第195話 トラブルメーカー(ガチ

翌朝、風が吹く予定の一時間前に起きた俺たちは、まだ真っ暗な中、軽くお茶してから、音波と電位変化に機能を絞って検査機器を準備していく。

 スフィアとの連動は出来ないが、俺もアトムスーツの音響サーチを起動しておこう。


 真っ暗な中光を吸い込む割れ目は、ゆっくりと雲を吐き出し中は見えない。

 この時間は表層に比べ、中の方が温かいんだな。


「温度変化が緩い事も有って、夕方より風は強くない筈じゃ」


 ロリは起きてからずっと、もう半時間近く、タープテントの下でゆったり座って、メイドに頭をブラッシングしてもらっている。

 因みに俺のブラックジャックはまだ返ってこない。


 三千院は底と表層を忙しそうに行ったり来たり、部下二人と色々あーでもないこーでもないやっている。

 俺は今度はどうしようか決めかねている。


 俺の主観において、現時点で分かってる事をまとめると、オフラインでファージネットワーク上のAIが、風を使ってこの割れ目で演奏する為に邪魔なモノを排除している。って考えるとすんなりハマる。

 憶測だが、これはあのゲームデザイナーの山田が言っていた、”精霊”

みたいな機構なんだろう。

 何故こんなモノが存在するのか全く分からないが、ファージネットの中にはバグやアンノウンが溢れている。

 意味不明な書き出しが山の割れ目に転がってても何の不思議も無い。


 カウボーイはウサギが死亡した当時の各種走査ログを提出してくれたので、俺もデータを貰って、前後の数値と状況をボーッと眺めている。


 スミレさんが”料理を作るときは料理の気持ちになる”とよく言っていた。

 食べる人の気持ちとかなら分かるが、料理に脳も心も無い。料理の気持ちとは何ぞや?

 塩振りながら”ほらほら、油分と水分の塩分濃度が一定になって味がハッキリしたでしょう?”とか、加熱時間と色味を調整しながら”この温度気持ちいいんでしょ?”とか思ってるのだろうか?

 スミレさんがそんな事考えながら料理してたら、それはそれで昂奮するのだが、実際の所はわからん。


 心が存在しないモノの気持ちを考えるのは、日本人は得意だ。


 断層帯の気持ちになってみる。


 音を再現したくて仕方なかった。


 音源を潰してまで体全体で再現した。


 毎日毎日、一日に二回だけだが、唯一の楽しみだ。


 邪魔するものは許さない。


「憶えたんだよな」


 どうやって?


 当時、ウサギがずっと聴いていたらしい。

 再生ログも残っている。

 外部からの入力ではなく、オフラインで再生していた。

 それを聴いていたんだろう。だがどうやって?


 入力手段が分かれば、それを足がかりに経路を辿れるからハッキングの糸口となる。

 別にハッキングできなくとも、アドレスが判明すれば俺ならどうとでも出来る。のじゃロリでも色々出来てしまうだろう。


 興味ある曲を風に併せて流して、見付かった入力ログを追うのはかなり有効な気がする。

 今でも入力デバイスが残っていればの話だけどな。

 風の時は再生だけかもしれない。常時耳があるなら、仕込みは早い方が良い。


 溶かすだの演奏だの出力以外に、入力関連の何らかのアクションは絶対ある。

 ちとロリに許可取っとくか。




「駄目じゃ」


 即答された。


「別に俺らが同時に監視しなくとも、オフラインで流して、後でログ追うだけでも良いんだが」


「どう繋がっててどう影響が出るか全く分からん。最悪、ここいら一帯破壊されて岩盤しか残らん恐れもある」


「だったら、とっくに溶けてるだろ。あくまでも、割れ目を使って演奏しかしていない」


「わっしの方でもそれは考えたが、どこまでこれが拡散するか。今はまだ割れ目だけで済んどるが、世界規模の災害になったら笑い事じゃ済まんぞ」


 そんな大がかりな事になるかな?

 そういうのでは無い気がするが、気がするだけで根拠が無いので否定できない。


「拡散の可能性はある。非コヒーレントポイントが良い例じゃ」


 ん?


「水上にしか存在出来んが、収束に失敗するとファージネットワークに膨大な時間的バグをまき散らす。そうなったら辺り一帯除染して地殻ごと焼却する以外手が付けられなくなる」


 何の話だ?


「陽子破壊の話が何で出てくる?」


 ロリは目を瞑り、メイドのブラシで髪を梳かれた頭皮に集中する。


「そうじゃ。ファージネットワークにおける非コヒーレントポイントの該当空間では量子コンピューティング環境が無限にループして時間加速と同じ現象が起こる。結果。陽子崩壊が観測されてしまう。これはこの宇宙的にあってはいけない事じゃ」


 物理的には、陽子の寿命はほぼ無限と言われている。

 壊れたら何が起こるのかは、宇宙を作った奴しか知らないだろう。


「今回の事とどう関係するんだ?」


「形成過程が非常に似通っとる。只のアドレス不明の出力ポイントだったら良かったんじゃが、この川に吹く風自体をコントロールして音声出力していた場合。ファージ運動の誘導可能半径は莫大な空間になる。影響は未知数じゃ」


 流石に、俺は責任が取れない。


「いずれ検査はやるじゃろうが、今ではない。もっと広範囲で調査が必要じゃ」


 そう締めくくった。


「とっかかりは作れた。山田が来て、見通しは立った。ナイアも満足じゃろ」


「はい」


 いつのまにか俺の後ろで控えていた熊手女が頷く。


「おーい!そろそろ始まるぞ!」


 そよ風が吹き始め、葉鳴りが辺りを満たす中、割れ目の縁に伏せたカウボーイが双眼鏡片手に俺らを呼んでいる。


 あれ?


「あいつらなんか仕込んでね?」


「しもうた!」


 ロリが下駄も履かずにファージ誘導をしながら駆けだす。

 お茶の入ったお盆を持ってトマス君が追いかける。


「お嬢様!」


 慌てて追いかけようとしたメイドは装甲車に接続して充電していた機動装甲まで戻っていった。

 俺はロリを追いかける。

 まさかとは思いたいが・・・。


 舌打ちするロリの後ろから割れ目を覗くと、視認は難しいが、三カ所くらいに音源出力デバイスが設置されている。

 三千院はここまで無能なのか?


「もう風による初動が開始されとる」


 バキリと、舞原が奥歯を噛み締めた音が俺にも聞こえた。


「間に合わせたよ!タイミングもばっちりな筈さ!」


 嬉しそうにドヤ顔するカウボーイの横っ面をトマスが持ってたお盆を奪って張り飛ばした。


「この馬鹿ちんがっ!」


「ぶっ!?」


 載っていた高そうなカップは少し零しながらトマス君がキャッチした、ソーサーは俺がキャッチした。茶菓子の入っていた小皿は残念ながら割れ目に落ちていった。

 小皿も、茶菓子も、底に落ちる前に霧散した。

 たぶん、幻覚ではなく、マジで分解されたな。あれは。

 分解作業がスフィアでの計測により事細かに解析されていく。

 俺の方でファージ走査は御法度だが、これだけ細かく取ってくれれば十分。

 ロリは転んでも只では起きない。

 影響範囲や破損のステップも細かく見ていこう。


「おんしらも止めんか!」


 ロリの剣幕にカウボーイの手下二人は一歩引いてしゃがみ込み、身を固くした。

 イエスマンの部下に当たっても仕方ないだろ。

 どうせこいつら、カウボーイに否と言ったら殺されるんだろ?


「どうするんだ?」


 どうせ、この断層帯ちゃんのデータ収集時に干渉したら破壊される。

 下にある出力デバイスはもう放って置いて、炙り出し作業に専念した方が良い気がする。

 奇しくも俺の望んでいた状況になったが、今の環境では、アトムスーツごと俺らがいつ溶かされても不思議ではないんだよな。

 可及的速やかに対策を練りつつ、あわよくばアドレス特定もしたい。


「撃ちますか?」


 装甲を着たメイドが小走りに駆け寄ってきて光学走査を開始しつつ崖下に銃口を向けた。

 兵士たちも何事かと集まってくる。


「待ってくれ!駄目だ!」


 風が強くなり始めた中、大声で叫んだカウボーイはメイドの前に身を投げ出し、その前に部下二人がさらに立ち塞がる。


 この機銃の前では壁になっても物理的な遮蔽の意味無さそうだが。


 メイドは、態度とは裏腹なカウボーイの無機質な目と銃口を微動だにせず向き合い、舞原の指示を待っている。


「んん?」


 かなりデカい音に設定していたらしく、風の中でも上まで音が響いてくる。


「フラメンコ?」


 何でこんなのかけたんだ?


 カウボーイは腫れ始めた頬を歪めて俺にウインクした。


「ウルフェンのアレンジヴァージョンさ」


 まぁ、確かにそっくりだが、少し不協和音が混じってる気がする。

 これがオリジナルなのか?

 ソフィアから貰ったアルバムにも入ってなかったし、俺はつつみちゃんのソロパートしか聞いた事ないからな。


「公主!」


 装甲車に詰めてた隊長が上のハッチから顔を出した。

 緊急のレーザー通信を打ってきてる。

 ファージ通信が危険だし、装甲車の付属設備では出力が大きすぎるのだろう。あんなの浴びせたら、ロリの珠のお肌に傷がつくからな。


「不味いの。山おろしが向かって来とる。風は強く無いが、時間が伸びるやもしれん」


 なんだ?赤城の山おろしか?

 南に向かって吹き下ろすだけじゃないのか?

 何で明け方に北の川を昇ってくるんだよ。


「弄ったんじゃろ。やはりかなりコントロール圏が広い。五分どころか、十五分は吹き荒れそうじゃ。ガード構築しようにも範囲が広すぎて電力が足りん」


 いつもニヤニヤ余裕そうなロリの顔が蒼白になっている。

 そういや、俺ら守る為に山三つ分兵力展開してるんだっけ?

 見殺しにはできないよな。

 俺らはここで溶けて死ぬのか?

 穴掘って潜ってれば何とかなるのかな?


「とりあえず、断層帯ちゃんが聴くのと演奏するの邪魔しなければ良いんだろ?」


「かもの」


 綺麗に梳かしたばかりの髪を、汚れた冷たい風でバサバサになびかせて台無しにしてしまったロリは、俺を見て腕を組み、鼻を鳴らした。


「出来る事やるかいの」


 そうこなくっちゃ。


「流っ石楓ちゃん!頼りになる!」


 お前はもっぺん殴られとけ。


「ごっ!」


 カウボーイ野郎は、俺が睨む前に、メイドに銃床で殴られて這いつくばり、落ち葉を噛む事になった。

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