第196話 生体ネットワーク接続

 断層帯の中層以下では、風にあたると容赦なくぶっ壊されるんだけど。これは、風にあたった事で音が発生して、それがノイズとなって割れ目ちゃんの邪魔をしてしまって、邪魔者扱いされるのが理由だ。


 つまり。


 俺の得意分野って事だ。


 好き放題設定するには、ロリに許可を取る必要がある。


 落ち葉が混ざり始めた強風の中、ロリの手を取ると、素直に応じて俺に顔を寄せた。

 接触通信を始める。


”なんじゃ?”


”恐らくだが、周辺地域に展開する舞原の手下たちも守る方法がある。試したいが、色々俺の方で動かす必要がある”


 睨まれた。


”ターゲットされたら、ガードの上からアトムスーツごと溶かされるんじゃぞ?”


うん。


”正弦波の応答ってやつだろ?物理的にガードしても真空中にも骨子が存在するっていう”


 二秒ほどネットに繋いだロリが、こくりと頷く。


”妙な事知っとるの。六百人近くいるんじゃが、人数分の絶対真空でも展開するつもりか?”


 ここは都市圏みたいに電力が豊富ではない。俺のアトムスーツに付属するちっぽけなバッテリーパックでは、そんな力技は無理だ。


”無理矢理全員を磁力防壁で囲わなくとも、消す必要がある邪魔ものだと認識されなければ良い”


 ギュッと手を強く握ってくる。顔が近い。


”どうすれば良いんじゃ?”


 まぁ、そう急くなよ。


”出した音全てに、アドレスを発行して許可を取り、・・・音が出てしまっても、断層帯が感知する前に、邪魔な音ではないと認識させてやれば良い。音が出ても、気にしないと思ってくれれば良い”


”・・・理屈は分かったが。どう認識させるんじゃ?”


 音が出るオブジェクトの判定は、絶対に一括集計で処理している筈だ。

 そうでないと割れ目全体において、破壊の為のファージ誘導をする為の電力が足りない。

 割れ目付近で発生可能な電圧と消費量は舞原が数値化して、パッと見で全員に分かるようにしてある。

 どこでどれくらい使われているかは丸わかりだ。


 正直、割れ目ちゃんが”ファージネットワークを通して発行された音源のアドレスを認識している”かどうかは賭けだが、ナイトロゲン・シリンダでのあの電力消費を考えると、潤沢な電源が無いこの環境で効率的な判別方法は限られている。

 ほぼ自然発生したのに、非効率的な処理をするとは思えない。

 いくら不思議現象だからって、無から有は出来ないからな!


”都市圏では、アドレス発行業務はアカシャアーツが行ってる。こっちではどうなってる?”


 のじゃロリは目頭を押さえて唸った。言うかどうか迷ってるな。


”カウシカ・帝釈天がマイニングの傍ら発行業務を担っとる。アカシャアーツとは割り振り手段が異なるがやってる事は一緒じゃ”


 マイニング?帝釈天て何だ?人なのか?


”発生した音が周囲に伝わる前に、許可を取る。理論上、周辺のファージからの拒否反応は出ない”


「そんな馬鹿な」


 声に出てるぞ。


”プロセスは大体構築してある。俺に接続させて、発行許可さえ出してくれればこっちでやる”


「出来る訳なかろう」


 昂奮したロリは俺の手を振り払い、バサバサと頭を振った。

 見かねたのか、トマス君が手持ちのハンケチでロリの髪を纏めている。

 同じ発想でプログラムを組み始めているが、流石に天才ロリでも今からじゃ間に合わないだろ。


”俺は、お前らのネットワークに繋がっても悪用したりしない”


「そんな事は分かっとる!」


 おい、バカに聞こえるぞ!

 ああ、こっち見てる。


 割れ目の音源に注視していたカウボーイが興味深げにじっとりと俺達を見ていた。

 俺らが気付いたのに反応して口を開く。


「サルベージャー君は私たちが死なない方法を持っているのかい?」


 あ。このままだと不味いのは認識してるんだな?


「どの口で言うんじゃ。手前で死んどけ!」


「憤怒に駆られた楓子殿も美しい。謎は解き明かしたいが、私もまだ死にたくはない。いい方法があるなら協力しよう」


 その言葉にふと、ロリが顔を上げた。


「言うたな?三千院。脳の空きはいくつある?」


「うん?今この体でかい?三ペタ少し割る感じだね」


 エルフの頭はどうなっているんだ?!

 一般的に、サイボーグ化していない人の脳は二十テラバイトが精々だ。加えて、神経回路を細かくすれば記憶容量が増えるという訳でもない。不思議な事に、高性能な脳ほど、回路は何故か単純化していく。

 人の脳には単位容積当たりの物理的に押し込めておけるデータ量に限界があるんだけど。

 こいつらの謎技術か?


「装甲車のOSとわっしの手持ち使えば範囲内の処理は間に合うかの。よし、貸せ。メモリが足りなかったんじゃ」


「で、デリカシーの無い子だね。そんなんでは」


「死にたくなければ早よ貸せ!」


 ロリの剣幕に驚いたカウボーイは、懐からぶっとい有線端子を出した。

 トマスが腰のポーチから恭しく取り出した細かい文様の木で出来たスイッチングハブに繋ぎ、自身の端子も胸元から出して繋いだ。

 俺の前にそれを差し出す。


「わっしのアカウントで接続しろ。他言は無用じゃ」


 流石のロリでも、この場でプログラム構築は間に合わないか。

 俺にやらせてくれるのか?


 アカウントは俺ではないから、俺が接続したとは思われない。

 やり口が俺だし、ナイトロゲンの時のプログラムの流用だから、スミレさんとかつつみちゃんがここを監視していたら間違いなく見付かるだろう。

 もし、都市圏が監視をしたら直ぐにバレてナチュラリストに攻撃される。

 ロリが何も言ってないから、向こうから監視はされていないと思う。

 


 東北のファージ異常の危険さと、ロリの作ったオフライン環境を信じる。 


「見た事は墓場まで持っていく」


「宜しい」


 俺とロリが見ると、帽子を抑えたカウボーイはニヤリと笑ってウインクした。


「粋が信条でね」


 こいつも、ナチュラリストの秘密を俺が知ってしまう事を黙っててくれるらしい。

 終わった後殺されるのかもしれないけど、どうせこのままだと死ぬ。

 やるしかない。




「ぐおっ!?」


 中身はナチュラリスト同士の脳をごちゃ混ぜに繋いだネットワークだと思っていた。全くそんな事は無い。

 ロリの環境では生身の脳だけではなく、物理ハードも東北の広範囲にわたって大量に接続しており、重厚なマイニングネットワークが形成されている。

 生身だから特別どうとかは無い。体感、ファージネットワーク上に濃密な高速処理ポイントが接続する脳の数だけ増えただけだ。

 間接だし、オフラインとはいえ、久々に大規模接続だな。

 やはり舞原と三千院の性能は突出している。

 舞原は公開されてるドライブだけで7ペタバイト有った。頭の中どうなってんだ?!

 異常濃度のバグなどモノともしない広大で強靭なファージネットワーク。何でも出来そうな万能感が俺を支配する。

 加えて、周辺地域一体の情報が流れ込んでくる。

 処理が追っついていて、俺の脳はパンクしない!

 全部認識して処理できる。自分が地球になったみたいだ。


 これで俺が、舞原のアカウントからのログインではなく、自分でフル接続出来てればな、たぶんネットワーク全体が自由に使えるから一瞬で色々片付きそうだが、俺の権限ってナチュラリストのネットワークでも有効なのか?

 あ、考え事しながら一カ所に詰め込み過ぎたら処理が遅れた。スペックは足りてるけど、どこでも高電圧が確保出来ないのはやはり痛いな。低電圧環境でのネットワーク内高速処理も憶えないと。接続先が生体だと電力処理が発生しないから余計に割り振りがこんがらがる。

 ハマジリ辺りが詳しいかな?生きて戻れたら教えてもらおう。


「装甲車のバッテリーは二分も持たんぞ!とっとと構築して全員に配れ!」


 大人数へのデータ配布は炭田の時に戦闘術を送った仕組みを使う。この回線はスフィアの数珠繋ぎより最適化されてて全然速い。数秒で済むだろう。

 動いて確かめる必要も無いから配布して起動すれば全員守れる。

 接続の感動を残しておきたいが、量が多すぎてログ取りも出来ない。ああ、記録した時点で焼き殺されるか。

 ロリの発破が五月蝿いから感動は後でしよう。


 この状態で十分な気もするが、手順のスキップはせず、順番通り認識の拡張から開始する。

 カウボーイがビクッと飛び上り、俺のサーチ環境構築を穴が開くほど監視しているのが分かる。コードの癖から色々身バレしそうだが、今は仕方ない。

 周辺の山々を含め、ロリの手下も全員把握した。


 あ。


 青柳と荒井が包囲網の際に潜んでいる。

 心配性過ぎだろ。見付かったらどうするんだよ。てか、俺が気付いた時点でもうこいつらにバレてる。

 仕方ない、ついでに守ってやるか。

 俺が守れば流石に手は出さないだろう。

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