第197話 権現
あと九十秒以内に俺がやるべき事は。
俺らから発生する音全てにアドレスを発行して、舞原が提示した”かうしかなんとか”っていうリンク先から許可をもらい、おっけーが出たら、この超高速認証プログラムをスフィアにぶち込んで割れ目の中で破損しないかどうか確かめる。
大丈夫だったら全員に配る。
割れ目ちゃんが”かうしか”のデータを参照するかどうかはマジで賭けだが、消費電力的にまずそれ以外の処理方法は無いと思う。
あったら、逆に知りたいわ。
”舞原。スフィア一個捨て駒にすんぞ”
「早よ!」
割れ目上空で滞空していたスフィアの一つにプログラムブッ込んで自由落下で落とした。
ネットワーク上の地形図で中層に設定された喫水線を割り込む。
「ハッハッハッハッハ!」
強風の中、ロリが目を見開き、大笑いしている。
壊れない。
やはり、個別ではなく一括判定だ。
アドレス特定したいが、その前に俺らを守らないとな。
スフィアを動かしてみたが、問題無さそうだ。
”配布から起動まで何秒じゃ?”
えっと。
”三秒”
ロリは口笛を吹いたが、風の所為で音がしなかった。
「生の音が聴きたい!ちょっと見てくるよ!」
「「あ」」
制止も聞かずに、バカが割れ目にダイブしていった。
”まぁ、良いか。生体実験の手間が省けたわ”
”失礼だね!聞こえてるよ!”
”聞こえるように言ったんじゃ、ドあほ!”
落下時に空気抵抗を増す為ファージで凧を作ったみたいだが、それの出す音もしっかり対処されている。
断層帯はコレの対策プログラムを作るだろうか?
気にせず演奏を続けるだろうか?
もし、ここが陽子崩壊を起こしてるなら、システムは仮想量子化してる。ぶっちゃけ時間加速してるのと同義だ。
人工知能に欲求があったら一瞬で対策される。
十二神将にでも祈っておくか?
”とりあえず配っとくぞ”
”ああ”
「わっしの捨てアカ作った。接続後十秒だけ使える。そっちの二人は自分で配るんじゃ」
耳元でリアル音声。
気を利かせてくれる。
「恩に着る」
ロリは、返事するのも億劫なくらいの膨大な処理を開始している。
ギュッと手を握って返事を返してきた。
俺も、捨て垢で二人に繋ぐ。
ぶったまげるだろうな。
”聴け!俺だ!”
呑気にだべってた二人が伏せて周囲の警戒を始めた。
”マテ!忌諱剤撒くな!ファージ異常で溶けるかもだからカウンター撃つ!インスコ後直ぐ起動許可しろ!”
返事も待たずに送りつける。
うん。起動したな。良い子だ。
ギリ間に合った。
「終わったか?切るで?」
「ああ」
ロリも全体への配布が終わったみたいで、これで一安心だ。
”電力も大分余ったの。探偵ごっこが捗りそうじゃ”
そうだな。
まだ、これからだ。
バカが設置した音源からどこにデータが流れるか調べて、割れ目ちゃんの身の上を特定しなければならない。
割れ目全体がアドレス指定されてるなら、もう、そういうもんだと思っておけば良いのかもしれないが、このままだとふんわりとし過ぎて色々弄りにくい。
今はまだ、なんとなく守れているだけだが。どこで何がどんな働きをしているのか、解明出来れば、ここの内部での作業に懸念点は無くなる。
そもそも、ファージ濃度異常地帯で人が溶ける原因て実は全部これなのか?
だったら既に解明されてるか・・・。
類似点は有るかもしれないが、今後の濃度異常解明に役立てば良いな。
俺の起きていた時代、言葉通りの意味での、人工知能は人類には作り出せなかった。
一般に出回っていた自称AIは、ボトムアップ式のアルゴリズムに大量にデータをブッこんで抽出を小奇麗に出来るようにした紛い物だ。酷いモノだとトップダウン式のゴミだったな。
ぶっちゃけ、それは人工知能でもなんでもない。
当時、生命を感じさせるAIはミジンコですら創造出来なかった。
現代において、ファージネットワーク上に無数に存在するAIもそうだが、ショゴス然り、ケイ素生物然り、快楽主義者然り、生き物と生きていない物の基準が凄く曖昧に感じる。
人工的にデザインされた生物が、自我を持って生きるために活動する。
プログラミングで一から指針決定する訳では無いが、人工的にあるいは半人工的に生み出された生命だ。
それが持つ知能はどう定義すべきなんだろう?
人間の知能だって、ゼロから作ってる訳では無い。
人体という下地に、長い年月を使って心を作っていく。
人間ですら、膨大なリソースとエネルギーを消費して作っていく唯一無二の心という回路を、芋版みたいにインスタントでポンポン作れるとは到底思えない。
今、俺が置かれている現状は、その一つの答えだと思う。
多分だが、羊の事件当初から開始された膨大な種類の単純AIによるウィルス感染と経年によって、ファージネットワーク上でAIは育ってきたんだ。
考えて、繁殖して、生きたいと。在りたいと。
そう”思う”程に。
「おのこの一押しで人工精霊が生成されたの」
断層帯の中だけそよ風が吹き、その上で浮かぶカウボーイの前に、朝日を受けて薄っすらと霧に投影されているのは、長い耳を立てて仮面を被った兎顔の女性だ。
その映像から発せられてる音楽は、ウルフェン・ストロングホールドの樹林ライセット。
「よくある事なのか?」
「まさか!」
舞原は緊張に震える手でいそいそと懐から小瓶を取り出し、何かを撒いた。
ついでに、割れ目に向けてデバイスドライバの発信もしている。
流れていった光る粉は、兎に纏わりつき、投影されていた映像は立体感を増して不透過になった。
あれか。鱗粉か。
あーやって使うんだ。確かに、視覚的には本物にしか見えない。
「理論的に生成過程は予測されていたが、その瞬間を見たのは初めてじゃ。覗いてあまり怒らせたくない。無粋なハッキングなどしとうないで、なんとか素直に心を開いて貰えんもんかのう?」
「死人の陰を真似てるだけじゃないのか?」
カウボーイは感動して号泣しているけど。
「ひな形は似せてるの。現状、どこまでコピーしたか分からんが、確実に知能は有る」
つつみちゃんの言ってた権現ってやつか。
確か、音楽に合わせて踊ったんだっけ?
当時何を弾いてたか聞いておけばよかった。
聞いたかな?なんだったっけな?
「駄目だ。思い出せない。とりあえず、スフィア一個貸してくれ」
「うん?」
俺の知ってる曲でやってみるか。
目の前に降りてきたスフィアで最近のお気に入りを鳴らす。
つつみちゃんプロデュース、フラメンコ。
イントロにループ系のブロックチェーンを仕込む。
これで何が起きても履歴を辿れる。
「何を!?溶かされちま」
「大丈夫。ちゃんとガードしてる」
人工知能の権現だったら、踊り手に危害なんて加えない筈だ。
ソフィアの動きは何度もその身に刻んでいる。
赤城を越えてから何度も踏んできたそのステップで、割れ目に浮いた兎に向け問いかける。
お前が生きていようがいまいが、そんな事はどうでも良い。
一緒に、踊れ。
「おおっ!?」
ロリが見た目に似合わない大人びた歓声を上げた。
隣のメイドとトマスも、兎を見て息を呑んでいる。
感覚器が構造に直結してないからだろう、体や顔はカウボーイの方を向いたままだが、俺の真似をしてほぼタイムラグ無しで踊り出した。
「舞原!追えたか?」
「あ、・・・ああ」
ロリのネットワークに繋がっていないから分からん。
とりあえず、最後まで踊るか。
パリパリと音がして、踊る兎から菌糸が生え始めた。
映像なのか?本物?
「いかん!兼康戻れ!電力を吸われるぞ!」
ロリの言葉に反応して、カウボーイの手下がロープを投げた。
用意してたみたいだ。絡まったロープに抵抗して泣き叫んでいる。
あ、岩壁にぶつかった。
そんな、恋人と離れる訳じゃあるまいに。
「メアリ!」
「はい。装甲車は落としました」
ここから別荘まで歩いて帰るのは流石に嫌だ。
ハイブリッドだって言ってたけど、燃料少なかったのか?
日の光を浴びて輝く蜘蛛の巣を張り巡らす速度は、範囲を広げるのに比例して加速し、放射状に拡大してこちらにも向かってくる。
「うぉっ?!」
びっくりして手で遮ったが素通しだった。
「ガードせんでも、これはファージが可視化されとるだけじゃ。スーツの電源は切っとけ。ああ・・・。随分な権能じゃの」
虚空を見上げて溜息をついている。
「おのこも見るか?」
見たいです。
「ほれ」
上空からのスフィアの映像を見せてもらった。
割れ目の兎がいるであろう場所を中心に、とんでもないデカさの虹色に光る霧の塊が形成されている。ああ、まだ拡大を続けている。
一番上は雲まで届きそうだ。
周囲の山より高いから、半径一キロ以上あるぞ!?
「周囲の電力を消費しながら、膨大な学習をしとる。・・・音楽と舞踊でも齧っとるんかの?」
「大丈夫なのか?これ」
このまま電気吸いながらどこまでも大きくなったら・・・。
「一通り学習すれば落ち着く。・・・ここには神社を建てねばいかんな。採掘は諦めねば」
少ししょんぼりしてる。
「公主。法人契約は商事で立てれば関連事業も潤うのでは」
あくまでも冷静なメイド。
「あー。まー。パラジウムは惜しいが神社で儲けるか。ナイア。気は済んだかいの?」
一歩引いて待機していた熊手女は深く頭を下げた。
”ナイアの兄もここで溶けたんじゃ”
こっそり舞原がログを表示させた。
そういうやつか。
ん?
兎の立体映像が俺に近づいてきて、パタンとステップを踏んだ。
意図に気付いたロリがシシシと笑った。
「踊れと。レクイエムはオトコとオンナで踊るんじゃ」
まぁ、正式なのはそうなんだろうな。
このフラメンコはやっぱ鎮魂歌なのか。
「正しいのは知らないぞ?」
「なんじゃぁ。知らんで踊っとったんか。わっしが手ほどきしたるで」
ワキワキと目を輝かせたのじゃロリが、なんかごちゃごちゃ色々送ってきた。
「ああ。もう。いい、いい。とりあえず踊ってやる」
兎の顔を見上げる。
「一回だけだからな」
一流の構えで姿勢を正した兎は、器用に音を立てて手を叩き、ステップを刻みはじめた。
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