第210話 全国的にクーデター
「慣れてきたなら八九式でもいんじゃね?」
サイトの調整をしてくれているメカニックがそう呟く。
八九ってアレか?自衛隊の日本人用突撃銃?
「威力はこれより有るけどさ、微妙に重い。アシストスーツ切れた状態でアレ担いで山の中走りたくない」
その為のバッテリーを増やすというのも本末転倒だ。
何より、ファージ濃霧だろうが、雨の中だろうが、安心と安定を提供してくれるシンプルイズベストのこいつが俺は凄く気に入っている。
「フフ。来た頃は最新のおもちゃ振り回してダダこねてたのに」
”メカニックが来て道具揃ってるなら丁度良い”と。暇している荒井も横で大砲の手入れを始めた。
仕方なさげに青柳も自分の銃を磨いている。
市街戦だと日帰りばっかで、重装の奴も多いから、こういう豆鉄砲だと効果は薄い。
こっちでは、バッテリー携帯でフルアシストして動き回るのは成金のナチュラリスト直属くらいだ。
地域柄、ギリーや迷彩には拘りまくるが、パワーアーマー持ちどころか、防弾チョッキすら重くて着ない奴もいる。
正に。
「郷に入りては。だ」
「煎り?何だそれ?料理か?」
青柳、腹減ったのか?
「そんなもんだ」
「ごう煮か。どんな味なんだ?」
こいつ腹減ってくると食い物の事しか考えなくなるからな。
「お前の純粋さが羨ましい」
「んだこら。またケツたぶ舐められてぇのか?」
メカニックのおっさんがドン引きしている。明らかな風評被害。
「舐めた態度取ってるのはお前だ」
ポッケに入ってたガムを剥いて放った。
これで満腹中枢刺激してくれ。少しは治まるだろ。
飛んでくるものを目で確認してからパクリと口に入れた青柳。
犬よりは食い意地張ってないな。
「なんだよ。只のガムじゃんか」
「そうだが」
隣の荒井はいつも通り呆れている。
暫くそのままペチャクチャダベってたら文字チャットで連絡が来た。
”リョウマ。ちと上来れるか?みなかみ口だ”
金持からだ。何だ?
”良いけど、どうしたんだ?”
発信位置を見ると、金持はいつの間にか地上に出ていた。
”舞原のメイドが来た。お前に話しがあると”
何故か分からないが、浜尻がスフィアネットワークの点検を始めた。
厄介事の予感。
”今、銃は分解されてる。荒井の大砲も”
”武器はいらない。急いでくれ”
仕方ない。行くか。
いらないとは言われても、あの議会映像見た後に手ぶらで上るのは気が引ける。
急いで組んでいく。
「金持から上に呼ばれた。メアリが俺に面会だって」
荒井は既に凄い速度で大砲を組み立てている。
一分もせずに背嚢に収納してしまった。
「あんちゃんのは俺が組み立てて持ってってやるよ。出たついでだ」
「助かる」
自分の銃はメカニックに頼んで、三人で走る。
エレベーターシャフト横に俺の強い要望で設置してもらったケーブルに掴まりそのまま上に向かう。
ここには熊谷と違って安全ネットなんて敷いてないから落ちたら終わりだ。
でも、梯子やエレベーターより全然速いから皆結構使うようになった。
「何で同じ位置で掴まるんだよ。狭いだろ」
三人で片手で掴まり片足載せると、もう後はケーブルしか掴むところが無い。
「上だとリョウマ砂が落ちるって五月蝿い。下だとマフラーに砂が入る」
なるほど。今後の改善点だな。
「抱っこするかおんぶされるか。どっちかだな」
それは物理的にどうなんだ?
「お前に関してはどっちも無理だ。せめて逆じゃないのか?」
「おーし言ったなー!抱っこにおんぶー!」
「暴れるな!あっぶね!ワイヤー切れるぞ!」
「暴れても良いけど、あたしが降りてからにして」
「良くねえ!俺も降りる!」
「抱っこって言ったろ!約束を守れよ!」
上に着いたら全部聞こえていたらしく、昇降スペースで待ってたカンガルーはヘの字口だ。
ボロボロの強化装甲を着たメイドが、笑いを堪えているのか、困った表情で隣に畏まっていた。
ジャンクション入口に結構がっちり陣地敷いているな。
一悶着有ったのか、辺りは硝煙臭く、皆ピリピリしてて、ボタ山の向こうが少し黒煙で煙っている。
「何でお前らはそういつも姦しいんだ」
「いや俺男だけど」
「ふん。で?」
あ、ちょっと怒ってる。
「いや。何でも無い」
鼻息も荒く、カンガルーは顎をしゃくる。
一歩進み出たメアリが俺に頭を下げた。
破損が酷そうだな、装甲がギシギシいってスーツ全体が熱気を放っている。
壊れたまま走ったな。
「山田様、お久しぶりで御座います。折り入ってお願いしたき事が御座います」
そう言い、上げたメアリの顔は汗と煤塗れで、メットの隙間から覗く髪も解れていた。
相当急いで来たな。
入口の向こうに装甲車が見えない。
一人で来たのか?
別荘がまた襲われた?
舞原出払ってるもんな。でも、あそこの駐屯部隊は精鋭揃いだ。
隣の地下商店街の警備も相当分厚かった。
どうしたんだろう?
ネット繋ぐだけで危ないから直近のスフィアも別荘の視認距離まで降ろしていない。
「改まって、どうしたんだ?」
「スフィアネットワークの一時貸し出しを依頼したく存じます」
さらりと出るNGワードに危うく、金持を見そうになった。
ああ、周りを囲む兄ちゃんたちが一斉に銃を構えている・・・、が・・・。
こんなぽんこつになっても、ここでこのメイドさん撃ち抜けるのは荒井の大砲だけだぞ。
そもそも、こんな至近距離から見え見えで撃った処で綺麗に弾かれるだろうし。
「危ないから下ろせ」
金持が周りに指示出ししてくれた。
そうそう。跳弾と誤射のが怖いよな。
「理由を聞こう」
金持が何も言わないのを一拍待って確認してからメイドに促す。
「公主が重体で議事館内に取り残されています。まだ連中の手には渡っていませんが、私共の持つ手段でこれを解決するのにかかる時間を耐えきる状態には無いと考えています」
やっぱ撃たれたのか。
立て籠もっているのか?
「貴様らを助ける義理は無い」
そう言い放つ金持の声は固い。
「金持様が本心でそう仰っているのなら弊社と致しまして遺憾に御座います。ですが、僭越ながら、これは双方の今後の利害に深く関わってしまう事柄です」
回りくどいのは緊急時には害悪だ。
「金持。ちょっと黙れ。メアリも的確に話せ」
おお、周りの圧が素敵に増したぞ。
動きそうな奴がいたからファージの初動だけ見せる。
俺からの援護射撃にメイドも驚いている。
「専売特許は高くつくぞ?具体的な運用と見返りは用意できるのか?」
金持に口を開かないよう、通信はせず強く見るだけで伝えた。
一応、何も言わないでくれた。
こいつの一言で周り全員が動いちゃうからな。
メイドの応えは。
「はい」
即答か。
相当だな。
「手付金も用意して御座います」
承認ボタン付きで見せられた金額は手付にしては結構な額だ。
舞原の値段としては安いかもだが、どうなんだ?
「現時点で別荘地にて生き残っている者たちの残高総計です」
有り金叩いてでも助けたいのか。信頼ある上司って辛いな。
舞原はこいつらのケツ持って日々過ごしてるのか。
こいつは搾取される側なのに・・・。洗脳されてる訳じゃないんだよな?
「金持。橋本重工に見られた時点で今更だろ。示威行動として活用した方が今後の為なんじゃないのか?」
既に威圧を止めていた金持は目を閉じた。
「お前は人を煽るのが得意だな。口先八丁には舌を巻くよ」
アホ鬼が俺の隣で首を傾げながらルロロロロとか言ってる。
それは巻き舌な。
”浜尻。今動かせるスフィアは?”
”動かし方に寄りますね”
ここから飛ばすのは無理だな。
時間も電力も足りない。
「メアリ。スフィアを貸したらどう使う?」
「檜枝岐の麓に一個小隊待機させてあります。そこから東に、白川まで抜ければ用意してある緊急車両で四十分あれば仙台まで行けます」
電車か。
仙台まで四十分て、新幹線か?
”無理ですね。檜枝岐は壊滅してます。残りは別荘地に敗走中。足は全損を確認。別荘地も攻め込まれてますね。送った映像見えます?”
いつの間にか現地に展開させたスフィアからの映像は悲惨の一言だ。
檜枝岐は陣地築く前に強襲されたな。
あそこは道路が見下ろしやすいからな、時間まで上で粘ればよかったのに。
メイドをこっちに寄こす為におとりで残ったのか?
”浜尻、見付かるなよ?”
”勿論です”
「他の手は?」
メイドはギクリと背を逸らす。
二の句が継げないで少し震えている。連絡取れてないな。
これは困った。
貝塚に土下座で頼んだら動いてはくれるだろうが、こんなケツに火がついた状態で貝塚がドヤドヤ入ってきたら、明らかな内政干渉で戦争が起こる。
”スフィアだけ駅に向かわせる手もありますよ?”
”誰が操作するんだよ”
せめて俺か浜尻どっちかが行かないとハリネズミは有効活用出来ない。
そもそも、やつらの本拠地にノコノコ行くのは論外だ。
「スフィア操作の免許持ちは?」
「理工学部の博士号持ちで三級の者が現地におります」
お話にならない。
スフィア操作の三級なんて、看護師免許で脳外科手術するレベルだ。
操作マニュアルなんて作ってなかったし、三級だとネットワーク維持だけでカツカツだろう。
「ファージネットセキュリティの管理者とかは?」
「・・・。別荘地にはおります」
あそこの技術者か。
今のあの囲まれてる状態で拾って駅に向かうのは無理だな。
「レーザー通信出来るスフィアの配備状況とか分かるか?」
とりあえず向こうまで繋げれば事足りる。
「そもそも、テックスフィアの利用自体が、舞原家以外では良しとされていませんので・・・」
そりゃな。ナチュラリストだもんな。
ファージ至上主義者たちの集まりだ。
だからこそ、有効なスフィアネットワークを運用して救出作戦を確実スマートに遂行したいのだろう。
「議事館の警備状況は教えてくれるのか?」
下を向き二秒程悩んだメイドは、俺に強化装甲の腕から接続ケーブルを差し出した。
これは。
「安心しろ。俺だけだ」
気休め程度、信用なんてしてないだろうが口に出しておく。
浜尻から連絡がいって、周りを囲んでいた中で外回り可能な奴らは、あっという間に出撃準備して舞原の援護の為、別荘地に向かった。代わりの奴らがジャンクション入口防衛の為、下から集結してきている。
スフィアネットワークと連動した高射砲の射撃音も断続的に聞こえるが、ここからあそこまで届くのか?すげぇな。
接触通信で貰ったデータには、国府議事館の見取り図や、警備状況、現在の予想と救出入作戦のあらましがざっくり組んであった。
救出というか、これ殲滅戦だ。
作成時間を見るに、ここに来るまでにメイドが即興で作ったのだろう。
アイス最中作れてバーベキューで鮎の塩焼きが焼けて、強化装甲で走って戦線突破しながら救出作戦組める大正メイドは世界にこいつだけだろう。
議事館内はファージが完全遮断されてて、持ち込みも体内ファージも厳しく制限され、忌諱剤によってセキュリティが敷かれている。
奴らにとってファージネットワーク自体が強力な武器だから気持ちは分かる。ここに入る時スーツ着たり面倒だから体内ファージ無い奴が多いのかな?
当然、逆手に取ったテロには十分警戒していたのだろうが、経過報告を見ると、議員のシークレットサービスに扇動者が結構いたクサいな。
議員もグルなのかも知れないが、犯人どうこう言うつもりは無い。
実行犯たちもファージネットワークを使えないだろうし、確かにここでハリネズミ使えれば即座に制圧出来るな。
ハリネズミが使いたいのも、敵対勢力の議員皆殺しを完遂させたい為だろう。
「いいや。俺も行く」
言った途端、金持が後ろから無言で殴りかかってきた。
予想はしていたので、体内ファージに強制介入してゆるりとしゃがませる。
牽制の為、周囲のファージをコントロール下に置きながらぐるりと見渡す。
近くには荒井と青柳しかいない。入口外で気付いた何人かが、何事かとこっちを見ている。
「取り巻きの兵隊たちの一人として立場を用意できるか?」
”知りませんよ”
馬鹿な俺に浜尻から突っ込みが入る。
「できます」
今度は即答したな。
「来ていただけるなら、命に代えてもお守りします」
人喰いの本拠地に行く。
多分、俺は死ぬ。
「リョウマァアアアアアアアッ!!!」
動かない四肢をなんとかしようと、色々小細工しながら金持が叫んでいる。
少ない白目を血走らせ、俺を喰い殺したいらしく牙を向いている。
五月蝿いので昏倒させても良いが、今こいつには炭田防衛を指揮してもらわなければならない。
周辺のスフィアにもう反応は無いが、ここもいつまた攻撃されるか分からない。
青柳は色々な気持ちを内包した目で俺を見ている。
荒井は、マフラーに深く顔を埋め、無心だ。
こいつらが向かってこないのは有難い。
「あいつが居ないと、今後貝塚と連携取れないだろ。現実を見ろ」
軌道エレベーターがこんな事でポシャるのは絶対避けたい。
「あたしも行く」
「俺も」
駄目に決まってるだろ。
「現地でネットでアタックされたら守り切れない。それに、身バレしてるだろ。ここで金持と炭田を守れ」
無人機を降下に移行し、浜尻に着陸の通知を出す。
スフィアの必要数はそんなにいらない。予備を含めても余裕で無人機に積まる。メアリ用にアトムスーツも持ってきてもらおう。
「メアリ。それ脱げ」
「えっ」
いや、言葉が足りなかった。そういうのじゃないんで。クソを見る目で見ないでくれ。
「アトムスーツを着てもらう。無人機で白川駅まで直行する。別荘地までの回線開くから駅に通知出しておいてくれ。撃ち落とされたら困る」
炭田の奥深くに格納してあるスフィアもこっちに向かってきている。
俺を上に上げた事を悔やんでいるのか。金持は、力なく項垂れ、怒りと共に自分の中に沈んでしまった。
完全に嫌われたな。
仕方ない。
済まない。
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