第205話 雪降る前の盆地にて


 軌道エレベーターの話を聞いてから、なんだかんだで俺の頭の中はその事が大部分を占めている。

 俺が生きてる間に完成するかもとなれば、これはもう祭りだ。

 宇宙開闢の世紀の瞬間に立ち会うと言っても過言ではない。

 現代技術で見通しが立って、貝塚や舞原が動いているというのがそもそも驚きだ。

 計画書が見たいな。


 浮ついた気持ちを押し殺し、俺は今、石の気持ちだ。膝に腕を載せ、銃身を固定し、寒さを糧に全身を凍らせ、人差し指だけ絞る。

 抵抗も無く引き金は引かれ、撃鉄が叩く音に混じって短く軽い振動が全身を叩く。

 不快感は無い。


 だいぶ持ち心地に慣れてきたマイカービン。ボーっと撃っていると、はしたなくガニ股で膝に手を当て俺の後ろからサイトを睨んでいる青柳が口笛を吹いた。


「なんだよ。めっちゃ当たるじゃん。それで良いんだ」


 あ。

 結構中ってる。

 余計な力が入ってなかったのが良かったのか?


 しっかり時間を取って、二日に一回は青柳と荒井に射撃を見てもらっている。

 最後に頼れるのは矢張り自分の射撃の腕だ。


 特にこの山間部においては、ファージやカメラで追えない的を自力で撃ち抜く必要が多々ある。

 凸凹の山間や森の中での撃ち合いも多く。

 平坦な場所で互いに見ながら撃ち合うなんて事は百パーセント無い。


 スコープも使えず目視だと、百メートル離れただけで相手は地に伏す点だ。まず当たらない。

 二百メートル射線が通るのも稀だから、俺のこの豆鉄砲で十分制圧力はある。

 動く的は散弾でもないと掠りもしない。

 だから、相手の確定行動を誘発してから撃つのが基本だ。

 距離によるダウンフォースも目算でササッと出来るレベルまで覚える。


 林の藪の中枯れた落ち葉に伏せ、五十から百メートル先に隠れてノロノロ動くギリースーツの的を撃ち抜く。

 これはゴーグルの画像ではなく、実際の模型で肉眼で訓練している。

 画像だと細かい画面のチラつきで判別できてしまうからだ。

 初めはそもそも見えなかったが、人が隠れている違和感はやってると見えてくる。

 ”ファージ異常と電波妨害とハッキングで戦えないから降参です”なんて、迫ってくるギリースーツのナチュラリストたちに言っても許してくれないからな。


 相手からの着弾と射線見て咄嗟に五百メートルを対物で撃ち抜く荒井並みとまではいかないだろうが、せめてこの間の工場でのじゃロリの前に出た時みたいな状況で落ち着いて動けるようにはなっておきたい。

 命は惜しい。二度とあんな状況は御免だけどな。


「ダメ。上の空。ほら。一番近い的見えてない」


 荒井が表示させたシルエットはそもそも銃口すら落ち葉で隠されていた。


「視えねーよ!」


「頭撃ち抜かれたら言い訳もできない」


 くっ。


「満点取れなければ死ぬ。やり直し」


「難しすぎだろ」


「現場では動きながらやる。トラップも警戒しながら。右が慣れたら左も」


 よく生きてこれたなあ。こいつら。

 俺が都市圏で、如何に兵装に頼って生きてきたか。


「てかさ。最近当たり厳しくね?」


 二人は揃って溜息を吐く。


「課長から、濃霧で囲まれても絶対死なないように鍛えろとのお達し」


 金持が?


「ったくよ。あいつお前の事になると目が笑ってねえんだよな。大切なら金庫の中で飼っときゃ良んだ。俺がたっぷり世話するぜ」


 どんな世話だよ。


「聞いたぜ!活きの良い濃いのが出るようになったんだろ?俺がテイスティングしてやるよ!」


 涎で煌めく唇から、舌が別の生き物みたいに動いて俺を狙っている。


「スリーパーの安寧の為に、この盛ってる雌豚には去勢が必要」


「クソが!てめえのおっぱいちょん切るぞ!ああ。課長ばっかり良いおもいしやがって」


 確かに、一緒の部屋で寝てるが、保安上の理由だ。

 弁明するのも手間だ。


 お、発見。


「あの的は青柳だと思って撃て。蛆の湧いた頭には風通しが必要」


 まだ銃口を向けてないのに、荒井に目敏く気付かれた。


 頭は守られてる事が多い。

 俺の豆鉄砲では当たっても無駄玉の可能性が高い。

 どうしても中心を狙いたくなる。


「っざけんなょ!ならお前あの木の陰の奴ぅー」


「教えてどうする」


 おし、頭抜いた。


「これも作戦だ。当てれば結果オーライだろ」


 プロのスポッター自力確保も戦術の内。


「まぁ、結果が全てなのは否定しない」


「っしゃ!なら残りも俺が教えるから。今日俺んちに泊まりにこいよ!」


 ホント、馬鹿だなあ。


「俺、青柳の事結構好きだぞ?」


「はぁっ!?うん?えへへ」


「えへへ?何モジモジしてんの。キモ」


「はぁっ!?てめえ!土でも噛んでろ!」


「そっちが」


 痛そうな殴り合いが始まった。


 俺はそこから意識を切り離し、視線の中心を意識してサイトの位置を顎に刷り込む。

 瞳の微妙な向きでサイトから大幅にズレる、目視で位置確認しようとすると、頬骨と鼻の先とサイトの位置関係しか頼りにならない。しかも、これでは遅すぎだ。

 体内ファージで補完したいのを堪えて、皮膚と骨の感触を覚える。

 フロントサイトまでの距離と誤差は比例する。

 計器任せにせず自分で覗くと、瞳の位置がほんの紙一枚のズレで当たらな過ぎて笑える。サイトで狙わずに、的見て勘で二発撃った方が命中率は高いのだが、”まだ早い”と荒井先生からダメ出しが入った。

 ゲームだと覗く位置固定だもんな。プレイヤーは全員初めからシモヘイヘだ。

 文明の利器に頼ってきたツケだよなあ。

 刃物が研げなかった青柳に偉そうな事言えない。


 コッキングした後、真上に排莢して落ちてくる空薬莢を手に収め、グローブ越しに温かさを感じる。

 かじかんできた指先がじんわり溶けていく。


「なんかまた降りそうだぞ?」


 日はまだ高い筈だが、空は真っ白で雲が厚そうだ。

 雪が降る直前のあの独特な無風状態が辺りの静けさを助長する。

 ここは特に、盆地なので冷凍庫の中みたいだ。


 手を止めた格闘女子二人は俺がチラ見したコートの血糊を気にしてパタパタ叩き落としている。


「服の前に顔気にしろよ」


 二人とも美人が台無しだ。


「帰ってコーヒー飲もうぜ」


 ずっと衝撃を受けてた肩の皮膚が痛痒くなってきた。

 神経や血管が育ってる所に組織補修材を使うのもなんだし、帰って鎮痛剤でも貼って休みたい。

 訓練が甘いと思ってるのか、二人とも渋い顔をしている。


「復習は向こうでも出来る。ホットワインの美味い喫茶店見付けたんだ。奢るぞ?」


「お?お前もついにニキータにたどり着いたか?あそこ高いんだよなあ」


「モノで釣られるな。あたしたちは勤務中だ」


「うるせーなー真面目ちゃんは。せーさんせーのこーじょーってヤツだよ!」


 ニコ厨がよくそれ言うよな。ストレス発散じゃなくて、禁断症状の緩和が快楽になってるだけだろ。

 俺が昔いたオフィスは禁煙だったからドヤ顔で直ぐ席を離れる奴も多かった。生産性に関しては、明らかに落ちている。能率アップを理由に吸う奴の気が知れない。同じ時間給をもらっているのが解せなかった。

 青柳と荒井は、あまり吸ってるの見た事無いな。


 鬱屈した思考はまた気付かれて笑われる。俺の精神年齢は思春期じゃない。幸せな事を考えよう。

 ホットワインを茶請けに啜るコーヒーは格別だ。

 美味いモノと美味いモノで更に美味くなる珍しい事例だ。


「少し聞いたんだが、店主は乾物の輸入業者だったらしいな。伝手で良い材料を安定購入してるんだって」


「スターアニスは兎も角、レモンがな。今は広島しか農家が無いって課長が言ってたな」


 そういや、金持の故郷はあっちの方か。

 西日本はナチュラリスト少ないって聞いてるけど、俺からすれば少しは安全圏になるのかな?

 例えここより安全だったとしても、西日本の地を生きて踏むことはないだろう。

 貝塚は、スミレさんが動いてる的な事を言っていたが、向こうに行ったら間違いなく脳缶生活だ。

 俺はハマジリみたいに割り切れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る