスが呑気に茶を飲みはじめたら、緊張で胃が口から出もする。

 今のこの扱いも、俺を内外に目立たせつつ死なないよう細心の注意を払っているのに合点がいく。


「処で、六代目まではどんな感じだったんだ?」


 感じの良い兵士が口を開いた時、窓の向こうにメアリが見えて、兵士は口を閉ざした。


「後進が終了しました。装着が済み次第ここで席についてください。どうしました?」


 客室に入ってきたメアリが取り巻く雰囲気に気付く。

 教えてくれた兵士からもの言いたげな視線。


「いや。了解」


 ホッとしている。

 そりゃ、他家の当主の鳩尾に踵落としキめてお咎め無しなメイドさんだもんな。

 何されるか分かったもんじゃない。

 金持みたいに部下の腹かっさばくタイプには見えないけど。




 散発的な銃撃がある程度で、停車を迫られる攻撃はもう無かった。

 次第に速度を上げる列車に攻撃はもうほとんど止み、車体が聞きなれない音に包まれていく。

 窓の外を見ると、蒸気で歪む視界の外に、プラズマに包まれ刻々と形を変えてゆく虹色の翼が見えた。


 ハチの巣状の吹き抜け構造はここからではよく確認できないが、膨大な揚力でこの列車を三秒近く浮かせる筈だ。

 ご丁寧に到達地点までの距離や前方の映像も目の前に表示してくれている。

 これまでも、これからも、絶対見られないであろうレアな瞬間にワクワクしていると、目の端で車両入口がゴタゴタしている。

 どうせあいつだろう。あ、来た。


「やあやあ!随分立派になったねぇ!」


 カウボーイエルフは押し留める兵士や乗務員をぬるりとすり抜け、空圧ドアを無理矢理手でこじ開けて顔を突っ込んできた。

 歯を剥いてニヤリと嗤うその顔は、昔のスリラー映画を彷彿とさせる。

 仕方ないので右手二本指で敬礼を切ってやったら、嬉しそうにぐにょりと入ってきた。

 軟体動物みたいでキモい。


 ご機嫌で俺の隣に座ったカウボーイを今度はメイドも咎めなかった。


 今は忙しい。

 スーツのファージガードと接触感知だけ確認して、後はメアリに任せて、俺は計器類走査数値と外の光景に注力する。

 レールから離れる時の予定速度は時速三百十キロ。これではこの短い羽根でいくら頑張っても百トンがやっとだ。

 前方の空気に穴を掘りながら進むことで車両自体の空気抵抗を減らし、車体にプラズマを纏わせることで翼や車両に出来る圧力抵抗を極限まで減らし、更にファージ誘導によって翼に受ける空気だけを加速させ揚力を最大限に有効活用する。

 瞬間的に揚力は車体重量を超え、周囲のファージも翼も、一瞬で燃え尽きる。

 計算上は軟着陸できるまで翼はもつ。


「メアリ。崩落箇所周辺で忌諱剤を確認」


「問題ありません。車体表面の温度だけ注意して下さい」


「了解」


 ナビゲートスタッフ含め、皆何も掴まらずに身体も固定してないけど大丈夫なのか?

 俺の不思議そうな顔に気付いたのか、さっき答えてくれた兵士が自分の足元を指した。

 目を向けると、ガチンと音がして靴が固定されたっぽい。


「ボディアシストと連動してます」


 揺れてようが脱線しようが手動制御で動けるのか。便利だな。


 車体が爆発音を立てている。ガタガタと揺れ始め、外を見るとスパークが大量に発生している。


「プラズマ流体に銃弾が干渉して鉛が気化している音です。車両にはダメージは無いのでご安心を」


 この状態ではこちらから攻撃できない。

 周辺警戒してる人員では限界があるのだろう。

 豆鉄砲で多少撃っても、コレがどうにかできるとは思えないが。


「メアリ」


 兵士の一人がメイドとコソコソ内緒話している。

 オンラインチャットを使わないのは俺やカウボーイ対策だろう。

 でも目の前だとノイキャンしても聞き耳立てれば普通に聞こえちゃうんだよな。


 爆縮シャッターの設置が間に合ったがダクトの封鎖が間に合わないとかなんとか。

 話の内容からトンネルの事っぽいが、俺に話しが流れないなら大した事でもないのだろう。


「十秒前」


 そだ。


「動画録って良いかな?」


 隣でカウボーイが吹き出した。


「駄目です」


 メアリは辛辣だ。


 まぁいい。この瞬間を目に焼き付けよう。


「山田様。軟着陸の予定ですが、鉄橋がたわんで脱線の可能性があります。絶対に動かないで下さい。あと三千院様も」


「大丈夫だ。動かない」


「もちろんさ!」


 うん。大丈夫。


 あまり信用してないな。胡散臭そうな目で俺とカウボーイを監視している。


 ドン!と一瞬抵抗が増した後、座席に機動装甲のフレームごと身体全体が押し付けられ、車輪が空回りする音がケツから響いた、窓の外に目をやる間もなく列車の跳躍は終ってしまった。

 何度かバウンドしてサスや車輪から大量の火花をまき散らしているのがここからでも見えた。

 縦揺れにケツが浮きヒヤッとしたが、どうやら無事に走ってるみたいだ。


「被害状況は?」


「戦闘車両の車輪、フランジが潰れたのが七カ所、兵装と電装は確認中」


 確かに、後ろから異音と振動が伝わってくる。

 目の前の炉はびくともしていないな。

 電気もちゃんと来てるし、直ちに問題はなさそうだ。


「戦闘車両は前方から順次、車軸ごとスペアと入れ替え。車内電装の確認はスリーマンセルで予定通り、このまま速度を百八十キロまで落としてトンネル区間を走り抜けます。確認終了次第加速、西中田まで三百キロを維持」


 車輪のスペアまで乗っけてるのか。


「確認作業継続中。車軸は五十秒後に全て交換終了予定」


 しかも交換早過ぎだろ。

 破壊される事を想定して構造設計されてるんかな。


「メアリ。トンネルに爆破予告が三件」


「このタイミングで予告など。無視していいでしょう」


 じろりと見られたカウボーイは苦笑いを浮かべている。

 貫禄の欠片も無いエルフだ。こんなのが本当に役に立つのか?


 とりあえずこれで、予定よりだいぶ早く目的地に着く。

 俺の仕事はそこからだ。

 せめて舞原が、あいつの安全が確認できるまでは生きていたい。

 てか、あいつはコピー体持ってないのか?

 このカウボーイのおっさんは少なくとも一つ持っている。

 本物は表に出てこないのかな?

 襲撃者が車両爆破してこない程度には弾避けになってるのか?

 実際、されてないから、そうなんだろうな。

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