第188話 ビンガム

「一々えげつないの。可哀そうに。チビッ子たちがトラウマになったらどうしてくれる」


「接待プレイでもソコソコ楽しめたよ」


「隣の兄さんが傷付くの」


「いや。私は普通に常時ランカーなんですがね」


 仕込みで座ってたおっさんは、ロリの崇拝者だった。

 ゲームは普通に得意らしい。

 実際、槍で相手されたら瞬殺だっただろう。

 俺がゲーム好きなのどこで知ったんだ?

 金持から聞いたのか?


「最後の近接戦闘でも、オブジェクトの破壊判定がシビアで、現実と同じ痛みと慣性が再現されていたら、負けたのは俺だった」


「慰めにもなりませんね」


 俺やトマス君と一緒に赤い長椅子に座らされて茶を啜ってるおっさんは居心地悪そうだ。このおっさんゲーム全般得意だそうだ。


 ロリの崇拝者だと紹介されて、イメージが九龍城の筋肉おばけだったので二度見してしまった。

 肉を削がれてるようには見えないな。


「安心しろ。ゲームが少し上手いくらい。ドヤるほどの事でもない」


 それに、昔の事とはいえ、このゲームでは昔俺もランカーだった。

 当時は同時接続百万人とかだったし、余裕で勝ってなければ詐欺だ。


「しっかし。足癖悪いですね。何やってるんですか?カラテ?」


 ガラの悪いおっさんから、丁寧語のサラリーマンに早変わりしている。


「特に。何も」


 経験は強さにも弱さにもなる。

 どんな競技にも言えるが、カラテをやっているから殺し合いに強くなる訳ではない。ゲームが強くなるにはゲームをしなければならない。

 俺が熊谷で傭兵と模擬戦でやってたパルクールバトルは、何にカテゴライズされるのだろう?


「足場の悪い所で器用に足を使うの。慣れてますよね?」


 起きてからは熊谷以降、出来る時はいつも、目を瞑った状態で力の入れ具合を数値化して、反復練習を飽きるほどやっている。まだまだだが、一応両手両足利く。手を足のように、足を手のように、動かしたい位置に正確に素早く。力でもない。速さでもない。身体をしっかり使いこなせないと殺し屋レベルにはなれない。

 俺はまだあいつの足元にもたどり着いていない。理想が決まってるから、迷わずに成長できる気がする。


「両利きだ。格闘に関しては、練習でも足場の悪い所でしか想定してない」


 実戦ではちょっとした床の凹みや窓、ドアがウィークポイントになったり武器防具になったりする。ジムでクソ強い奴も、裸足にさせて地面に砂利撒いただけで雑魚になるとかよくある。

 コンバットブーツの紐をドアに引っかけただけで突入時に転んで頭撃ち抜かれた奴もいる。

 基本、両手は武器で塞がっててしっかり動きたい傭兵は足を使わないが、俺は傭兵ではないし、ファージを使える前提で動くから、手も足も使う。

 最近はブラックジャック使ってなかったから、上手く使えるかどうか分からなかったが、間合いも見誤らず勝手に動いた。勘は鈍っていない。


「おお。そうじゃ。おのこに勧めたい靴があったんじゃ」


 ゲーマーたちと分かれて、裏通りに入る。

 設計された下町みたいで、絵に描いたような裏通りだ。

 道幅は狭いが、人通りはほとんど無い。通り沿いに並ぶ家屋の玄関前に所狭しと置かれた植木鉢や、縁側から室内が見える硝子障子は古臭すぎる。この通りもロリの趣味か?

 上を見ると、太陽灯が天井いっぱいに設置してある。この感じだ風も吹かせてそうだな。


 のじゃロリは暖簾を潜りガラガラと引き戸を開け、錆びた自転車が店前に置かれた小洒落た金物屋に入っていく。ちりんと鈴が鳴った。

 看板は自然木の切り出し板で、煤けて読めない。

 金物屋だよな?

 靴?


「いらっしゃいませ。公主様」


 ビスや接着剤が所狭しと並ぶ薄暗い棚を抜けた先、正面のレジには片眼鏡で靴の修理をする和服の老女がいて、目は若干驚いているが、態度には出さなかった。

 あ、やっぱ靴か。


「おう。予約も入れず済まんの。ふと思い出しての」


「いえいえ。ようこそお越しくださいました」


 半田ごてとピンセットを置き、出て来て深く頭を下げる。

 直している靴は海外のブランド物だった。

 精密機械だがこんな所で直せるのか、と作業台を見たら、コンパクトならがかなり高性能な工作台だ。

 後ろの棚には多種多様な金属片や基板が綺麗に棚で分けて入れてある。


「あの、以前任せたビンガムは調整出来たんかいの?」


「アレでしたら、後はサイズ調整のみで御座いますね」


「この坊じゃ。仕立ててくれんかの」


「あら。只今ご用意します。掛けてお待ちを」


 一瞬、鋭い目を俺に向けたが、にこやかに目を細めて裏に入って行った。

 子分たちは外で待っていて、俺とロリだけ、店内にある小さな硝子のテーブルセットで待つ事になった。

 若い子が裏から出てきて、緑茶とずんだ餅を置いていく。


「ここは靴屋なのか?」


 見たところ商品は陳列されていない。


「いんや。ばあは修理屋じゃ」


 修理屋?町の電機屋さんか?


「見れば大体直せる。この辺りじゃなんばーわんじゃの」


 さっき茶を出した若い子に化粧箱を持たせて老女が戻ってきた。

 鮮やかな絵模様の赤い和紙でコーティングされた高そうな箱だ。


「御御足を」


 靴箱だった。

 中にはメタリックグレーのトレッキングシューズが入っていた。


「スーツ着たままで良いのか?」


「大丈夫で御座います」


 履かせてくれた若い子の手がめっちゃ冷たくて、アトムスーツが超反応した。俺の足を触ってびっくりしている。少しくすぐったい。


「鷲宮の三男が、おったろ」


「うん?」


 あのタコ?


「おのこが靴壊してしょげてたのを気にしての。自分とこで開発しとる奴一つ回すっつんで、ここで調整しとったんじゃ」


 ハシモト重工の開発してる靴?

 靴?


「靴作ってんのか?」


「あそこは兵装全般作っとる」


 軍用装備の一環か。

 貝塚みたいな感じか。意外とデカい会社なんだな。


「仕様書渡したいんじゃがの」


 なんかもじもじしている。

 ああ。手渡しか。


「一応、企業秘密じゃからな」


 俺が差し出した手にロリがそっと触れる。

 特に悪戯は無く、仕様書だけ来た。

 なんだこりゃ?


「ビンガムシューズ?」


「ん。商品名は無い。癖は強いが、使いこなせればかなり便利じゃ。機能はそこまで盛っとらんがの」


 癖が強いというか、癖しかない。


 この靴、ソールがビンガム流体で出来ている。

 非ニュートン流体の一種で、ぶっちゃけ、ケチャップとかマヨネーズと同じだ。

 運動エネルギーを加えると粘性が弱くなり、ゼロ状態で固体を維持する。

 しかも、電磁誘導を使って任意でコントロール可能。

 自分の意思でソールの形状変えられる靴って事だ。

 ん?


「どうした?合わぬか?」


「いや」


 伊勢崎の銀行に遠足行った時、殺し屋が履いてたあの、飛び降りる時に針が伸びた靴はコレか?

 器用だなとは思ったが、当時は特に気に留めなかった。


 使い方もいくつかレクチャーされてて、ソールを一瞬だけロイター板の構造にしてジャンプ力上げるとか、木に巻き付けながら登ってく?ニンジャかよ。

 コントロールが電磁誘導なのは相性悪いのか良いのか。

 使ってみてからだな。


「幾らだ?」


「試供品でモニターしてくれという事じゃ。税金もかからん」


 実質只でくれるってのか。

 三男太っ腹だな。

 俺がこれを都市圏に持ち込むとか考えないのか?

 ああでも、殺し屋つかってたし。

 メジャーじゃないだけで、普通に存在するのかな。


「言っとくが、流体誘導の基幹システムは橋本の特許技術じゃからな?」


 鷲宮関連は敵じゃないのか?


「俺はそんなクソじゃない」


「下品じゃの。餅が不味くなるの」


「これは失礼」

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