第194話 車中泊
人喰いでも、人は好きになるんだな。
捕食者と崇拝者って、俺が思ってた関係と違う。
もっとドロドロした主人と奴隷みたいなもんだと思ってた。
初めに見た崇拝者がアレだったからってのもあるかもしれん。
開示されてる情報自体が歪んでいるのか?
どちらの意図でだ?
「その方は何の走査をしていたのですか?」
「うん?」
ひょうひょうとした無機質な顔に戻っている。
「彼女は異物の発見を主に担っていた」
異物?
「現存してなかった新事実の発見だよ」
ああ。そういう系か。
「この時は、虹の風が及ぼすファージへの環境変数が安定しない原因について調べていたね」
眩しそうに目を閉じる。
「濃度的には基準値範囲内で、誰もこうなるとは思わなかっただろう」
まぁな。
二割増し程度のファージ濃度で人が溶けだしたら大問題だ。
あれ?
これ解明したら兵器として使われたりしないよな?
「ははは。九十九里の人間として、その懸念点は最もだが、私たちはそういう目的で環境保護を行っている訳ではないよ。それに、破壊活動を行うならもっと効率的で低コストな方法が山ほどある」
”事実じゃ”
ロリを信じなければいけないこの状況は、あまりよろしくない。
後、俺の表情がダダ洩れなのも、いい加減なんとかしないと。
操作アプリ入れようかな。
「ちと見てくれんか?」
向こうから声をかけてきたロリが、波形図を何十パターンも送ってきた。
ごちゃごちゃして良く分からないのでおっさんと一緒にロリの所まで行く。
「どうしたんだい?」
「先の強風の時、スフィアで吹く風の音響を録ってたんじゃが、層毎に綺麗に違っての」
ネット繋がってないから、波形見ても俺にはわからん。
「音にしてくれるかい?」
おっさんが代弁してくれたが、ロリの奴、全部一緒に出力しやがった。
こんなん分かる訳、ん?
「幅が綺麗だね。下から順に・・・二倍、二倍、一倍、二倍二倍二倍、最後一・・・倍?」
おお!
これなら俺も知ってる。
「分轄されたファージ帯が楽器の弦と同じ役割を果たしとる。全全半、全全全半。ファとシが半音で整った七音じゃ」
「リズムになってるのかい?」
「スフィア自体に当たる風で邪魔な雑音が多くての。ちと待て」
全部の場所で流れる風を合成させると、クリアとは言い難いが、確かに流れている。
これは音楽だ。
しかも。
聞いた事がある。
「ウルフェン。・・・?・・・樹林ライセット」
呟く俺に、ロリとカウボーイがギョッと顔を見合せる。
この曲はサワグチ召喚ライヴでもやっていた。ウルフェンの昔からの名曲だ。出だしのサックスが渋いのでよく覚えている。俺も気に入って何度も聞いてた。
「避暑地で樹林に沈む夕日と昇る朝日を音にした・・・って何かで読んだ事がある」
のじゃロリが片眉を上げた。
ちと苦しかったか?取って付けた感じになってしまった。
カウボーイにバレなきゃ良いか。
カウボーイはそれ処じゃないらしい。
「奇遇だね!君もウルフェンのファンなのかい?これは彼女が当時ずっと聴いてた曲だよ。私は一度聴くと飽きてしまうのだが、彼女は同じ曲を何時間も何日も繰り返し聴く性質でね。近くにいると嫌でも聞こえて辟易したものさ」
思い出すカウボーイは少し嬉しそうだ。
「彼女に言わせれば、歌詞を一々考えずに、パート毎に時々リズムにノって耳で楽しめばいいとか。言っている事は分かるが、それでどう楽しむのか、理解に苦しむよ」
なんとなくこいつの言いたい事は分かる。
このオヤジは聞き流すのが苦手なのだろう。
「ダンスも巧くてね。アレンジしてしまうので再現者としてはEクラスだったが、ステップは神がかっていたよ。あのカモシカのような美脚から生み出され」
「山田。始まる前に退散じゃ」
ロリが俺の手を引き、タープテントの向こうへ歩き出す。
「待ちたまえ君たち!まだ私は何も始めていない!」
とはいうものの、三千院は追ってこなかった。
メイドが重機関銃持って仁王立ちしてるからな。
”設営したテントは使わん。わっしの部下が仮眠に使う。ちと寝心地悪いが、装甲車の中で一泊するで”
まぁ、無難だろうな。
”手榴弾投げ込まれんように気を付けんとの”
「シシシ」
笑い事じゃないよ。
繋がれるのに慣れてしまったそのしっとりした小さな手の平は、この寒さの中でもとても柔らかく冷たい。装甲車の車内灯で見たら指先が真っ赤になっている。
「ヒーター無いのか?」
「キャンプを何だと思っとるんじゃ」
仕方のない奴だな。
「ちと待ってろ」
外で片付けていたメイドに料理用の耐熱容器を貸してくれと言ったら、ちらりと装甲車に目をやり、不審な顔で何に使うのか聞いてきた。
「炭を入れる」
「はあ」
間抜けな声で返したメイドは、”一酸化炭素には気を付けて”と念を押した上でバーベキューに使っていた洗ったばかりのキャンボールを一つ貸してくれた。
寧ろ、今の俺に必要なのは”それ”だ。
のじゃロリは火の粉が飛ぶのを砂鉄で器用に防いでいたが、砂鉄なら俺も持ってる。
ゲームで久々に持ったブラックジャックが使い勝手良かったので、商店街で手に入れた材料で作ったんだ。
一斗缶の中で燃え残っている炭をボールにブッこんでその上からブラックジャックに入っていた砂鉄をドバっとぶちまける。
工程は違うが、ガキの頃理科の実験でやった事がある。
日本人には馴染みの酸化鉄カイロだ。
そこらの石温めるだけでも良いのだが、温度管理が難しいし、長持ちしないからな。
炭が良い炭で温度高いから時間はそんなにいらないだろう。
上から未使用の白炭同士を擦り合わせて粉を振りかけていると、メイドと一緒に片づけをやっていたトマスが寄ってきた。
「何をしているんですか?」
「カイロ作りだ」
「かいろ?ああ、カイロ。ふぇー」
ちんまい僕っ子がふえーとか言っても、誰も特をしない。
「いらない布持ってくればお前のも作るぞ?」
「あ。大丈夫です」
真っ黒になった俺のグローブを見て、大人げない愛想笑いをする。
ふん。お前にはやらん。
テントで寒さに凍えて寝るが良い。
ボールに付いていた水分が良い仕事をしている。
結構熱くなってしまったので、熱い白炭を取り除いた後少し撹拌して冷ましてから袋に緩く詰め直す。
自分用にもテント用のカーボンザックを借りて外側で包んだ。
ホカホカで湯気が出ている。使った炭は一斗缶にホン投げて、ボールを拭いた後メイドにお手拭きをもらい、手も心も綺麗になった後お手玉しながら装甲車に戻る。
「戻ったか。何砂遊びしてたんじゃ?」
砂遊びとは失敬な。
「ほい」
お手玉してた二つの内、ブラックジャックの方をロリに投げる。
キャッチしたロリはびっくりして一回上に投げた後、両手で受け止め包み込む。
「ほほほ。ぬくいぬくい。砂鉄を温めたのか」
「いや。還元反応だ。やっつけで作ったけど上手くいった。結構な時間温かい筈だ。皮なんで冷えてきたら時々空気入れ替えてくれ。低温火傷するかもだからそこだけ注意な」
炭が良かったから直ぐ出来た。
「器用じゃの。わっしに気付かれずに接続して調べたのか?」
「いや」
どうあがいてもそれは無理だろ。
この山奥で、ファージ誘導合戦で勝てる気がしない。
植物発電の遠距離電力供給ですらまだ構築出来ていないんだ。
俺のアトムスーツのバッテリーも無限ではない。供給網が潤沢な都市圏なら兎も角、ここで何発かいい仕事したらそれでガス欠する。
隔離されてるのを再確認。
「ガキんちょの頃、義務教育で習った。面白い実験だったんで憶えてたんだ。今じゃ市販品は全く見かけないけど、当時は冬の必需品だった」
「不思議なモノが流行ってたのう。じゃが確かに、電力使わずここまでぬくいのは地味に有難いの」
だろ?
俺の起きていた当時、日本に四季なんて無かった。夏夏夏冬。
寒暖差が五十度ある日本の気候では冬の寒さは沁みる。外回りには必需品だった。
「御寝所、只今ご用意します」
水仕事を終えたトマス君とメイドが装甲車に入ってくる。
トマス君、首を竦めて、だいぶ冷えたみたいだな。
「ん?四人同じ車内で寝るの?」
いいのかよそういうの。
「おのこには見える所にいてもらわんと、あやつも血迷う可能性が無いとは言えん」
まぁ、確かに。起きたら解体されてたとかは御免被りたい。
「トマスや。おててが真っ赤ではないか。どれ。わっしのカイロを十秒だけ貸してやろうかの」
お前のじゃない。俺のだ。その袋はお気に入りなんだ。明日の朝には返してもらうからな。
トマス君は渡されたブラックジャックの重りを手で包み持ち、びっくりして俺を見る。
「これを作っていたのですか」
「ああ。明日の朝まで温かい筈だ」
「良いなあ。公主様。これ貸して下さい」
「駄目じゃ。もう十秒じゃ。そっちのエンジンの近くにでも寄っとれ」
「アイドルの度に振動凄いから嫌です」
いつまでも意地汚く取り合いをしているので俺の分を小僧にあげた。
「仕方ない。俺は今夜はメアリに温めてもらおう」
「良いですよ」
駄目だろ。
否定しろよ。
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