第193話 初めの兎
感覚として、ルルルに似た空気を感じる。
ナチュラリストの家長ともなると、皆こんな空気感を持つのだろうか?
「時に、君は何故舞原家と故意なんだい?」
こいつの厚かましさはデフォなのか?
「棗子殿の遺伝子鍵を持っているね?縁故で担当になったのかね?」
俺にどう答えて欲しいんだ?
人を見下ろす事しかしてない奴らは、須らく、自分の求める答え以外は耳から排除される仕組みになっている筈だ。
中身が危険物だと分かってしまった護符を炭田に置いて来る訳にもいかないし、上の無人機に格納するのも不安なので持っている事にしたが、スキミング対策もして厳重な密閉したのにしっかりバレている。
ダッチオーブンで焼かれた鮎をもしゃもしゃと骨ごと齧り、ついでに焼きキノコに醤油をかけて自前の怪しい地酒で流し込むカウボーイは、完全に飲んだくれの絡み酒野郎だ。
一斗缶で焚かれた火は幾重にもガードされ、立ち上る火の粉一つ一つがのじゃロリの設置したファージと砂鉄の網に捉えられ綺麗にもみ消されている。
その炎に照らされたカウボーイの顔は既に茹でダコだ。
酒弱いなら呑むなよな。
酔ってるフリって事ないよな?周りの人間は皆関わり合いになりたくない空気バリバリだ。
俺が完全に唯一の被害者になっている。
因みに、呑んでいるのはこいつだけだ。
「そのようなモノです」
逆にロリの関係者面してれば、あまり突っついてこないのでは?
お付きの兵士たちは、がっちりスーツを着込んだ上でバイザーを下ろし、我関せずと周囲の警戒に忙しい振りをして距離を保っている。
トマスはロリの横で焼きたての馬肉を切れ味の良いミートナイフで切り分けていて、それアレか?
馬で乗りつけてきたカウボーイへの当てつけか?
いやそれは俺も喰いたいんだが。
あ。残り少ない。
カウボーイの手下二人は、隅っこの方で背を向けて、焼きモロコシを齧りながら何かゴソゴソ仕事をしている。
データは一部開示されてるな。
さっきの風の解析結果を視覚化している。
焚火を挟んだ正面にいるロリは、カウボーイにレスポンスを返す俺を注意深く見つめている。
特に俺らに何か言ってくることはせず、じっとりと観察されてて、色々このオヤジの事を聞きたくとも危なくて発信出来ないのでめっちゃやりにくい。
「山田様!どうぞ!」
俺の口から涎が垂れてるのがバレたのか、焼きたての馬肉を木皿に載せてトマス君が持ってきてくれた。
ロリの指示か?
ハッキングされ易くなるからメット外したくないんだけど。
専用回線開いてるから大丈夫って事なのか?
「有難うございます」
折角だし。メットを脱ぎ、差し出された串で肉を頬張る。
刺身なら食べた事あるが、焼いたのは生まれて初めてかもしれん。
「旨っ!?」
なんだこれ?馬肉って焼くとこうなるのか?
油が黒豚より甘い、コクと香りも凄い。
今まで食べた事のある肉と類似点が見つからない。
これが馬肉・・・。
生きてて良かった。
何とも言えない香ばしさ。味付けは塩コショウのみだが、使ってる燃料が良いのだろう。
メインは白炭だが、馬肉を焼く前に木片を少しくべていた、アレが良い仕事しているんだ。
俺が食べ終わるのを待っているのかと思ったが、ふらりと立ち上がったカウボーイは手下の所へ行ってしまった。
待ってましたとばかりにロリが寄ってくる。
丁度煙の位置だったので少しずれる。
「山田。進捗はどうだいの?」
と言いつつ、俺の肩に触れて接触通信を開始する。
”マテマテ。俺にダブスタとか無理だぞ?マルチタスクは苦手なんだ”
”なら、パネル見ながらにしようかの”
帰る相談か?
”何か気付いたか?”
そっちかよ。
”帰る相談じゃないのか”
”三千院か?んなのは些事じゃ”
些事扱いされるエルフの名家当主ってどうよ。
”隠すことは無い。結果は共有してやれば良い”
謎が解ければ、とっとと追い返せると?
何年も塩漬けだったのに、昨日今日で解けるかよ。
どの道、明日には帰るしな。切り替えるか。
「この七種類に分かれている濃度は、ここでしか見られないのですよね?」
ロリは、俺の丁寧語に口をもにょもにょさせて変顔している。
「じゃな」
「誘導は特に行われた形跡が無い。電力の差異は若干ありますが、分かれた後はこれも安定している」
「似たような現象はここ以外無いで」
つまり、原因の一部はこれが関係してるんだろうけど、そもそも、何でアドレスが無い場所からハッキング出来るんだ?
発想を変えよう。
どうやったらアドレスが無い環境でハッキングが出来る?
「ハッキングはこの割れ目の底部でしか発生していないのですか?風の時も?」
「中層より下、百五十メートルから四百メートルまでの空間じゃな」
綺麗に層が分かれているのもここからだ。
「我々の方が異物なのか」
「まぁ、だから溶かされるんじゃろ」
いや。
「ハッキングされてると見なされて対処されてるんだ」
「それは」
のじゃロリが気味悪そうに割れ目の方角へ目をやり、暗闇を睨む。
「あそこの環境自体がパーソナルコンピューティングされとるのか」
「ですね」
となると、やっぱファージネットワーク上のAIがワルサしてるっぽいよな。
まだ推測の域だが、あそこにはAIが存在する。
「サーバーらしき機構は存在しないんじゃがの。AIだとして、何がしたいんじゃ?」
「いえ。その発想は人間的です。維持する事に必要性があるとすれば、七層に分けている事自体が目的になっている可能性が有ります」
「風が吹くときに七層に分かれるのを邪魔する物だけ溶かされる?」
自分で言って、腑に落ちたようだ。
同時進行でロリが色々走らせ始めた。正直羨ましい。
”三千院の崇拝者が亡くなった時、どんな状況だったんだ?”
”わっしは又聞きしただけじゃ。気になるならあやつから聞けい”
良いのかよ。
オッケー出たから良いのか?
そのまま、訳の分からないプログラムを無数に走らせてるロリを置いて、カウボーイに近づく。
「三千院様、少し宜しいでしょうか?」
波形を見ながら三人でぶつぶつ呟いていたが、近づく俺を嬉しそうに振り返る。焚火の薄明かりで見ても分かるくらい目が真っ赤だ。相当酔ってるな。
「宜しいとも!何だね!」
デカいな。声が骨まで響く。ボリュームつまみが欲しい。
「失礼を承知ですが、解明の為。崇拝者の方の亡くなった時の状況を聞かせては頂けませんか?」
怒ったりはせず、少し悲しい顔をしただけだった。
「構わないよ。スフィア越しだがログもある。一緒に確認しようか」
俺と接続が無い事に気付き、手を差し出すが。
「・・・。パネルを借りようか」
出来る訳が無い。
「そうですね」
映像の中のその女性は、レースの刺繡を被せた硬質アイマスクを付けて、柔らかそうなピンクの鼻をした兎タイプの外見だった。
使い込まれた探索型アトムスーツの中で好奇心いっぱいの目をキョロキョロさせ、しなやかな動きで検査キットの操作をしている。
画面のこっちにはカウボーイがいるのだろう。
取り留めのない会話で優し気に笑っている。
「始まるぞ」
画面を一緒に見ているカウボーイが押し殺した声で囁く。
風が吹くことを彼女も知っているのか。物影に身を寄せ、周囲のメンバーと走査機器の入念なチェックをしている。
虹色の霧が爆風となって割れ目に吹き込んでくる。
結構強いな。
風の中、鼻歌を口ずさみならが数値を追っている兎は、ハッと風の吹いてくる方向を見上げ、嬉しそうにこちらをみた。
”カネヤッ”
そこで映像は砂嵐になり終った。
呻き声がして隣を見ると、カウボーイは物悲しい顔で最後の笑顔を見つめている。
「何かに気付いて、私の名前を言って、伝えたい事があったんだろう」
”そやつの名前は兼康じゃ”
三千院兼康か。
力なく、泣きそうな声だが、その目に涙は無い。
変えられない過去を悼み傷心に浸るエルフには、人の心があるように見えた。
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