第211話 乗車

”強引ですね。山田さんの二の轍ですよ”


 無人機の中の物をブルーシートの上に雑に放り出してジャンクション入口前に積み上げる俺に、浜尻が音声でなく文字チャットで嫌味を送ってくる。


”そうだな”


 鷲宮のイニシエーションルームを独力で閉鎖し、あんなになっても踏ん張ってた山田も、今の俺と同じ気持ちだったのだろうか。


 貝塚と舞原の大規模な経済交流は、今までの東西日本の在り方をゆっくりと変えるだろう。

 ここで遅らせてはならない。


 大丈夫。

 俺は無力化されて二十四時間脳缶生活なんてなるつもりは無い。

 いざとなれば、自殺方法はいくつか考えてある。

 塵も残さず消えてみせる。




「金持。帰らなかったら、ここにある物は全部やる」


 今の俺の全財産だ。


 現地には、必要数のスフィアと身一つで行く。

 捕まった時の為に、証拠となる物は出来るだけ持たない。

 駅に着いたら、服もこっちのに着替えてサイズ調整された向こうの兵装を借りる。


「帰れ」


 後ろ手に仁王立ちの金持は、マスクを被りボンベを肩に掛けメアリの後に無人機に乗り込む俺を見て一言だけ呟いた。

 もう俺を睨んでいない。

 少し奥歯に力が入っているが、散歩に行くガキを見る目だ。


 その顔を見たら、何を言っても泣き声しか出なそうで、俺は何も言わずに無人機のドアを閉鎖した。

 一瞬真っ暗になり、室内灯を付けると、狭い機内の目の前には背筋を正してお嬢様座りしたメアリが酸素マスク越しにじっと俺を見ていた。


”危ないから高度三千までここで旋回しながら上がってから駅に向かう。十五分もあれば駅まで到達できる”


”徒歩プラス車では三時間を見てました。かなり稼げます。現地には戦闘車両も配備してありますので着陸はご安心を”


 高性能な地下製アトムスーツと違い、今着てるこのオンボロは吸気が排出される。二人分のエアーの排気量から逆算して、無人機のダクトを若干開く。

 人が乗る用の機体では無い為、遮音や遮熱などほとんど機能してないので、エンジン吹かすと五月蝿いし、かなり寒い。

 毛布かアルミシートくらい持ってくれば良かった。

 まだ二分しか経ってないのに全身ガタガタ震えが止まらない。クソ寒い。


”戦闘車両って、列車の?”


 歯がガチガチしてきた。体の芯まであっという間に寒さが浸透し凍えていく。

 愉しい事を考えて紛らわそう。


”そうです。高射砲二門と蒸気噴出機構二門。ラインから外れても無限軌道で一キロは移動出来るんですよ”


 ちょっと得意そうだ。


”何だその化け物。列車なんだよな?”


 そもそも。


”蒸気噴出機構って何だ?”


”文字通りです。公主が石炭ガス使うなら必須だと。飽和蒸気を無反動で打ち出す兵器です。五十メートルまでの距離なら、鉄筋コンクリのビルに穴が開きますし、装甲車もひっくり返ります”


”なんだよそれ!”


 近接最強かよ!

 下手なミサイルも弾きそうだな。


”起動してる所見られると良いですね”


”だな!いや。駄目だろ!”


 それって実質襲われてるって事じゃん。


 クスリとも笑わないメアリは、両手を開いた。


”ん?”


”寒いでしょう?こちらへ”


”いや”


 流石にちょっと。


”高度三千なら、今の時期気温マイナス五度以下でしょう?気圧が低いし機体が冷えますから、体感温度はもっと下がりますよ。着くまでに凍死したいんですか?”


”死にはしない。水より温度伝達は遅いし”


 何より恥ずかしい。


”っ!?”


 ついと寄ってきて俺を両手に抱え、髪に頬を寄せる。

 マスクのチューブが耳に当たって冷たかった。

 耳以外は一瞬で温かい。


”温かいな”


 震えが、凍えが溶けて消えてゆく。


”守ると言ったでしょう”


 こういうんじゃ無いと思うんだが。


 まぁ、温かいから良いや。

 後、柔らかい。これ重要。




 白川駅上空に着いたら、カメラで視認出来る位置まで降りると、駅前のラウンドアバウトで一悶着起きていた。


”どうする?このまま降りるのか?


 居ちゃいけない奴がいる。

 ひと際目立つ丸まったカウボーイハット。三千院当主。兼康。

 こっちを見て呑気に手を振っている。


”何であいつがここにいるんだ”


”通信を傍受したのでしょう。地獄耳と悪運だけが取り柄です”


 それも酷い言われようだ。


”向こうに行ってなかったのか?”


”今はこの辺り一帯妨害電波かけてるので分かりませんが、確か棄権したと聞いています。神社建立の方が重要だったのでは?”


 当主が何やってんだ?


”時間が惜しいです。スフィアも堂々と下ろしてさっさと向かいましょう”


 駅のカメラで戦力と人数を確認したメイドは、迷いなくそう言い、マスクを取り、アトムスーツを脱ぎ始めた。


 こいつはいつも腹が据わっている。


 ラウンドアバウトの中央、残雪が少し残る枯れた芝生に無人機をホバリングさせササッと降りて、スフィアはメアリのエプロンで包んで持った。

 用済みの無人機を解き放つと舞原の兵隊たちが駆け寄ってくる。


 もうあいつともお別れか。よく働いた。炭田まで直行させる。

 出来れば撃ち落とされずにたどり着いてほしい。


”車両まで止まらずに付いてきてください”


”了解”


「やあやあやあ!山田君!大変な事になったね!」


 手下を引き連れ、警戒する舞原の兵士たちの取り巻きを、全く気にせず声を張り上げる。

 人垣で俺らをガードしてる舞原の兵たちの隙間からヒョコヒョコ覗きながら無遠慮に話しかけてくる。


「二時間はかかると思ってたんだがね!危うくバスに乗り遅れてしまうところだったよ!お陰で山カガチを全部乗り潰してしまった!可哀そうな事をしたよ!」


 広場の隅で汗霧を纏わせて泡吹いてぶっ倒れているサイボーグ脚の馬はこいつが乗り潰したのか。


”バスなのか?”


 とりあえず確認はしておく。


”電車です”


 だよな?


「とぅっ!」


 ヒョイっと人垣を越えメアリの前に降り立った三千院は、瞬時に体に突き刺さる銃口を意に介さず何か言っている。


「べけめぺえぺっぺけえねえけ?」


 俺に何か話しかけて来たが、頬に刺さった銃口の所為で何を言っているのか分からない。


「兼康様。今はおままごとにつき合っている暇はありません」


 メアリはエプロンの中を覗き込むカウボーイに不快感を隠さない。


「これは?」


 メアリが銃口を下げさせると、不躾にもスフィアに手を触れようとしたので、流石に止めてもらった。


「止まれ」


 止まらないので手を掴む。

 本当にファージノーガードなのが不気味だ。体内にファージが存在しない奴が多いのは聞いているが、鷲宮三男も、三千院も、濃霧が多いこの環境下でファージゼロ且つ素通しは狂気だ。

 不干渉状態を保ったままエプロンから遠ざけた。

 力での抵抗は無かった。

 カウボーイの手下はずっと見てたのに、意外にも何もしてこない。


「結構弄ってるね。あまり体に良くないよ?」


 あの無機質な目でじろりと、分厚いファージガード越しの俺を見通そうとしている。

 防壁を破られた気もしないし走査された感覚は無いが、どこまで見られたんだ?


「余計なお世話だ」


「役作りはもう良いのかい?」


 皮肉気に片方の口の端だけ曲げている。


「俺はもう時間切れだ。後は役割をこなすだけだ」


 メアリがピシリと揺れた。

 タイムイズマネー。

 周囲のネット上に容赦なく最新のセキュリティを展開していく。


「ほほう!これはこれは!」


 テロの首謀者ならこういうの大好きだろ。

 スフィアから目を離すにはこれが手っ取り早い。


「メアリ。行くぞ」


 周囲を見渡し小躍りしているテロの親玉をその場に残し、俺らは人垣をかき分けそそくさと退散する。


 何か言いたげなメアリにあえて何も言わせず、そのまま改札を抜けホームに入ると、目の前にはチョコレート色で統一された三両連結の異様な列車が熱気を放っていた。


「これは・・・」


 思わず声が上ずってしまう。


「蒸気・・・機関車じゃ、ないのか?」


 先頭車両は蒸気機関ではなく、別荘地に有った発電機を彷彿とさせるレトロなデザインで、石炭臭は無く、水蒸気を少し吹いている。真ん中が客車で後ろのごっついのが戦闘車両だな。


「説明は後。乗りますよ」


「説明!?してくれるのか!?」


 誘導員に手信号を送り目の前の扉だけ開かせ、俺に先を促す。


「巡行速度までは席についていてください。伝導性スーツを持ってきます」


 バラバラとスフィアを近くの座席に転がすと、俺に席だけ勧めて、戦闘車の方へ行ってしまった。


 実質貸し切りだ。

 調度品がめっちゃ高級。

 深紅のビロードと重そうな木で形作られた座席は、座ってみると思ったよりクッションが硬いが何故か身体に優しくフィットする。工学的に計算されているのだろう。


 サイレンが鳴り、舞原の兵や鉄道員が前後の車両にドカドカ乗り込んでいる。

 扉が閉まった後も外が妙にザワついているのでちらりと見ると、改札でアホカウボーイが通せんぼくらって揉めている。

 あの能天気で無責任丸出しな面を見てるとイライラしてくるので思考から切り離し、車窓から見える逆のホームに目を移す。

 結構な人数が物々しい雰囲気でホーム全体を警らし、ネットで頻繁にやり取りしていた。

 そういや、俺のこのガッチガチなセキュリティ対策、まだ展開してるけど何も言われないな。

 ガキの自己主張程度の認識なのだろうか。

 あるいは、今後の都市圏とのいざこざを想定して経過観察されてるのかな、そっちのがありそうだ。


 念の為に二回、スフィアたちに弄られた形跡が無いか確認。とりあえず全部無事だった。

 メイドに近寄ってたし、戻ってきたら、何か細工されてないか一言言っておこう。


 流れる景色と、どこでも変わらぬレールの音に懐かしさを感じながらひじ掛けに体重を預けると、背もたれとひじ掛けが自動調整されて地味な拘りにニヤけてしまう。


 遠くに見える針葉樹林の山肌と手前の枯草の草原だけが通り過ぎてゆき、外の見通しが良いので体感速度はあまり早く感じないが、スピード計測では既に時速二百キロを越えている。

 あの空力特性を無視した頭でどうやって走っているのか。

 俺が起きていた頃は、初めは団子鼻だった新幹線は寝る直前くらいにはめっちゃ長い無骨な鼻になっていた。

 トンネル突入時の爆音が最小限になるあの形状を綺麗に成型出来るのが日本の一部の工場だけで、世界中からヘッドハントや買収の猛威に晒されて当時話題になっていたな。


 トンネルは何度か通過したが、先頭車両はすぐ前なのに、爆音は全くしない。突入時に窓に当たる空気圧で少し揺れる程度だ。

 前から乗務員がカートを押してきて、何か必要な物はあるかと聞いてきた。

 今何か口に入れたら吐きそうなので丁重にお断りした。

 刺さってた雑誌っぽいのは若干気になったが、読んだらアウトだ。

 見なかったことにしよう。

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