第209話 休憩室にて

 現代の仙台市郡山にあるナチュラリストたちの立法府、陸奥国府。

 中央議会は三院制で上院と華族院と下院は基本的に委員会で統合されている。実質、委員会での調整が上手くいかないと法案を通しにくいシステムだ。

 炭田では、珍しく特設で引かれたケーブルによって、炭田全体にその国策対応委員会の会議中継映像が公開されている。

 議長席にすまし顔の舞原がちょこんと座ってるのを見てニヤけてしまうのは俺だけだろうか。

 議題は食人法の改正案なのに、何故か橋本重工の談合疑惑で証人喚問を受けたパネリストが資料を見せながらノロノロ解説をしている。


「何やってんだ?こいつら」


 股にミリタリーパンツが食い込んでるのを気にせず、隣のパイプ椅子ではしたなくダラッと腰掛け、楊枝を齧って難しい顔をしてる青柳に聞いてみた。


「さあ?」


 表情とは裏腹に、返事はつれない。


 ここは、初日にポリグラフを受けたコンテナだらけの区画。

 あの金持の執務室の下にある。ダベリ場。

 このコンテナの中には安っぽい折り畳み長机とパイプ椅子が雑に置いてあり、全体的にタバコ臭い。

 空調からは若干すえた臭いがして、フィルターちゃんと掃除してんのか?

 てか、ここの掃除誰がしてんだ?

 掃除用具の詰まった埃だらけのロッカーは扉が壊れてて、中の箒は頭が禿げている。

 ブリキのバケツは錆て穴が開いて、へばり付いてる雑巾は凄く牛乳臭そうだ。


「ここの掃除は誰がしてるんだ?」


「ブフッ」


 続けて青柳に聞いたら、隅っこでマグカップを両手で包んでいた荒井が吹き出した。


「っせーな黙れよ!今一番重要なトコなんだぞ?!あーそーだ。ここの掃除当番決めようぜ。今日はお前な。明日もお前。ずっとお前だ!はい終り。黙れ!」


 別に良いけど、でもこのパネリストの無駄話が重要そうには思えない。


「今日まで長かった。青柳はセンチメンタリストだから感極まってる。そっとしておいてやれ」


 そうか。


「なんかごめんな」


 椅子を蹴とばして何か訳分からない事を喚きながら殴りかかってきた青柳の拳を、仕方なく捌きながら荒井に確認する。


「話しが貝塚に飛びそうだけど、大丈夫なのか?」


 マフラーで顔を隠し直した後、カップを吹きながらこくりと頷く。


「茶番は織り込み済み。票は十分確保してあるし。この会議が終われば後は流れ作業で通る」


 そういうもんか。


「ケツの穴出せクソがぁっ!」


 こいつの口の悪さはどうにかならないのか。

 ガーガー吠えながら殴ってきて、捌くのが何発目か分からなくなった頃、油断したのか体重の乗った拳が来たので、腕のクロスで挟み全体重を掛けて流す。

 耐えるかな?と思ったが。自重も乗って堪え切れなかった青柳は、顔から汚い床にこんにちはしそうになったので、仕方なくアシストスーツを起動し、肘を抱えて肩を抑える。


「あっ」


 コートの中の巨乳が暴れて、横乳がちょっと触れてしまったら、途端に乙女っぽいキョドりで視線がキョロキョロ俺と床を交互している。


「乱取りならあたしもやりたい。訓練場に行こう」


 頬を染めた青柳を冷ややかに見つめ、荒井は雰囲気をガラリと変えカップを置いた。


 気まずくなりそうなタイミングに、都合よく上からガタガタと音がする。

 上でブリーフィングやっていたファージ屋のおっさんと金持とガラの悪いピアス兄ちゃんたちはこっちに入ってきて真剣に画面を見ている。


「な、何だよ?」


 青柳が狼狽えているが。

 いや、お前の事じゃないからな?


 中継映像の向こうがガヤガヤし出した。

 端の席で警備員から耳打ちを受けた議員秘書が舞原に駆け寄る。

 議会内はファージゼロなんだな。

 当然っちゃ当然か。


 舞原から一方的に議会の中止が言い渡され、その前に起立採決が成された。

 非難轟轟の中可決され、薄っすらとだが”落ち着いて移動してください”とか聞こえる。


「国府に寄合衆が侵入して殺しまくってる」


「こりゃ、本採決荒れるな」


「議員が生きてればな」


 金持が怖い事を言う。


「駄目だな。映像じゃ分からない。現地入りしてる奴に連絡は?」


「駄目だ。隔離されてるままだ。議事館外のメンバーも中と連絡取れないってよ」


「不味いな。カエデコが殺されるのは困る」


 そんなになのか?


「警備がっちりなんだろ?寄合衆のテロ如きでどうにかなるのか?」


 画面を見ながらファージ屋のおっさんも首を捻っている。


「あ」


 部下に人垣で囲まれてた舞原が議長席で跳ねた!

 撃たれたのか?カメラからは良く見えない。

 悲鳴に混じって銃撃音も聞こえてきた。

 全員が音に耳を澄ます。


 何か気付いたらしく、荒井と金持とおっさんは目配せしてる。


 中継は砂嵐になり、暫くしてライブ映像は中断された。


「連絡取って良いか?」


「止めておけ」


 金持に即断される。


「別荘地なら?」


「良いだろ。繋がればな」


 おっさんが許可を出し、金持が沈黙で肯定する。


”浜尻、別荘地繋ぐぞ。緊急だ”


”見てます。ルート上スフィア設置まで残り三分”


 隠してるとこういう時不便だな。

 三分が長い。


”回線は開いておく”


 一言ログを残して、金持はドヤドヤと皆を引き連れ、慌ただしく出ていった。

 休憩室内は俺ら三人だけに戻る。


 落ち着け、俺。

 コーヒーでも入れよう。


 ここにはネズミとゴキブリが多いので。砂糖もミルクも無い。

 害虫共もコーヒーはお気に召さないらしく、コーヒーは全く齧られない。

 ポットはゴキブリの住処になるので厳重に管理されている。

 屋台街で呑んでいた時、店主のオヤジが使われてる炊飯ジャーのコード引っ張り出したらゴッキーが一斉に湧き出てくるの見た時は寿命が縮んだ。

 火を通せば大丈夫なのは分かっているが、それ以降、暫く食欲が失せた。

 山森の中に比べれば炭田にゴキブリの数は少ない。外回りの時、虫除けしないで森の中でそのまま寝っ転がってると、熱を求めて大量に潜り込んでくる。

 あいつら、ダニと違って殺虫剤効かないから各地域に合わせて忌諱剤使い分けないといけない。針葉樹林はマシだが、腐葉土の厚い広葉樹林はヤバい。

 昔のT・RPGで野営でマント被って焚火囲んでいるキャラクターたちは、こういう対策シーン作らなかったよな。

 妙にリアリズムに拘ってプレイしてた当時の俺らに言ってあげたい。

 ファンタジーの時点でなんでもありご都合主義だし、今更か。


 ブラックを啜ると香りが死んでいて悲しい気持ちになった。

 これでは、例えスチームミルクを入れても苦い牛乳になるだけだ。

 ルルルの入れてくれたコーヒー美味かったなあ。


”お待たせしました。いけます”


 三分経過。


”さんくす”


 と、回線を開いてみたが、別荘地の全ての回線がロックされている。

 舞原の個別回線は切断されていた。

 生きてるネットワークに無理矢理繋いで聞いてもいいのだが、色々と問題が多い。


”駄目ですね。仙台へのルートは全て封鎖されてます”


 日光から仙台までのルートで電力遮断が起こっている。

 つまりこれは、小規模テロではなく組織ぐるみの犯罪って事だ。


 午後から俺らもブリーフィングに参加して換気塔防衛演習の予定だったが、待機命令が出て、移動制限もかかっているので三人で暇している。

 仕方ないので、俺は最近気に入ってきたマイカービンの分解整備だ。

 薬室部分のメッキの変色が激しくて若干金属疲労を起こしている。

 荒井先生から、この際取り替えた方が良いとのお言葉なので、演習場のメカニックに在庫確認したら、ついでに装弾系のパーツ全部と、予備の銃身何本か持ってきてくれるという。ラッキー。

 パーツは少ないし、分解手順は記録しているが、暗闇でもソラで出来るようにしたいので、間違えないように並べながらバラす。


 隣で赤鬼がマジマジ見ながら”あっ・・・”とか”え?”とか一々虐めてくるので中指を立てたら指で輪っか作って投げキッスされた。

 冗談も皮肉もまともに通じない奴は扱いに困る。


「前回ネジ締めが甘かったな。ピッチが片側だけ光っているだろう?負荷が掛かって潰れた証拠だ」


 山が潰れるの怖くて、どうもギリまでしか締めない癖がある。ネジも持ってきてもらえば良かった。

 普段見ない部分も結構オイルが落ちて真っ赤に錆びてしまっているので丁寧に磨いていく。


「俺は締まり良いからよ。多少乱暴に扱ってもヘタらないぜ!」


 バカゴブは口の端の涎を舌で拭い、椅子をガタガタ揺らしながら俺に親指を立ててくる。

 こいつの頭のネジはいつも緩んでいる。

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