第207話 解けてゆく過去
「まず、私が浜尻かどうかという点については、そうだとも言えるし、そうでないとも言えます」
いや、だってAIなんだろ?
「横山さんは、AIについてどの程度ご存じですか?」
俺にその質問をするとな?
「人工知能のコードを一から書けとか言われたら時間はかかるが、ボトムアップ式AIのひな形ならインスタントで構築出来る」
この世界で起きてから、サルベージ作業中の保身の為、必要に迫られて覚えざるを得なかった。
アカシック・レコードの探索は。体感、ウィルスと細菌とプランクトンで濃いめのスープになった遺伝子の海を裸でかき分けてる気分だ。
サルベージ中は、バックアップ無しで気を抜くと一瞬で脳神経の回路が汚染され、思考が混じって自分が分からなくなる。
「トップダウンとボトムアップの違いについて分かってるなら、話しは早いですね」
ざっくり言うと、トップダウンてのはいわゆる、昔ながらのプログラムだ。
ボトムアップってのは育つプログラムだ。
人工知能とは、”学習から生成、発達する”という概念の元に、ボトムアップ式のプログラムに膨大なデータを詰め込んでいくのが、俺が起きていた時のグローバルスタンダードだった。
丁度、寝る前くらいの四十年代初頭までは、しょっぱいアルゴリズムに類似データをチョイスさせるだけのプログラムが自称AIとして幅を利かせていたが、今現在、ファージネットワーク上を跋扈してるAIは全く別物だ。
そもそも、当時のAI技術は、知能や生命とはほど遠く、人類がコントロール出来る家畜を作り出す工程に近かった。
膨大なデータから類推する機構でなければ知能足りえないのか?
全くそんな事は無い。
無から有を創造し、生きる意志さえあれば。
それは生命足りえる。
摂取するエネルギーがブドウ糖だろうと、石油だろうと。タンパク質だろうと鉄だろうと。そう大きな違いはない。
向かう先が人造人間か生き物か、この違いの小ささは歴史が証明してしまった。
「私は、源流は羊の団のIPアドレスの内の一つです」
「なっ?!」
なにぃ~!!?
「あれか?ファージインフラ全世界一斉送信の?」
「ですね」
本当だとしたら、貝塚やスミレさんが死に物狂いで接収したがる。
「エ。・・・送信時の、エネルギーの生成経路とかは・・・」
思わず息が詰まる。
上から目線で腕を組むハマジリは、とても映像には見えない。
少し濃いめの口紅、ラズベリーみたいにマットな艶まで細かく見える。
景色しか見た事無かったが、人を映すとこうなるんだな。
「今、聞きたいのはソレなんですか?」
いや、そうだ。違うな。
そもそも、教えてくれないだろう。
今の地上が知ったら、世界が壊れる。
「いや。違う。今のは無しだ」
「良識があるスリーパーでホッとしました」
「大体、あの正面に刺さってる脳缶は何なんだ?偽物なのか?」
「あれは、私の脳のオリジナルです。摩耗した後、死ぬ前に低温睡眠処置が施されて脳缶になりました」
ん?
「ボトラーじゃなかったのか?失礼」
瞬間沸騰して下を向いてしまった。
耳まで真っ赤になっている。
感情表現豊かだな、これも作っているのか?
「・・・脳神経外科手術は何度かしたのですが、回復は見込めず、ずっと意識不明状態です」
植物状態か。
老衰?仕方ない気もする。
「横山君と同じ病状ですよ」
こいつは、俺を驚かせるのが得意みたいだ。
「だから、好きなの装って経過観察してたのか」
腑に落ちた。
「職権乱用じゃないのか?」
「経歴は調べたんですね」
何故嬉しそうなんだ。
「あなたの親御さんは、正直に話した後も協力してくれました」
知りたい事が増えたな。
だったら何故、気を付けるように言伝があった?
「元々知り合いでしたよ。何度かスクワッド組んだ事あったでしょう?」
ゲーマーだったのか?
ネットとリアルは完全に分けていたので嘘かどうかは分からん。
女性の声には覚えがない。
「当時音声通信しながら作戦行動が必須だったのに、横山君だけ文字チャットと号令ボイスでしたからね。謎の人でした。合成音声でも良かったのに」
こいつは合成音声でプレイしてたのか。
確かに、こんな綺麗な女性がFPSでスクワッド組んでたら、身内で別の戦いが勃発しそうだ。
音声チャットの有る無しは戦力に直結する。
群れとなって動く戦線の前には、技術の突出したヒーローの孤軍奮闘などクソの役にも立たない。
「リアルバレは絶対避けたかったからな。話しの癖でバレる事もある」
「リアルもゲームも、異様に用心深かったですもんね」
ハマジリは、自分もスツールを出すと、姿勢良く腰掛ける。
「戦線の維持が巧いのは、理由があったのか」
スフィアネットワーク運用での山岳戦は気持ちのいいくらい大虐殺だった。
その後のインフラ攻撃も、引き揚げも、卒が無かった。
「当時は孫子くらいしか知らなかったですよ」
「十分だろ」
口元を隠しクスクス笑ってから俺をじっと視ている。
「二百六十年は長かった。随分勉強しました」
二百六十年も勉強してたら、俺なら発狂する。
「今はAIで動いているのか?」
「稼動している脳はいくつか有ります。自分の卵子から育成した脳にオリジナルのネットワークをコピーして使っています」
それは、凄まじいな。
「幾つあるんだ?」
「私の卵子の数を知って、どうしようというんですか?」
よく考えなくてもセクハラだわ。
「残機は言えません。知ってるのは社長とカモッちゃんだけです」
自分の卵子を残機って言う女子はお前だけだと思うぞ。
「社長って、あのカウボーイハットの?」
「ですね」
「社長もスリーパーなのか?」
「いえ。厳密にはスリーパーではありませんね。今、父はエルフ体で、あの時代からずっと起きてます」
そんな奴が存在したのか?
延命したとしても、生きてられないだろ。どういう事だ?
遺伝子的に脳寿命は二百年弱が限界の筈だ。
この間舞原が言ってた、配列の退行が可能なのか?
エルフ体って事は、イニシエーションしたのか?当時そんな技術無かったぞ?
初回は年齢制限あるんじゃなかったっけ?謎が増える。
まぁでも、未だかつて脳の寿命限界が実測された訳じゃないからな。
見た感じあのカウボーイ爺はキレッキレで全くボケてなかった。
爺の事は置いておこう。
「生き字引じゃんか。金持が母だとか言い出すんじゃないだろうな」
吹き出したハマジリは目を細める。
「怒られますよ。この間デリカシー無くてヤギちゃんに泣かれたばかりでしょう」
青柳は、無神経の権化みたいなあいつが、まさかそういうの気にするとは思えないだろ。
青柳は優しいから二、三日胃液を吐くだけで済むが。金持は困る。俺の腸が吹き飛ぶ。
「黙っててくれ」
「どうしましょうか」
くっ。
「首元が少し汗ばんでますね。アトムスーツの故障ですか?冷房強めましょうか」
ここはオフラインなので、いつ金持が入ってくるか分からない。
あの初めて金持のコンテナに入った日の、気分で部下の腹を蹴り捌いた後の血塗れのコートは目に焼き付いている。
「俺を虐めて楽しいのか?」
「遣り甲斐を感じますね」
素直に頷かれてもな。
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