第213話 三百六十トン

 停まってから三分経っても列車は動かなかった。

 絶え間なく下らない事を話しかけてくる三千院を丁寧に無視して、俺は窓の外に集中する。いるよな、こういう、話してないと死んじゃう奴。

 さっきの駅の名前は分からないが、地理的には白石を少し過ぎた所だろうか?

 辺り一帯枯れ木林で、遠くの山はファージ濃霧で霞んでいる。

 遠くに民家っぽい集落も見えるが、窓が割れていない。あれは誰か住んでいるのか?

 この辺りは地上も治安も良いのだろうか?


 でも、こんなとこに停まってたら襲ってくれって言ってるようなもんだ。

 これも舞原の計画なのか?

 重体じゃないのか?

 流石に時間が惜しい。

 撃たれて出血が酷かったりしたらこの三分も致命的だ。

 そもそも、まだ生きてるのか?


 立ち上がろうとしたら、お付きの兵士に押し留められた。


「危険なのでお座りになられてて下さい」


 どっちが?

 と聞きたいのを堪えて座り直す。


「メアリくーん!クライアントが逃げちゃうよーっ!」


 くすりと笑った三千院は、前方のドアに向かってバカデカい声を張り上げた。

 いつの間にか腫れた頬も治っている。

 補修材も誘導も使った形跡がないのに、不気味だ。


 取り巻きを引き連れて慌ててバタバタとメアリがやって来た。

 周りのパネルを睨んでる人たちとオンラインで大量のやり取りをしている。

 なんだ、メアリ様も聖徳太子であらせられたか。

 羨ま。


「なんなんですか!この忙しい時に!」


 ブチ切れて素が出ている。


「山田君が遅いってさ」


 言ってねえよ!


「申し訳ありません。前方の橋が、白石川に架かっている鉄橋が爆破されまして、大河原より緊急敷設と埋め立てを行っております」


 眉を八の字にしてるが違うんだ、そこまでじゃない。


 鉄橋爆破か。

 穏便にきたな。

 そもそも、よく間に合ったな。

 俺ら結構時間稼いだはずだろ?


「支援橋は完成してるのですが河原の地盤が緩いので。路面が固まり次第、三百メートルほどレールを外れて河原を走行する事になります。向こう側でレールに戻るのにあと一時間程みております。それまで暇つぶしでもなさいますか?」


 三千院のニヤニヤに引き攣っている、気に障るみたいだ。俺の手前我慢しているのだろう。

 しきりに帯に手をやっている。

 中のナックルで殴りたくて仕方ないみたいだ。


 一時間は遅いな。

 そんな悠長で、絶対襲われるだろう。

 俺だったら止めるだけでなく絶対襲う。

 ここにいる人数で守り切れるのか?

 俺とスフィアだけ向こうに届けられれば良いと思っているのか?


「鉄橋の破損状況を見せてもらえるか?」


 メアリは言葉に詰まっている。


「速度を上げて通れないかはさっき試算しました。距離的に届きません」


「いいから見せてあげなよ!仲間外れは嫌だって!」


 そういう訳じゃないんだが。


 器用に上目遣いで俺を見たメアリは、周囲のメンバーとアイコンタクトを取ってから俺にパネルの一枚を渡してきた。


 映像に併せて既に寸法も出された図面には、橋げたの部分が無残に抜け落ちた鉄橋が表示されていた。

 ブッとい脚は破損を免れたものの、コンクリが抜け落ちた部分は八十メートル強。レールもねじ曲がり、何カ所か鉄筋の隙間から下へ突き出ている。


「突貫で張り直して通っても、振動で跳ねとんでしまうでしょう。低速では論外ですし、戦車橋も長さが足りませんし、下を通るのが最速です。幸い。無限軌道で動ける距離です」


 それも捨てがたいが。


「上片付けて飛んだ方が早いな」


「いえ。ですから、距離的に届きま」


「走るんじゃない。飛ぶんだ」


 アホを見る目で見られるのは慣れている。


 確か、ファージ誘導の揚力で、貝塚の飛行船は二千トン以上を悠々と浮かべている。

 俺が船に乗った時も、確か風速三十メートル程度で自重百キロが飛ばされかけた。

 この車両は時速三百キロ出せる。

 逆算すれば風速は八十メートル越える筈だ。


「各車両の重さは?」


「え。ええ。先頭から、百二十八トン、七十六トン、百五十六トンです」


 余裕。

 後は、ファージ誘導で耐えきれる構造体を作れれば良い。


 この間金持たちと一緒に滑空した時の構造を基本に、記録デバイスの隅っこに転がってた無人機の翼データを代入していく。

 流石に、お手製の凧で飛ばせるとは思わない。

 力学上ちゃんと計算された翼の方が安心だ。


「メアリ。ファージ誘導使う。外で試し飛行して良いか?」


 諦めたのか呆れているのか。


「っ。客車手前のスペースを警戒対象外に指定しました。どうぞ」


 短いため息の後に許可が出た。


 貝塚の飛行船の周囲を覆っていた構造体を思い出しながらハニカム構造で格子状に翼を組んでいく。

 電圧上げると熱が結構出るな。

 壊れた傍から作り直していけば良いか。


 ハチの巣構造のジャングルジムみたいになってしまった。


「なんだいこりゃ。グライダーにしないのかい?」


 客車にいる全員が興味津々に見ている。

 カウボーイが代表して聞いてきた。

 そうか。物理誘導の基礎モデルがこっちと南じゃ全く違うもんな。

 くっそ、こんな事なら浜尻にこっちのスタンダード聞いておけば良かった。

 まぁ、良いか。もうバレてるし。今更だ。


「三百六十トン以上で容積が小さいからな。車体に纏わせて出来るだけ翼を密着させる。速ければ速い程、長さより強度の方が欲しい」


 実際にはファージで向かい風を当てて加速させるのでスピードは三百キロも要らない気がする、レーシングカーでもダウンフォース使わないと小さな坂でも舞い上がってしまうもんな。検証も兼ねて模型を飛ばしてみる。

 ファージでやっつけで作った構造体は瞬間的には凄く強く出来るが、時間経過で強度が直ぐに落ちてしまう。劣化してこない強度を考えるなら、それなりの材料を使わないと無理だ。それこそ、ヤッポンが二ノ宮地下で出現させたケイ素メインのシャッターみたいにしないとだ。


「山田君。やっつけで飛ばせるほど航空力学は生易しくないよ」


 やっつけで何度も飛んでるんだよなあ。


 難しく考えるから良くない。

 鳥が飛ぶのも、昆虫が飛ぶのも、計算して作って動いている訳では無い。

 膨大な経験則から最適解を残していってるだけだ。

 この場合、ちょっと浮き上がって飛距離が八十メートルプラス車両の長さ分確保できる構造体なら何でも良いんだ。

 それに、時速三百キロの風圧は既に以前体験している。耐えきれる構造体もなんとなく想像出来る。

 モンキレンチを三個借りて連結させ列車に見立ててから、貝塚の飛行船を思い出しながらハチの巣状の羽根を纏わせて風を通す。

 羽に当たる感覚は共有されてるので、違和感がある部分や引っかかる部分に変形を加えていく。

 浮き上がる用の構造体はそのままで、細かい方向指示は別で付けるか。

 車両の下部分を想定して姿勢制御用の翼をゾロゾロ付けていったら、ハチの巣を巻いたムカデみたいなヘンテコフォルムになってしまった。

 カウボーイがバカ受けしている。


「飛ばすぞ」


 風速を上げていくと、砂埃を巻き上げ、連結されたレンチが浮いていく。

 横倒しにもならず割と安定している。

 車両の強度とかもあるから、接面させる箇所は考えないとだな。

 寧ろ、載せる感じで良いか。メアリは図面見せてくれるかな?

 てか、見せてくれないと浮かせた途端ぶっ壊れそうだ。

 形状を変化させると完全に安定した。

 風を強めるとそのまま浮き上がっていく。

 このスーツのバッテリーでは形状維持は五秒が限界だな。

 壊れた傍から再構築は危険だ、止めよう。でも時速三百キロなら一秒。離着陸考えても、三秒持てば十分だ。

 レンチの重さと風の強さを数値化して空気の粘性もブッこんで、間借りして許可が出てるネットワークの隅っこで再計算する。

 時間かかるな。


「メアリ。シミュレーションしてくれるか?」


「はい」


 データを渡すと、あっという間に強度も翼の形も再計算してくれた。

 俺が作ったやっつけよりカッコイイ。


「先頭車両の空気抵抗を減らしましょう。揚力に全部使えば、車両へのダメージも減ります。先頭の上半分は翼を削っても宜しいですか?」


 お。プラズマ使う!?

 わっしょい。


「好きにやってくれ」


 俺がやるより余程良い。


「構造体には土より、セラミック粉末があるのでそちらを使いましょう。ファージが燃えても、形状はプラス一秒ほど維持できます。モーターだけですと助走に四キロ使ってしまうので、加速時には蒸気噴出機構、空気抵抗の低減にプラズマアクチュエータも時速六十キロから使います。これで加速は二キロで済みます」


 ファージ誘導でオブジェクト発生させるのはナチュラリストの専売特許だ。

 セラミック粉末は使った事無いけど、鱗粉と同じ感覚で使えるんだっけ?

 のじゃロリのファージ操作は見たし、アプリ送信も横で見ていたが、流石にアレを堂々とトレースするのは気が咎めた。

 俺にはあそこまで綺麗に動かす事はまだ出来ない。

 鉄道員の何人かは、線路の先で邪魔な電線の撤去を始めている。

 仕事が早いな。


「三秒前に先頭車両からセラミックを撒いて羽根の設置、安全に停止するには最低三キロ必要です。直ぐに歩き始めましょう」


「ちょっと待てメアリ君!この寒空に歩けというのかね?」


「森を通る道が無いので川まで歩きですが、川向うまで行けば装甲車があります。狙撃の心配はまず無いでしょう。そこから三キロ先で再乗車します」


「何をバカな事を!乗っていこうよ!」


 俺も乗りたいのは山々だけどさ。

 計算上では幅跳び出来るけど、飛ばなかった時の事考えるとちょっとな。


「えぇ~!ここまで引っ張ってそれは無いよ君!試験飛行すればいいじゃないか!」


「下向きにプラズマも吹かすのでレールが痛みます、二回使えません。十キロ以上戻らなければいけない計算になります。駅は有りませんが、藤田ジャンクションは既に交戦中です。包囲されてレールが壊されたら間に合いません」


「ぐぬぬ」


 何がぐぬぬだ。このクソ親父。


 俺が乗降口に向かおうと立ち上がりかけた時、メイドとカウボーイが同時に窓の外へ振り向いた。

 轟音が車両を揺らす。

 撃ったな!


「河原止めたから線路の動きで気付かれたね。同時進行すれば良かったねぇ」


 カウボーイが頭を揺らしながら厭らしく嗤う。

 砲塔のオートカウンターが起動したんだ。

 敵性勢力がこの車列に攻撃を仕掛けてきている。

 教えても見せてもくれないし、操作ファージ圏内はノンアクションだ。襲撃内容は俺には分からない。パッと見、周囲の窓の外もここから視認では良く分からないな。

 一瞬ブルりと震えたメアリは、歯を食いしばって言葉を吐き出した。


「貴方が指示を?」


「無粋が嫌いなのは知っているだろう?」


 どちらとも取れない顔でニヤニヤしている。


「山田様。いずれにしても機動装甲を着て頂きます。前にどうぞ」


「やたっ!」


 先頭車両にいれてくれるらしい。

 思わず拳に力が入り、小さくガッツポーズが出てしまう。


 一瞬だけ変な顔をしたメアリは俺を促して歩き出す。

 一緒について来ようとしたカウボーイは、当然ながら舞原の兵に通せんぼを食らっていた。

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