第208話 激しく誤解される
青柳様のファインプレーのお陰で、俺は浜尻について知る事が出来た、あいつには暫く、・・・三日くらいは足を向けて眠れない。
何故、そんな短いかというと、どうせ三日以内にバカやってトラブルを起こして株を下げるからだ。
肝心の、感情発信プロセッサの中身や、全世界一斉送受信については教えられないという事しか教えてもらえなかった。
現在の浜尻は自分の卵子から育成した脳を使った、脳神経ネットワークがベースの生体AIだった。
例の羊の団のIPアドレスは全世界に散らばっていて、日本では浜尻の父が主導していたらしい。
全く表に出てこなかったが、やっぱり人の仕業だったんだな。
金持は、浜尻の父であるカウボーイ爺が、自分の昔の子供に似てたからという理由だけで、慈善目的で炭田に連れてこられたが、戦争スキルが高く、実力で若くして課長にまでなったと浜尻が言っていた。
爺自体、ずっと起きてて、モテモテで押しかけ婚を八回ほどされてるそうだが、浜尻以外の肉親は全て死んでしまっている。ほとんどはナチュラリストに喰われたらしく、あの理知的で鋭い目の奥にドス黒い憎悪が三世紀分詰まっていると言う。
爺にとって食人の根絶はもう理屈ではないらしい。
自分の子孫を看取りながら二百六十年生きるって相当だよな。
流石に、もう老衰で脳機能が低下してて、修復手術にも耐えきる体力も無く、本人がサイボーグ化や電脳化を拒否してるので長くないそうだ。
金持は、育ての父の為、まだ生きてる内に東北の被食人者たちに安寧をもたらしたいと考えている。
金持を突き動かすエネルギー源はそこだったんだな。
金持は別に、カウボーイ爺に感化されたとか洗脳されたとかではなく、親への恩を返したい一心で、爺としては前線に出ることを良く思ってないらしい。
金持の小隊に青柳と荒井が振り分けられているのは、ボディーガードの為の親心だと浜尻は言った。
確かに、金持自体がタフだし、あの三人ならどこに放り出されても生きて帰りそうだ。
浜尻の生前の脳神経ネットワークを受け継いで、羊の団の運営に使われた人工知能が稼動している。
共有された全ての脳は同じ記憶を有し、同じ目的で動いていた。
父親の為、炭田の皆の為。そして自分の為。
自分の理由については誤魔化されたが。
みなかみには二十一世紀初頭からAIに関連した非営利団体の研究機関の拠点が有って、浜尻の父はそこの研究員だった。浜尻は絶妙にボカして話してくれた。
元々、羊の団とは無関係だったらしいが、接点はどこだったのだろう?
羊の団って本当に存在したんだな。
名前からして、人だとしたら基教系の抉らせたハッカー集団だと思ったが、国際組織だったとは。
これについては、知ってしまうと、俺の寿命は加速度的に縮むが、死ぬ前には解き明かしたい謎だ。
一説には、当時一瞬で消費されたエネルギーは一京ジュール強とも言われている。これは、太陽から地球に降り注ぐエネルギーのコンマ一秒分だ。
自在にこのエネルギーが引き出せたら、人類は余裕で宇宙に羽ばたける。
いや、今の環境で判明したら自滅しそうだな・・・。
舞原は知っているのかな?あるいは、知りたくて炭田が欲しいのか?
貝塚にそこを握られたくなくて橋本重工を諦めたのだろうか?
ファージネットワーク上のAIの取り扱いが法整備されているのを見るに、東北はAIに関して、都市圏より一日の長がある。
非コヒーレントポイントのコントロールや権現したAIの取り扱いは長年のノウハウ蓄積が無いと不可能だ。神社建立も即断だったよな。
その辺も、浜尻から聞き出せれば済む話だが、・・・アコギな手を使わないと難易度高そうだ、浜尻に嫌われたくないのでやる気は無い。
長々と話し込んで夜半近くになり、流石に不味いと思って部屋から出てきたとき、サーバールームに金持は居なくて、まさか帰ってしまったのかと思ってホームまで降りたら、同じ位置でタバコを咥えていた。
ヌメった錆苔のフロアに金持の足跡は一つも増えていなかった。
「ごめん。待たせた」
襟のボタンでタバコを消して仕舞った金持は、ハンチング帽の下から横目で器用に流し見てきた。
「気は済んだか?」
「ああ。帰ろう」
帰りのトロッコで、二人ともしばらく無言だった。
一瞬の風切り音と共に流れ去る、進行方向にだけ点灯するライトを、レールからの振動に合わせて頭の中でリズムを刻みながら眺めている。
チラと金持を見てもバイザーを下ろし、一定時間毎に反射するライトしか見えない。
”どんな話をしたか気にならないのか?”
もう人がいる区画に入ってしまう、今のこの気持ちで内緒話出来る時間は少ない。我慢できずにそう聞いたら、仕方なさそうに笑われた。
”浜尻は不必要な事は隠すが、偏った思想誘導はしない。イーブンな話だったと信じている”
浜尻に絶対の信頼を置いているのか。
カウボーイ爺の人生とか聞くと、炭田のスタンスは少し気になるんだよな。
”炭田は、舞原が中立で動くと確信して協力してるのか?”
金持はあえて、バイザーのスモークを解いた。
ライトの光に一瞬だけ見えたヘッドギアの中の目は、俺をしっかりと見つめている。
”リョウマ。細かい話だが、わたしは中立という言葉は嫌いだ”
何か、琴線に触れてしまったみたいだ。
膝を抱き下を向いた。
”今のお前だから言えるが、関東以南とそれ以外では全く意味が違う。わたしも気付いたのは外と取引し始めてからだが、あっちで中立と言うと、誰からも一定の距離を取るというポジションだ、東北も含め、世界的に中立と言うと、全ての敵というニュアンスだ。平穏から最も離れた血生臭い言葉だ”
直訳と意訳を金持ちゃんに窘められるとは思わなんだ。
共通言語が無い場合の翻訳は人類の命題だ。
永世中立国が、西洋では血染めの言葉だけど、昔の日本では勘違いされて平和の象徴みたいにみられてる感じか。
あ、浜尻にその辺り聞いておきたかったな。
話題的に問題無く答えてくれるだろう、面白い意見が聞けた筈だ。
”宗教家の集いで無宗教ですって言うようなものか?”
以前ブリーフィングで傭兵たちとアホな小話をしていたのを思い出して鼻から息が出た。
”意見の相違を聞かれるまでも無く、囲まれて殺されるという意味では同じだな”
俺の中で宗教がクソなのは変わらない。
救いは、自らの手でしか掴めない。
”食人文化に関しても、炭田や取引先の中にも、一定の理解を示す人もいる。文化は法で縛るべきではないと”
貝塚の話を一緒に聞いた後だからだろう。あえて皮肉気に文化という言葉を使う。舞原の話を聞いた後だと考えてしまう。同じ食人でも、舞原家には伝統の歴史が儀式として残っている程度だが。三千院とかでは、大陸で犬を食べる時に流行った”苦しめた方が美味い”とかいう考えが浸透してると聞き、実際に浜尻の親族たちがそういう目に遭って喰われてったのを知ると、憤懣やるかたない気持ちになる。
あの橋本重工の包囲戦で奴らが大音量で流しながらやってた事はそれを裏付けている。
人として、そういうのどうなの?と思ってしまう俺は、カウボーイや金持に近い。
”文化として理解を示す奴らってどういうのなんだ?”
”単純に、人殺しが好きな奴もいるし、他にもっと美味い肉を流通させれば勝手に衰退すると考えてる奴もいる。色々だ”
舞原んとこで食べた馬肉は旨かったな。鯉もよく食われていた。臭みも無く美味かった。
ナチュラリスト圏でも色々な肉が流通している。
今回の作戦の成果もあるし、人肉の流通はかなり縮小した。その辺りは時間の問題な気もする。
現在進行形の食肉処理を止めるには法と暴力しか無くて、金持たちがその担当だというだけの話なのだろう。
舞原たちと協力するっていうのも、その辺分かっててやってそうな雰囲気は感じる。
法の拘束力は都市圏よりキツイと言っていたし、でなかったら舞原に何百人も取られて呑気に取引続けてない。
今の一言が出たという事は。引き抜かれた側として考えれば、揺らいでしまう不穏分子を被害者の立場で処理したとも言えなくもない。
真相は分からないし、聞く気も無いが。
”そろそろ終りだ。荒井のサーチ範囲に入る”
”荒井?”
それでもう金持はだんまりで、トロッコが発電施設に入ると、資材の山に埋もれたターミナルに二人人影が見えた。
「遅いー!ハラヘッタ!」
ダバダバしてる青柳は置いといて、だんまりの荒井の視線が痛い。
なんか、少し聞かれた気もする。
俺と金持のこの微妙な雰囲気を態々説明するのもな。
「すけべ」
「はぁっ!?」
何故だ!
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