第201話 稲葉山強襲作戦

 山肌に爆音と土煙を巻き上げ迫ってくる三つの機影。

 その速度に目を疑う。


「走れ!走れ!止まったらミンチだぞ!」 


 そういうカンガルーは脚長いから便利だよな。

 俺はビンガム使っても斜面登るのに四苦八苦だ。

 既に捕捉されてしまった俺らは、全力でデコイを撒きながら東へと逃げている。

 流石に奴らも、無駄弾は積んでないらしく、射程範囲内なのにまだ撃ってこない。この杉林が良い感じで遮蔽してくれてる。

 崖際の沢へ走り込み、更に駆ける。

 くっそ。嫌がらせ用に地雷も降ろせばよかった。悔やまれる。

 至近距離で爆風当てれば足止めくらいにはなっただろう。

 多分だが、あれは外部とリンクしてない。

 してたら俺らはとっくにレーダーに炙り出されて穴だらけで死んでる。


 駄目だな。一分持たない。

 追い付かれる。


「次の尾根から飛ぶぞ!」


「「「はぁっ!?」」」


 仲が良いなお前ら。


「走ってたら後三十秒で捕まる!いいから尾根に着いたら飛べ!」




 先頭を走っていた赤鬼が頂上の岩の上で手を振り回して立ち止まるのを勢いよく押し込くり、自分も跳ぶ。


「なーっ!!?」


 バタバタしてる鬼にファージで翼を作り、制御はこっちでする。


「作る!忌諱剤撒くなよ!」


 振り向くと後ろ向きのカンガルーとマフラーを抑えた帽子も跳んできた。

 もう周辺のファージ誘導解禁。位置バレより逃げ優先だ。

 せめて舞原が来るまで死なないようにしないと。


 この岩場では上からカモ撃ちされる。遮蔽となる次の杉林まで早く行きたい。

 翼というほど上質なモノでは無いが、短時間滑空するだけのエアロゲル構造なら、今の俺のアシストスーツのバッテリーで四人分確保できる。

 良い感じで向かい風の上昇気流もあったので、かなり距離が稼げた。

 あえて先頭に出て、出っ張った岩場で何度かジャンプして更に飛距離を伸ばす。

 言わずとも皆真似してくれた。


 奴らが顔を出すまで残り五秒というところで杉林に潜り込む。

 翼を作る為の誘導に使ってたファージは拡散させ反射率を弄り視覚阻害に。

 気休め程度だ。


 バリバリと後ろで大木がなぎ倒されている。

 機関砲掃射しやがったな。後から連射音が林に木霊する。

 足元の岩にも何発か当たり、跳ねた石屑がアシストスーツを叩く。確かに、アレ喰らえば三キロ上空のスフィアも落ちるわ。


「ひょーっ!」


「クソが」


 嬉しがる赤鬼と、悪態つくカンガルー。

 俺の横で銃口を後ろに向けて走っていた荒井は、倒木を足がかりにジャンプすると、振り向きざまに空中で対物ライフルを撃った。

 直近での心を握り潰される大爆発音の後、大きな金属音がさっき跳んだ山頂辺りから響いてくる。

 走っている身体が発砲の衝撃でよれた。


 それで当てるのかよ。


 木の間をすり抜けて枝葉の隙間から貫けた超高速徹甲弾は、頭を出していた強化装甲の内一人の肩か腕を消し飛ばした。

 そのまま隠れたか倒れたか、残りは二機も慌てて隠れて、レーダー送受信を切ったアームで無駄弾を牽制射撃している。

 自動照準無しで当たるかよそんなの。


 撃った衝撃で吹っ飛んで後ろ向きに転がった荒井は、そのまま器用に受け身を取って立ち上がりまた走り出す。


「凄ぇな。エイム積んでるのか?」


「勘、撃ってきたから。もっと速く走れ、蹴っ飛ばすぞ」


 管理されてない杉林、藪や倒木が多い上に残雪でぐちゃぐちゃ、道なき道で、アシストスーツ使ってもこれで精一杯なんだが。


 荒井みたいの相手だと、ガンファイトで”撃ったら動く”じゃ遅くて死ぬな。

 撃ちながら動くか、その場に居ないで撃たないと。

 この間荒井とガチった時は運が良かった。


「済まない。あれでバレた」


 確かに。

 荒井がこの銃持ってるのイケオジは知ってるもんな。

 音と威力で誰だか判明した筈だ。でも、しっかり抑止になった。

 殺しに追ってくるか、止めるか。

 どうだろう?

 大砲構えてる荒井相手に突っ込んでは来ないだろうが、こっちの今の構成が判明すれば、榴弾撒きながらごり押ししてきてもおかしくない。

 足跡から既に何人かはバレてる。

 前方に後続部隊の偽装すべきか?

 今からじゃバレバレだよな。


 あと一分だし、間に合うか?


 上空のスフィアが小型飛翔体を感知。

 低速、時速六十キロ。

 ああ、畜生。一分が長い。


「ミサイルか榴弾!擲弾!」


 スフィアから指向性パルス撃ったがジャミングが効かない。

 ホーミング無しだ。つまり只の擲弾。

 真上ではじけるな。ヒットまで五秒無いぞ!どうする?!

 そうだ!


「止まってポリマー上に投げろ!」


 隣を走っていた荒井の肩を掴んで止め、しゃがませて自分のポリマー手榴弾を上に放る。

 俺を見て二人も真似した。起動はこちらでやる。


 発泡ポリマーが上空の木立の間に広がるのと、上から鉛の雨の衝撃が降ってくるのが同時だった。

 周囲全体に爆音を立てて降り注ぐ。指向性だったらしく、ポリマーシールドはボロボロになってしまったが、貫通はしていない。

 まぁ、これが本来の使い方だ。

 空中で開いたのは初だけど。

 入っていたのは只の鉛玉だったのが幸いした。生身で喰らわなければどうってことない。

 破壊された杉の枝がバラバラと降り注ぐ。

 時間差の二発目は無かった。様子見かな?

 連射されたら困る。


「被害は?」


「無え」


「無し」


「・・・無い」


 よし!


 再び全員で走り出す。

 弾速は分かったので、次は落とせる。

 辺り全域に俺専のファージネットワークを構築しよう。


「リョウマ!足りるのか!?」


 金持が振り返った。

 ファージ誘導に使用してゴリゴリ減っていくバッテリーの心配らしい。


「もう着くだろ。どうやって来るかは知ら・・・ん、・・・けど」


 言い終わる前に音が聞こえてきた。

 俺の構築したファージソナー環境の隅っこにの一部に音が引っかかる。


 大気を細かく切り刻む大量の羽根の音。

 ドロドロと腹に響く重低音を辺り一帯にまき散らし、範囲内にヘリの編隊が入ってくる。一瞬だけ見えて、その後ジャミングで見えなくなってしまった。敵のサーチだと思われたのか?

 機影は都市圏でもあまり見かけない亜音速ヘリっぽかった。


 展開されていたローカルネットワークが俺のだと気付いて、直ぐにロリから通信が入った。


”無事じゃな。捕捉した。前の休耕田で待っとる”


 音の数が凄まじいんだが。林の中からはまだ見えないが、あんなにたくさんヘリ持ってたのか?


”追われてる”


”もう帰らせた。廃村で待たせとる。制圧ももう済むで”


 仕事が早いなあ。


「金持!」


 上を見上げてた金持に顔を寄せる。


「・・・大丈夫だと思うか?」


 ロリが近くにいると思うと、どうしても小声になってしまう。


「奴のヘリじゃない。聞いた事無い音だ」


 屈んだ金持は、走り回っていた熱量を襟元から放出し、口をヘの字に曲げ甘い吐息を吐いた。触毛を小刻みに動かし、目はキョロキョロと油断なく周囲に向けている。

 ここからだとヘリの機体は見えないな。


「どうせあの数ではどうにもならん。見てから考えよう」


「だな」


 これが虎と狼ってやつか。


 俺を流し見てワザとらしく溜息をついた青柳が荒井に銃床で小突かれた。




 目の前の田んぼ跡に駐機中なのは一機だけだった。

 残りは周囲の山の上で無軌道な旋回を繰り返している。

 パッと見二十機はいるぞ。装甲車やクレーン車を吊っているいる機体もある。やはり、機能美だけが追及された無骨で威圧的な亜音速ヘリ。最新鋭の機体の筈なのに、これだけの数どこから確保したのかと目の前の機体を見れば。


 なんてことは無い。識別マークが貝印。貝塚だった。


 回れ右してこの場から消えたい。


 エンジンの落とされた亜音速ヘリの前には、機体から発せられる熱気の陽炎に揺らぐ、貝塚と壺被りに担がれた舞原がいた。


 畦道から降り近づく俺らを眩し気に見つめ、貝塚は顔を僅かに綻ばす。

 俺の隣にいる金持を一瞬だけ見てから後ろ手に近づいてきた。


「息災なようだね」


 軍靴を履き背筋を伸ばした貝塚は相変らず巨大な威圧感だった。

 この存在感、本物だ。

 俺のアトムスーツの整備状況に目敏く気付いたが、流石に会って早々何も言わなかった。


 舞原として、これは有りなのか?

 ・・・無しだろ。

 無し寄りの無しだ。全てが色々不味い。

 貝塚とは炭田取り合ってるんじゃなかったのか?

 東北への政治介入とも思われかねない。

 落し処が仕事をしないぞ?


 あえて周囲のヘリを見回しながら言う。


「元気だけが取り柄だ」


 勿論。全くそんな事は無い。

 このままでは俺の取り柄は”トラブルメーカー”になりつつある。


「ハハハ。謙遜を。マイバル君から色々聞いたよ。勲章を増やしたね」


 俺の皮肉にもどこ吹く風。


「貝塚。積もる話は後じゃ。先の通信が鷲宮の本社役員に気付かれた。足は車じゃが半刻もせず村に来るで」


 丁度会談中だったのか?この二人が組んだら、誰も手を付けられないぞ?

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