第191話 山踏みたち
この谷には異変の兆候が全く無い。
腐食した物を調べてみたが、専門家ではないのでよくわからん。
俺に求められているのは、ファージ的な見地からの意見とアドレスの探索だけだろうしな。
ここでしか生息していない小型のショゴスも見せてもらった。
ヒルみたいで気持ち悪い。ビチビチ地面で跳ねてるのを見ると、熊谷防衛のとき集られたのを思い出して、背筋が凍った。
野生に生息するショゴスのヒルには、内臓に炎症を起こす寄生虫を含むモノが多いと後から聞いてしまってから、もう二度と吸われたくない。
「つまり、このショゴスもそうですが、ここで生息している生き物はファージ濃度が他の地域に比べて二割ほど多いのが特徴です」
「なるほど」
計測と解明の為一緒についてきた専門家から話を聞こうとしたのだが、説明が下手過ぎて俺が理解できなかったので、巨乳メイドに要約してもらっている。
この地質学者の兄ちゃん、歳は若そうだが、俺に分かりやすく説明しようと頑張り過ぎて”要するに”と”例えば”が多すぎる。話が取っ散らかってしまっている。
素人に説明する時に一番やってはいけない事だ。
しかも、しっかりかみ砕いて説明してくれと言ったら、ファージの歴史から始まりそうだったので、のじゃロリがメイドを付けてきた感じだ。
巨乳美人メイドが隣に来たら、焦ってしどろもどろになってて微笑ましい。
ここの動植物はファージ誘導による濃度増加を利用して生きてるって事か。
いや、風が吹くときに持ち込んだファージが結果的に蓄積してるだけなのかな?
でも、この割れ目以外では濃度が違う動植物は見付からないんだよな?
動植物に限らず、高濃度のファージに晒されると緩和されて一時的に内部の濃度も上がる。その際、変異を起こして遺伝子崩壊する可能性は高いのだが、ケーブルなどの無機物で出来た人工物が破損する理由にはならない。
その風ってのがどういうものか、見てからだな。
「ここにいる生き物は皆濃度が高いのか?」
「ですね。濃度に関係無く、腐らなかった植物が次の日には腐ってたりとかもあります」
基準が不明だな。
「持ち込んだ機材は全部使えなくなったんだよな?」
「昼間見て頂いた通り、吊り橋やケーブルの一部など、無事なものもありますね」
確かに、残っている物も結構在った。
「ファージガードを起動しておくのは駄目なのか?」
それには、横でトマスと森林浴していたロリが答えた。
「色々試したが、全部浸食されての。クラッキングは児戯じゃが、電子的にガード出来ても、物理的に破損してしまう」
「破壊プロセスの妨害は?」
「現状無理じゃ。分離した風が複雑な上、強すぎて維持出来ん」
そんな事あるのか?
見りゃ分かるか。
もうしばらくすれば、風が吹く。
「んあ?なんじゃ?客か?」
のじゃロリが空を見上げた。
「通達はありません」
スフィアと通信をしたメイドが応えると、兵士たちが弾かれた様に散って行った。
「なら。包囲を抜けてきたか。山三つ分囲ったんじゃがの。堂々と顔出したんなら、殺す前に迎えてやろうかいの」
清々しいほど物騒だなあ。
何故か馬の嘶きが聞こえてきた。
こんな険しい山の中で?
馬が走れる訳がない。
スフィアで音声出力してるのかと思ったが、草木をかき分ける音もしてきた。
「野生馬だと思って見逃したようで御座います」
いつの間にか機動装甲を纏ったメイドが重機関銃を構えている。
「あー。良い良い」
「殺す良い機会では御座いませんか?」
「メアリ。あ奴は悪意は無いんじゃ」
知り合いか?
「こんな山中で馬を駆る奴には心当たりが有るで」
大規模なファージ展開をし始めたロリは、スモークを切ってからメットを被るよう俺に促す。
馬への掛け声も聞こえてくる。
ガサガサ音も近くなり、藪を飛び越えてテント前の広場に真っ黒な馬が三頭躍り出た。盛大に土を跳ね飛ばしてたたらを踏み、のじゃロリに飛び散った土砂をメイドが盾でガードする。
「やあやあ失敬!舞原公主!久しくお目にかかる!」
よく通るバリトンで重々しい男の声が響き渡り、荒々しい馬の腹に貼り付いていた奴らは一旦上の鞍に戻り、先に忍び服の二人が飛び降りてカウボーイ野郎の下馬を手伝っている。
それ、鞍に戻らずに降りた方が早くね?
「ああ。メアリ。今日もスーツが美しい。夕闇に煙るショゴスでさえ君を引き立たせるエッセンスになってしまうのだね」
周囲にショゴスは飛んでない筈だが、ファージ展開したロリへの皮肉だろうか?
白髪の混じった無精ひげのおっさんは、差し出されたロリの手にキスをした。ついでにメイドの手にもキスしようとして、銃口を鼻に突きつけられている。
ここまで失敬されてのじゃロリが眉一つ動かさないのだから、見た目通りの奴ではないのだろう。
それより。山の中を駆けまわれるよう特化してるのだろう。サラブレッドよりさらに一回り大きい黒葦毛の馬たちは、足がサイボーグ化されてて、体全体から汗の湯気と熱気を出して迫力が凄い。
馬たちにはキャンプキットにポリタンク、毛布と散弾銃が積んである。
これ、ロボットじゃないよな?
”こいつは三千院の現宗家じゃ”
はぁっ?!
ナチュラリストの中で一番のクソ野郎どものトップ!?
こいつが?
舞原の送信に気付いたのか気付いてないのか、そのカウボーイ野郎は俺の方を向いた。無機質な目からは何の表情も読み取れない。
東北の偉い奴はカウボーイハット被らないといけないジンクスでもあるのか?
「早馬に自ら乗馬とは、そんなに急いで何処へ行くんじゃ?」
カウボーイは馬に水をやるよう手下に指示を出し、ロリに向き直る。
「私がここに興味を持っているのは君も知っているだろうに。それに、うちの者が迷惑かけたのを誤解されていたら心外だからね。誠意を御見せしたまでだよ」
「先のメールで十分じゃ」
「そうは思えないね」
意味ありげに目を細める。
「陸奥国府は君の点数稼ぎを看過できないとお考えだよ」
「国府じゃのうて、お前が看過できんのだろ」
「そうとも言うね」
申し訳程度に一瞬口だけ笑ったカウボーイは俺に目を合わせた。
高そうなアトムスーツを着ているがメットはしていない。
アシストスーツは乗馬専用だろうか?人工筋肉の付き方が偏っていて運用方法が良く分からない見た事のないタイプだ。かなり長時間稼動してたのか、馬といい勝負の発熱具合だ。
「この少年を紹介してくれないのかい?」
「わっしの客じゃ。九十九里の方から来た。山田じゃ」
間違ってはいない。
その設定でいくんだな?
「どうも。山田と申します」
流れで俺が挨拶したらロリが噴き出している。
おいダメだろそういうの。誤魔化す気あるのか?
「・・・。山田君。若いね。こんな田舎の山奥まで大変だろう。公主は人使いが荒いからね」
「とんでも御座いません。公主におかれましては、非常に良くして頂いております」
てか、このアトムスーツで色々バレたよな?
一番ヤベー奴なんだろ?
これが豹変すんのか?
それとも、これがデフォでこの状態で殺しまくって喰いまくるのか?
人類を原始時代に戻そうとしているナチュラリストの旗頭。
この場所に仕掛けてた兵器でも有ったのか?
採掘利権だけでトップがすっ飛んで来る訳ないよな?
「鷲宮の三男君も会って、舞原君も故意で、我が家だけ仲間外れは寂しいな」
俺に会いに?
タコとの事を知っている?どこまで知ってるんだ?
俺がスリーパーなのも知ってるのか?
検査以前に、こんなのがいたら走査どころか、俺がファージ接続出来ないぞ?
既視感で、起きる前によくあった”仕事の邪魔しにくる他社のお偉いさん”を思い出す。
忙しい時に限って、急な案件いくつも持って会議刺し込んで来たり、下らない応対で相手するのに時間削られたり、こっちの都合などお構いなしに仕事を増やしてきやがる。JRPG見習ってタスク管理の空気読んで欲しい。
「茶番は良いじゃろ。何度頭がすげ替わってもわっしは構わんぞ?」
装甲メイドの重機関銃が音も無くカウボーイに向くと、無精ヒゲのおっさんは眉を八の字にして大げさに両手を上げた。
殺さないんじゃないのか?やっぱヤるのか?
ここでこいつを殺すとどうなる?
「私が消えたら君も面倒だろう?委員会の手綱は誰が握るんだね?」
「炭田はわっしら全員消えれば良いと思っとるの」
「ははは。なら、私たちは仲良く溶鉱炉に遠足と洒落込むかい?」
「炉に人など落としたら、粗鉄が使い物にならんわ」
カウボーイは素で返されて鼻白み、詰まらなそうな顔をした。
「今回は、私の意を汲んで欲しいね。いつも君には譲歩してあげてるだろう?偶には」
恩着せがましく講釈が始まりそうだったのをロリが遮る。
「三秒前に通達出して”譲歩”とは!片腹痛いわ。子供まで人身御供にして、山田も死ぬとこじゃった」
俺がターゲットなのはここで確かめるんだな?
「想定の範囲内だったろう?山田君。済まなかったね。私らにも事情が有るんだ。それに公主、一番若い子は娘の崇拝者だった」
「下衆の極みじゃの」
どちらともとれる、別のネタで話をずらしてきた。
「委員会からの作戦通達で、娘の崇拝者を襲撃メンバーに入れなければ、何故か奥さんが早死にするバツ八の老いた豚との縁談を勧めると脅されてね。娘は今軽井沢で泣き崩れているよ」
「知ってて委員会を誘導したんじゃろ。白々しい」
色々事情が有るみたいだが、ガン付け合ってて良いのかよ。
森全体が騒めいている。そろそろ始まるんじゃないか?
もう結構吹いてきたぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます