第212話 キセル

「先頭車両はプラズマアクチュエータとスチームインジェクションのハイブリッドですね。都市圏でも似た技術は有った筈です」


 知りません。


「和製英語は良く分からない。どういう仕組みなんだ?」


「詳しい事は私も説明出来ませんが、高圧蒸気で前方の空気に穴を開けながら、且つ生成した蒸気の表層にプラズマ化した窒素を纏わせて高速で走る技術です。電力確保の手段は色々ですが、先頭の形状もある程度自由が利きますし、除雪車両を別で配車する手間も無いので、大体の特急車両はこのタイプです」


 空気をスチームで掘り進むプラズマ新幹線!?

 かっこ良すぎだろ!

 そんな事して、近づいたら感電しないのか?そもそも電車だしな。感電するのか。


 ぐおお、スペック見てぇ!

 無理だよなあ。


「後ろは?後ろは?」


 珍しく笑っている。


「先ほども言いましたが、両車両とも石炭ガス発電によるモーター駆動で、先頭車両が四千馬力、この客車がモーターのみで千五百馬力、戦闘車が確か四千五百馬力くらいで、今の構成だと最大速度は時速三百二十キロ、この客車以外は蒸気でも動きます。流石に蒸気機関だと動くだけで馬力はお察しですが」


 それでも凄い。

 確か、理論値の速度限界が三百半ばだった筈だ、横揺れを抑えるほぼ限界まで引き出せてる事になる。


「戦闘車両は十二センチ高射砲を前後に一門ずつ。蒸気噴出機構は中程に二門、これは飽和蒸気を最大十二秒連続で射出出来る砲塔が設置されています。どちらも、オートカウンターが合法化されてるので敵性が判断されれば即座に迎撃・・・します」


 十二センチ高射砲って何だよ!

 白川から炭田と撃ち合いしたかったのか!?

 細かく鑑賞したいな。

 外は兎も角。


「中は見せてくれるのか?」


「流石に」


 ですよねー。


「はぇ?」


 メイドらしからぬ間抜けな声。窓の外を見て口をあんぐり開けている。

 コンコンと窓が外から叩かれ、見ると、上の方にカウボーイの首が見えてピースしている。




 俺の前で顔が真っ白になって縮こまり毛布にくるまって震えているバカエルフは、一人でこっそり客車の上に貼り付いてたらしい。

 ファージ操作技術は一族でもトップクラスらしいので、メイドが今しがた確認したログによると、下らない小技で警備を掻い潜ったのではないかとの事。

 駅のホームで騒いでたのも本物だったので、あっちで間抜けに騒いでこっちで隠れて無賃乗車したのか。

 ホーム全体も厳重だったのに、何時乗ったんだろう。

 ログを見せてくれなかったので、詳しいことは分からない。

 スフィアが危ないので、密閉できるバッグを貰って中に入れ、俺が抱いておく。


「メメメメリメアリ君。温たたかい紅茶でも入れてくれないかなな?」


 連れてこられて直ぐ、流れるように俺の前向かいに座ろうとして、メアリさんにおもいっきり殴られた頬が綺麗に拳の形に腫れててウケる。

 裸足に内またで立ちっぱなしは流石に不憫だったので、今は毛布を被って、・・・結局俺の前に座っている。


「熱いと沁みるだろ。冷たい方が飲みやすいんじゃないか?」


「そうですね」


 俺の助言に気を良くしたのか、取り囲んでいる舞原の兵の隙間から乗務員を呼んだ。


「容赦なないなあっ!君たちっ!あとコンマ二度で僕凍死するんだよっ!?」


「どうするんだ?放り出すのか?」


 こういう時の扱いは、炭田方式と都市圏方式しか知らない。


「向こうに着いたら鉄道警察に引き渡します」


 割とちゃんとしてるんだな。

 てか、オートカウンターが仕事してないぞ?


「ままままぁまぁ、待ちたまえ」


 温情で温かい紅茶を缶で貰って一瞬で息を吹き返したバカは途端に尊大になる。


「議事館の取り巻きは舞原家の一存で動くかね?囚われているのは君たちの公主だけではないんだよ?」


 そこは気になってた。

 中の制圧は兎も角、すんなり作戦行動に入れるのか?


「現在交渉人が機動警察とすり合わせています。私共が着くころには現場の受け入れ態勢も整っている事でしょう」


 チッチッチッと缶を持ってない方の手で人差し指を振る。

 毛布を被って片頬が腫れてるので様にならない。


「委員会は票数では通ったが、反対派の資金力には負けている。今回の議長も鬼籍に入る前提で上院はもう動いているよ」


 さっきやってた委員会の議長ってのじゃロリだろ?

 前の議長も殺されたのか。


 そもそも。議長は票持ってないよな?

 こいつも棄権したみたいだし、委員会の勢力も票の割れ方もどういう仕組みになってるんだ?今一つ分からない。


「あなたの思い通りにはさせません」


 表情も硬く、能面のメイドは。


「僕の思いはもう遂げたさ」


 その言葉で俺を見て微かに眉を顰めた。

 俺が気付いたことに気付いたのか気付いてないのか、ウィンクしたバカは言葉を続ける。


「うちの他の者たちと違ってね、僕はちゃんとお礼が出来る人間なんだ」


「彼は、弊社の人間ではありません」


 メイドの突っ込みに、バカエルフは楽しそうに高笑いした。


「君はもう繋いだじゃないか。なあ?ならもう、僕の同志だ!」


 テロと一緒にされては困る。

 あれ?こいつらにしてみたら、俺の方がテロの親玉になるのか?


「間接的に繋いだだけだ」


 舞原のアカウントで操作しただけで、俺が直接繋がった訳じゃない。


「細かいことはいいじゃないか!僕に礼をさせてくれ!」


「実際、どうなんだ?」


 メアリに聞いてみる。


「私共よりは話を通しやすいかもしれません」


 苦虫を噛み潰している。


 どうやら、こいつは向こうに着いたら突入作戦がスムーズに運ぶよう動いてくれるらしい。


「それより、良いのかい?僕の方に爆破計画が十件ほど上がっているよ」


 北も北で、物騒だなあ。

 ボスが乗ってるのに列車爆破するのか?

 爆破予告入ってるから、人質として使う為に放り出さずに向こうまで連れていくのかな?

 途中で止まったら襲われやすいしな。

 そういう効果が少しでもあるのなら、こいつがキセルしたのは有難い。


「あなたが騒がなければ、この列車も穏便に向こうに着けたのに。それに、そういう時の為に、戦闘車両も出したのです」


「楓子君の肝いりか。この路線で走らせるのは初めてだね。さっきも見てきたけど、平地は走れそうだけど、山や谷は無理だね。トンネルや橋を落とされたらアウトだよ」


 こいつ、外からじっくり観察してやがった!

 羨ましい。


「感電して死んでしまえば良かったのに」


 メイドさん、もう殺意を隠さなくなってる。

 時速何キロからプラズマ化するんだろう。

 こいつが生きてたって事は、二百キロくらいじゃまだ空気に穴掘りはしないんだよな。トンネル入る時は使ってるのか?


「処でメアリ。亜鉛軟膏は無いかい?指に寒冷蕁麻疹が出来てしまってね。さっきから痛痒くて」


 また殴られてる。




 既に列車は福島を越えた。

 行程の半分は過ぎた事になる。

 爆破するにしても、自分らのボスが乗る列車をダイレクトに攻撃したりはしないだろう。

 やるか?

 やらないよな?

 やりそうな気もする。

 こいつの身体はいくつあって、どの程度の価値なのだろう?

 こいつなら”やっちゃったの?仕方ないねぇ”とか言って許しそう。

 ちょっと爆弾置きました程度なら、この列車の兵装なら吹き飛ばしてしまうから、しっかり破壊したいならそれなりの仕込みをするよな。


 各駅の周辺では鉄道警察と連携して警備網敷いてるという事だし、三千院もそこまでアホの集まりではないだろうと思いたい。

 いや、でもアホだから議事館襲撃してんだよな。

 襲撃者はこいつの手下なのか?な訳ないよな?


「メアリ。議事館の襲撃者の目星はついているのか?」


 俺の横で、立って指示出ししていたメイドさんに聞いてみた。


「反対派の子飼いでしょう」


 何か言いたそうに口を開いたカウボーイをじろりと冷たい目で見て、帯からナックルを出して拳にはめた。

 鈍く虹色に光るそのリングを車内照明に照らして何かを確認している。


 流石にナックルで殴られるのは嫌なのか、両頬を腫らせたカウボーイは口元を引き攣らせて黙っている。

 そうだぞ。沈黙の重要性に気付いたんだな。


「いくら殺しても湧いてきます」


 都市圏とか炭田という立場から見ると、人喰いのテロ集団としか捉えられないが、この血と命で作っていく法律は確かに重みが違う。


「法案通す度にテロが起こってるのか?」


 メイドとカウボーイは意外にも、顔を見合わせた。


「血が流れなかった法案は、・・・僕の知る限り無いね」


「法は、団体利権の主張の最終形です。納得いかなければ血で洗うのが習わしです」


 メアリは、只のメイドじゃないのか?

 のじゃロリのお付きな時点で只のメイドじゃないのだろうが、何だろう。

 断層帯で三千院に銃口向けた時から変だなとは思ってたけど、今回の動き方から見ても、一社員にしては随分権限強そうだよな。


「おっと?」


 前につんのめった俺をカウボーイが手をとっさに出して支えた。

 接触部分がパリパリと音を立てる。


 結構な勢いでブレーキがかかってる。


「席から離れないで下さい。少々早いですが、山田様、スーツに着替えて頂けますでしょうか。私は前で作業してまいります」


 返事も聞かずに行ってしまった。


「今度のメアリ君は真面目の塊だね。今回の件は楓子にも良い経験になっただろう」


 袴では隠し切れない自己主張の強いメアリのケツを目で追って、ドアに消えるまでの後姿を俺と一緒に温かく見守っていたカウボーイは、上品に紅茶を啜ってからあえて俺に聞かせる独り言を呟く。


 どういう事だ?


 警備に囲まれた中、優雅にお代わりを頼んでいる。

 俺が聞くのを待っているのか、目は合わせない。

 仕方ないので声に出す。


「どういう事だ?」


「分からないかい?ここまでお膳立てされたのに」


 レスポンスはタイムレス。


「楓子君は君の獲得に自分の命をベットしているのさ」


 ウィンクして入れたての熱い紅茶で俺の鼻っ面に乾杯したエルフは、顔が晴れてるのでやはりキマってなかった。


 舞原が?

 スリーパーを手に入れる為に自分の命を賭ける?

 言葉としては分かるが、意味が分からない。


「何でそんな事を?会社を買えば良いだけの話だろ」


「ハハハ。紙切れ一枚、買って君は動かせるのかい?」


 あれがペーパーカンパニーなのはバレてるのか。

 俺の事はどこまでこいつにバレてるんだろう。


「君は死ぬつもりでこの列車に乗ったのだろうが、楓子君はそう考えてはいないだろう。少しばかり彼女の予定とは違ってしまったが、世間を納得させるには十分すぎる演出だ」


 こいつは何を言っているんだ。

 こいつは何を知っているんだ。


「お陰で死にかけているのは詰めが甘いね。それもあの子の魅力だが」


 落ち着け。自分。


「我々は、君を認めざるを得ないだろう」


 嫌だ。

 ああ、駄目だ。


「横山竜馬。君は陸奥国府で初めて人権を獲得するスリーパーになる」


 俺はやっぱり。

 ナチュラリストが嫌いだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る