第206話 問題発言

「ハマジリはAIだぞ?」


「あっ!?バカッ!」


 青柳からポロッと出た問題発言に、金持が輪を掛ける。


 冗談だよな?

 ボトラー女子の成れの果てなんだよな?




 ハマジリのいる区画の手前、最下層トロッコ駅ホーム全体に可吸気体注入してトンネルメンテナンス中、ホームがぬめっていつも汚いという話からハマジリの事になって、”なんか人として一本ネジ抜けてるよな”と俺が言ったら実はAIときた。


「冗談だ。騙されたか?」


 カモッちゃんさぁ。

 何でそういう時だけ嘘が下手かなあ。

 今はヘルメット取ってるので、触毛で表情丸わかりだ。

 でも、それは本人には内緒だ。


「取って付けたように言われても。お前、腰に手を当てる時は誤魔化す時だろ」


 あ。固まった。


 同郷として、そこまで親しい訳でもないのにプライバシー踏み込むのは失礼かなと、ハマジリの過去にはあえて触れないようにしてきたが、AIだったら気兼ねはいらないんだよなあ。

 珍しい苗字だし、本人だったらラッキー程度だが、確認して損は無い。

 何か知ってれば・・・、もし感情発信プロセッサの中身が何だったのか分かれば、過去のわだかまりが一つ消えることになる。


 いやでも、AIだとしたら高性能過ぎる。

 返答も対応もまんま人間なんだよな。

 あのくっついてる脳缶もどういう事なんだ?


「ほらぁ。リョウマが眉に皺寄せて頭捻っちゃってんじゃん。これずっと考え事して動き鈍くなるパターンだぞ」


「貴様の所為だ!」


 瞬間沸騰した金持とそれに応えた青柳は、趣味の殴り合いを始めている。

 顔が傷つくたびに俺が渋い顔してたら。こいつら最近、俺の前では銃床使わなくなったよな。成長したもんだ。


「転んだら全身べっちゃべちゃだぞ。お前ら止めろよ」


「リョウマ!見ててくれ!これはお前への愛の為の闘争なんだ!」


「毎度、毎度、トラブルばかり!炭田の面汚しが!丁度良い!ついでに顔に錆苔を塗ってやるよ!」


 あ、金持さんブチ切れてる。


 ホームの柱に設置してある機器で本部と有線通信していた荒井が戻ってきて俺の隣で観戦を始めた。


「終業報告済んだけど。何?ボウヤ賭けるの?」


 徒手じゃカンガルーの圧勝だろ。

 青柳のが力は強いが、金持はレパートリーが多彩過ぎて勝負にならない。


「ねーよ」


 そもそも、現金少ないんよ。


「あーも。分かったよ。聞かなかったことにするよ。金持、止めてくれ」


「わたしの、気が、済まない。こいつの顔には錆苔でパックしてやる」


 止めようとしたが、目がマジだ。

 パックどころか。このままだと青柳の顔がなますみたいにすり下ろされそうだ。

 青柳の腕をキメて頭を押さえ、顔を駅のホームに擦りつけようとギリギリ締め上げている。耐えてるバカ鬼が叫んで、キまってる関節がメリメリ言い始めたので、金持の腕を抑えた。



「俺はハマジリに何も聞かない。だからこれで終りだ」


 一瞬俺を見た金持は気を静める為か息を吐いて、少し体を震わせてから青柳を放した。


「あだっ!?」


 結局、つんのめった青柳はホームの支柱にべっちゃり片頬を逝ってしまった。

 臭いので茶色くパックされた。


「ぶえぇええっ!」


「あ~あ~・・・ったく。洗え」


 半分俺の所為なので手持ちの水筒を渡す。


「貴重な飲料水を。バカを拭うのに使うな。帰りは臭いままメット被らせればいい」


 流石にそれは、かわいそう。


「でへ。間接~」


 やっぱ取り消そう。


「飲むんじゃなくて。洗えよ!飲み口しゃぶるな!」


「無駄無駄。死ぬまで治らない」


「ケガなんかしてねーし!」


「青柳は馬鹿。そういう意味で言ったんじゃない」


「はぁっ!?荒井てめシバくぞ!」


「あたしは遠慮なく折るから」


 とりあえず、俺の表情確かめながら水筒の飲み口チュパチュパやるの止めてくれませんかね?


「使わないなら返せよ」


 ガキかよ。高く上げて返してくれない。


「はぁ、もういい。それはやるよ。終業したんだろ。こいつは臭いまま帰ろうぜ」


 荷物の最終確認を指示した金持は、気密扉へと続く階段を流し見てゆっくり息を吐いた。

 白い吐息が結露して床へ降り、ヌメる錆苔に溶けて消えた。


「忘れ物は無いな?・・・ハマジリはあれで結構繊細なんだ。黙っていてくれると助かる」


「ん。言わないよ」


”初めから全部聞こえてるんですが”


 天井の鉄骨の陰から声が聞こえた。


 カメラしか無いと思ってたから、荒井以外三人ともドキッとしてしまった。

 スフィアが一個、こっちを見ていた。


「いつから盗み聞きが趣味になったんだ?」


”レーザーネットワーク以降、シークレットモード用に、自前のスフィアをトンネル内に配置してありますからね”


 金持が代表して聞くと、悪びれも無く答える。

 少し怒っているのか?


”少し話しますか。中へどうぞ”


「いや。仕事中だ。もう戻らないと」


”今、荒井ちゃんが終業押しましたよね?”


「「「「・・・」」」」


 金持。もうちょい頑張れよ!こんな状態であの二酸化炭素の海に行きたくない!


「あたし、この後養育施設の手伝いがあるんで」


「俺も、飲む約束しちまったんだよなぁ」


”確認しましたけど、そんなシフトは無いですね”


 炭田内で基盤管理責任者を出し抜くのは非常に難しい。


”はぁ。横山さんだけどうぞ。感情発信プロセッサと浜尻に関して知っておきたいのでしょう?言える事だけで良ければ話しておきます。誤解されると拗れそうです”


 これは。

 棚ボタ。

 やっぱ本人か関係者なんだな?


「流石に一人では。わたしも残ろう。お前ら先に帰ってボスに連絡入れておけ。顔見せないと怪しまれる」


「はぁ~。面倒臭ぇなぁ。リョウマ、後で奢れよ」


「任せて。必ずやり遂げる」


 帽子と赤鬼は、二の句も継がない内にトロッコに飛び乗り、あっという間に暗闇に消えていった。


「勿体つけやがって。クソ共が」


 金持はタバコを取り出した。


「一服してから行く。先に行っててくれ」


 タバコでも吸わないとやってられないらしい。




 中に入ると、サーバー室の横のドアから刑務所の面会室っぽい設備に案内された。

 初め氷かと思ったが、アクリルの柱で出来たスツールが二台、対面窓の前に並んでいる。


”どうぞ”


 座ると、見た目に反してほんのり温かい。ケツにフィットして座り心地も良い。


「プロジェクタ―か」


 対面窓だと思ったら、これ全部モニター画面だ。隅っこの描画が少し甘い。

 急に視線をずらすと、一瞬だけ若干歪みが出る。


 向こう側に備え付けのドアから女性が出てきた。

 こっちは気合が入っていて、違和感がない。

 声も、そこに居て本当に喋っているみたいだ。


「貝塚からご褒美にこの間貰ったそうですよ。こっちで使って良いとの事なので、面会用の仕切りに使いました」


「そうか、良かったな」


 何のご褒美だ?俺は聞いてないぞ?


「盗聴とかGPSは大丈夫か?」


「通電した後の電磁波探査は上で入念にしました。ここはオフラインだし、そもそも岩盤が厚くて何も通しません。問題ないでしょう」


 貝塚だったら何が起こっても不思議じゃないんだよなあ。

 首なしのマネキンがひょっこり顔出しても俺は驚かない。


 浜尻の容姿は知らなかったのだが、目の前の女性は普通に可愛い系の美人だった。

 長い髪を後ろに流した白ワイシャツが似合うオフィスレディーだ。

 合成映像なのか、本来の姿なのか。

 整形美人とはほど遠いクセのある顔立ちだ。


「カモッチゃんはタバコ長そうですね。先に始めますか」


 気を利かせているのか、居たくないだけか。

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