第192話 変遷
「時間では?」
当たり障りなく先を促してみた。
威圧的に周囲の茂みから見下ろす兵士たちの中の、熊手女の視線が気になったからだ。
俺の時間は有限だ。
何があっても、炭田には一週間で帰らなければならない。
森全体が轟轟と唸る中、俺の声は大きくはなかったが、ロリもカウボーイも反応した。
「そうだよ。舞原公主!これはとても重要な事なのだろう?私が来た理由のもう一つは正にそれだ!」
多分、こいつは西洋歌舞れなんだ。
きっと、銃で非国民に穴を開けるのが趣味なのだろう。
西洋人は手から何か射出して人を傷つけるのが大好きな民族だからな。
それ以外のコミュニケーションを知らない奴なんだ。
”浸食されとるぞ?セキュリティソフトのパッケージング関連項目は全てカットしておけ。対策パッチを当ててやるで”
周囲の環境データと共にバイタルサイン測定値が送られてきたが、どれがどう関わっているのか意味不明だ。記録だけして後で解析しよう。
ファージのオフライン化はしてあるのに、ホルモンバランスが外的要因により間接的に操作されているらしい。
なんだろう?音か?光か?
こいつがやってるのか?
向けられた銃口たちを意に介さず、カウボーイは手下二人を連れて割れ目に歩いて行ってしまった。
聞きたい事が沢山あるが、ネット接続も発信したくないな。
「案内してたも」
と思ったら、ロリが手に触れて接触通信してきた。
エスコートがてら送られてきたパッチに目を通し、頭には入れずにアトムスーツの更新だけしておく。
”用心深いのう”
ロリは苦笑いだ。
”全部当てないと意味ないんじゃが。なら、わっしのプライベートポート解放するで、悪さに使うなよ?”
凄いの来たな。
お嬢様から住所とメアドと部屋の鍵一緒に貰ったようなものだ。
それだけ今の状況が危険って事か。
”これならオンライン通信出来るのか?”
試しに発信する。
”通じる範囲内ならわっしがガードする。傍受はされるが、内容が読まれる事はまず無いの”
通信自体はバレるのか。
多用は出来ないな。
”レーザー通信は駄目なのか?”
”送信する光はファージで感知される。読まれはせんが、同じことじゃ”
なら、遮蔽物の無い直線以外でも接続出来るファージで良いって事か。
”調べたい事はわっしに送れ。走査はこっちでやるでの。絶対に外部で誘導かけるでないぞ?”
”了解”
話の感じから、地下市民と思われてるかもだが、スリーパーだという事はまだあいつに勘づかれてないっぽいな。とりあえず一安心だ。
俺は、一本道のRPGで、敵にドヤ顔させる確定行動しかとれない展開が大嫌いだ。プレイヤーの思考誘導という目的においては効果的だし仕方のない事かと思うが、”こんな事されたんだよ?酷いでしょう?憎んで?”と踊らされてる不快感が半端ない。
加えて、プレイヤーとか被害者側の事前準備が杜撰過ぎたりすると、もっとどうにかできなかったのかと思う。
手持ちのカードを使う事しか選択できないというのが当たり前なゲームの世界では、それで良いだろう。のこのこダンジョン探索に来るアホにはドラゴンだのオークの群れだのけしかけなくとも、帰り道をちょっと塞いでからスタングレネードとマスタードガスをしこたまプレゼントしてやれば良いだけだ。
でも、現実で確定行動は、只のクソムーブ。
現実では、手持ちアイテムやスキル以外でも、手順変更、環境、人脈、法律や権力など、手段はごまんとある。
つまり、ラスボスの首を前に手をこまねいてるだけの今の俺はマントはためかせてクソムーブしてるJRPGのプレイヤー以下って事だ。
「最大時は風速十五メートルになる。赤外線通信しても良いかい?」
裂け目を覗き込み、自前で飛ばしていたスフィアからの観測結果を細かく集計しながらカウボーイが俺に言った。
そんな強風の中、マスクもメットもせずにカウボーイハット一つで大丈夫か?
昔TRPGが好きだったころは、音声出力で目の前でドヤ顔してにゃもにゃ呪文唱える馬鹿なMOBには、須らくファストアクションで顔に強風を浴びせてあげた。
それだけで人は息も吸えず声も出せないからな。
風速十五メートルもあれば、弓矢も打てず、剣も振れず、歩くことすら難しい。
以降、GMがシチュエーションによる強風対策をガッチガチにやってきて皆でバカにしたもんだ。
「わっしを通してくれ」
未だ繋がれた手をちらりと見て、一瞬口を尖らせ目をくるりと回すと、カウボーイからロリ経由で通信環境が構築される。
「山田君はサルベージャーなんだろう?初見の感想はどうだい?」
マイクを通さず、強風の中普通に喋っている。気流誘導の形跡は無いんだが、どうやっているんだ?
詮索は後にするか、俺は九十九里から出向してきた当たり障りのないクソ野郎を演出しよう。
”非常に興味深い現象ですね。ファージコントロールの見地からも、この検証は非常に重要なものとなるでしょう”
面白くも無い返しに重く頷き返し、続けて聞かれたくない事をしっかり聞いてくる。
「だな。時に山田君。その右手の指は濃度異常による後遺症とみたが、子細無ければ教えてはくれないかね?・・・ほら」
”とぼけろ”
ロリから暗号通信。
「血が出ているよ?」
何もかもを、見通すという、気迫の籠った鈍色の眼差しが、俺に気持ち悪い陰となって被さってくる。
グローブの中で右手が疼く。
こいつを凄く大きく感じた。
右手の小指と薬指はサイボーグ化の継ぎ目が凄く痒くて、これは欠損した細胞が再生してるくさい。
こんな時に!
この風が原因なのか?
直近、組織修復剤はそんな指が生えるほど多量に摂取してない。
熊手に殴られて口に含んだ程度だ。
元に戻るのは嬉しいが、タイミングが悪すぎる。
ファージは完全遮断してるのに、風の影響とかあるのか?遺伝子情報が書き変わってるのか?自然修復なのか?
そもそも、腐敗や酸化を促進させるのとは全く違う気がするんだが。
”落ち着け。因果関係は分からんが、目の前の問題に対処するで”
そうだな。
とりあえずは。このカウボーイと一緒に割れ目を検証して、穏便にここから逃げ出さなければならない。
当然、こいつはそれだけで済ますつもりはないだろう。
九十九里は都市圏と繋がりがある事を知っているし、当然ながらそれを快く思っていない。
俺を明日の朝の食卓に並べるのがナチュラリストの義務とか思っている筈だ。
”三千院はマルチタスクしとる、この素体は本体じゃがファージガードを起動しとらん。因みに、常に五人以上起動しとるが、重度の分裂病でまともに頭が働くのは本体だけじゃ”
なんだそりゃ?
”こやつの頭の中は既に自分の脳が一欠けらしか残っとらん。子供に分け与えてしまったからの”
知りたい事が増えたな。
知ったら、俺はこの地で”不思議な力で死ぬことになる”んだろうけど。
「山田君!イオン濃度帯が細分化されていくよ!」
暴風の中、カウボーイが俺の耳元で怒鳴っている。
音声繋がってるから、口元の風さえ防げば普通に喋れる筈だが、台風実況大好きな奴みたいに、帽子を押さえて強風の中大声出したい感じなのか?
麓から戻ってきた強風は、割れ目の中をかき乱し、ついでに周囲の大木をこれでもかと揺らしている。
既に紅葉し切った葉は容赦なく振り落とされ、真っ暗な森の中は落ち葉に塗れて視界も電波もほとんど通っていない。
小石や枝も飛んでて、非常に危ない。
割れ目の底の方で走査していたスフィアのいくつかが、飛ばされて壊れた。
浸食されたな。駆動系が壊れて姿勢制御出来なくなったんだ。
上層で生き残っているスフィアから送られてくるナトリウムイオン濃度の分布図を見ると。確かに、この強風の中でもイオン濃度が変動せずに停滞している。
均一だったイオン濃度が見てわかる程綺麗に分かれていく。ファージ自体は風に逆らえず流されるままになっているから、意図的にその空間に濃度固定されているんだ。
誰が?何の為に?
層は、濃度毎に七種類くらいに分かれているが場所に規則性は無い。
風は五分程で止み、イオン濃度も次第に撹拌され均一に戻っていった。
特に何かオブジェクトが発生したとかは無く、下層に滞空していたスフィアや検査機器のほとんどが壊されただけだ。
テントや飛ばされそうな物資は兵士たちが予め装甲車に戻しておいたし、割れ目には誰も入らなかったので、人的被害はカウボーイの目にゴミが入った程度だ。
隣の川にも風は吹くのだが、少し強いかな程度でこの辺りみたいな強風にはなっていなかった。向こうは微風程度でまだ吹いている。
「発見された当初は、浸食自体は発生していたが、そこまで強力ではなかった。普通に人も入れたからね。初めて溶けて死んだ。イヴ以降、被害は拡大する一方だ」
イヴ?資料には無かったな。
「イヴは三千院の崇拝者の一人じゃった。聡明で活動的なおなごじゃったな」
ここで溶けて死んだのか。
”初めて亡くなったのがそのおなごじゃ”
「私は未だ、彼女の死を受け入れられない。目の前で朽ちゆく彼女のあの笑顔がどうやっても忘れられないんだ」
こいつが脳を切り売りしたってのは、それを忘れたかったからなのか?
「彼女はこの東北で唯一の、本物の冒険者だった」
冒険者。
「彼女のあの笑顔の意味を知る為に、私はその生活を倣う事にしたんだよ」
今では一人歩きしているが、俺が子供の頃、冒険者と言えばネズミとイタチの戦争が思い浮かぶ。
敵も味方も魅力的なキャラばかりで、一山いくらの不快な雑魚など、文や思考を汚す異物は欠片も出てこなかった。宝石の如く並べられた文章は読むのが惜しいくらいで。当時、出てくる詩は全部暗記するくらい好きな物語だった。
奴らは正に冒険者で、個性豊かな仲間たちが未知の探索にその短い命を燃やす。
俺が厨二臭くなった頃から、冒険者の定義は変わり始め、俺ルールを押し付けながら法律を無視してやりたい放題世界中を荒らしまわる傭兵にその名が付けられた。
何が”冒険”だ。
世代を重ね、ご都合主義の代名詞となってしまった”冒険者”に、冒険の面影は欠片も無い。
俺が四つ耳の彼氏のヤマダに聞いた時、苦笑いしながら万屋の説明をしていたのは、その当時の歴史的経緯をヤマダも知っていたからだろう。
ヤマダはこいつの崇拝者と知り合いだったのかな?
青春の真っ盛りにTRPG大好きだった俺は、当時何の疑問も抱かずに、自由気ままに闊歩する根無し草の派遣労働者たちを夢見ていた。
智謀と知略の限りを尽くして厄介事を解決していく自由と栄光の象徴だった冒険者は、俺が眠る直前の頃にはクソチーターかクソハーレム野郎の代名詞になってしまった。
ガキの頃憧れていた職業。
こいつとその崇拝者だった女性は何を成してきたのだろう?
人喰いのクソなのは置いておいて、単純にこいつに興味が湧いた。
”殺気が漏れとるぞ?”
おかしいな。
遮断は完璧な筈なんだが。
崖下を睨みつけ、物思いに耽っていた俺にロリが茶々を飛ばしてきた。
「ははは。興味津々だね!面白いだろう?冷気が吹きあがってくるね。芯まで凍りそうだよ。考察は向こうに戻って焚火を囲んでからにしようじゃないか!」
こんな落ち葉に埋もれた山の中で焚火なんてして良いのか?
風は止んだのに相変わらず声がデカい。
声質の所為で余計頭に響く。
俺は気付かれないようにそっと無線通信のボリュームをオフにした。
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