第200話 中継器の所在

”運が良かったのか悪かったのか”


 単眼鏡を覗きながら金持が小さく溜息を洩らした。


 スフィアは回収されてしまっていた。

 だが、回収したのは寄合衆の生き残りたちだった。

 廃村に貧相な砦を作って、立て籠もっている。

 ここは奇蹟的にスフィアネットワークの谷間だったみたいで、当時の兵站からも外れていた。鷲宮三男の提出したポイントにも無かったから、たまたま出ていた見回り部隊か、仕組まれた罠かどちらかだろう。

 三男が罠張るとは思えないんだよな。

 ハシモト重工の奴らならやりそうだけど。

 救助待ちなのか、ここに定住するつもりなのか、見ただけでは俺には分からない。


”とりあえず足潰そうぜ。持って逃げられたら追いつけねぇ”


 前線はもっと北で危険度は低かったので大人数は想定してなかった、こちらの人数も装備も心もとない。


”まだ人数を把握していない。ビーコンの場所は?”


 えっと。


”動いてない。あの家の中だ”


 家と言って良いのか?

 半分潰れてバルコニー化してる。残り半分も俺が押せば潰れそうだ。


 その家の他にも、この廃村には潰れた家と、潰れかけた家が十軒くらい建っている。


「もう喋っていいぞ。罠だと思うか?」


 見晴らしの良いポイントに豆粒大で仕掛けられていた指向性マイクと赤外線センサーの偽装を済ませた後、考えていたことを口に出す。

 俺の問いに、三人は顔を見合わせた。


「半分は罠だろう」


 良く分からないぞ。


「スフィアは壊れてても非常に高く売れる。直ぐに解析出来なくても、回収して、後で上杉なり鷲宮なりに売り捌くというのは普通にあるだろう」


「エルフが撃ち落として、ビーコン以外を回収して、拾いに来たバカを捕まえるよう任せたとかも」


 荒井が補足した。


 んでも、結構上飛んでたからな。

 そう簡単に撃ち落とされたら困る。


「それにしちゃ貧相な奴らだ。ここまでのどこかで張ってるなら俺らが気付くぞ」


 駐車しているピックアップは三台、屋内は正確に把握出来ないが、全部で三十人いないだろう。

 車と人数が合わないから、不気味だ。

 もっと大所帯なら、今のうちに制圧してさっさと帰りたい。

 逃げてきた奴らの寄り集まりなら、これで全部だろうが、空が晴れてるから戦闘中とか戦闘後にさっきの無人機がひょっこりすると非常に面倒だ。こっちが少人数だとバレて突っ込んでくる。

 センサー類が仕掛けられてたから、それなりに長期で居座る前提だと思うんだけど、ただ単に俺らみたいなのが来るの警戒してたのか判断に迷う。


「ヤマダ殿」


 金持、まだやるのか?それ

 目を細める。


「リョウマ。エルフはいると思うか?」


 言い直したな。


「ったく。ガキかよ」


 うるせー。黙れ赤鬼。


「ファージを弄った痕跡は無い。不自然さは俺が気付く」


 ファージ誘導なら、金持たちも何か気付くだろう。舞原の動かしたヤツとか、サナモトのイケオジとかもそうだけど、この東北のファージネットワークにもしっかり履歴が残る。これは改ざんは無理だ。消しても消した跡が残る。

 何が起きたか詳しく知るにはそれなりのコストと時間がかかるので、後ろめたいファージ誘導とかで無い限りそこまで神経質になってはいないけど、大抵は自然に風化するか、上書きされまくるのを待つ。消すコストがあほらしい。


 ナチュラリストがいるかどうかは分からないが、直近でこの辺りで不自然な誘導を使った奴は居ないってだけだ。

 そもそも、不必要にぽんぽん魔法使って足跡残すアホエルフは東北にはほとんど居ない。

 御三家なんて、ファージを体内から排除してる成金も多くいるらしい。

 あのタコ君とかも体内ファージゼロだし。

 あんなのに寝込みを襲われたら打つ手なしだよなあ。


「いると仮定して動く方が良いだろ」


「そうなんだけどよ」


 青柳が、トイレとか食糧の状況を器用に地形図面に起こしている。


「罠だとして、どれくらいの規模で待ち構えているかだ」


 書き込みを加えながら金持も図面を睨む。

 あのスフィアは解析かけるまでも無く、ちょっとPCの知識があればレーザー通信回線構築用の機体だと直ぐ気付く。

 使い捨てでなく、使いまわすのなら、自爆装置付けとけば良かったよな。


「セオリー通りいくか」


 それが無難だよな。


「セオリーって?熊でも追い込むの?」


 荒井は思考が可愛い。


「偵察機器を送り込む。やっていいなら、上から落とす」


「そういや、俺らには成金様がついてるんだったな」


 ワームとフライは高くないからな。

 こっちでは手に入れにくいか。

 舞原とかは普通に一から組み立ててそうだな。 


「気付かれない?」


「問題無い。高度三千から自然落下で落とす。ピンポイントで無人機にレーダー当てれば見付かるが、視認は不可能だ」


 そもそも、そんな高性能のレーダーとか動かせるバッテリー持ってれば俺がさっきの電磁波探査で気付いている。

 高度三キロあれば、ファージでいくら頑張っても即座に対処は出来ないしな。


「やってくれ」


「了解」


 もうこの工程は慣れたもんだ。




「見てくれ」


 ビーコンの位置に送り込んだワームが、屋内で簡易サーバーを建てて作業中のエルフを三人映している。燃料電池持ちこんでるな。

 スフィアの外殻は剥がされている。弾痕が擦った跡がある。誰かがライフルで撃ち落としたのか。凄いのがいるな。偶然でも無きゃスコープでは拾えないぞ。

 コピーガードがまだ機能してるから、データの持ち出しはされていないな。

 データ部分に通電させてプロテクト解いてる最中だろう。

 ネットに繋げば一瞬で解析出来るが、オフライン作業をしている。そしたらこっちにもナチュラリスト全体にもバレる。内々でやりたい欲が出たんだな。

 俺ら的にはラッキーだ。

 ビーコンは何で切らなかったんだ?


「罠では無いみたいだ。奴ら、ハル・ノート見付けた気にでもなってるんだろ」


 思わずニヤけてしまって。女子三人とも頭の中がハテナになってる。

 なんか済まん。


「・・・何でも無い。故事成語だ」


 ん?!


「なあ。この三人」


「サナモト」


 イケオジの手下二人はちゃんと顔を見た事無かったので気付かなかったが、エルフの内一人はあのイケオジだった。

 普段他人の顔はあまり見ないのだが、手が見覚えあるあの俺の首を掴んだ手だ。顔はかなり疲れが見え頬がコケていたので別人っぽい雰囲気だったが、間違いない。

 確かに、サナモトだったらおいそれとネット接続出来ないよな。

 という事は、機動装甲もどこかに隠してあるのか?床下に部屋でも有るのか?この廃村にアレ三機置くスペース無さそうだよなあ。

 乗られたら、四人しかいないし、今の兵装で対処は無理だ。

 突貫しなくて良かった。


「絶対近くの直ぐ着られる位置にある筈だ。リョウマ。今カエデコに繋がるか?」


 出来なくはない。


「無人機に積んであるスフィア降ろして、炭田まで数珠繋ぎすれば、ハマジリから別荘まで繋がる。あそこには舞原の専用中継器が設置されている」


「よし、この山の裏まで移動だ。急げ」


 そだ。ついでに、発泡ポリマー落とそう。

 機動装甲にはアレ一択だ。シシシ。


 敷かれている探知機の隙間を縫って別ルートで山の裏に周る。

 あそこの痕跡は時間の問題でどうせ気付かれるので、今はスピード優先だ。


 一度に降ろすと気付かれる。捕らえられたスフィアはたぶん、機動装甲でサーチしてたら偶々見つけて、ガンリンクさせて撃ち落としたのだろう。となると、この天候だと高度三キロは絶対死守したい。

 炭田からこの山近くの上空まで、集落から遮蔽になるように無人機を流して、時間差でテックスフィアを縦列投下させる。

 俺のスフィアに構築した通信回線は危険だからもう消してしまったが、ささっと再設定するだけだから問題無い。


 沢のある岩陰で小休止がてら、自動運転で無人機を炭田まで一旦戻した。

 荒井は機動装甲との戦闘を見据えて大砲を組み立てている。


”最終投下ポイントでついでに発泡ポリマーのグレネードも落とす。射程に入りそうだから少し移動するぞ”


 頷いた金持が立ち上がり、指差してから歩き出す。

 俺らも後に続く。


 ポリマー弾はスフィアじゃなくてフライの足に持たせよう。

 見付からない位置だとは思うが、スフィアを撃ち抜かれたら金額的に痛すぎる。


”良い趣味してるぜ。俺だったら機動装甲にポリマー撃たれたら泣くわ”


 俺の前を歩く青柳が悪い顔で肩を震わせている。

 まぁ、高級車を十円ガムで再起不能にされるようなもんだからな。


”本来遮蔽用で、シリコンポリマーじゃないから、拘束力には欠けるけどな。ボロボロ崩れるから綺麗に剥がすのは逆に手間だ、当たれば確実に役立たずのゴミになる。手投げだけど一人配給三個な”


”俺らの分も?ヒヒヒ”


 楽しそうだな。


 アレには死角が無いから、動いてる所を近づいてって投げてぶつけるのは至難の業だが、クソ真面目にガチるのは最後の手段だ。

 舞原ならあいつらと話をつけられるのでは、と踏んでいる。


 ハマジリは二つ返事で回線を作ってくれて、五分もしない内に舞原の別荘地に繋がった。

 秒でブリッジが確立され、ポリマー手榴弾が俺らに届く前に、どこか別の場所にいるロリが通話に出た。


”なんじゃ?”


 早っ。


「繋がったぞ。共有するか?」


荒井と青柳は金持を見た。


「わたしだけ繋ごう」


「了解」


”今大丈夫か?”


”・・・ん”


”俺らのスフィアが一つサナモトに回収されてた。廃村の集落に寄合衆の残党と拠点作ってて、機動装甲もあるクサい”


”このまま向かうで。状況説明続けい”


 来るの!?


”スフィアで話しつけてくれれば十分なんだが”


 十秒程沈黙があった。

 聞こえないが、リアル音声で誰かと話してるな。


”幸いルート上は天気が良い。五分で着く。スフィアの回線は起動したまま、通信半径から離れておけ。ヤマ張って探しにくるかもしれん。機動装甲からは逃げ切れんぞ”


 見つかれば相手するつもりだが、いらぬ心配は掛ける気は無い。


”了解”


”接続は一旦切れ。五分後に位置を知らせるんじゃ”


 切れた。


 しかし、五分でどうやってここまで来るんだ?

 ロケットで飛んでくるのか?

 ポッド降下でもするのかな?

 あいつならやりかねない。

***

200話突破。ここまで見てくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

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