第190話 経験とストレスの喚起

「飽きもせずにようやるの」


 スフィアとは別に検査機器をいくつか設置した後、テント設営を終えた俺らは、夕方までやる事も無いので、俺の靴慣らしも兼ねて、舞原の兵隊たちと模擬戦で遊んでいる。手の内を知らない奴らとの模擬戦はいつだって楽しい。

 都市圏群の傭兵とも、炭田の奴らとも動きが全く違うので新鮮だ。


 風がかなり強く吹き抜けるとの事で、強靭に張った就寝用テントの他にも装甲車二台の隙間に被せる形でタープテントを設置し、のじゃロリはその下でダッチオーブンをおっぴろげて、メアリに焼いてもらった岩魚の塩焼きを、トマス君と一緒に豪奢なキャンプチェアに座って優雅に齧っている。


 見世物ではないのだが、俺らはその前にやっつけで作った広場で格闘戦とその研究だ。


「知るのは楽しい」


 俺が代表して答えておく。


 ファージ誘導合戦と違い、戦闘においてセオリーを知るのと知らないのでは立ち回りに天と地の差が出る。

 分からない動きをされてたじろいでしまうような奴は、殺し合いなどせずにスポーツ格闘してた方が良い。相手の土俵で戦わないのは殺し合いの基本だ。

 動きながら解説し合ってたら、熊手女が首を捻る。

 隊長たちも唸っている。


「矢張り。横山殿の動きは変ですね」


 ここでは誰も聞いてないので、皆気にせず横山と呼ぶ。

 動きが変なのは貴女だ。その腕の千変万化は分かってても驚く。


「あ。いえ。なんだろう?雑なんですが、結果的に理路整然としているというか。いやその。言葉にし難いですが」


 言いたい事は分かる。


「フォローしなくて良い。それは合ってる。俺は正式な人殺しの訓練は受けた事無いからな」


 この、死が軽い世界で起きてからずっとそうだが、誰かを殺す時、俺は闘うという感覚で向き合っていない。闘うとダメージを負う。殺し合いの最中にダメージはよろしくない。

 当然、スマートな軍隊格闘とも全然違う。


 対人戦で殺す時は相手を狩る為に思考を最適化する。

 戦うというより、狩りに近い。


 そもそも、こんな風にタイマンで向かい合う時点で、ルールで縛ってしまっている。まぁ、訓練だから当然だ。


「殺すという気持ちは相手に利用され易い。相手の死に沈んでいく方が生き残りやすい」


「なるほど。キツネの気持ちですね」


 なんとなくふんわり表現したら、しっかりとふんわり理解された。

 熊手女はふんわり系女子だな。


「隊長の闘争心訓練は横山様に利用されるだけみたいですよ?」


 この子。上司にモノ申せる子なんだな。隊長苦労するわ。


「ストレス耐性訓練は公式に認められたカリキュラムだ。それにあれは、闘争心を鍛える為のものではない」


 お堅く返す隊長は奥歯に物が挟まった返しをする。


「そうですか。罵詈雑言で新人を蕁麻疹だらけにするのが趣味な人しか上にいけないのかと思いました」


 額に青筋を立てながらも、隊長は柔らかく返していく。


「精神破綻してる人間は兵役につけない」


 俺の前なら何言っても殴り飛ばされないからだろう。

 舞原も聞いてるのに言いたい放題だ。

 上司のパワハラを代表の前で突っついてる。

 熊手、若いな。

 眩しい。


 兵隊は崇拝者じゃないんだよな?


 舞原は面白がってニヤニヤしてるだけだ、止めようとしない。 

 平行線になりそうなので、助け舟を出してやる。


「ストレス訓練の内容は知らないが、人殺しを育てる組織ならどこにでもある」


「部下を精神的に傷付けて自殺まで追い込むのが訓練だとでも?」


 あ。矛先こっち向いた。


「そうだ」


 熊手女は怒りで一瞬声を失った。


「スリーパーのあなたが!そんな事を!」


「ナイア。それはお口にチャックじゃ」


 流石に舞原からダメ出しが入り、縮こまってしまった。

 隊長からは教えられないだろうから俺から言っておこう。


「ナイア。戦場で冷静な判断が出来ない味方は敵より悪い」


 名前を呼んだら嫌な顔をされた。


「そんな事は知ってます」


 気にせず続ける。


「どんな時でも、喜怒哀楽に突き動かされずに作戦を遂行できる人間でなければ、いくらナイフが上手かろうが、射撃が上手かろうが、只のお荷物だ。映画だったらそういう奴だけの方が面白いけどな」


 映画では、苦しみや悲しみを前に発狂する奴の方がウケが良いし、演出しやすい。

 俺はそんな奴とは絶対に一緒に戦いたくない。


「他にトレーニングのやり方があるのではと言ってるんです」


「無い訳では無いが、効果的で低コストな方法は限られているんだ」


「どうしてですか?」


 隊長が気まずい顔をしている。

 知っているのと知らないのでは効果が違うんだろうが、こいつは鍛える側に回ってもらえば良いんじゃないかな?

 そこまで俺が気にかける事じゃない。


「ストレス対策は二つある。一つは、理解しない事。もう一つは、同程度のストレスを経験しておく事。それだけだ。それ以外は無い」


「そんな。横暴な」


「そうだ。ストレスは横暴だ。知らない言語で罵られても、口調が優しければ全く痛くない。一度高所から飛び降りて無事なら、二回目はどってこと無い」


「だからって。追い込みすぎては」


「罵られた程度で捻くれたり折れるようなら、人殺しには向いてなかったんだろ」


 殴りかかってきた熊手女の拳は。嗚呼。とても素直だ。


 想定していたので、目のセルフバフは起動していた。

 熊手ではなく只の握り拳だったし、綺麗に頬狙いだったので殴られてやる。

 案の定、力みまくった拳で全く響かない。

 少し頬の肉が歯で潰れて、口の中に血が出た。

 ぺっと吐いたら、のじゃロリが”あら、勿体ない”と現金な感想を漏らす。

 避けなかった俺と自分の拳を睨んだ熊手女から、二発目は来なかった。


「ナイア。頭を冷やしてこい。誰かついてってやれ」


 隊長は甘ちゃんだ。

 きっと人望がある良い上司なんだろう。

 クライアントへの配慮も忘れていない。


「済まんな」


 そう言って、自らの組織修復剤を手渡してきた。


 舞原や俺に色々弁明したい事があるだろうが、それだけだった。

 こいつは大人だ。

 こいつの元で強い兵士たちが育つだろう。

 俺が虐めてしまった感じになってちょっと居心地が悪い。

 炭田や都市圏群は、こいつらと殺し合わなければならないのか。

 こいつらは自称魔法使いの子分ではない。

 寄合衆みたいなバーサーカー集団とも違い、とてつもなく精強だ。

 熊手の若さに呼応する連中も、いずれはこの隊長の元でキリングマシンになるのだろう。


 俺も、大宮でつつみちゃんやソフィアとツーリングして、八方ふさがりで死にかけた時は酷かったな。

 守る気持ちがネックになり、しくじりまくって大怪我しまくった。

 あそこで冷静になって狩る気持ちでいられたら、もっと上手く立ち回れただろう。

 当時の状況を考えたら無理な話だが、また同じ状況になったら次はもっと巧く立ち回る。


 同じ状況など作る気は毛頭も無いが。


 軽く口に含んだ修復剤は少し痒くて、口の中が温かくなる。

 近くにあった苔生した岩に腰掛け、頬を掻き毟りたくなるのを堪えて足を振る。

 これが巧く使いこなせば・・・”ぼくがかんがえたさいきょうの足”になる。

 一本下駄は便利なのは分かるんだけど、どうもしっくり来ないんだよな。




「もう一勝負お願いします」


 たいして時間もかけずに戻ってきた熊手女が、真っ直ぐな目でトライしてきた。

 隊長も苦笑いしている。


「手加減しないぞ?」


 現役の兵隊だろうと、ルールを限定しないならそうそう負けない。


「時間は有限ですから。あなたと試合える機会も」


 敵対組織のスリーパーと練習試合出来る機会なんて、俺だって喉から手が出るほど欲しい。

 表立ってやってはいないが、データサーチも抜かりないんだろうなあ。




 全員がギャラリーの中、五メートル離れて向かい合う。


 獲物は何を使っても良いが、発砲は無しというルールだけ設定している。

 格闘がしたいのに、早撃ちで終わりは味気ないからな。


 この熊手女は手癖が非常によろしくない。

 聞いたら、両方の肘関節と手首がサイボーグ化されてて三百六十度可動するという。そりゃぐねぐね動く訳だ。ディザームが全く通じないのにはビビった。

 直ぐ対応した俺にびっくりしている。

 苦々しい顔をみるに、言わなきゃよかったと後悔してそうだ。


 実は、その動きは俺の理解の範囲内なんだ。

 ベルコン動かすのに研究しまくったからな。そういうもんだと思って対処すれば良いだけだ。

 それに、肘が可動するからって関節技が決まらない訳じゃない。


「ああっ?!」


 鍛え過ぎた身体はそれ自体が枷になる。

 女性の筋肉は霜降りだから男性と違ってしなやかだが、筋肉量に反比例して可動域が限定されるのは一緒だ。

 もう癖なのだろう。間合いを掴むために不用意に出された手に寄り添い近づきながら肩をロックする。

 こいつの腕は、ヒンジだと思えばいい。

 骨と肉で出来ている以上、可動域には絶対に限界がある。

 三百六十度回転するなら、三百六十一度捻ってやれば良いだけだ。


 余程悔しかったのか、腕を捨てて喉を突きに来たので、怪我させる訳にもいかず仕方なく手を離し距離を取る。


「ナイア」


 隊長にダメ出しされて熊手は顔を歪めた。

 こいつ相当悔しがり屋さんだな。


「あの時俺はもっと悔しかったぞ」


 離れてまた向かい合う。


「そうですか」


 慰めにはならないらしい。


 懲りずに。今度は模擬戦用のナイフを始めから握り、何か新しいことを思い付いたのかゆるりと近寄ってくる。


 ああ。ダメダメ。

 バレバレっすよ。


 筋電位見ちゃってるからな。


 至近距離から振りかぶらず投げてきたナイフを思いっ切り跳び退って避ける。

 ソールの性能限界まで反発を使ったら膝がミシリと鳴った。

 アシストスーツ使わないと駄目だな。

 生身で出力最大まで使ったら踵の骨が砕けそうだ。


 後ろにあった大木の二メートルくらいの位置まで跳び移れた。そのままソールを鞭の形状に変えて一瞬だけ幹に貼り付き、落ちる前にまたロイター板にして跳ぶ。急激な加重に耐えきれず、背骨が軋んだ。

 宙返りしながらソールを棘にして伸ばしてから、緩く地面にぶっ刺しながら勢いを殺して熊手女の後ろに降り立ち、逃げようとしたその首根っこを掴む。


「ひん!?」


 見た目より細い首で柔らかかった。

 違う。これはセクハラではない。

 思いがけぬ報酬にギャラリーの雄共から下卑た歓声が上がる。


「おおっ!天狗じゃ!天狗がおるぞ!!」


「左様で御座いますね」


 一緒に騒いでいる嬉しそうなのじゃロリとは対照的に、巨乳メイドは非難する冷やかな目つきだ。


「そもそも、首元に針が入ったら即死じゃねぇか」


「むう」


 熊手は一旦真っ赤になった後、取り巻きのソルジャーに突っ込みをもらってしょげている。

 確かに、そういうのもあるな。でも、強度足りなくてこのソールでは刺さらないと思う。あえて言う気も無いけど、強度知ってるロリも黙っている。

 多少ダメージは期待できるけど、実戦でこんなとんぼ返り決める勇気は無い。


 そもそも、この辺りの奴らはクレー射撃が得意な奴がかなり多い。

 木立の間をピョンピョンしてたら良い的だ。文字通りハチの巣になる。


「変な使い方するな。使った事あるのか?」


 隊長がビンガムの設定値ログを確認をしている。


「初めてだ」


 慣れない電磁誘導な為か、微妙な出力調整がまだ上手く利かない。

 殺し屋の真似してみたが、練習が必要だな。

 んでも、これを使いこなせれば山間部での移動が劇的に楽になる。

 登りでも一本下駄よりスピードが出せる筈だ。


 ワクワクが止まらない。



 

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